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第22話 その頃の舞台裏、検査目線

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 検査室の人工的な明かりの元、絞精容器に駒込ピペットを突っ込んでちゅうっと中の液体を吸いだした、天井から降り注ぐ光に透かして軽く状態を確認する。
「多い?!」
 主目標で有る白濁部分の多いその献体サンプルを前に思わず呟いた。
 ゆっくりと別の容器にサンプルを移す。
 その容器の中には先ほど採取されてきた精液が収められていた、 先ず量がすごかった、一般的に0.1ml取れれば上出来と言われるのだが、少なく見積もっても10mlはあったのだ。
「濃い?!」
  更に濃さが違う、一般的に精液というものはほぼ無色に近いのだが、真っ白である。 ガラス棒でひかっかる、持ち上げるとごってり付いてくる、これだけで感動的だ、普通のは多少糸を引く程度で、顕微鏡で観察する分すら取れないのに。
 顕微授精が主流になってしまったのはこの薄さが原因なので、これだと一時代前の人工授精でも楽に受精できそうだ。
「~♪~♪」
 出来の良すぎる献体に思わず鼻歌が漏れる。
「兎田部長、ご機嫌ですね? なんか有りました?」
 部下のツブリが声をかけてきた。
「いやあ、すごくご機嫌な献体がね?」
 そんな事を言いながらガラス棒の先からスライドガラスの上に献体を乗せる、流れるようにカバーガラスを乗せ、顕微鏡のステージに乗せる。
 今時アナログな手法では有るが、フルデジタルで機械処理できるほど件数が無いので、アナログが現役で併用なのだ。
 倍率は100倍から。
 接眼レンズをのぞき込み、くるくると調節ねじを回してピントを合わせる。
「すご♪」
 思わずそんな変な歓声を上げた。
 レンズに映る視界を埋め尽くすように元気いっぱい暴れる精子が居た。
「そんな良いもの来ました?」
 ツブリがこっちにも見せろとのぞき込んでくる、正直踊り出したい気分ぐらいなので、気分良く席を譲った。
「まったく大げさなんだから………」
 やれやれと言った感じの呟きをしつつ、顕微鏡を覗き込んだ。
「うわ......なん.......じゃこりゃ......」
 絶句するように呟いている。

「昔は全部こんなのだったっていうけど、実物見ると現実感ないわね?」
 顕微鏡のスイッチをカメラ出力に切り替えてPCモニターに映し出す、スクリーンショットで切り取って、カウントシステムを起動する。 
「1平方ミリ当たり億単位なんだけど......」
 数字がバグっている、設備やシステムアプリが壊れている訳では無い事は、自分たちがよく知って居る。
 体感でそれぐらいは無いと辻褄が合わない密度なのだ。
「造り酒屋の協会酵母みたいな、そんな密度ですね」
 酒飲みじゃないとわかり難い例えだ。ヤグルトみたいな? いや、アレも億だけど、こんな粘性無いし。
「運動性能は?」
 真っ直ぐ泳がない精子だったら悲しい所だが..........
「A++」
 力強く真っ直ぐ泳いでいる、AI測定でも満点オーバーだ。
「なんつうか、この精子見ただけで惚れそうなブツですね………………………」
 ツブリが遠い目をしている。
 イケメンな検体と言うのは割と珍しいけど、ある意味本体みたいなもんだし?
 精液の匂い物質にフェロモン系あったかなあ?
「と言うか、出所何処のです?」
「詳しい事は黙秘に成るけど、地元の有力者の所から?」
 濁してみる。
「あのロリババア妖怪なヤタおばあちゃんですか? 冷凍保存のあの人のじゃないですよね?」
 濁しても一瞬で確定されているのは、異様にキャラが強いからだろう。
 因みに、瞬間冷凍で凍結させた場合でも、解凍後にはある程度ちゃんと泳ぐので、確かにその可能性も無くはない。
「ついさっき絞ったばっかりのホヤホヤだから、急いで全行程検査しろってさ」
 精液ランクに病気に遺伝子に、データベースログまで一通りと言うと、結構な手間だ、9割ぐらいセットしたらほぼ自動計測されるのだから、楽なものだが。
 時間的に待機分が結構あるわけだが。
「お急ぎ?」
「良いんじゃないの? どうせ件数少ないし」
「暇ですからねえ……」
 中央統括な首都圏の忙しさとは違う、こちらは地方病院の精液検査部門だ、母数が致命的に少ないので、多少の無理は聞けるのだ。

「遺伝子パターン的に、登録されてる人じゃないんですね? 本気でどっから持ってきたのやら?」
 今は亡きレジェンド三助さんな海野琥珀さんの残し種が冷凍庫から発掘されたから鑑定して買い取れと言う話でも無いらしい。
 となると、本気でどっからとも無く確保してきたと言う事になる。謎過ぎる。
 更に言うと、各方面、遺伝子型的にかなり遠い、コレは更に嬉しい、男子母数が少なすぎてどうしても遺伝的近親相姦、インブリードが進んでいる為、新しい種は本気で貴重なのだ。
 と言うと、遺伝子的にほぼほぼ全員運命の人LVで惚れやすいんじゃ?
 遺伝子的には私も対象でエッチな相性もとか、そんな妄想も膨らむが。
「本人と言うか本体は後から連れて来るって言ってたわね?」
「楽しみにしておきましょうか?」
 二人でにへらっと笑みを浮かべた。

「ワンチャン、これ指につけて突っ込むだけでも受精しそうね?」
  内心やっちゃえと悪魔がささやくが、横領行為だ、いや、でもこれこのスライドガラス分とかは洗って廃棄しちゃうんだ...... 
「味見とかしてみても?」

 更に悪魔的な提案が出てきた。 
「.........残りの分保存容器に突っ込んで、急速冷凍かけるけど、その時に容器にこびりついた分は洗浄廃棄よね?」

 ツブリと目を合わせて、無言で肯いた。
 器具の衛生状態はどうなんだって? そんなもん、毎日毎回あらゆる薬品と洗剤で洗浄と滅菌処理しているので下手な飲食店のコップよりも奇麗なのだから何の問題もないのだ。

追伸
ヤタちゃんは地域的に雄氏、この世界では雌氏的なものなので有名人。
上司、兎田薬うさだくすり
部下、山田ツブリ
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