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第8話 フレンド
2 孤独
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「中には入りたくないんだが」
傍若無人なように思える雅美でも、さすがにほとんど通ったことのない予備校に入るのはためらわれるのか、とあるビルの前まで来たところでぴたりと足を止めた。
予備校には詳しいわけでもないが、鬼頭が知らないということは、マイナーなそれなのだろう。それだけにやはり疑わしい。
「おまえ、ほんとにここの予備校生なのか?」
雅美は眉をひそめると、コートのポケットからカード状のものを取り出し、鬼頭に差し出した。
「何だ?」
「学生証」
短く雅美は答えた。
「見たらすぐに返せ」
結局、喫茶店には寄らずに雅美が籍を置いているというこの予備校を見にきたのだが、そういうものを持っているならマンションにいるときにさっさと見せていれば、わざわざここまで来る必要はなかったのではないか。雅美の言動を不可解に思いつつも、鬼頭はその学生証を受け取った。
確かに、それはこの予備校のもので、雅美の氏名と写真――まるで人形のようだ――まであった。しかし、鬼頭の目はすぐに、氏名の下の出生年月日、特に年に吸い寄せられた。
「何だおまえ、まだ十八じゃないか!」
名字のとおり、鬼の首でも取ったかのように鬼頭は声を上げた。
まだ、というのは、今まで戦前から生きているだの何だの聞かされてきたからだ。やはり嘘をついていたんだなと怒る一方、そうだよな、いくら変わってるといってもそんなことがあるはずがないよなと、鬼頭は妙な安心を抱いた。が。
「ということにしている」
雅美は微塵の動揺も見せず、鬼頭の手からすばやく学生証を奪い去った。
「何歳でもいいが、それくらいが無難だろう」
「無難だろうって……年なんて、そんな好き勝手に決められるもんじゃないだろ」
第一、戸籍というものが……と続けようとした鬼頭を制して雅美は言った。
「戸籍をいじってる」
あまりに平然としているので、鬼頭はあやうくそれで納得してしまうところだった。
「どうやって!?」
「知らん。俺が直接やってるわけじゃないからな。そのようにしてくれと頼めばそうしてくれる伝手がある。――あまり気は進まないが」
苦々しく顔をしかめる雅美を、鬼頭はこれまで以上にうさんくさく見つめた。
「じゃあ、その十二月十二日生まれっていうのも嘘か?」
「いや、それだけは本当だ」
「へえ、おまえ、十二月生まれだったのか」
だから何だというわけでもないのだが、この少年にも一応誕生日というものがあり、当然赤ん坊の頃があったということに、鬼頭はカルチャーショックにも似た驚きを感じていた。雅美はもう生まれたときから今の雅美で、夜の街を闊歩していたように思っていた。
「どうでもいいが、いつまでここで立ち話を続けるつもりだ?」
言われて我に返る。
周囲を見れば、さほど多くはないとは言え、鬼頭たちは歩道の通行人たちの邪魔になっていた。もっとも、人々の足を鈍らせていた最大の原因は、昼光にさらされた雅美の顔だっただろうが。
「それもそうだな。じゃ、中に入るか」
「だから、それは嫌だと最初に言っただろうが」
「チッ」
何気なく言ったつもりだったのに、雅美はだまされてくれなかった。よほど嫌らしい。
「そんなに嫌なら、最初から予備校生なんてならなきゃいいのに」
そう詰りながらも、鬼頭は自分からそのビルの前を離れた。
「肩書が欲しかったんだ」
返事は期待していなかったのだが、雅美は真面目に受け答えた。
「〝浪人生〟よりは〝予備校生〟のほうが通りがいいだろう」
「〝大学生〟だっていいだろうが」
「金がかかりすぎる」
雅美にとって、大学と予備校との違いはその程度でしかないらしい。
「肩書なんて、おまえでも欲しいと思うんだ」
