4 / 15
第2章 契約成立
1 仮契約成立
しおりを挟む
終業後。
通用口から店の前に回ってみると、約束どおり、佐京が腕組みをして立っていた。
「いったいいつからここで待ってたんだ?」
まさかあれからずっとここで待っていたわけではないだろう。しかし、佐京ならそれもありそうで、つい新藤は訊ねてしまった。
「この店のシャッターが閉まってからだ。それまであそこのファミレスにいた」
佐京が細い顎で指した先――道路を挟んだ斜め向かいには、二十四時間営業のファミリーレストランがあった。
これほど近くにあっても、経済的理由から外食を控えている新藤は、まだ一度も入店したことがない。
「説明はあそこでする。長くなりそうだから」
「はあ……」
有無を言わさぬ態度に押しきられてしまった新藤は、店に自転車を置きっぱなしにしたまま、もう歩きはじめている佐京の後を大人しくついていった。
***
「実は俺の特技はギャンブルなんだ」
ひとまずコーヒーを注文した後、佐京は単刀直入にそう切り出した。
お冷やに手をつける前でよかった。もし飲んでいたら新藤は佐京の顔に噴き出してしまっていただろう。
「特技? 趣味じゃなく?」
どちらにしても、この顔でギャンブル好き。――似合わない。
「ああ。俺は今まで金を賭けた勝負で負けたことはない。でも、あのパチンコ屋であんたに近づかれたとき、初めて負けそうになった。――最初は俺もただの偶然だと思った。でも、もしかしたらと思って、何度も通ってみた。それで確証が持てたから、今日あんたに声をかけて、具体的にどれくらい近づかれるとそうなるのか、検証してみようと思った。結果は――」
「約三メートル以内って出たわけか」
佐京の饒舌さに圧倒されつつも、新藤は続きを引き取った。
「そういうことだ」
「でも……やっぱりそれはただの偶然なんじゃないか? たまたま俺がそばに行ったときに当たりが止まっただけだろ?」
「あんたが三メートル以上離れたら、また当たりが戻ってきたぞ」
「じゃあ、百歩譲って、そうだったとしてもだ。それはパチンコだけに限った話で――」
そう言いかけたとき、佐京がいきなり新藤に人差指を向けた。
「それだ」
「え?」
「パチンコ以外のギャンブルでも同じ結果が出るのかどうか、俺は確かめてみたい。とりあえず、競馬、競輪、競艇……」
「おい、ちょっと待て。まさかそれに付き合えって言うんじゃないだろうな? いや、それ以前に、二十歳未満は馬券購入禁止――」
「あんたがいなければ、検証にならないだろう」
佐京は呆れたように新藤を見やった。
「それに、俺はもう今年の四月に二十歳になった」
「ああ、そうか。そいつはおめでとう。でもなあ、俺は講義とバイトに追われてて、あんたの道楽に付き合ってやれる暇なんか一秒だってねえんだよ。ようはあれだろ? 俺があんたのそばにいなけりゃいいだけの話だろ? 安心しろ、もうあのパチンコ屋のバイトは辞めるし、ギャンブル関係のところでは絶対働かねえから」
新藤はそう啖呵を切ったが、佐京はまったく動じない。あの黒い瞳で、じっと新藤を見つめつづける。
新藤はどうもこの目に弱い。突拍子もないことを言っているのは佐京のほうなのに、なぜか自分のほうが聞き分けのないことを言っているような気分にさせられてしまう。
そういえば、佐京とこれほど長く話したのも初めてなら、真正面から顔を見つづけたのも初めてだ。
近くで見ても、やはり綺麗な顔をしている。
黙っていれば、中性的な美女と言っても通りそうだが、声は完全に男声である。
曖昧な表現を好む若者が多い中、話し方は断定的で無駄がない。新藤が佐京にうまく逆らえないのも、そのせいかもしれない。
そんなことを考えていると、佐京が新藤を見すえたまま、突然口を開いた。
「さっきのパチンコ屋の時給はいくらだ?」
「へ?」
新藤があっけにとられている間に、注文していたコーヒーがようやく届いた。
新藤はブラックでコーヒーを飲む。佐京もそうらしく、砂糖もミルクも入れないまま、カップを口に運んでいた。
