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第11話 マザー
1 うっかり予約
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勢いというのは本当に恐ろしい。
いったいどういう経緯でこうなってしまったのか、今もって鬼頭にはわからない。
今夜は、クリスマス・イブ。
そして、ここは鬼頭が何度か利用したことがある、穴場のフレンチ・レストラン。
さらに、鬼頭の向かいの席では、料理にはまったく手をつけないまま、雅美が白ワインだけを飲んでいる。
(おかしい……どうして俺はよりにもよってクリスマスイブに、わざわざ予約まで入れて、こんなところで雅美と飯を食ってるんだ……?)
店に入った瞬間から自問しているのだが、いっこうに答えが出てこない。
あまり格式張っておらず、値段も手頃でうまい店だ。だが、雅美は料理が運ばれてくるたび、無言で自分の分を鬼頭に押しやっていた。
予約の際、連れは異常に少食なので少なめにしてほしいと頼んでおいたのだが、それでも雅美には多すぎる。本来は無食なのだから。
(変だよな……これじゃほんとに恋人同士みたいだよな……現に俺らの周りにはカップルしかいないもんな……)
唯一の救いは、雅美が黙ってさえいれば、ギリギリ成人している男装の美女に見えることだけだ。
雅美はビールよりワインのほうが好きらしい。どうせならとボトルを一本頼んだが、雅美一人で空けてしまいそうだ。鬼頭が雅美の誕生日プレゼントに赤ワインを選んだのは大正解だったようである。
「雅美」
鬼頭がそう声をかけると、雅美はワインを飲みかけていた手を止めた。
「何だ?」
「いや……ここで食事するなら今日じゃなくて、おまえの誕生日がよかったか?」
雅美は怪訝そうに軽く首をかしげた。
「今日、ここに予約を入れたのはあんただろう?」
「まあ、それはそうなんだけどな……よく考えてみたら、キリストのインチキ誕生日より、おまえの誕生日のほうが重要だったなと」
「俺は別にどうでもいい」
本当にどうでもよさそうに、雅美はワインを優雅に飲んだ。
「誰の誕生日だろうが何だろうが、あんたが酒を奢ってくれるんなら」
――そういやこいつ、酒好きだったな。
鬼頭は半眼になって雅美を見すえた。
以前、雅美にビールを奢ってやったときには、鬼頭的にひどい目に遭わされた。
しかし、あれから今日までいろいろあった。今、雅美に自分のことが好きかと問われれば、あくまで友人として好きだと答えられる。
だから、ついうっかりイブにレストランの予約など入れてしまったのだ。この際、そういうことにしておこう。
「ところで雅美。おまえ、一応予備校生なんだよな?」
「ああ。一応な」
「大学受験……するのか?」
「ああ。今回はすることにした」
「今回はって……今までは?」
「俺が〝予備校生〟になれたのは今年の二月だ。それでとりあえず満足していた」
「じゃあ、今度は〝大学生〟になりたくなったのか?」
「うん」
鬼頭は言葉を失ったが、そういえば、雅美は肩書というものに一般人とは違う意味で憧れを持っていたのだった。
「まあ……それも動機にはなるか。どこを受ける気なのかはあえて訊かないが……とりあえず、頑張れ」
「ああ。とりあえずな」
食事も終盤を迎えようとしていた。さすがに雅美もワインではなく、コーヒーの代わりに頼んでいた紅茶を飲んでいたが、時々何か言いたそうな眼差しを鬼頭に向けるようになってきた。
「どうした?」
「え? その……」
雅美らしくもなく言葉を濁すと、すっと鬼頭から視線をそらせた。
「今週の土曜日……あんた、暇か?」
「土曜日? まあ、特にこれといった用事はないが、何かあるのか?」
「俺の家に……実家に来てくれないか?」
「……何しに?」
鬼頭は慎重に問い返した。
なぜ、いきなりそういう話になるのだ? イブにレストランで食事などしたからか?
鬼頭の心情を察したのか、雅美はあわてて補足した。
「別に、大したことじゃないんだ。ただ、どこから聞いてきたものか、俺の親があんたと話がしたいと連絡を寄こしてきて……迷惑だったら断ってくれていい。言い訳なら何とでも……」
雅美が普通の人間だったら、ますます警戒心をあおりそうな発言だったが、そうではないと知っている鬼頭は真顔になった。
「おまえの親?」
「え、あ、ああ?」
「両親か?」
「いや、母親だけだ」
「でもおまえ、自称戦前生まれだったよな? なら、その母親は当然――」
「理由は言えないが……見かけはあんたとさして変わらない」
雅美を傷つけてしまうかもしれないと思いつつも、鬼頭はこう訊ねずにはいられなかった。
「人間なのか?」
「正真正銘の人間だ。――俺とは違う」
「おまえは母親似か?」
鬼頭のこの質問には、雅美は首をひねったが。
「周りはそう言うな」
「よし、わかった。行く」
だが、鬼頭のその返事を聞いて、雅美は逆に不機嫌そうに顔をしかめてしまった。
「何だよ。言い出したのはそっちだろ? 会ってもらいたくないのか?」
「……別に」
それから店を出て、いつもの駅で別れるまで、雅美の機嫌は直らなかった。
いったいどういう経緯でこうなってしまったのか、今もって鬼頭にはわからない。
今夜は、クリスマス・イブ。
そして、ここは鬼頭が何度か利用したことがある、穴場のフレンチ・レストラン。
さらに、鬼頭の向かいの席では、料理にはまったく手をつけないまま、雅美が白ワインだけを飲んでいる。
(おかしい……どうして俺はよりにもよってクリスマスイブに、わざわざ予約まで入れて、こんなところで雅美と飯を食ってるんだ……?)
