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第五章

11 真実

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 レイジェス様とまったり寝台の上でごろごろしているとインターホンが鳴った。

「リリーでございます、姫様、旦那様起きてらっしゃいますか? 3刻程のちにお声を掛けろとの事でしたので、お知らせしました」

 私は裸のまま、ぱたぱたと走ってインターホンに出た。

「大丈夫起きてますよ。ありがとう」

 寝台に戻ると、裸のまま歩くのは止めなさいとレイジェス様に怒られた。

「もう着替えますね」

 そう言って、私は自分の部屋に行き、クローゼットを開いた。そこからクリーム色のアバヤを取り、隣のタンスから装飾下着の上下を出した。
アバヤを椅子に掛けて、装飾下着を先に着る。ショーツの紐が結びずらいけどなんとかなった。そのあとアバヤを下から着て頭をすっぽりと通して腕を通す。目の部分だけはあけて、フードとマスクはしたままでレイジェス様の所に行くと残念な顔をされた。

「リアの魅力が半減になっているな」
「そうする為に着てますからね」
「これをしろ」

 そう言って、サイドテーブルに置かれたアメシストのペンダントを付けてくれた。

「レイジェス様も着替えて? 一緒に下へ降りましょう?」
「ああ」

 私達が着替えて食堂に行くと、父神様は不機嫌そうに紅茶を飲んでいた。

「エドアルド、わたくしとレイジェス様にもトウミ紅茶をお願い」
「承知しました」

 エドアルドが厨房へ消えると私は父神様に話しかけた。

「随分眉間に皺が寄ってますが、キール様はご一緒ではないのですか?」
「ああ、あれなら拗ねて面倒だったので、放置していたら部屋に行った。寝ているんじゃないか?」
「あら、お可哀想に」
「可哀想? 我の方が可哀想である。そなたはレイジェスと寝室にしけこみ、我を蔑ろにした。なんと酷い娘であるか……」

 白の牧師風の服の袖を目頭に当てて、泣いた振りをする父神様に私は呆れた。

「それはそれは、申し訳ございませんでした。レイジェス様とお会い出来て、嬉しかったのです。拗ねないで! 父神様!」

 私がそう言うと食堂の入り口辺りにゲートが開いた。
黒い渦が巻いて、出てきたのはユリウス様だった。
ふっと出てきたユリウス様が、父神様を見て口を半開きにして驚いていた。

「……セバスから城に通信があり、至急来られたしとの事だったが、どういう事だ? レイジェス」
「見れば分かると思うが、アリアの父君で創造神である、アズライル様だ」
「……光り輝いてお顔が拝見出来ないが、これが……本物の神か」
「ユリウス、そちらへ座れ」

 と父神様は斜め右の椅子を指差す。父神様はレイジェス様がいつも座る席、テーブルの横長の端、厨房に続く方の一端を陣取っている。なのでレイジェス様は父神様の左斜めに仕方なく座っている。私はいつもの席で食堂に入ってすぐの端に座っていた。
ユリウス様が言われた椅子に座るともう少し寄ってテーブルの角に腕を乗せろという。

「何を?」
「お前の血が必要だ。採血する」

 ユリウス様は不審に思いながらも大人しく採血された。
採血が終わると父神様はユリウス様に悪態をついた。

「我はそもそもお前が好かん」
「なっ、……それは何故でしょうか? 私がアリア様を誘拐したからですか?」
「そうだ。お前の家系の者は何百年経っても変わっておらぬ」
「? それはどういう事でしょうか……? 我がワイアット皇国の初代皇王は天界からこの下界へ下られ、ワイアットの民を導いた。言うなれば私は貴方の子孫でもあるはずだ……」

 父神様は目を瞬いたあと馬鹿にした様にユリウス様を笑った。

「あはははっ! 何も知らぬ愚かな者よ。人間という生き物はどうして皆この様に醜く浅ましいのか。歴史を歪め、己の都合の良いように書き変える」

 ユリウス様はむっとして反論した。

「何故その様に言うのですか!? 私の体には確かに神の血が流れている! 何なら証拠を見せましょうか!? 今ここでっ!!」
「……見なくても分かる。お前は本当に神の血を引き継いでおる」
「では、何故その様な物言いを!」
「初代皇王はただの人間だった。真なる神は初代皇王の妾、地下の日も当たらぬ場所で神の取篭に入れられ、一生を飼われた。私の娘神、ミレイユ。豊穣の神であった」
「初代皇王には妃が3人いたが、妾なんていなかったはずだ!」

