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第5話 パーティ
4 始末はつける(※残酷描写あり)
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ホールを出てから、まず腕に掛けていた黒いコートを羽織った雅美は、まっすぐ二階に上がり、いちばん奥の部屋に入った。
そこは客用の寝室らしかった。雅美は明かりもつけず、ドアも閉めずに、「なぜついてくる?」と言った。
「やあ、ばれてましたか」
おどけた声とともに、あの若い男が部屋の中へと入ってくる。
「別につけてたわけじゃないんだけどね。組分けやったら最悪なことに、じーさんばーさんと一緒になっちゃってね。お宅の連れは美人とだよ。うらやましいね」
「――連れじゃない」
「へえ? とてもそうは見えなかったけどな」
そう言いつつ、男は後ろ手で部屋のドアを閉め、鍵をかけた。
「こういうのを、飛んで火に入る夏の虫というのかな? 結構、僕も運がいい」
「そうか?」
窓から差しこむ月明かりの中で、雅美は妖しく冷笑した。
「そう、その顔だ。たまらんねえ。一目見たときからこうしてやろうと思っていた。これだけの美形なら、さぞかしその血もうまかろう」
男は長い舌で赤い唇を舐める。その口の端には、ひときわ大きな犬歯が覗いていた。
「吸血鬼か」
恐れる気色もなく、のうのうと雅美は言った。
「人間でなければ、さらわれるはずもあるまいな。――おまえには影がない」
「何だ、そこまで気づいていたのか」
その言どおり、男の足元に影はなかった。
「だが、もう遅い。おまえは俺のものだ」
男の目が赤く輝きはじめた。
雅美は微動だにしない。
男は雅美の両肩をつかみ、部屋の隅に追いつめた。
荒い息遣いが闇に響く。
「首を出せ」
その声に操られたように、雅美は髪を払い、首筋を出した。
白かった。
男は満足げに目を細め、それにゆっくりと唇を――牙を近づけた。
凄まじい悲鳴が上がった。
耳をつんざかんばかりのその声は、男の口からほとばしっていた。
「ほう。吸血鬼でも痛覚はあるのか」
小馬鹿にしたように雅美が言う。
男は血塗れの手で両眼を押さえて呻いた。
「き、貴様……いったい……」
「襲う相手の正体も見極められない目など、あってもなくても同じだろう」
「まさか……」
血の涙を流している見えぬ目で、男は雅美を見た。
「俺の再生が始まらないのは……」
「安心しろ」
雅美は右手を男に向けた。
「その苦痛も今終わる。永遠にな」
そのまま、横に動かす。
瞬間、男の首が落ち、その体から白い炎が噴き上がった。
「とうとう尻尾を出したな」
燃えながらくずおれる、男の首なし死体を眺めながら、雅美は独りごちた。
「この分では、あとの二人も――」
雅美は思案にふけるように口元に手をやったが、急に踵を返して、鍵のかかったドアへと向かった。ドアの錠が勝手にはずれ、ドアのノブが勝手に回る。
その背後に、男の焼死体も血の跡もありはしなかった。
***
「本当に……どこに行ってしまったんでしょうか……」
夫が消えた女――水野裕美は、同じように妻が消えた男――湯川一郎にすがりつくようにして歩きながら、途方に暮れたように呟いた。
廊下は薄暗いが、見えないほどではない。裕美を支えるようにして歩く湯川の重厚な横顔は、闇の中にぼんやりと浮かんで見える。
「まるで悪い夢でも見ているみたい……それか、ホラー映画か……」
「でも、これはみんな現実で、映画なんかじゃありませんよ」
低い声でたしなめるように湯川は言った。
「ねえ、水野さん。私はこれ以上この家の中を捜してみても、埓が明かないような気がするんですが」
「そうですね……」
おっとりと裕美はうなずいた。