店に入った瞬間から自問しているのだが、いっこうに答えが出てこない。
あまり格式張っておらず、値段も手頃でうまい店だ。だが、雅美は料理が運ばれてくるたび、無言で自分の分を鬼頭に押しやっていた。
予約の際、連れは異常に少食なので少なめにしてほしいと頼んでおいたのだが、それでも雅美には多すぎる。本来は無食なのだから。
(変だよな……これじゃほんとに恋人同士みたいだよな……現に俺らの周りにはカップルしかいないもんな……)
唯一の救いは、雅美が黙ってさえいれば、ギリギリ成人している男装の美女に見えることだけだ。
雅美はビールよりワインのほうが好きらしい。どうせならとボトルを一本頼んだが、雅美一人で空けてしまいそうだ。鬼頭が雅美の誕生日プレゼントに赤ワインを選んだのは大正解だったようである。
「雅美」
鬼頭がそう声をかけると、雅美はワインを飲みかけていた手を止めた。
「何だ?」
「いや……ここで食事するなら今日じゃなくて、おまえの誕生日がよかったか?」
雅美は怪訝そうに軽く首をかしげた。
「今日、ここに予約を入れたのはあんただろう?」
「まあ、それはそうなんだけどな……よく考えてみたら、キリストのインチキ誕生日より、おまえの誕生日のほうが重要だったなと」
「俺は別にどうでもいい」
本当にどうでもよさそうに、雅美はワインを優雅に飲んだ。
「誰の誕生日だろうが何だろうが、あんたが酒を奢ってくれるんなら」
――そういやこいつ、酒好きだったな。
鬼頭は半眼になって雅美を見すえた。
以前、雅美にビールを奢ってやったときには、鬼頭的にひどい目に遭わされた。
しかし、あれから今日までいろいろあった。今、雅美に自分のことが好きかと問われれば、あくまで友人として好きだと答えられる。
だから、ついうっかりイブにレストランの予約など入れてしまったのだ。この際、そういうことにしておこう。
「ところで雅美。おまえ、一応予備校生なんだよな?」
「ああ。一応な」
「大学受験……するのか?」
「ああ。今回はすることにした」
「今回はって……今までは?」
「俺が〝予備校生〟になれたのは今年の二月だ。それでとりあえず満足していた」
「じゃあ、今度は〝大学生〟になりたくなったのか?」
「うん」
鬼頭は言葉を失ったが、そういえば、雅美は肩書というものに一般人とは違う意味で憧れを持っていたのだった。
「まあ……それも動機にはなるか。どこを受ける気なのかはあえて訊かないが……とりあえず、頑張れ」
「ああ。とりあえずな」
食事も終盤を迎えようとしていた。さすがに雅美もワインではなく、コーヒーの代わりに頼んでいた紅茶を飲んでいたが、時々何か言いたそうな眼差しを鬼頭に向けるようになってきた。
「どうした?」
「え? その……」
雅美らしくもなく言葉を濁すと、すっと鬼頭から視線をそらせた。
「今週の土曜日……あんた、暇か?」
「土曜日? まあ、特にこれといった用事はないが、何かあるのか?」
「俺の家に……実家に来てくれないか?」
「……何しに?」
鬼頭は慎重に問い返した。
なぜ、いきなりそういう話になるのだ? イブにレストランで食事などしたからか?
鬼頭の心情を察したのか、雅美はあわてて補足した。
「別に、大したことじゃないんだ。ただ、どこから聞いてきたものか、俺の親があんたと話がしたいと連絡を寄こしてきて……迷惑だったら断ってくれていい。言い訳なら何とでも……」
雅美が普通の人間だったら、ますます警戒心をあおりそうな発言だったが、そうではないと知っている鬼頭は真顔になった。
「おまえの親?」
「え、あ、ああ?」
「両親か?」
「いや、母親だけだ」
「でもおまえ、自称戦前生まれだったよな? なら、その母親は当然――」
「理由は言えないが……見かけはあんたとさして変わらない」
雅美を傷つけてしまうかもしれないと思いつつも、鬼頭はこう訊ねずにはいられなかった。
「人間なのか?」
「正真正銘の人間だ。――俺とは違う」
「おまえは母親似か?」
鬼頭のこの質問には、雅美は首をひねったが。
「周りはそう言うな」
「よし、わかった。行く」
だが、鬼頭のその返事を聞いて、雅美は逆に不機嫌そうに顔をしかめてしまった。
「何だよ。言い出したのはそっちだろ? 会ってもらいたくないのか?」
「……別に」
それから店を出て、いつもの駅で別れるまで、雅美の機嫌は直らなかった。
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