同級生であること以外、共通点などまるでなさそうに思えるが、少なくとも自分たちはコーヒーの飲み方は同じらしい。
だが、佐京と理解しあえる日は永遠に来ないだろう。このときの新藤はそう思っていた。
「そんなもん、訊いてどうするんだ?」
「いいから、訊かれたことに答えろ」
新藤はイラッとしたが、無言で佐京に睨まれると、おまえは取調官かと言い捨てて外に飛び出していく気も失せてしまう。
別に弱みを握られているわけでも何でもないのに、どうしてこうも佐京に逆らいきれないのだろう。そう思いつつも、新藤は佐京に自分の時給を教えてやった。
「わかった。じゃあ、俺の検証に付き合えば、その時給の三倍の時給で、付き合った時間分、あんたに即金で支払う」
新藤はすぐには言われた意味がわからず、コーヒーを一口飲んでから訊ね返した。
「何だって?」
「これならあんたも文句はないだろう。都合のいい日はいつだ?」
「おいおい、ちょっと待てよ」
例によって、勝手に話を進めようとする佐京を、新藤は大きな手をかざして止めた。
「おまえは何か? 金で俺に付き合わせようってのか? その検証とやらをするためだけに?」
「単なる臨時のバイトだとでも思えばいいだろう」
興奮している新藤に対して、佐京は冷静に応じた。
「それとも、口約束だと信用できないか? それなら、俺が雇用契約書を作って、明日大学に持っていく。あんたはそれを読んで、納得できたらサインをしろ。ああ、あと三文判でいいから、自分の判子を持ってくるように」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて、何で同級生のおまえに俺が雇われなきゃならないのかっていう……」
「あんたが講義とバイトにしか興味がないからだろう」
鋭く突っこまれて、新藤は返す言葉を失った。
「ただ働きでさえなければ、あんたに断る理由はないだろう。ちなみに、交通費と食事代も支給する」
――畜生! 人の弱みにつけこみやがって!
新藤はテーブルに肘をついて頭を抱えこんだ。
確かに、バイトとしてなら断る理由は何もない。時給は破格。行き先は競馬場他。自分はただ佐京のそばにいればいい。パチンコ屋の次のバイトを見つけるまでのつなぎとして、これほど好都合なバイトはないだろう。
しかし、雇い主が自分の同級生でしかも佐京というのが、どうしても引っかかる。
そもそも、新藤に金を払ってまでそんな検証をする必要がどこにある? 今までどおり、お互い不干渉を続けていれば、それで済む話ではないか。
だが、新藤が悩んでいる理由は、佐京にはわからなかったようだ。
「三倍じゃ不満か?」
ここで『そのとおり、もっと上げろ』とでも答えていれば、きっと佐京は新藤の要求どおりの時給にしてくれていただろう。しかし、新藤にとっては金額の大小の問題ではない。「いや、そうじゃない」とせっかくの交渉機会を自ら棒に振ってしまった。
「俺にはどうしてもわからない。おまえがそうまでして、そんな検証をしたがる理由が」
「まだ一度も負けたことがないからだ」
間髪を入れず佐京は答えた。
この男は言いよどまない。まるで暗記してきたセリフを、そのまま口に出しているかのように。
「あのパチンコ屋で、俺は一時負けそうにはなったが、負けてはいない。あんたがそばに居続けると本当に負けるのか、まだ確認はとれていない」
言われてみれば、確かにそのとおりだった。
新藤をそばにおいた状態で完璧に負けるまで、仮説は立証されたとは言いきれない。
「まあ……おまえの気持ちはわかるような気がしてきた。ようするに、自分の仮説を証明したいだけなんだよな?」
「そういうことだ」
横柄にうなずきながら、佐京はコーヒーを飲んだ。
そんな態度とは裏腹に、何となく新藤には佐京がほっとしているように見えた。
「それでは、契約成立だな?」
「ああ、いいよ。でも、おまえの仮説が証明されるまでだぞ。その時点で契約は終了だ」
「わかった」