「じゃあ、今度は家の外を……」
「外には、おりゃあせんよ」
はるか前方で、調子っぱずれな男の声が上がった。
湯川と裕美は一瞬身をすくませ、どちらともなく抱き合った。
「誰です?」
裕美をかばうように背中に隠してから、湯川は強い口調で訊ねた。
「そんなに、連れあいに会いたいかね?」
だが、声はあべこべにそう問い返した。
「そ、そりゃ会いたい……」
湯川は面食らったが、質問には答えた。
「そうか……」
声は今度はどこか狂的な響きを立てて笑い出した。
それはガラスを引っ掻いたときのあの音に似て、人の神経をいたずらに苛立たせた。
「何なんです、あんたは!?」
あまりの不快さに耐えきれなくなって、湯川はいまだ姿を見せぬその声に向かって叫んだ。
「湯川さん……」
恐怖のあまり、裕美は今にも倒れそうだ。そんな裕美をかばいつつ、湯川はそろりそろりと前へ進んだ。
一歩足を運ぶだけでもかなりの時間がかかる。そのたび呼吸も荒くなっていくようだ。
「もう、そんなところにおりはせんわ」
あの声。しかも間近で。しかも後ろから。
湯川ははっと振り返った。
裕美はいなかった。
――否。首筋から黒い液体をしたたらせ、愁いに満ちた目を見開いて、闇に抱きしめられていた。
あれは……血だ。光の下では赤いはずの血だ。
「こっちはあんまりおいしくなさそうねえ」
今度は中年の女の声が、湯川のすぐ後ろで上がった。
一度聞いたら忘れられないような声だ。そういえば、さっきの男の声もどこかで――
「まあ、いいわ。どうせこれは前菜よ。あとでとっておきので口直しするわ」
「相も変わらず貪欲な奴だ」
湯川は動けなかった。口もきけなかった。そうして、あの頼りなげで儚げな女が、しだいしだいに闇に蝕まれていくのを見ていた。
獣のような鋭く長い爪で無造作に白い肌を引き裂き、何もかも噛み砕いてしまいそうな歯でさもうまそうに肉を食いちぎり、ついでにどくどくと流れ出る生き血をすすり――
明らかに人ではなかった。しかし、あれを人と言わずして何と言うのだ。
裕美は見る影もなく、廊下に横たえられていた。そして、湯川もまた――
「私は、あーんな野蛮なことはしないわよ」
ねっとりとまとわりつくような女の声が背筋を這いのぼる。
「いい思い、させたげる……」
***
「ホールの外もやられたのね」
そう言う令子の目は、もっぱら豪華なインテリア類に向けられている。それには気づかないふりをして、鬼頭は真面目に受け答えた。
「まあ、外にはそれほど人はいなかったと思うけどね。にしても、すごい人数だよな。いったいどうやって消したんだろ」
熾烈を極めたグーとパーの結果――どういうわけか、なかなか三対二にならなかったのだ――二人は一階を探索していた。
あとの三人――〝銀縁眼鏡男〟林洋司、〝愛玩犬女〟松井美津子、そして〝優男〟奥村優也――は、二階を捜している。
この屋敷は予想以上に広く、なかなか捜しがいがあった。ありすぎて困ってしまうくらいだ。
人を捜しているという名目はあるものの、勝手に他人の家の中を歩き回ることに、鬼頭は心苦しさを覚えていた。――令子はまったく覚えていないようだが。
「そういえば、霧河少年」
その令子が、ふと思い出したようにまた口を開いた。
「あんなこと言ってたけど、ほんとに見つかるのかしらね?」
「さあ……あいつのことだから、もしかしたら、見つけ出しちまうかもしれないけど……」
とりあえずそう答えておくと、脇から急に顔を覗きこまれる。
「ねえ、本当にあの子のこと知らないの?」
「何を突然」
「だって、やっぱりただの知り合い同士には見えないだもん。ね、ほんとはもっと親しい仲なんでしょ? ね? ね?」
「違うよ。さっきも言っただろ。俺はあいつのことなんてほとんど知らないんだよ。かえって君のほうが詳しいくらいだ」