決して嫌味のつもりではなかったのだが――雅美がそんな〝人並み〟のことを考えるとは思わなかったのだ――雅美にはそう聞こえたらしく、今度は何も答えずに眉をひそめた。
鬼頭がそんな感想を持ったのは、雅美の部屋の中を見たからだ。
〝何もない〟という雅美の言葉は、決して誇張ではなかった。
あれほど何もない部屋を、鬼頭はかつて見たことがない。見せてくれと言ったのは鬼頭だったが、実際、中を一目見た瞬間から、外に出たくてたまらなくなった。
フローリングのワンルーム。
意外と広めのキッチンには、調理器具どころかコップ一個置かれておらず、家具といえば、簡素な黒いパイプベッド、同じく黒の丸テーブル、背もたれつきの椅子だけ。端にきちんと束ねられたカーテンはなんと黒い遮光カーテンで、ベッドも入ったばかりのホテルのように皺ひとつなく整えられていた。
そして、生活臭がまったくない。少なくとも、雅美はここで寝起きしているはずなのに、まるで誰も住んでいないモデルルームのように寒々しい。
ただ寝るためだけの部屋。起きている間はほとんど外にいるのだろう。
だが、たとえそうだとしても、これではあまりにも物が少なすぎる。いつから雅美がここに住んでいるのかは知らないが、最低半年近くは経っているはずなのだ。
『予備校生なのに、参考書の一冊もないんだな』
自分の内心を隠して、鬼頭はそう冷やかした。
『優秀だからな』
幸い、雅美は軽口で返してくれた。
『でもまあ、そのうち購入しよう。で、水は飲むのか?』
『……いいよ。やっぱり喫茶店行こう。それから予備校見学ツアーだ』
『あんた、本気だったのか』
呆れたように雅美は目を見張った。てっきり冗談だと思っていたようだ。
『俺は最初から本気だよ。ほら、時間がなくなるからさっさと行こう』
雅美の返事を待たず、鬼頭はそそくさと玄関を出た。
痛ましい、というのがいちばん近い。
傷だらけで血を流しているのに、当の本人にその自覚がまったくない。
何もないと雅美は言った。何もないが、それで雅美は生きていける。
必要ないからだ。
何にも誰にも関わらなければ、必要なものなどごく少数しかない。しかし、たいていの場合、そんな生き方は許されない。もしすれば、そこには孤独が待っている。
――そう。あの部屋は、孤独そのものだった。
あの遮光カーテンは外界から部屋を隔絶し、一脚だけの椅子は来客を拒む。テレビも本もないのは、外界を知りたくないからだ。
そう気づいたとき、鬼頭はぞっとした。何にぞっとしたのかはよくわからない。それまで見たことがないほど徹底的に閉ざされたあの部屋に対してかもしれないし、そんな部屋を平然と自分に見せた雅美の鈍感さに対してかもしれない。
雅美にしてみれば、そんな形であの部屋に自分の心の内部が表出しているとは思ってもみなかったのだろう。だが、鬼頭はあの殺風景な部屋を見せられたとき、雅美にこう言われたような気がした。
――俺はこれほど孤独だから、助けてほしい。
もしかしたら、そう感じたからこそぞっとして、いち早く外に逃れようとしたのかもしれない。
(見ないほうがよかったな)
部屋のドアを閉める雅美を見ながら、鬼頭は後悔していた。
鬼頭には雅美の孤独は重すぎる。本当に救ってやろうと思ったら、たぶん鬼頭の一生は雅美に食い尽くされる。おそらく、雅美自身もそれを恐れていたのだろう。だから、出会った頃はなるべく鬼頭と距離を置くようにしていたのだ。しかし、度重なる偶然のせいで、それができなくなってしまった。
鬼頭にもその責任の一端はある。迷惑なら迷惑と、はっきり言えばよかったのだ。一言でもそう言えば、それで雅美は姿を消しただろう。変に情けをかけるから、ここまでずるずる来てしまった。あげくのはてには、自分から誘いの電話までかけている。そして、自分が誘えば、雅美は決して断れない。
今となってはよくわかる。あの部屋には電話機すらなかった。そこまで外との接触を嫌う人間が、わざわざ鬼頭のためだけに携帯電話を購入した。つまり、鬼頭は雅美にとって唯一認めた〝外界〟なのだ。