「それから、金曜の夜から土曜の朝までは、コンビニのバイトを入れてるから、検証はそれ以外の曜日にしてくれ」
佐京は驚いたように切れ長の目を見張った。
「いったいいくつ掛け持ちしてるんだ?」
「今んとこ、さっきのパチンコ屋を入れて二つだけだ。金はいくらでも欲しいが、あんまりバイトに力を入れすぎて、留年だけはしたくないからな」
「……時給、もっと上げるか?」
新藤の苦学生ぶりに同情したのか、佐京がもう一度時給交渉のチャンスをくれた。
だが、これ以上佐京に借りを作りたくなかった新藤は、三倍でもう充分だと断り、そこでのコーヒー代も、佐京がおごると言ってくれたにもかかわらず、自分の分は自分で支払った。
「おまえ、どこに住んでるんだ?」
ファミレスの外に出た後、新藤が佐京に訊ねると、彼は通りの先を漠然と指さした。
「大学の西側」
「じゃあ、俺んちとはちょうど逆方向か。そういや、どうやってここまで来たんだ?」
「大学からタクシーで」
なるほど。だから、大学から自転車でパチンコ屋に直行した新藤より、佐京のほうが早く到着していたわけだ。
「なら、帰りもタクシーか?」
内心、金に余裕のある奴はいいよなとやっかみながらそう訊ねると、意外なことに佐京は歩いて帰ると答えた。
「ここから歩きだと、家までどれくらいかかるんだ?」
「さあ……計ったことがないからわからないが、たぶん、三十分も歩けば着くだろう」
「タクシー拾って帰ったほうがいいんじゃないのか?」
もう真夜中はとっくに過ぎている。外国より治安はいいかもしれないが、日本の深夜も安全とは言いきれない。
「大丈夫。夜道は慣れてる。じゃあ、また明日。教室で」
「あ、ああ……」
行き交う車のライトが照らし出す歩道を、佐京は悠然と歩いていく。
一瞬、送っていってやればよかったかと新藤は思ったが、すぐにその考えを自分で打ち消した。
(いくら綺麗な顔してたって男なんだから、俺が送ってやる必要なんてこれっぽっちもないだろ)
そう思いつつも、佐京の細い後ろ姿が闇にまぎれて見えなくなってしまうまで、新藤はその場を動けなかった。
通用口から店の前に回ってみると、約束どおり、佐京が腕組みをして立っていた。
「いったいいつからここで待ってたんだ?」
まさかあれからずっとここで待っていたわけではないだろう。しかし、佐京ならそれもありそうで、つい新藤は訊ねてしまった。
「この店のシャッターが閉まってからだ。それまであそこのファミレスにいた」
佐京が細い顎で指した先――道路を挟んだ斜め向かいには、二十四時間営業のファミリーレストランがあった。
これほど近くにあっても、経済的理由から外食を控えている新藤は、まだ一度も入店したことがない。
「説明はあそこでする。長くなりそうだから」
「はあ……」
有無を言わさぬ態度に押しきられてしまった新藤は、店に自転車を置きっぱなしにしたまま、もう歩きはじめている佐京の後を大人しくついていった。
***
「実は俺の特技はギャンブルなんだ」
ひとまずコーヒーを注文した後、佐京は単刀直入にそう切り出した。
お冷やに手をつける前でよかった。もし飲んでいたら新藤は佐京の顔に噴き出してしまっていただろう。
「特技? 趣味じゃなく?」
どちらにしても、この顔でギャンブル好き。――似合わない。
「ああ。俺は今まで金を賭けた勝負で負けたことはない。でも、あのパチンコ屋であんたに近づかれたとき、初めて負けそうになった。――最初は俺もただの偶然だと思った。でも、もしかしたらと思って、何度も通ってみた。それで確証が持てたから、今日あんたに声をかけて、具体的にどれくらい近づかれるとそうなるのか、検証してみようと思った。結果は――」
「約三メートル以内って出たわけか」
佐京の饒舌さに圧倒されつつも、新藤は続きを引き取った。
「そういうことだ」
「でも……やっぱりそれはただの偶然なんじゃないか? たまたま俺がそばに行ったときに当たりが止まっただけだろ?」
「あんたが三メートル以上離れたら、また当たりが戻ってきたぞ」
