上 下
2 / 16
からくり城奇譚

01 時計職人ですが

しおりを挟む
「時計職人ですが」

 職業を問われてノウトがそう答えると、検問所の兵士たちは一様に顔色を変えた。
 これは鍛冶屋と言っておいたほうがよかったかと後悔したとき、兵士たちがさっと彼を取り囲み、そのうちの一人が有無を言わせぬ口調でこう告げた。

「すまないが、これから城まで来ていただこうか」

 かくして、ノウトは馬車に乗せられて、サンアール王国の王城へと連れてこられた。
 東の小国の一つで、商業が盛んで治安もいいというからやってきたのに、入国早々こんな歓待を受けるとは、まったくもってついていない。
 しかし、ノウトは上背はあっても腕力に自信はなかったので、おとなしく兵士たち――ノウトより背が高い者は一人もいなかった――に従った。
 やがて、ノウトは色鮮やかな草花が咲き乱れる中庭へと連れ出された。乱暴はしなかったかわり、口数も少なかった兵士たちは、ここでようやく口を開いた。

「今、マスターがお会いになる。しばし、ここで待たれよ」

 それだけ言うと、兵士たちは形ばかりの礼をして、さっさと立ち去ってしまった。

 ――いったい何なんだ。

 怒る気もなくして、ノウトは唖然とした。
 内心危惧していた、牢獄にぶちこまれるとか拷問にかけられるとかいったことはなさそうだが、かと言って、これが旅の時計職人が受ける処遇だとはとても思えない。それに――
 〝マスター〟とはいったい何者なのか。
 困惑しつつもその場に突っ立っていると、中庭に面している柱廊のほうから、一人の人間がこちらに向かって歩いてきた。おそらく、あれが〝マスター〟とやらに違いない。そう思ってノウトは身構えたが、その姿の判別がついたとたん、あっけにとられた。

 ――女だったのか。

 〝マスター〟というから、てっきりいかつい老人だとばかり思っていたのに、案に反して出てきた人物は、白銀の長い髪を一つに束ねた妙齢の美女だった。
 着ている服は学者風の丈の長い男物で、背はノウトよりやや低いくらいの、女にしてはかなりの長身だが、人並みはずれた美女であることには変わりない。その美女はノウトに向かってにっこり微笑むと、軽く右手を挙げた。

「ハーイ」

 予想もしなかった挨拶の言葉にノウトは面食らった。それに、この声は――

「何の説明もせずにこんなとこまで引っ張ってきて悪かったね。時計職人だって? 名前は?」

 だが、美女のほうは相変わらずにこにこ笑いながら、そんなことを訊ねてくる。
 ノウトはある疑惑を抱えたまま、一応は礼儀正しく答えた。

「ノウトと申します。失礼ですが、あなたは?」
「ああ、こいつは失敬」

 たいして悪いとも思っていないような顔で、美女――まだその可能性にすがりついていたい――は言った。

「こっちから名乗るのが筋ってもんだったな。あんたがあんまりいい男だったから、つい浮かれちまった。俺はガイ。姓は捨てた。今、この城にやっかいになってる魔法使いだ。ちなみに俺は」

 ここで美女は実に意地の悪い笑みを浮かべた。

「男だぜ」

 ――やっぱり。
 声の低さと言葉遣いから、十中八九そうではないかと思っていたのだが、いざはっきりそう言われると、やはり落胆を隠せない。
 実はたいそう好みの顔をしていたのだ、この魔法使いとやらは。

「その様子だと、あんたも俺を女だと思ってたな?」

 ガイは楽しそうににやにやした。彼にはこうして男をがっかりさせる、あまりいいとは言えない趣味があるようだ。
 しかし、こうして間近で見てみても、凛々しい美女としか思えない。
 ノウトを覗きこむガイの瞳は、この中庭を映しこんだような若葉色をしていた。ちなみに、ノウトは髪も瞳も黒である。

「魔法使いなんですか?」

 はっと我に返って、とりつくろうようにノウトは言った。
 ガイは興をそがれたような顔をしたが、「一応ね」と答えた。

「じゃあ、僕もあなたのことを〝マスター〟と呼びますね」
「マスター?」

 ガイは何か、質の悪い冗談でも聞いたかのように眉をひそめた。

「ええ、さっき兵士たちが、あなたのことをそう呼んでいました」
「ああ、あいつらはね。でも、あんたは〝ガイ〟って呼んでいいよ。いや、呼んでちょうだい」
「はあ……」

 ガイの悪戯っぽい笑顔につられて、ノウトはぎごちなく笑った。

「まー、とにかく、あんたにわざわざここまで来てもらったわけを話そう。中に行こうぜ。茶でもごちそうするからさ」

 美女と見まがうばかりの銀髪の魔法使いは、そう言いながら柱廊を顎で指した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

男爵令嬢はつがいが現れたので婚約破棄されました。

克全
恋愛
 商家上がりの人間種男爵家令嬢ヴィヴィアンは、王立学園入学式のダンスパーティーで、婚約者の人赤鹿種侯爵家嫡男クリスチャンから婚約破棄を言い渡された。  彼の横には人大豚種子爵家令嬢ブリーレが勝ち誇ったように立っていた。  なんとブリーレはクリスチャンの運命の番い(つがい)だと言うのだ!  その日からブリーレのヴィヴィアンへの虐めが始まった。  正義と冠されるほど貴族の誇りを大切にするはずの、オースティン侯爵家嫡男クリスチャンはそれを見て見ぬふりをした。  地獄のような学園生活になるかとおもわれたヴィヴィアンに救世主が現れた! 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...