 父神様は眉間に皺を寄せてユリウス様を睨んだ。

「何故分からぬ? 我は嘘などつく必要は無い。ただ、ありのままを言っているだけだ。なのに、ユリウス、貴様は動揺しているようだが?」
「そんな馬鹿な……」
「神の取篭に入れられ、足輪、首輪をされてしまえば神と言えども何も出来ぬ。そんなミレイユを初代皇王は毎晩犯した。そうして生まれたのが二代目の皇王だ」
「そんな風に歴史書では書かれていない……」
「神の教えと、宗教を取り入れ栄えたのがワイアットだ。その神の娘を地下深くに閉じ込め、毎晩犯して子供を生ませたなど、歴史書に書けるわけも無かろうが」

 ユリウス様は俯いて黙ってしまった。その姿は真実を知って打ちのめされている様だった。レイジェス様は興味深そうに話を聞いていた。
『神の取籠』に入っていた私には分かる。あれは内側からじゃ開けられない。
誰かに外から助け出して貰わないと……。
囚われてるのを知ってるなら父神様が助ければいいじゃない。
そう思ったら言葉に出てしまった。

「……そんな事まで知ってるんだったら、……だったら、父神様がミレイユ様を助ければ良かったじゃない!」

 ユリウス様もレイジェス様も驚いた様に私を見た。

「……助けに行った」
「なのに、助けられなかったの?」

 私が聞くと父神様は険しい顔をして言った。

「あれは帰りたくないと言った」
「どうして?」
「……シールズを愛していると言った」

 私が不思議そうにしているとユリウス様が呟いた。

「初代皇王の名前……」
「あれだけ酷いことをされたのに、最悪な事にミレイユはいつしか奴を愛する様になっていた」
「じゃあ、愛し合ってたんですね、良かった」
「愛し合ってた? 奴に愛情など無かった。子供を二人生んだ後、情報が漏れるのを恐れた奴は『穢れの刃』でミレイユを殺した! せめて、生きて解放してくれれば……今頃ミレイユもまだ笑っていたかも知れない。でも、奴は……!!」
「それは……とても悲しい出来事です」

 私も言葉が詰まってしまった。

「何が神聖大国ワイアット皇国だ……。初代皇王はこう言っていた。『我は人にあらず、降臨した神なり』と。ただの人間如きが神の名を騙り、我の娘神を殺した。
神を奉る? ふざけるなっ! 神殺しの国がよく言う! そしてまた同じ事を繰り返した……アリアにだ!!」

 その場がしーんとなっている時に、エドアルドが紅茶を運んできた。父神様のティーカップも取り替えて新しく入れなおすと、順々に紅茶を注いでまわった。
ユリウス様はうな垂れて小さな声で言った。

「……大変、申し訳ございませんでした……!!」

 声が震えていた。

「父神様、ユリウス様を許してあげて? わたくしの事はもう、きちんとユリウス様に謝って頂いて、わたくしはユリウス様を許しました。でも、そんな何百年も前の事を話されても、初代皇王様はもう死んじゃってると思うし、ユリウス様は初代皇王様じゃないわ? ちゃんとユリウス様本人を見てあげて?」

 父神様は私がそう言うとバツが悪そうにそっぽを向いた。
分かってるんだホントは。父神様も。そんな何年も前の事を言っても仕方が無いって。下界なんてほぼ行かないから、ユリウス様に会ってしまって、ずっと溜まってた想いを吐き出したかったんだろう。
ユリウス様はすっと立ち上がってお辞儀した。

「私は城に戻ります。仕事中、抜けて来たので」
「ええ、採血のご協力、ありがとうございました」
「では」

 ユリウス様はゲートを開いて城へ戻った。
私はマスクの片側を外してから紅茶を飲んだ。
父神様を横目で見る。

「なっ、何だ、我は悪くないぞ!」
「どう見ても父神様がずっと色々溜まってて、当り散らした様にしか見えないんですけど?」

 ふて腐れた顔をしている父神様を放って、レイジェス様に話し掛けた。

「レイジェス様、わたくし、お風呂に入りたいんですけど、ご一緒します?」
「ん?」
「あちらにいる時は一度しかお風呂に入りませんでしたから、魔法だけだとさっぱりした感じがしなくて。ゆっくり湯船に浸かりたいんですよね」
「そうか、では行くか」
「待て、我も一緒に」
「父神様とは入らないと、レイジェス様と約束しましたから」
「レイジェス……お前っ!!」
「リアは私の婚約者ですからね? 私の物です。それに、妻と風呂を一緒にするのは夫の役目でございます」
「まだ結婚出来ぬ年であろうがっ!」
「人の7年など神からすると瞬きの如くでしょう? アリアが大人になるのもあっという間です。それでは」
「父神様もそろそろ食堂から出て下さいね。そこにいては使用人達が夕食の準備も出来ませんわ?」