「じゃあ、百歩譲って、そうだったとしてもだ。それはパチンコだけに限った話で――」
そう言いかけたとき、佐京がいきなり新藤に人差指を向けた。
「それだ」
「え?」
「パチンコ以外のギャンブルでも同じ結果が出るのかどうか、俺は確かめてみたい。とりあえず、競馬、競輪、競艇……」
「おい、ちょっと待て。まさかそれに付き合えって言うんじゃないだろうな? いや、それ以前に、二十歳未満は馬券購入禁止――」
「あんたがいなければ、検証にならないだろう」
佐京は呆れたように新藤を見やった。
「それに、俺はもう今年の四月に二十歳になった」
「ああ、そうか。そいつはおめでとう。でもなあ、俺は講義とバイトに追われてて、あんたの道楽に付き合ってやれる暇なんか一秒だってねえんだよ。ようはあれだろ? 俺があんたのそばにいなけりゃいいだけの話だろ? 安心しろ、もうあのパチンコ屋のバイトは辞めるし、ギャンブル関係のところでは絶対働かねえから」
新藤はそう啖呵を切ったが、佐京はまったく動じない。あの黒い瞳で、じっと新藤を見つめつづける。
新藤はどうもこの目に弱い。突拍子もないことを言っているのは佐京のほうなのに、なぜか自分のほうが聞き分けのないことを言っているような気分にさせられてしまう。
そういえば、佐京とこれほど長く話したのも初めてなら、真正面から顔を見つづけたのも初めてだ。
近くで見ても、やはり綺麗な顔をしている。
黙っていれば、中性的な美女と言っても通りそうだが、声は完全に男声である。
曖昧な表現を好む若者が多い中、話し方は断定的で無駄がない。新藤が佐京にうまく逆らえないのも、そのせいかもしれない。
そんなことを考えていると、佐京が新藤を見すえたまま、突然口を開いた。
「さっきのパチンコ屋の時給はいくらだ?」
「へ?」
新藤があっけにとられている間に、注文していたコーヒーがようやく届いた。
新藤はブラックでコーヒーを飲む。佐京もそうらしく、砂糖もミルクも入れないまま、カップを口に運んでいた。
同級生であること以外、共通点などまるでなさそうに思えるが、少なくとも自分たちはコーヒーの飲み方は同じらしい。
だが、佐京と理解しあえる日は永遠に来ないだろう。このときの新藤はそう思っていた。
「そんなもん、訊いてどうするんだ?」
「いいから、訊かれたことに答えろ」
新藤はイラッとしたが、無言で佐京に睨まれると、おまえは取調官かと言い捨てて外に飛び出していく気も失せてしまう。
別に弱みを握られているわけでも何でもないのに、どうしてこうも佐京に逆らいきれないのだろう。そう思いつつも、新藤は佐京に自分の時給を教えてやった。
「わかった。じゃあ、俺の検証に付き合えば、その時給の三倍の時給で、付き合った時間分、あんたに即金で支払う」
新藤はすぐには言われた意味がわからず、コーヒーを一口飲んでから訊ね返した。
「何だって?」
「これならあんたも文句はないだろう。都合のいい日はいつだ?」
「おいおい、ちょっと待てよ」
例によって、勝手に話を進めようとする佐京を、新藤は大きな手をかざして止めた。
「おまえは何か? 金で俺に付き合わせようってのか? その検証とやらをするためだけに?」
「単なる臨時のバイトだとでも思えばいいだろう」
興奮している新藤に対して、佐京は冷静に応じた。
「それとも、口約束だと信用できないか? それなら、俺が雇用契約書を作って、明日大学に持っていく。あんたはそれを読んで、納得できたらサインをしろ。ああ、あと三文判でいいから、自分の判子を持ってくるように」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて、何で同級生のおまえに俺が雇われなきゃならないのかっていう……」
「あんたが講義とバイトにしか興味がないからだろう」
鋭く突っこまれて、新藤は返す言葉を失った。
「ただ働きでさえなければ、あんたに断る理由はないだろう。ちなみに、交通費と食事代も支給する」
――畜生! 人の弱みにつけこみやがって!