また勘繰られて鬼頭は辟易した。どうしても令子は〝そういう関係〟にしたいらしい。
何とかその話題から離れようと、わざとらしく周囲を見渡す。
「これで一階は全部捜したけど……」
「そうよね。もう全部見たわよね」
幸い、令子は鬼頭の話題転換に乗ってきてくれた。
「一応、二階にも行ってみる?」
「二階は林さんたちが捜してるはずだよ。何かあったんなら、下りてくるはずだから――」
そのときだった。二人は同時に顔を見合わせた。
「今……」
目を見張ったまま、令子が呟く。
「今……女の人の悲鳴、聞こえたわよね?」
鬼頭は黙ってうなずいた。
「水野さん……かしら?」
「かもしれない。とにかく行ってみよう」
そう言って、鬼頭は階段の上り口へと急いだが、令子は鬼頭の言葉にうなずきながらも、まったく逆方向へと走りはじめた。
双方とも、悲鳴が聞こえたと思った方向へと走っていた。そして、当然自分と一緒に相手も来るものと思いこんでいたのである。
「あれ……霧河? こんなところにいたのか」
階段を駆け上り、数歩歩いたところで、鬼頭は廊下の闇に半ば沈みかけている雅美の後ろ姿を認めた。
「鬼頭さん?」
雅美は驚いたように鬼頭を顧みた。その前には何か、人らしきものが倒れている。
「ああ。何だか久しぶりにおまえに会ったような気がするな。おまえのほうはどうだった? 何か見つかったか?」
そう訊きながら雅美の横に立ち、その床にあるものを間近にして、鬼頭は言葉を失った。
「あんたのほうは?」
再びそれを一心に見つめ、優しいとも言える口調で雅美が問い返す。
「たった今、見つけたよ」
鬼頭は自分の口を覆って答えた。
「できたら、一生見つけたくなかったが」
実際その場に行ってみると、カーペット敷きの床は黒い染みだらけだった。
それがただの汚れでないことは、その上にあるものでわかる。
――ほとんど白骨化している死体。
肉も内臓も、わずかに骨にこびりついているだけだ。
しかし、その近くにもう一体、別の死に様をさらしている死体があった。
(湯川さん? これが?)
確かに顔はあった。見たところ外傷も一つもない。だが、彼の威風堂々とした体は、一回りも二回りも小さくなっていた。
浅黒い肌はからからにひからび、骨は浮き上がって見え、その顔もまた一気に百も年をとったかのように皺だらけだ。しかし、不思議なことに、その表情はこのうえない愉悦に満ちていて、目はとろんと惚け、口はだらしなく涎を垂らしていた。
「いったい、何があったんだ?」
「――遅かった」
鬼頭の質問には答えず、雅美はかすかに悔しげに呟いた。
「一人にかかずらっている間にやられた。まさか、これほど早く動くとは……そういえば、あの羽鳥とかいう女はどうした?」
「羽鳥さん? そこに――」
いるじゃないかと言おうとして背後を振り返った鬼頭は、そのまま絶句した。
そこには、もちろん令子はいなかった。
「どうした? 誰もいないぞ?」
「いや……確かに一緒に来たと思ったのに……あ、そうだ。おまえ、女の人の悲鳴聞かなかったか?」
「悲鳴? いや?」
雅美は怪訝そうな顔をする。こういうことに関しては、嘘をつくような人間――なのかどうかは微妙だが一応――ではない。彼がそう言うのなら、本当に聞こえなかったのだろう。
「そうか……おかしいな……確かに二階でしたと思ったんだけどな……」
鬼頭は何度も首をかしげたが、共に悲鳴を聞いたはずの令子がここにいない以上、確認のしようもない。
「まあ、いいか。それより、今度こそ警察に電話せにゃあ――」
二つの死体を一瞥して、鬼頭が胸ポケットから携帯電話を取り出しかけたとき、「待て」と雅美に鋭く制止された。
「何でだよ? 二人も死人が出ちゃあ、このままほっとくわけにもいかないだろ」
「始末はつける」