 私はレイジェス様と手を繋いで食堂を後にした。





「あ~、やっぱりお風呂最高~!」

 私が湯船の中で体を伸ばしていると、まだ体を洗っているレイジェス様がこちらを見て言った。

「しかし、君には本当に驚くな」
「驚く? 何に?」
「いつもあの様にアズライル様と話をしているんだろう?」
「ええ、もちろん?」
「アズライル様はお怒りにならないのか?」
「……どうして?」

 レイジェス様は困った様な顔をして、そのあと微笑んだ。

「アズライル様がリアに結婚を申し込んだのが何となく分かった」
「ええっ?」
「君は創造神であり唯一無二の絶対神であるアズライル様と対等なんだ。そして、娘であり、愛おしく想い、慈しんでもいる」
「うん? よくわかんない。レイジェス様の言ってること」
「ああ、分からなくてもいい、私は分かった」
「え~ずるい~! 自分だけ分かってて、わたくしは分からなくてもいいなんて、馬鹿にしてるでしょ!」
「いや、逆だ。私は君を尊敬している」
「尊敬? 尊敬されるような事してないですけど?」

 レイジェス様は体に付いた泡を洗い流して湯船に浸かった。
私に手を伸ばし、抱き上げて膝に乗せると頬にキスをした。

「君がアズライル様に豊穣の神を『助けに行けば良かったのに!』と言った時、ユリウスも驚いただろう? 神の怒りに触れ、それを説き伏せるのはとても難しい。君はそれをやった。恐れも知らず、過去の罪ではなく、今の人となりを見てくれと言っていた。私は驚いた」
「あれは、だって、そう思うでしょ?」
「思っても普通は言えないであろう。私の小さな淑女。私は君を誇りに思う」
「も~やだぁ! 褒め過ぎぃぃっ!」

 恥ずかしくって、レイジェス様のほっぺを両手でびよーんと伸ばした。

「このっ、いたずら娘がっ!」

 レイジェス様にも私のほっぺをびよーんと伸ばされた。

「痛いれふ~!」
「反省しろっ!」

 レイジェス様は爽やかに笑った。





 夕食の時間になり食堂に行くと、キール様が父神様と隣り合って席に着いていた。どうやらレイジェス様の席を陣取るのは止めたらしい。
リシュフェルは父神様の少し斜め後ろに立っている。
私もレイジェス様も席に着くと次々と食事が運ばれて来た。
料理は白身魚のソテー、ナージェの実のソース掛けと、米粉入りパンと豆のサラダとワカメと山キジの卵のスープだった。

「ほぅ、全て我が食べれる物ばかりだな」
「父神様がいるので、いつもよりちょっと豪華な気がします」
「このパンの歯応えがもちもちしていて面白い」

 キール様は米粉パンを気に入った様でおかわりをしていた。
食事を終えると父神様、キール様、リシュフェルは食堂から出て行った。

「ん? アズライル様方はすぐ出て行ってしまったが、何かあったか?」
「あ~、たぶん、リシュフェルに精を与えにお部屋に行ったかと。下界で食堂で致すのはまずいので、お部屋で『神の恵み』を与えて下さいと申しましたので」
「だが、キール様まで?」
「キール様は父神様ラブな方なので、二人きりにはしておけないと、監視すると言い出したんですよ」
「キール様は男色家なのか?」
「さぁ? 父神様は女性にもなれますし? わたくしも性別を変えれるでしょ?」
「ん? ……そういえばそうだな?」
「だから、神同士では性別なんて、あまり関係ないと思いますよ」

 食事が終わり、食後の紅茶を飲んでから私達は寝室に戻った。
レイジェス様は長椅子に座り、私はその膝に上って座るとにっこり笑った。

「ずっと離れてたから、くっ付いていたいのです」
「ずっと? たった五日ではないか?」
「レイジェス様も、たった五日でも長く感じたと仰っていたではないですか?」
「うむ、まぁ、そうだな……」
「わたくしも同じです」