新藤はテーブルに肘をついて頭を抱えこんだ。
確かに、バイトとしてなら断る理由は何もない。時給は破格。行き先は競馬場他。自分はただ佐京のそばにいればいい。パチンコ屋の次のバイトを見つけるまでのつなぎとして、これほど好都合なバイトはないだろう。
しかし、雇い主が自分の同級生でしかも佐京というのが、どうしても引っかかる。
そもそも、新藤に金を払ってまでそんな検証をする必要がどこにある? 今までどおり、お互い不干渉を続けていれば、それで済む話ではないか。
だが、新藤が悩んでいる理由は、佐京にはわからなかったようだ。
「三倍じゃ不満か?」
ここで『そのとおり、もっと上げろ』とでも答えていれば、きっと佐京は新藤の要求どおりの時給にしてくれていただろう。しかし、新藤にとっては金額の大小の問題ではない。「いや、そうじゃない」とせっかくの交渉機会を自ら棒に振ってしまった。
「俺にはどうしてもわからない。おまえがそうまでして、そんな検証をしたがる理由が」
「まだ一度も負けたことがないからだ」
間髪を入れず佐京は答えた。
この男は言いよどまない。まるで暗記してきたセリフを、そのまま口に出しているかのように。
「あのパチンコ屋で、俺は一時負けそうにはなったが、負けてはいない。あんたがそばに居続けると本当に負けるのか、まだ確認はとれていない」
言われてみれば、確かにそのとおりだった。
新藤をそばにおいた状態で完璧に負けるまで、仮説は立証されたとは言いきれない。
「まあ……おまえの気持ちはわかるような気がしてきた。ようするに、自分の仮説を証明したいだけなんだよな?」
「そういうことだ」
横柄にうなずきながら、佐京はコーヒーを飲んだ。
そんな態度とは裏腹に、何となく新藤には佐京がほっとしているように見えた。
「それでは、契約成立だな?」
「ああ、いいよ。でも、おまえの仮説が証明されるまでだぞ。その時点で契約は終了だ」
「わかった」
「それから、金曜の夜から土曜の朝までは、コンビニのバイトを入れてるから、検証はそれ以外の曜日にしてくれ」
佐京は驚いたように切れ長の目を見張った。
「いったいいくつ掛け持ちしてるんだ?」
「今んとこ、さっきのパチンコ屋を入れて二つだけだ。金はいくらでも欲しいが、あんまりバイトに力を入れすぎて、留年だけはしたくないからな」
「……時給、もっと上げるか?」
新藤の苦学生ぶりに同情したのか、佐京がもう一度時給交渉のチャンスをくれた。
だが、これ以上佐京に借りを作りたくなかった新藤は、三倍でもう充分だと断り、そこでのコーヒー代も、佐京がおごると言ってくれたにもかかわらず、自分の分は自分で支払った。
「おまえ、どこに住んでるんだ?」
ファミレスの外に出た後、新藤が佐京に訊ねると、彼は通りの先を漠然と指さした。
「大学の西側」
「じゃあ、俺んちとはちょうど逆方向か。そういや、どうやってここまで来たんだ?」
「大学からタクシーで」
なるほど。だから、大学から自転車でパチンコ屋に直行した新藤より、佐京のほうが早く到着していたわけだ。
「なら、帰りもタクシーか?」
内心、金に余裕のある奴はいいよなとやっかみながらそう訊ねると、意外なことに佐京は歩いて帰ると答えた。
「ここから歩きだと、家までどれくらいかかるんだ?」
「さあ……計ったことがないからわからないが、たぶん、三十分も歩けば着くだろう」
「タクシー拾って帰ったほうがいいんじゃないのか?」
もう真夜中はとっくに過ぎている。外国より治安はいいかもしれないが、日本の深夜も安全とは言いきれない。
「大丈夫。夜道は慣れてる。じゃあ、また明日。教室で」
「あ、ああ……」
行き交う車のライトが照らし出す歩道を、佐京は悠然と歩いていく。
一瞬、送っていってやればよかったかと新藤は思ったが、すぐにその考えを自分で打ち消した。
(いくら綺麗な顔してたって男なんだから、俺が送ってやる必要なんてこれっぽっちもないだろ)
そう思いつつも、佐京の細い後ろ姿が闇にまぎれて見えなくなってしまうまで、新藤はその場を動けなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる