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第11話 懺悔、そして対話

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 勇者の抜き放った剣が仄かに光る。


 どうしてだ!? どうして勇者は剣を抜き放つのだ!?
 現れた時の勇者の顔は酷く落ち込んでいた…
 だから、勇者が持ち帰った私の質問への答えはNOであると思っていた…
 では、どうして剣をそんな顔をして剣を抜き放つのだ…
 もしかして、答えがYESだったのか?
 もし…YESと言うなら… そんな顔をしないで欲しい…
 私の為に悲しまないでくれ… 勇者よ…


 そう考えた魔王は、大きく手を開いて胸を開く。
 そして、瞳を閉じて、最後の時を待つ。
 瞳を閉じていれば、勇者の悲しむ顔を見なくて済むはずだ…

 辺りには静寂の時が流れる。魔王は静かに最後の時を待つ。だが、一向にその時が訪れない… そんな時…


 カラン…


 何かが地面に転がる音が鳴り響く。
 魔王は何事かと思い、薄っすらと瞳を開く。
 すると、勇者の剣が地面に転がっていた。魔王の前に転がっていたのだ。

 驚いた魔王は視線を上げ、勇者の顔を見る。
 すると、勇者は悲しい笑顔を作り、魔王を直視していた。


「魔王よ…」


 勇者が弱々しく口を開く。


「どうしたのだ!? 勇者よ!」


 魔王の心が騒めく。


「お前の勝ちだ…魔王…」


 勇者はゆっくりと、そしてはっきりと答える。


「私の勝ち? 一体、どういうことなのだ!!」


 魔王は勇者の言葉の意味が分からず、激しく困惑する。
 そんな魔王に勇者は伏目がちに語り始める。


「魔王…私はお前を倒す為に作り出された勇者だ… しかし…私がお前を倒したところで… その後に、この星を覆う死の瘴気を払い、新たな生命を生み出す事が出来ないんだ…
 私や人族では…この星を蘇らせることは出来ない…
 そんな勝利を得た所で何の意味がある?
 魔王と私、立場が変わるだけの事では無いか…
 ならば、一時的とは言え、死の瘴気を浄化出来る事や
 新たな生命を生み出せるお前の方が、この星にとっての希望になる…
 つまり、人族はとうの昔に負けていたんだよ…」


 そして、勇者は瞳を上げ、魔王を見る。


「魔王…私を刺せ! そして勝利を手に入れろ…
 人族には死の瘴気を払う事や新たな生命を生み出す、資源もエネルギーも残されてはいない…
 それら全てが私に注ぎ込まれたのだ…
 魔王よ! だから、私の体を使い…
 お前がこの星の死の瘴気を払い、新たな命をこの星に解き放つのだ!」


 勇者はそう言うと覚悟をしていた魔王のように、両腕を開き、自分の命を捧げるように胸を開き、そして、死を受け入れる様に瞳を閉じる。


「止めろ…」


 魔王が小さく呟く。


「止めてくれ…」


 魔王が震える声を漏らす。


「止めてくれ!!!」


 魔王が悲鳴のような声を上げる。勇者は魔王のその悲壮な声に驚き、閉じていた瞳を開く。


「ま、魔王?」


瞳を開いた勇者の視界には、身体をわなわなと震わせ、両手で顔を覆う魔王の姿があった。


「止めてくれ…勇者よ… そんな事は言わないでくれ…
 私は己が民を護れず、人族を滅ぼし、死の瘴気を生み出して、この星の生物までも根絶やしにした張本人だ…
 何人も許されざる罪を犯した大罪人だ!!!

 私はずっとその罪の重さと、孤独の寂しさに苦しみ、辛い思いをしてきた…
 目を閉じれば、果ての見えない血の沼を彷徨い、
 護ることが出来なかった民が、どうして助けてくれなかったと私にしがみ付き…
 滅ぼした人族が、どうして殺したのかと、私に怨嗟の声を耳元で吐き続ける…

 私は怖くて恐ろしくて仕方なかったのだよ… 悪夢に苛まれて眠る事さえできなかった…

 私は贖罪の為…共存の為に、この地下の箱庭を作り上げたといったが、
 本当は悪夢の中に出てくる彼らを…彼らの怒りや憎しみ、絶望の表情を払拭したくて…
 笑顔の人々を作り上げたんだ…

 しかし、彼らの憎悪が薄まる事は無かった…
 積み重ねる年月が、まるで犯した罪の重さの様に私の上に伸し掛かり、
 私の罪悪感は深まるばかりだった… 
 だから、彼らの憎悪が薄まる事は無かったんだよ…」


 いつしか魔王は膝を地につけ、身体を屈めてひれ伏しながら、目に大量の涙を流し嗚咽の声を上げていた。


「魔王…」


 勇者にはその魔王の姿は、人と敵対していた魔族にも…民を束ねる王の姿にも見えなかった… 悔い改め、許しを求めるただの一人の人として見えていた。


「そんな時に、勇者…君が現れた…
 一万二千年…一万二千年ぶりに君が現れたんだ…
 
 君は花だ… この星にたった一つの希望の花なんだ!
 私にとって、一万二千年ぶりに現れた希望なんだよ!! 贖罪のチャンスなんだよ!

