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第五章

6 イズモ会議 五【微BL表現あり】

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 父神様と朝食を取っていると大広間の扉がバン! と勢い良く開けられて、オートマタが入ってきた。つかつかとこちらに来て、テーブル前で腕を組んで仁王立ちになった。

「アズライル、私が何を言いたいか、わかりますか?」
「……何のことやら?」

 父神様はオートマタを見上げて凄く良い微笑みをした。

「アズライル、貴方のせいで大広間の神が殆どいない。採血が済んでない神々は元に戻しますよ?」
「採血したらまた無限回廊に入れておけ。アリアにいたずらしようとする奴等ばかりだ」
「……ふぅん、なるほど」
「アリアが襲われすぎる。今日にでも帰ろうと思うのだが、良いか?」
「あと二日待ちなさい。アリアの血液はまだ解析されてない。他にも調べたい事や実験したい事がある」
「分かった」

 オートマタは大広間から出て行った。確かにオートマタの言うとおり、暗い室内を見渡すと、どのテーブルも人がいない所がある。空席なんて、最初は無かったのに。

「父神様? わたくしが寝ていた間、守って下さってありがとうございます」
「よいよい」
「まだ眠り足りないでしょ? 寝ても良いですよ?」

 私はソファーの上で正座をして膝をぽんぽんと叩いた。

「ん?」
「ここを、枕にしても良いですよ?」
「我の重みで潰れるんじゃないか?」
「大丈夫ですよ~」

 父神様はそっと私の膝に頭を乗せた。ブランケットを肩まで掛けてこちらを下から覗き見る。

「どうしました?」
「眠れる歌を歌ってくれ……」
「はい」

『羊の綿毛の布団の中で、一匹、二匹と数えたら~♪』

 父神様は目を閉じた。私は歌いながら父神様のおでこの上、髪の生え際を優しく撫でる。ほの暗い静かな大広間に私の歌声が響く。
天井から薄桃色のプルメリアがゆっくりと降ってきた。

『三十四匹~羊のしっぽを追いかけて~♪』

 この歌は羊の数え歌。三十四匹数えた所で父神様から寝息が聞こえた。
眠っている父神様は薄桃色の花に覆われて、まるで永遠の眠りについている様に美しく見える。ソファーやテーブル、床にも花が降り積もっていた。
ソファーの背もたれにそっともたれ掛かると私も眠くなって来た。
遠くで天使が『採血をするので研究室に来てください』と神々に話しかけている。
今日は2段目に座っていた神々の番だと思いながら眠りに落ちた。





 気が付くと私達が座っているテーブル辺りを水色の透明なドームが囲っていた。

「……何これ?」
「んっ、……どうした?」

 私の声で父神様も起きてしまった。まだ眠いのか目を擦っている。
父神様はドームを見て『ほぉ』と言った。

「これが何か知っているんですか?」
「ああ、これは守護幕しゅごまくだ。ナナシ様の神呪で害成す者は通れない」
「わたくし達が眠っている間に掛けてくれたんでしょうか?」
「たぶん、オートマタからそなたの事が伝わったのかも知れん。あれでは無限回廊が満員で使えなくなるからな」
「無限回廊って定員があるの? 『無限』って付くから際限が無いのかと思ってました」
「メビウスの輪みたいなものだ。初めと終わりがくっ付いているから無限ではあるが、その場所は狭い」

 なるほど。

「ってか、わたくし思うんですけど、日の光を浴びたいです。風や草花の香りを感じたい。ここには外は無いのですか?」
「ここの外は宇宙空間に繋がっておる。外に出たら空気が無く死ぬぞ?」
「どうりで天窓の外が夜空なんだ~ 納得です。でも、こんなほの暗い所で何日も雑魚寝とか、体にも精神衛生上にも良くないですよぅ。ちゃんと健康的に運動しましょうよ~。わたくし、体を動かしたいです。健康的な運動をしないから、皆さんエロい事ばかりしちゃうんじゃないでしょうか?」

