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からくり城奇譚
01 時計職人ですが
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「時計職人ですが」
職業を問われてノウトがそう答えると、検問所の兵士たちは一様に顔色を変えた。
これは鍛冶屋と言っておいたほうがよかったかと後悔したとき、兵士たちがさっと彼を取り囲み、そのうちの一人が有無を言わせぬ口調でこう告げた。
「すまないが、これから城まで来ていただこうか」
かくして、ノウトは馬車に乗せられて、サンアール王国の王城へと連れてこられた。
東の小国の一つで、商業が盛んで治安もいいというからやってきたのに、入国早々こんな歓待を受けるとは、まったくもってついていない。
しかし、ノウトは上背はあっても腕力に自信はなかったので、おとなしく兵士たち――ノウトより背が高い者は一人もいなかった――に従った。
やがて、ノウトは色鮮やかな草花が咲き乱れる中庭へと連れ出された。乱暴はしなかったかわり、口数も少なかった兵士たちは、ここでようやく口を開いた。
「今、マスターがお会いになる。しばし、ここで待たれよ」
それだけ言うと、兵士たちは形ばかりの礼をして、さっさと立ち去ってしまった。
――いったい何なんだ。
怒る気もなくして、ノウトは唖然とした。
内心危惧していた、牢獄にぶちこまれるとか拷問にかけられるとかいったことはなさそうだが、かと言って、これが旅の時計職人が受ける処遇だとはとても思えない。それに――
〝マスター〟とはいったい何者なのか。
困惑しつつもその場に突っ立っていると、中庭に面している柱廊のほうから、一人の人間がこちらに向かって歩いてきた。おそらく、あれが〝マスター〟とやらに違いない。そう思ってノウトは身構えたが、その姿の判別がついたとたん、あっけにとられた。
――女だったのか。
〝マスター〟というから、てっきりいかつい老人だとばかり思っていたのに、案に反して出てきた人物は、白銀の長い髪を一つに束ねた妙齢の美女だった。
着ている服は学者風の丈の長い男物で、背はノウトよりやや低いくらいの、女にしてはかなりの長身だが、人並みはずれた美女であることには変わりない。その美女はノウトに向かってにっこり微笑むと、軽く右手を挙げた。
「ハーイ」
予想もしなかった挨拶の言葉にノウトは面食らった。それに、この声は――
「何の説明もせずにこんなとこまで引っ張ってきて悪かったね。時計職人だって? 名前は?」
だが、美女のほうは相変わらずにこにこ笑いながら、そんなことを訊ねてくる。
ノウトはある疑惑を抱えたまま、一応は礼儀正しく答えた。
「ノウトと申します。失礼ですが、あなたは?」
「ああ、こいつは失敬」
たいして悪いとも思っていないような顔で、美女――まだその可能性にすがりついていたい――は言った。
「こっちから名乗るのが筋ってもんだったな。あんたがあんまりいい男だったから、つい浮かれちまった。俺はガイ。姓は捨てた。今、この城にやっかいになってる魔法使いだ。ちなみに俺は」
ここで美女は実に意地の悪い笑みを浮かべた。
「男だぜ」
――やっぱり。
声の低さと言葉遣いから、十中八九そうではないかと思っていたのだが、いざはっきりそう言われると、やはり落胆を隠せない。
実はたいそう好みの顔をしていたのだ、この魔法使いとやらは。
「その様子だと、あんたも俺を女だと思ってたな?」
ガイは楽しそうににやにやした。彼にはこうして男をがっかりさせる、あまりいいとは言えない趣味があるようだ。
しかし、こうして間近で見てみても、凛々しい美女としか思えない。
ノウトを覗きこむガイの瞳は、この中庭を映しこんだような若葉色をしていた。ちなみに、ノウトは髪も瞳も黒である。
「魔法使いなんですか?」
はっと我に返って、とりつくろうようにノウトは言った。
ガイは興をそがれたような顔をしたが、「一応ね」と答えた。
「じゃあ、僕もあなたのことを〝マスター〟と呼びますね」
「マスター?」
ガイは何か、質の悪い冗談でも聞いたかのように眉をひそめた。
「ええ、さっき兵士たちが、あなたのことをそう呼んでいました」
「ああ、あいつらはね。でも、あんたは〝ガイ〟って呼んでいいよ。いや、呼んでちょうだい」
「はあ……」
ガイの悪戯っぽい笑顔につられて、ノウトはぎごちなく笑った。
「まー、とにかく、あんたにわざわざここまで来てもらったわけを話そう。中に行こうぜ。茶でもごちそうするからさ」
