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30.違う自分

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次の日、何事もなく朝を迎え別室に用意されていた朝食を食べると、昼食用に軽く持ち帰る食事を作ってほしいと頼み、注文していたキモノを取りに一度宿を出た。
頼んだ分はフウの食事にする予定だ。
朝店が開店してからすぐくらいにキモノを取りに行ったが、きちんとサイズ合わせをされており職人としても仕事の速さに驚く。
部屋を貸してもらい着替えるとすぐに宿屋に戻り、頼んでいた弁当をもらって馬車へと移動した。

「ただいまー」
「おかえり、とりあえず何事もなかった。この二匹の機械の犬が守ってくれると聞いていたし、よく眠れたぞ」
「それは何よりだ」
「宿屋の方に頼んでお弁当を作ってもらったんだ、よかったら食べて」

感謝を言いながらフウはお弁当を受け取り中を開いた。
昼に食べる予定として頼んだものだが、本当は今食べるためなので中身も暖かい。
必要な栄養素はこれで十分とれるだろうというような、焼き魚や漬物そしてご飯と煮物で構成されているお弁当。
フウは手をあわせ、自分の目の前にあるごはんに感謝してから食べている。
昨日の食事も今日の朝食も、城に居た頃には自分が嫌いだと言って手を付けなかったものも入っていた。
だが、それは自分のただの我儘が通るだけの環境があっただけで、いざ何も食べる物がなくなった時はいかに自分のしてきた事が愚かだったのかがわかった。

『私は恵まれた環境で育ちそれが許されていた。庶民の生活も食や文化ももっと知らねばならぬな』

「ご馳走様でした」

フウがご飯を食べているあいだにシラハとシズハは馬の手入れと出発の準備を終え、ご馳走様でしたの言葉を聞いた後馬車を走らせる。
今日は二つ先の街マツダイラを目指す予定で、何もなければ午後には到着する。

「フウさんのフウマさんとの思い出エピソードって何かありますか?」
「そうだな…、私が初めてフウマの事を一人の異性として見るようになったきっかけがあった…」

二人で盛り上がる恋愛話。
フウがフウマの事をずっとずっと好きだったことが伝わってくる内容に、シズハも聞くのを楽しんでいた。
いつか自分も恋をして、それを友達に話す事に憧れを抱いていたものが、今ここで起きている。
シラハも馬車を走らせながら、背後から楽しんでいるシズハの声を聞いていた。
道中である程度の視線はあったが、特にサムライとすれ違っても止まれと言われる様子はない。
陽が傾くころには何事もなく次の街マツダイラへと到着した。
馬車を近くに停め、家の主に声をかけにシラハが馬車から降り玄関へと向かう。
一軒家でそれなりに広く、二階建ての一回部分には散髪店も併設されている。

「キヨタダ、俺だ」
「あら、もうついたの?時間って経つの早いわね。ちょっと待ってね開けるから」

そう言いながら玄関のドアを開け、シラハを迎え入れる男性。
腰まで伸ばしたストレートの髪は紫色の髪に紅色のメッシュがあり、特徴的なオネェの口調で話している。

「久しぶりね。ここへ来たってことは、馬車の中にいるのね?」
「あぁ、少しの間世話になる」
「いいわよ気にせずに、好きなだけ使いなさいな」
「ただ…一つ問題があってな…。悪いんだがもう一つ部屋を用意してほしい」
「なによ…」
「二人とも降りてきていいぞ、とりあえず家に入る」
「え…ふた…二人??」

シズハはキモノを来た姿で降り、フウは前回の街でシズハが使っていたローブを纏って降りる。
3人は早々に玄関に入ると扉を閉じた。

「少し訳があって、今一人女性を乗せている。その経緯も話すから部屋を用意してほしい」
「わかったわ、何もなくあなたがこんな事するはずないもの、ちょっと居間で待っていてくれる?」