重くそう答えたが早いか、雅美が走り出す。
「お、おい、どこ行くんだよ? これ――」
「あんたはそこで死体の番でもしてろ」
冷然と雅美は言い捨てた。
「そのほうが俺も気が楽だ」
そこは客用の寝室らしかった。雅美は明かりもつけず、ドアも閉めずに、「なぜついてくる?」と言った。
「やあ、ばれてましたか」
おどけた声とともに、あの若い男が部屋の中へと入ってくる。
「別につけてたわけじゃないんだけどね。組分けやったら最悪なことに、じーさんばーさんと一緒になっちゃってね。お宅の連れは美人とだよ。うらやましいね」
「――連れじゃない」
「へえ? とてもそうは見えなかったけどな」
そう言いつつ、男は後ろ手で部屋のドアを閉め、鍵をかけた。
「こういうのを、飛んで火に入る夏の虫というのかな? 結構、僕も運がいい」
「そうか?」
窓から差しこむ月明かりの中で、雅美は妖しく冷笑した。
「そう、その顔だ。たまらんねえ。一目見たときからこうしてやろうと思っていた。これだけの美形なら、さぞかしその血もうまかろう」
男は長い舌で赤い唇を舐める。その口の端には、ひときわ大きな犬歯が覗いていた。
「吸血鬼か」
恐れる気色もなく、のうのうと雅美は言った。
「人間でなければ、さらわれるはずもあるまいな。――おまえには影がない」
「何だ、そこまで気づいていたのか」
その言どおり、男の足元に影はなかった。
「だが、もう遅い。おまえは俺のものだ」
男の目が赤く輝きはじめた。
雅美は微動だにしない。
男は雅美の両肩をつかみ、部屋の隅に追いつめた。
荒い息遣いが闇に響く。
「首を出せ」
その声に操られたように、雅美は髪を払い、首筋を出した。
白かった。
男は満足げに目を細め、それにゆっくりと唇を――牙を近づけた。
凄まじい悲鳴が上がった。
耳をつんざかんばかりのその声は、男の口からほとばしっていた。
「ほう。吸血鬼でも痛覚はあるのか」
小馬鹿にしたように雅美が言う。
男は血塗れの手で両眼を押さえて呻いた。
「き、貴様……いったい……」
「襲う相手の正体も見極められない目など、あってもなくても同じだろう」
「まさか……」
血の涙を流している見えぬ目で、男は雅美を見た。
「俺の再生が始まらないのは……」
「安心しろ」
雅美は右手を男に向けた。
「その苦痛も今終わる。永遠にな」
そのまま、横に動かす。
瞬間、男の首が落ち、その体から白い炎が噴き上がった。
「とうとう尻尾を出したな」
燃えながらくずおれる、男の首なし死体を眺めながら、雅美は独りごちた。
「この分では、あとの二人も――」
雅美は思案にふけるように口元に手をやったが、急に踵を返して、鍵のかかったドアへと向かった。ドアの錠が勝手にはずれ、ドアのノブが勝手に回る。
その背後に、男の焼死体も血の跡もありはしなかった。
***
「本当に……どこに行ってしまったんでしょうか……」
夫が消えた女――水野裕美は、同じように妻が消えた男――湯川一郎にすがりつくようにして歩きながら、途方に暮れたように呟いた。
廊下は薄暗いが、見えないほどではない。裕美を支えるようにして歩く湯川の重厚な横顔は、闇の中にぼんやりと浮かんで見える。
「まるで悪い夢でも見ているみたい……それか、ホラー映画か……」
「でも、これはみんな現実で、映画なんかじゃありませんよ」
低い声でたしなめるように湯川は言った。
「ねえ、水野さん。私はこれ以上この家の中を捜してみても、埓が明かないような気がするんですが」
「そうですね……」
おっとりと裕美はうなずいた。
「じゃあ、今度は家の外を……」
「外には、おりゃあせんよ」
はるか前方で、調子っぱずれな男の声が上がった。
湯川と裕美は一瞬身をすくませ、どちらともなく抱き合った。
「誰です?」