道理で自分が突き放すと、ひどく傷ついた顔をしたはずだ。鬼頭は個人のつもりでも、雅美には鬼頭は〝外界〟そのものだった。世界中から拒否されて、平気でいられる人間はそうはいまい。
ということはである。雅美が他に〝外界〟を見つけないかぎり、鬼頭は彼から離れられないということになる。仮にそんなことをすれば、雅美は再びあの絶望的な孤独の中に埋没することになるだろう。
それだけは何としても避けなければならない。雅美を陽光の下に引きずり出してしまったのは、間違いなく鬼頭なのだから。
「予備校っていえば」
気を変えるように、鬼頭は口を切った。
「俺の父親は、塾講だったんだ」
すねたようにうつむいていた雅美は、顔を上げて鬼頭を見た。
「塾講? ……塾の講師か?」
「ああ。でも、小中学生向けの、小さい学習塾のだよ。ほんとは小学校の先生になりたかったらしいんだけど、生活に追われて、大学中退しちまったからな」
「……まあ、そう言われてみれば、そんなふうに見えなくもなかったが」
考え深げに雅美が呟く。
そういえば、雅美は一度、鬼頭の両親を目にしていた。幽霊か幻か、判然としない両親ではあったが。
だが、あの両親も、あの安普請のアパートも、鬼頭には本物のように見えた。
昔見た、本物の――
「そういや、この近くだったな」
鬼頭は立ち止まって、街並みを見回した。
「何が?」
雅美が怪訝そうに問う。
「いや、この近くなんだよ。俺が昔、両親と住んでたとこ」
「……初耳だ」
「そりゃそうだ。今までおまえに言ったことないからな」
「たまには見に行ったりするのか?」
「それが全然。普段、この辺りに来ることないし、今さら行ってみても……」
そう答えながら、あることを思いついて、雅美と顔を見合わせた。
雅美も同じことを考えていたらしい。軽く眉を吊り上げた。
「〝予備校見学ツアー〟はもう終わりだろう?」
案の定、雅美はそう言った。
「今度は、〝あんたの縁の地を訪ねてツアー〟にしたらどうだ?」
傍若無人なように思える雅美でも、さすがにほとんど通ったことのない予備校に入るのはためらわれるのか、とあるビルの前まで来たところでぴたりと足を止めた。
予備校には詳しいわけでもないが、鬼頭が知らないということは、マイナーなそれなのだろう。それだけにやはり疑わしい。
「おまえ、ほんとにここの予備校生なのか?」
雅美は眉をひそめると、コートのポケットからカード状のものを取り出し、鬼頭に差し出した。
「何だ?」
「学生証」
短く雅美は答えた。
「見たらすぐに返せ」
結局、喫茶店には寄らずに雅美が籍を置いているというこの予備校を見にきたのだが、そういうものを持っているならマンションにいるときにさっさと見せていれば、わざわざここまで来る必要はなかったのではないか。雅美の言動を不可解に思いつつも、鬼頭はその学生証を受け取った。
確かに、それはこの予備校のもので、雅美の氏名と写真――まるで人形のようだ――まであった。しかし、鬼頭の目はすぐに、氏名の下の出生年月日、特に年に吸い寄せられた。
「何だおまえ、まだ十八じゃないか!」
名字のとおり、鬼の首でも取ったかのように鬼頭は声を上げた。
まだ、というのは、今まで戦前から生きているだの何だの聞かされてきたからだ。やはり嘘をついていたんだなと怒る一方、そうだよな、いくら変わってるといってもそんなことがあるはずがないよなと、鬼頭は妙な安心を抱いた。が。
「ということにしている」
雅美は微塵の動揺も見せず、鬼頭の手からすばやく学生証を奪い去った。
「何歳でもいいが、それくらいが無難だろう」
「無難だろうって……年なんて、そんな好き勝手に決められるもんじゃないだろ」
第一、戸籍というものが……と続けようとした鬼頭を制して雅美は言った。
「戸籍をいじってる」