 父神様は目をぱちぱちさせた。

「本当にそなたは体が弱いというのに、じっと出来ぬな?」

 呆れた様に私を見て苦笑いする。その顔は私を愛してくれている顔だ。
父神様は空間からほんのり光る手鞠を出して私にくれた。

「これで天使達と遊ぶと良い。そちらの端でな」

 と私達が座っているテーブルから少し右を指差す。

「そこなら我の目が届く。薬は持っているのか?」
「はい、レイジェス様が作ってくれたのが、まだ空間収納にあります!」
「我慢せずに、苦しかったらすぐ飲むように」
「は~い」

 私は近くにいた天使二人に声を掛けて大広間の右端で手鞠で遊び始めた。
天使の一人が私に話しかける。

「私達と同じ小さな神様なんて、初めて見ましたっ」
「あたしも~」
「そんなに小さな神様って珍しいんだ?」
「「はいっ」」

 小一時間程天使達と遊んで自分の席に戻ると父神様が暇そうにしていた。

「楽しめたか?」
「はいっ」
「我は暇だった」
「あはははっ。父神様はお暇でしたら、お友達を作ればいいのですよ」
「友達だと? この我が?」
「だって、話し相手がいないから暇なんでしょ? わたくしがいる時はわたくしが話し相手になって上げますけど、わたくしがいないと誰とお話するの?」
「何だか随分上から目線の様な気もせぬが?」

 父神様に睨まれた。
二人で話しているとまた人が寄って来た。

「ほら、お友達候補が来ましたよ?」
「そなた狙いの獣かもな」

 その人は背がとても高く筋肉質だった。かなりごつい体をしている。肌は茶色に艶を帯びていて、髪は黒く強いウェーブがかかっている。彫りの深い顔で鼻がすっと高い。瞳は金色で瞳孔が明るい所にいる猫の様に縦長だった。
お辞儀をしたかと思うと跪き、自己紹介をした。

「何度かアズライル様はお見かけした事があるのですが、ご挨拶は初めてかと思います。初めまして、私は惑星スタイノの主神キールです」
「惑星アズイルの主神、アズライルだ。こちらは我が娘であり次席神である、アリア=アズライル」
「惑星名を付けられたのですね」
「いつまでも名も無き惑星では呼びにくいからな」
「大変結構です」
「で、何用だ?」
「父神様、いきなり失礼ですよっ」
「いえいえ、……私は8代目ナナシ様が最後に創った神なのですよ。そして、アズライル様、貴方は9代目ナナシ様が唯一創った、唯一人の神だ」
「ふん?」
「言うなれば、私のすぐ下の弟と言える」

 父神様はいかにも嫌そうな顔をした。分かり易過ぎて相手が気の毒だ。
でも、キール様は全然気にしてない様だった。

「我をそなたの下に置きたいという考えか? 我は誰の下にもならぬ。我こそが天上人。我は心も体も自由の身」
「父神様、唯我独尊的過ぎるのですが?」
「下とはあくまで生まれた順に関してです。アズライル様はそれで良いのです。ただ私が弟として貴方を愛してしまったのです」
「また我への性交渉の話か……うんざりだな」
「性交渉などではありません! 話をしたかっただけです!」

 キール様は父神様のストレートな物言いに顔を真っ赤にしながら反論していた。
思っていたよりシャイな人っぽい。

「まぁ、座りませんか? こちらにどうぞ」

 私は少し横にずれて父神様の隣にスペースを作った。

「そなた勝手に決めるな」
「え? だって、今丁度話し相手が欲しいって言ってた所じゃないですか。いいタイミングで現れたと思うのですが?」
「だが、こやつは我に下心を持っておる」
「でも害が無いから守護幕を通れたんじゃ?」