キヨタダは奥の部屋へむかうと、もう1人のための部屋を整えてくれたようだ。
家が広く、仕事である程度稼いでいるキヨタダだからこそできるのだろう。
しばらくするとキヨタダは奥の部屋から居間へと戻ってきた。

「お待たせ…準備できたわよ。それじゃ、聞かせてもらおうかしら…今までのいろいろとやらを。と…その前に、そろそろそのローブで隠れたお姿を拝見させてもらってもいいかしら?」

それを聞いたフウがゆっくりとフードを降ろしローブを脱いだ。

「えぇ…!?ちょっと…やだ…。まさかこんな事になってるなんて…」
「俺も同感だ…」

フードを被った女性が、この国の現在おふれが出ている姫だったなんて誰が想像できただろう。
キヨタダも動揺を隠せなかった。

「どうするのよ…この先…」
「とはいえ…帰らないと言ってきかないしな…」
「すまない…わがままを言って」
「はぁ…見つかったらただじゃ済まないわよ?」
「そ…それは私がなんとかする。勝手に馬車に上がったのも、帰らないと言ったのも私なのだから…」
「だから私に手紙を送ってきた時、髪を染める薬を用意しておいてくれって言ったのね?」
「そういうことだ…」

こうなってはもう仕方ないと、キヨタダは店の前のカーテンを閉め中が見えないよう準備し、フウをつれてくるように言う。
専用の椅子に座らせ、用意してあった薬品を手にフウの近くに立った。

「いい?この薬品はあなたの意思の象徴。今黒く染め上げた時はいいけれど、この色が続くかどうかはあなた次第。魔法が練りこまれた薬剤だから、少しでも迷いがあったり意思が揺るいだりしたら、髪の色は黒から白に戻るわ。そうなれば、元の場所に戻されるのは時間の問題。それだけの決意があるのね?」
「やってほしい、私はフウマに会ってその先を共に決めるまで、家には帰らぬ」
「なるほど…そういう事ね。わかったわ…始めるわよ」

慣れた手つきで髪を染める作業を始めるキヨタダ。
髪を塗っている間に、今までのシラハとシズハの二人の旅の事を聞いて、途中出会った事件の解決や行方不明になりかけた事も話した。
ただ、フウはシズハの正体が何かを知らないため、聞きながらところどころ不思議そうな顔をしている。

「二人は…新婚…で旅をしていると聞いていたのだが…?」
「あ…えぇと…」
「やだ…2人とも話してなかったの?」
「事情が事情なだけにな…」
「どういうことだ?」
「私は…タクタハという…国の王女なの…」
「なっ…」
「ほーら、動かないの。顔まで黒くなっちゃうでしょ」
「ということは…私と…一緒なのだな…?」
「うん…そういう事かな」
「だがなぜ…」

シズハは自分がここにいる経緯を説明した。
17歳の誕生日に無理やり隣国の王子と結婚されそうになったこと、そして移動している船の上でシラハに合った事だ。
もしそのまま船にのっていたら、今頃酷い目に合っていただろうと。
ララシュトへも同じ理由で向かわなくてはならないのだが、隣国へ行くよりも全然いいと今シラハと行動を共にしている。
自分の望まない相手との結婚を嫌だと思う気持ちは、フウにとって痛いほどよくわかった。

「そうか…シズハも同じ理由で…。この先、シズハがどのようになるかはわからぬが、少なくとも私は今二人を見ていてとても幸せそうに見える。もしその婚姻が断れるものなのならば、その先また二人で過ごしても良いのではないか?」
「…あ…、うん…」

シラハと一緒にいると楽しいと思うし、離れたくないと思う。
その気持ちに気付いてから、他人から見るシズハの姿はとても幸せそうに見えているらしい。

「さっ、できたわよ」
「…お…おおぉ…」

肩まである髪はシラハが切った時よりも整えられ、真っ黒になった髪はまるで別人だった。
違う自分の姿を見るのが初めてだったフウは、席から立つとくるっと回り自分の姿を確認している。

「素晴らしいな」
「気に入ってくれたらなら、私も嬉しいわ」
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