裕美をかばうように背中に隠してから、湯川は強い口調で訊ねた。
「そんなに、連れあいに会いたいかね?」
だが、声はあべこべにそう問い返した。
「そ、そりゃ会いたい……」
湯川は面食らったが、質問には答えた。
「そうか……」
声は今度はどこか狂的な響きを立てて笑い出した。
それはガラスを引っ掻いたときのあの音に似て、人の神経をいたずらに苛立たせた。
「何なんです、あんたは!?」
あまりの不快さに耐えきれなくなって、湯川はいまだ姿を見せぬその声に向かって叫んだ。
「湯川さん……」
恐怖のあまり、裕美は今にも倒れそうだ。そんな裕美をかばいつつ、湯川はそろりそろりと前へ進んだ。
一歩足を運ぶだけでもかなりの時間がかかる。そのたび呼吸も荒くなっていくようだ。
「もう、そんなところにおりはせんわ」
あの声。しかも間近で。しかも後ろから。
湯川ははっと振り返った。
裕美はいなかった。
――否。首筋から黒い液体をしたたらせ、愁いに満ちた目を見開いて、闇に抱きしめられていた。
あれは……血だ。光の下では赤いはずの血だ。
「こっちはあんまりおいしくなさそうねえ」
今度は中年の女の声が、湯川のすぐ後ろで上がった。
一度聞いたら忘れられないような声だ。そういえば、さっきの男の声もどこかで――
「まあ、いいわ。どうせこれは前菜よ。あとでとっておきので口直しするわ」
「相も変わらず貪欲な奴だ」
湯川は動けなかった。口もきけなかった。そうして、あの頼りなげで儚げな女が、しだいしだいに闇に蝕まれていくのを見ていた。
獣のような鋭く長い爪で無造作に白い肌を引き裂き、何もかも噛み砕いてしまいそうな歯でさもうまそうに肉を食いちぎり、ついでにどくどくと流れ出る生き血をすすり――
明らかに人ではなかった。しかし、あれを人と言わずして何と言うのだ。
裕美は見る影もなく、廊下に横たえられていた。そして、湯川もまた――
「私は、あーんな野蛮なことはしないわよ」
ねっとりとまとわりつくような女の声が背筋を這いのぼる。
「いい思い、させたげる……」
***
「ホールの外もやられたのね」
そう言う令子の目は、もっぱら豪華なインテリア類に向けられている。それには気づかないふりをして、鬼頭は真面目に受け答えた。
「まあ、外にはそれほど人はいなかったと思うけどね。にしても、すごい人数だよな。いったいどうやって消したんだろ」
熾烈を極めたグーとパーの結果――どういうわけか、なかなか三対二にならなかったのだ――二人は一階を探索していた。
あとの三人――〝銀縁眼鏡男〟林洋司、〝愛玩犬女〟松井美津子、そして〝優男〟奥村優也――は、二階を捜している。
この屋敷は予想以上に広く、なかなか捜しがいがあった。ありすぎて困ってしまうくらいだ。
人を捜しているという名目はあるものの、勝手に他人の家の中を歩き回ることに、鬼頭は心苦しさを覚えていた。――令子はまったく覚えていないようだが。
「そういえば、霧河少年」
その令子が、ふと思い出したようにまた口を開いた。
「あんなこと言ってたけど、ほんとに見つかるのかしらね?」
「さあ……あいつのことだから、もしかしたら、見つけ出しちまうかもしれないけど……」
とりあえずそう答えておくと、脇から急に顔を覗きこまれる。
「ねえ、本当にあの子のこと知らないの?」
「何を突然」
「だって、やっぱりただの知り合い同士には見えないだもん。ね、ほんとはもっと親しい仲なんでしょ? ね? ね?」
「違うよ。さっきも言っただろ。俺はあいつのことなんてほとんど知らないんだよ。かえって君のほうが詳しいくらいだ」
また勘繰られて鬼頭は辟易した。どうしても令子は〝そういう関係〟にしたいらしい。
何とかその話題から離れようと、わざとらしく周囲を見渡す。
「これで一階は全部捜したけど……」