 父神様ははっとした顔をしてキール様を見た。

「ふむ……。ではキール、茶がいいか? 酒がいいか?」
「酒で!」

 父神様は光を飛ばして天使に酒と肴を注文した。
天使達に運ばれて酒と肴がどんどんテーブルに置かれる。
私達三人は乾杯をして一緒に酒を飲んだ。
意外に父神様とキール様は話が合う様で、いつの間にか仲良くなっていた。
父神様の方が弟なのに、何故か兄っぽくなっていて、体の大きな兄のキール様の方が弟っぽく感じた。性格のせいなのかな? 父神様は見た目が中性的な割りに意外と男っぽいし、キール様は体がでかくてごつい割りにシャイで大人しい。

「今度、アズライル様の惑星に行っても良いですか?」
「構わぬが、そなたは自分の惑星管理をしなくて良いのか?」
「今まで発展していた文明がついに終焉を迎えたのですよ。なので少し離れても大丈夫です」
「ほぉ……どこら辺りまで発展したのだ?」
「核戦争で終結です。今残っている人の総数は100名にも満たないでしょう」

 私はそれを聞いて驚いた。

「そうなる前に防げなかったのですか?」

 私が聞くとキール様はきょとんとした顔をした。

「キール、アリアのベースは人の魂と記憶だ。だから神々の考えは分かりずらい」
「なるほど。アリア様、核戦争を防ぐのは我々神の役目ではありません。人が考え人が阻止をするのです」
「じゃあ、何もしないって事?」
「基本はね? でも、文明が終焉を迎えたら、また同じことにならない様に終焉を迎える事になった原因物は消去します」
「そう、良かった」
「良くは無いぞ。キールの惑星の文明終焉は初めてでは無いな?」
「さすが、アズライル様、気づきましたか。もうかれこれ3回目です」
「ええっ!?」
「こちらが親切に文明が終焉を迎えないように原因物を排除したとしても、人々は愚かにも最後はそれに行き着くのです。そして繰り返す」

 さっきルマル様が人間は愚かで卑しく自分の事しか考えないと言っていたのを思い出した。

「私が何もしないのは、人々が自分達で考え平和への道を歩んで欲しいからです。我々神が手を下しても、自ずから考え、理解しなければ人々の進化は有り得ない」

 フッっと父神様が自嘲的に笑って言った。

「大体、我々は人間に『神の教え』などと、何かを教えたりはしない。でも何故か人間の中には『私の前に神が降臨した、私は神の子だ』などとぬかす奴が数千年かに一度位は現れる。そして勝手に宗教として崇められる。『懺悔』という行いだとて奇妙な物だ。神官に罪を話すと許される事になっている。いくら罪を話した所でその者のやったことは無しにならない。罪は罪だ。自分にも、誰にも許されない。神の世界ではな?」
「まぁ、人々は神をも自分達の都合の良いように扱いますからね。そこが醜悪なんです」

 父神様もキール様も人間をあまり良く思っていないのがなんとなく分かった。
キール様がお神酒を注ぐので、ぐびぐび飲んでるとなんだかふわふわしてきた。
どれ位時間が経ったのか全然分からない。お神酒とおつまみでお腹一杯だし。
早くお屋敷に帰りたいなと思った。




 また眠っていたみたいで、目覚めると周りに誰もいなかった。ブランケットが掛けてあって、守護幕もそのままだ。
父神様とキール様はどこへ?
私だけ、おいてけぼりなんて酷過ぎる。ちょっと拗ねながらお神酒を飲んでいると二人がやってきた。

「どこに行っていたんです? わたくしだけ置いて行くなんて~!」
「二人で大浴場に行っていた。そなたは寝ていたであろうが?」
「二人でっ!? もしかして裸をキール様に見られちゃったのっ!?」
「あ? まぁ、そうなるか?」
「父神様、無防備過ぎます! キール様は父神様がお好きなんですよ? もうちょっと自覚を持って下さいませ!」
「う~む、その言葉、そなたに全て返したい。キールは大丈夫であろう? なっ?」