あまりに平然としているので、鬼頭はあやうくそれで納得してしまうところだった。
「どうやって!?」
「知らん。俺が直接やってるわけじゃないからな。そのようにしてくれと頼めばそうしてくれる伝手がある。――あまり気は進まないが」
苦々しく顔をしかめる雅美を、鬼頭はこれまで以上にうさんくさく見つめた。
「じゃあ、その十二月十二日生まれっていうのも嘘か?」
「いや、それだけは本当だ」
「へえ、おまえ、十二月生まれだったのか」
だから何だというわけでもないのだが、この少年にも一応誕生日というものがあり、当然赤ん坊の頃があったということに、鬼頭はカルチャーショックにも似た驚きを感じていた。雅美はもう生まれたときから今の雅美で、夜の街を闊歩していたように思っていた。
「どうでもいいが、いつまでここで立ち話を続けるつもりだ?」
言われて我に返る。
周囲を見れば、さほど多くはないとは言え、鬼頭たちは歩道の通行人たちの邪魔になっていた。もっとも、人々の足を鈍らせていた最大の原因は、昼光にさらされた雅美の顔だっただろうが。
「それもそうだな。じゃ、中に入るか」
「だから、それは嫌だと最初に言っただろうが」
「チッ」
何気なく言ったつもりだったのに、雅美はだまされてくれなかった。よほど嫌らしい。
「そんなに嫌なら、最初から予備校生なんてならなきゃいいのに」
そう詰りながらも、鬼頭は自分からそのビルの前を離れた。
「肩書が欲しかったんだ」
返事は期待していなかったのだが、雅美は真面目に受け答えた。
「〝浪人生〟よりは〝予備校生〟のほうが通りがいいだろう」
「〝大学生〟だっていいだろうが」
「金がかかりすぎる」
雅美にとって、大学と予備校との違いはその程度でしかないらしい。
「肩書なんて、おまえでも欲しいと思うんだ」
決して嫌味のつもりではなかったのだが――雅美がそんな〝人並み〟のことを考えるとは思わなかったのだ――雅美にはそう聞こえたらしく、今度は何も答えずに眉をひそめた。
鬼頭がそんな感想を持ったのは、雅美の部屋の中を見たからだ。
〝何もない〟という雅美の言葉は、決して誇張ではなかった。
あれほど何もない部屋を、鬼頭はかつて見たことがない。見せてくれと言ったのは鬼頭だったが、実際、中を一目見た瞬間から、外に出たくてたまらなくなった。
フローリングのワンルーム。
意外と広めのキッチンには、調理器具どころかコップ一個置かれておらず、家具といえば、簡素な黒いパイプベッド、同じく黒の丸テーブル、背もたれつきの椅子だけ。端にきちんと束ねられたカーテンはなんと黒い遮光カーテンで、ベッドも入ったばかりのホテルのように皺ひとつなく整えられていた。
そして、生活臭がまったくない。少なくとも、雅美はここで寝起きしているはずなのに、まるで誰も住んでいないモデルルームのように寒々しい。
ただ寝るためだけの部屋。起きている間はほとんど外にいるのだろう。
だが、たとえそうだとしても、これではあまりにも物が少なすぎる。いつから雅美がここに住んでいるのかは知らないが、最低半年近くは経っているはずなのだ。
『予備校生なのに、参考書の一冊もないんだな』
自分の内心を隠して、鬼頭はそう冷やかした。
『優秀だからな』
幸い、雅美は軽口で返してくれた。
『でもまあ、そのうち購入しよう。で、水は飲むのか?』
『……いいよ。やっぱり喫茶店行こう。それから予備校見学ツアーだ』
『あんた、本気だったのか』
呆れたように雅美は目を見張った。てっきり冗談だと思っていたようだ。
『俺は最初から本気だよ。ほら、時間がなくなるからさっさと行こう』
雅美の返事を待たず、鬼頭はそそくさと玄関を出た。
痛ましい、というのがいちばん近い。
傷だらけで血を流しているのに、当の本人にその自覚がまったくない。
何もないと雅美は言った。何もないが、それで雅美は生きていける。
必要ないからだ。