美女と見まがうばかりの銀髪の魔法使いは、そう言いながら柱廊を顎で指した。
職業を問われてノウトがそう答えると、検問所の兵士たちは一様に顔色を変えた。
これは鍛冶屋と言っておいたほうがよかったかと後悔したとき、兵士たちがさっと彼を取り囲み、そのうちの一人が有無を言わせぬ口調でこう告げた。
「すまないが、これから城まで来ていただこうか」
かくして、ノウトは馬車に乗せられて、サンアール王国の王城へと連れてこられた。
東の小国の一つで、商業が盛んで治安もいいというからやってきたのに、入国早々こんな歓待を受けるとは、まったくもってついていない。
しかし、ノウトは上背はあっても腕力に自信はなかったので、おとなしく兵士たち――ノウトより背が高い者は一人もいなかった――に従った。
やがて、ノウトは色鮮やかな草花が咲き乱れる中庭へと連れ出された。乱暴はしなかったかわり、口数も少なかった兵士たちは、ここでようやく口を開いた。
「今、マスターがお会いになる。しばし、ここで待たれよ」
それだけ言うと、兵士たちは形ばかりの礼をして、さっさと立ち去ってしまった。
――いったい何なんだ。
怒る気もなくして、ノウトは唖然とした。
内心危惧していた、牢獄にぶちこまれるとか拷問にかけられるとかいったことはなさそうだが、かと言って、これが旅の時計職人が受ける処遇だとはとても思えない。それに――
〝マスター〟とはいったい何者なのか。
困惑しつつもその場に突っ立っていると、中庭に面している柱廊のほうから、一人の人間がこちらに向かって歩いてきた。おそらく、あれが〝マスター〟とやらに違いない。そう思ってノウトは身構えたが、その姿の判別がついたとたん、あっけにとられた。
――女だったのか。
〝マスター〟というから、てっきりいかつい老人だとばかり思っていたのに、案に反して出てきた人物は、白銀の長い髪を一つに束ねた妙齢の美女だった。
着ている服は学者風の丈の長い男物で、背はノウトよりやや低いくらいの、女にしてはかなりの長身だが、人並みはずれた美女であることには変わりない。その美女はノウトに向かってにっこり微笑むと、軽く右手を挙げた。
「ハーイ」
予想もしなかった挨拶の言葉にノウトは面食らった。それに、この声は――
「何の説明もせずにこんなとこまで引っ張ってきて悪かったね。時計職人だって? 名前は?」
だが、美女のほうは相変わらずにこにこ笑いながら、そんなことを訊ねてくる。
ノウトはある疑惑を抱えたまま、一応は礼儀正しく答えた。
「ノウトと申します。失礼ですが、あなたは?」
「ああ、こいつは失敬」
たいして悪いとも思っていないような顔で、美女――まだその可能性にすがりついていたい――は言った。
「こっちから名乗るのが筋ってもんだったな。あんたがあんまりいい男だったから、つい浮かれちまった。俺はガイ。姓は捨てた。今、この城にやっかいになってる魔法使いだ。ちなみに俺は」
ここで美女は実に意地の悪い笑みを浮かべた。
「男だぜ」
――やっぱり。
声の低さと言葉遣いから、十中八九そうではないかと思っていたのだが、いざはっきりそう言われると、やはり落胆を隠せない。
実はたいそう好みの顔をしていたのだ、この魔法使いとやらは。
「その様子だと、あんたも俺を女だと思ってたな?」
ガイは楽しそうににやにやした。彼にはこうして男をがっかりさせる、あまりいいとは言えない趣味があるようだ。
しかし、こうして間近で見てみても、凛々しい美女としか思えない。
ノウトを覗きこむガイの瞳は、この中庭を映しこんだような若葉色をしていた。ちなみに、ノウトは髪も瞳も黒である。
「魔法使いなんですか?」
はっと我に返って、とりつくろうようにノウトは言った。
ガイは興をそがれたような顔をしたが、「一応ね」と答えた。
「じゃあ、僕もあなたのことを〝マスター〟と呼びますね」
「マスター?」
ガイは何か、質の悪い冗談でも聞いたかのように眉をひそめた。
「ええ、さっき兵士たちが、あなたのことをそう呼んでいました」
「ああ、あいつらはね。でも、あんたは〝ガイ〟って呼んでいいよ。いや、呼んでちょうだい」
「はあ……」
ガイの悪戯っぽい笑顔につられて、ノウトはぎごちなく笑った。
「まー、とにかく、あんたにわざわざここまで来てもらったわけを話そう。中に行こうぜ。茶でもごちそうするからさ」
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