 私は大罪人だ… とても贖う事の出来ない大罪を犯した大罪人だ…
 分かっている、そんな事は分かっている… この一万二千年の年月で嫌なほど分かっている…
 だが、そんな私でもずっと許しを希求していた… 神に祈り続けてきた…

 しかし、その神が罪を贖う為…私に許しを与える為と言っても…
 私は、君を殺す事なんて出来ない… 

 君は花だ… この星でたった一つの花…
 一万二千年もの間、草一つ生えないこの星に現れたたった一つの花なんだよ…

 そのたった一つの花を手折る事なんて、私には出来ない…
 例え、神が私に与えた贖罪の機会だとしてもそんな事は出来ない…

 私に付き纏う亡者の列に君が加わるなんて…とても耐えられない…

 既に血塗られたこの手であっても、もう誰も手を掛けたくないんだ…
 
 それが何人であっても…どれ程小さな命であっても…
 手折りたくない…手に掛けたくない…もう何も殺したくないんだっ!!!」


 それは魔王が一万二千の間、胸の内に溜め込んでいた魂の慟哭であった。 


「だから勇者よ… 
 自分を刺せなんて言わないでくれ… 自分を殺せなんて言わないでくれ…
 君は私にとっての希望…
 そんな君には絶対に言って欲しくなかった言葉なんだ…

 もう…許してくれ…この私を許してくれ…」


 魔王はまるで母を見失った幼子の様に身体を丸めて泣きじゃくる。

 その姿に勇者は頬に温かい物が流れるのを感じた。涙が溢れていたのだ。

 そして、一歩、また一歩と魔王の側に歩き、その震える肩に手を触れる。


「すまない…済まなかった…魔王…
 お前は自らの罪と過ちを認め、後悔し苦しみ…
 そして贖いをしてずっと許しを求めていたのだな…
 
 お前の話を聞いていて分かった、お前は真摯で誠実な者だ…
 真摯で誠実な者は、自ら犯した罪と過ちを自分自身で許す事なんて出来ない…

 だから、私に希望を持ってくれたのだな…
 許しを与える存在として…この私を…」


 勇者は魔王の肩を抱きしめる。まるで幼子をあやす母親の様に…


「そして、お前は優しい人物だ…

 自らの恐怖や罪悪感、それらの苦しみから逃れたいだけであれば、
 早々に私に討たれて死ねばいいだけ…
 しかし、お前はそうはしなかった…
 お前は私に、死の瘴気を払い、新たな命を芽吹かせることが出来るかを尋ねてきた…

 それは、自身の身代わりとして、この誰もいない星に私を取り残させない為であろう?
 自分の様に、私を孤独にさせないためなのであろう? 魔王よ…」


 自身の真意を見抜いた勇者の言葉に、魔王ははっとして顔を上げる。
 すると、そこには優しく微笑んだ勇者の顔があった。


「勇者よ…」


 魔王の瞳には更に涙が溢れてくる。

 理解…理解者だ… 勇者は魔王の全て…苦しみや孤独、後悔や願い…それら全てを理解してくれたのだ。


「許そう…全てを許そう…
 一万二千年の孤独の中をお前はずっと罪の重さに後悔してきた…もう十分だ
 例え神がお前を許さなくても、この私がお前の全てを許そう…

 その上でお前に告げる。
 立て、魔王、そして一緒に歩こう。
 共にこの星の未来の為に…
 いつの日か、この星に命が溢れるその日の為に
 力を合わせ、共に歩こう」


 まるで母のような微笑であった。


「勇者よ! 私を許してくれるのか!? 共に歩いてくれるというのか!!」


 すると、勇者は魔王の手を引いて立ち上がらせる。


「あぁ、そうだ! 共にこの星の為に歩こう! そして未来に向かって進もう!」


「ありがとう…ありがとう…勇者よ…」


 手を引いてくれた勇者の手を握り締める。


「では、魔王よ… 今度は私の後に付いてきてもらえないだろうか」


 勇者は魔王の手を握り返した。

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