 過去に行っていた事をレイジェス様に言おうとしたけど、フェリシアンの事が胸に何故か引っかかって、話すのは止めた。でも、聞きたい事は沢山ある。確認したい事も。

「ねぇ、レイジェス様?」
「ん?」
「レイジェス様のお父様がお亡くなりになったのって、レイジェス様が16歳の時でしたっけ?」
「ああ、そうだ」

 オートマタがプリントアウトしてくれていたあの書類には、フェリシアンの事は書かれていなかった。たぶん7位に埋もれているんだろうと思った。
だから、その生死に疑いを持った。
もしかして、フェリシアンは生きているんじゃないかと……。
でも、現実は残酷だ。やはり、フェリシアンは亡くなっていた。

「どうした? 悲しそうな顔をして」
「悲しそうな顔? わたくしが?」

 私は自分の顔を触った。

「……あの城で、グレーロック城でレイジェス様が御自分の身の上を語って下さった時、お母様にもお父様にも愛されていなかったと仰ってましたけど、それは直接言われたわけではないのですよね?」
「……ああ」
「どうしてそのように考える様になったのですか?」
「何故いきなりそのような話をする?」
「いきなりではないです。前から少し疑問に思っていました。ご両親に遊んで貰った記憶も……無いの?」

 レイジェス様は暫く考え込んでいた。右手でこめかみを押さえると眉間に皺が寄った。

「少し頭痛がするな……。母上に関しては私が物心ついてからは病気がちになり、近づくなと言われた。それでも、母上が眠っている時ならと、お顔を拝見していたら……お前の顔など見たくない、もう二度と自分の前に現れるなと……。その後はエラに、『貴方は母に愛されていない、孤独な人間だ』と、『私なら貴方を自分の子供として愛せる』と言われた。幼かった私はエラの言う事を信じて、彼女に懐くようになった」
「でも、エラはレイジェス様に、その、いたずらをして、信用は無くなったわけですよね? なのに、まだエラが言っていた、『貴方は母に愛されていない』という言葉を未だに信じているの?」
「実際、母が私に『近寄るな、お前の顔など見たくない』と言ったのも事実だったからな。それはどう考えても良いようには受け取れない……」

 そんなことないよっ! フォスティーヌさんはいつもレイジェス様の事だけを一番に考えてたよ? 言いたくても言葉が出ない。『言の葉制限』のせいだ。

「ねぇ、お父様は? お父様とは一緒に遊んだこと……無いの?」

 フェリシアンは嫌々だったけど、レイジェス様と遊んだ後はちゃんと楽しんでいた。
あの記憶は消されて、もう無いんだろうけど、少しでも、欠片でもいい、残っていないんだろうか?

「父上は……いつもエラの屋敷に行っていて居なかった。だから私の事は常に放置だな。うっ、頭痛が酷くなって行く……!」
「レイジェス様!? 大丈夫!?」

 レイジェス様が両手で頭を押さえて、暫く俯いていると、ふっと顔を上げた。

「……夢想かも知れないが、今ふわりと映像が湧いた。セバスと私と父上でボール遊びをしていた。ああ、近くにはもう一人誰か、子供がいた様に思えた……」

 ……それ! 私と過ごした記憶だっ!
あの時の記憶! 消したはずの……。

「あの父上が私とボール遊び? 有り得ない。なんでこんな夢想を私が……」
「……夢想じゃないかも知れませんよ? 小さい頃の記憶って忘れ去られがちですから」

 夢想なんかじゃない、事実だよ? だって私、一緒にいたもん。皆で一緒に遊んだ。
この言葉をレイジェス様に直接言えたらどんなにいいか。
でもそういう訳にはいかないらしい。

 ただ、ひとつ分かった事はある。
レイジェス様に『貴方は愛されていない、孤独な人間』と吹き込んだのは、第二婦人のエラだった。

「第二婦人のエラは今どこで何をしているんです?」
「父と離婚したあとは確か……名前は忘れたが男爵と再婚し、男爵夫人になったと聞いたが、私は詳しくは知らぬ。あの女とはもう関わりたくもない」
「そうですか……」

 どうしてフォスティーヌさんはレイジェス様にあんな酷いことを言ったんだろう?
フェリシアンはともかくとして、フォスティーヌさんは確実にレイジェス様を愛していたのにも関わらず、そんな言葉を言ってしまうなんて、絶対何かあったはずだ。

 レイジェス様は私を抱き上げて寝台に連れて行った。
二人で愛し合い、一緒に眠る。
それはとても単純で、幸せな事の様に思えた。

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