何にも誰にも関わらなければ、必要なものなどごく少数しかない。しかし、たいていの場合、そんな生き方は許されない。もしすれば、そこには孤独が待っている。
――そう。あの部屋は、孤独そのものだった。
あの遮光カーテンは外界から部屋を隔絶し、一脚だけの椅子は来客を拒む。テレビも本もないのは、外界を知りたくないからだ。
そう気づいたとき、鬼頭はぞっとした。何にぞっとしたのかはよくわからない。それまで見たことがないほど徹底的に閉ざされたあの部屋に対してかもしれないし、そんな部屋を平然と自分に見せた雅美の鈍感さに対してかもしれない。
雅美にしてみれば、そんな形であの部屋に自分の心の内部が表出しているとは思ってもみなかったのだろう。だが、鬼頭はあの殺風景な部屋を見せられたとき、雅美にこう言われたような気がした。
――俺はこれほど孤独だから、助けてほしい。
もしかしたら、そう感じたからこそぞっとして、いち早く外に逃れようとしたのかもしれない。
(見ないほうがよかったな)
部屋のドアを閉める雅美を見ながら、鬼頭は後悔していた。
鬼頭には雅美の孤独は重すぎる。本当に救ってやろうと思ったら、たぶん鬼頭の一生は雅美に食い尽くされる。おそらく、雅美自身もそれを恐れていたのだろう。だから、出会った頃はなるべく鬼頭と距離を置くようにしていたのだ。しかし、度重なる偶然のせいで、それができなくなってしまった。
鬼頭にもその責任の一端はある。迷惑なら迷惑と、はっきり言えばよかったのだ。一言でもそう言えば、それで雅美は姿を消しただろう。変に情けをかけるから、ここまでずるずる来てしまった。あげくのはてには、自分から誘いの電話までかけている。そして、自分が誘えば、雅美は決して断れない。
今となってはよくわかる。あの部屋には電話機すらなかった。そこまで外との接触を嫌う人間が、わざわざ鬼頭のためだけに携帯電話を購入した。つまり、鬼頭は雅美にとって唯一認めた〝外界〟なのだ。
道理で自分が突き放すと、ひどく傷ついた顔をしたはずだ。鬼頭は個人のつもりでも、雅美には鬼頭は〝外界〟そのものだった。世界中から拒否されて、平気でいられる人間はそうはいまい。
ということはである。雅美が他に〝外界〟を見つけないかぎり、鬼頭は彼から離れられないということになる。仮にそんなことをすれば、雅美は再びあの絶望的な孤独の中に埋没することになるだろう。
それだけは何としても避けなければならない。雅美を陽光の下に引きずり出してしまったのは、間違いなく鬼頭なのだから。
「予備校っていえば」
気を変えるように、鬼頭は口を切った。
「俺の父親は、塾講だったんだ」
すねたようにうつむいていた雅美は、顔を上げて鬼頭を見た。
「塾講? ……塾の講師か?」
「ああ。でも、小中学生向けの、小さい学習塾のだよ。ほんとは小学校の先生になりたかったらしいんだけど、生活に追われて、大学中退しちまったからな」
「……まあ、そう言われてみれば、そんなふうに見えなくもなかったが」
考え深げに雅美が呟く。
そういえば、雅美は一度、鬼頭の両親を目にしていた。幽霊か幻か、判然としない両親ではあったが。
だが、あの両親も、あの安普請のアパートも、鬼頭には本物のように見えた。
昔見た、本物の――
「そういや、この近くだったな」
鬼頭は立ち止まって、街並みを見回した。
「何が?」
雅美が怪訝そうに問う。
「いや、この近くなんだよ。俺が昔、両親と住んでたとこ」
「……初耳だ」
「そりゃそうだ。今までおまえに言ったことないからな」
「たまには見に行ったりするのか?」
「それが全然。普段、この辺りに来ることないし、今さら行ってみても……」
そう答えながら、あることを思いついて、雅美と顔を見合わせた。
雅美も同じことを考えていたらしい。軽く眉を吊り上げた。
「〝予備校見学ツアー〟はもう終わりだろう?」
案の定、雅美はそう言った。
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