「そうよね。もう全部見たわよね」
幸い、令子は鬼頭の話題転換に乗ってきてくれた。
「一応、二階にも行ってみる?」
「二階は林さんたちが捜してるはずだよ。何かあったんなら、下りてくるはずだから――」
そのときだった。二人は同時に顔を見合わせた。
「今……」
目を見張ったまま、令子が呟く。
「今……女の人の悲鳴、聞こえたわよね?」
鬼頭は黙ってうなずいた。
「水野さん……かしら?」
「かもしれない。とにかく行ってみよう」
そう言って、鬼頭は階段の上り口へと急いだが、令子は鬼頭の言葉にうなずきながらも、まったく逆方向へと走りはじめた。
双方とも、悲鳴が聞こえたと思った方向へと走っていた。そして、当然自分と一緒に相手も来るものと思いこんでいたのである。
「あれ……霧河? こんなところにいたのか」
階段を駆け上り、数歩歩いたところで、鬼頭は廊下の闇に半ば沈みかけている雅美の後ろ姿を認めた。
「鬼頭さん?」
雅美は驚いたように鬼頭を顧みた。その前には何か、人らしきものが倒れている。
「ああ。何だか久しぶりにおまえに会ったような気がするな。おまえのほうはどうだった? 何か見つかったか?」
そう訊きながら雅美の横に立ち、その床にあるものを間近にして、鬼頭は言葉を失った。
「あんたのほうは?」
再びそれを一心に見つめ、優しいとも言える口調で雅美が問い返す。
「たった今、見つけたよ」
鬼頭は自分の口を覆って答えた。
「できたら、一生見つけたくなかったが」
実際その場に行ってみると、カーペット敷きの床は黒い染みだらけだった。
それがただの汚れでないことは、その上にあるものでわかる。
――ほとんど白骨化している死体。
肉も内臓も、わずかに骨にこびりついているだけだ。
しかし、その近くにもう一体、別の死に様をさらしている死体があった。
(湯川さん? これが?)
確かに顔はあった。見たところ外傷も一つもない。だが、彼の威風堂々とした体は、一回りも二回りも小さくなっていた。
浅黒い肌はからからにひからび、骨は浮き上がって見え、その顔もまた一気に百も年をとったかのように皺だらけだ。しかし、不思議なことに、その表情はこのうえない愉悦に満ちていて、目はとろんと惚け、口はだらしなく涎を垂らしていた。
「いったい、何があったんだ?」
「――遅かった」
鬼頭の質問には答えず、雅美はかすかに悔しげに呟いた。
「一人にかかずらっている間にやられた。まさか、これほど早く動くとは……そういえば、あの羽鳥とかいう女はどうした?」
「羽鳥さん? そこに――」
いるじゃないかと言おうとして背後を振り返った鬼頭は、そのまま絶句した。
そこには、もちろん令子はいなかった。
「どうした? 誰もいないぞ?」
「いや……確かに一緒に来たと思ったのに……あ、そうだ。おまえ、女の人の悲鳴聞かなかったか?」
「悲鳴? いや?」
雅美は怪訝そうな顔をする。こういうことに関しては、嘘をつくような人間――なのかどうかは微妙だが一応――ではない。彼がそう言うのなら、本当に聞こえなかったのだろう。
「そうか……おかしいな……確かに二階でしたと思ったんだけどな……」
鬼頭は何度も首をかしげたが、共に悲鳴を聞いたはずの令子がここにいない以上、確認のしようもない。
「まあ、いいか。それより、今度こそ警察に電話せにゃあ――」
二つの死体を一瞥して、鬼頭が胸ポケットから携帯電話を取り出しかけたとき、「待て」と雅美に鋭く制止された。
「何でだよ? 二人も死人が出ちゃあ、このままほっとくわけにもいかないだろ」
「始末はつける」
重くそう答えたが早いか、雅美が走り出す。
「お、おい、どこ行くんだよ? これ――」
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