 父神様が珍しく優し気にキール様に微笑んだ。

「は、はいっ!」
「やましい気持ちがあれば守護幕は通れぬ。今通れているという事は心配ない、アリアよ」
「ほんとにぃ~?」

 私がキール様を疑いの目で見ると、頭をぶんぶん縦に振った。

「決して酷い事は致しません!」
「そうですか、まぁ、父神様にお友達が出来て良かったです。話も合うみたいだし、きっと相性が良いのですね」
「そうだと嬉しいです」

 キール様は爽やかに笑った。
しかし、他にする事がまず無いし、飲んで食べて寝るしか無いなんて暇すぎる。

「今何時かも分からないし、やる事が無いし、暇すぎます!」
「うむ。我もこんなに長くイズモ会議に出た事など無かったが、確かに暇だ」
「私はアズライル様やアリア様と一緒にいられて楽しいですけどね~」

 キール様はご機嫌だ。

「今って地上的に言うなら夕方位の時間かなぁ?」
「かもな」

 父神様がキール様にお神酒を注がれてぐいっと飲み干した。

「暇だから研究室にでも行って来ようかなぁ?」
「何をしにだ?」
「ん~『混沌の狭間』を探検! ついでに研究室でわたくしの血液の解析が進んでるか聞いてこようかな? と。じっとしてるのが窮屈過ぎます」
「行くなら天使を連れて行け」

 父神様は光を二つ飛ばして天使を二人呼んだ。
私は天使達と大広間を出た。

「あれ? アリア様ぁ、そちらは研究室ではありませんよ?」

 天使の一人が不思議そうに言う。

「研究室に行く前にちょっと探検をしたいのです」

 ここはTの字になっている廊下で、研究室が左に真直ぐ続く道であるのに対して、右は真っ直ぐで緩やかな階段の道になっている。

「右の道の先にはお部屋がある?」
「ありますよ~? 図書館とか、メインコントローラー室とか」
「メインコントローラー室?」
「図書館なら入っても良いと思いますけど、メインコントローラー室は一般の方は入っちゃダメだと思うんだけどなぁ~?」

 天使が渋い顔をする。

「え~? ちょっとだけ! ちょっと見るだけだから!」
「バレたら私が怒られちゃいますぅ。せめてノルン様か、オートマタさんに許可を貰って下さいっ!」
「あっ、じゃあ、やっぱり先に研究室に行こうっ! で、オートマタさんに見学許可貰おう!」
「オートマタさんが良いって言うか分かりませんよ?」
「聞くだけ聞いてみる~」
「ほんと、アリア様って……」
「ん? わたくしが何?」
「いえっ、何でもありませんっ」

 天使二人は呆れながらも私を研究室に連れて行ってくれた。
ブーンと音がしてドアが開いた。
研究室内は明るい。電気か魔石かは知らないけど、ちゃんと明かりが付いている。
オートマタが椅子に座って顕微鏡を覗いていた。

「ん? アリア、どうしました?」
「ただ、食べて飲んで寝るなんて暇すぎて、わたくしの血液の分析結果は出たのかな~? と気になって来ちゃいました。てへへへ~」
「そうですか。では、これを見ますか?」

 オートマタはそう言ってシャーレに入っていたガラス板を取り出した。そのガラス板には真ん中に黒い線が書かれていて、右と左で透明な薄いピンクの液が垂らされていて、薄いガラスでカバーされている。それを顕微鏡にセットして、私に見ろと言う。
私は顕微鏡の双眼レンズに目を当てた。

「右のハンドルで調整してピント合わせてね」

 ピントを合わせながら見ると細胞が動いていた。ちょっと白血球に似ている。左の細胞はうようよ、わさわさと動くのに対して右の細胞は動きが緩慢かんまんだった。

「これはある神の血液から採った細胞とアリアの細胞です。どちらが貴方の細胞だか分かりますか?」
「ん~左の落ち着きの無い、常に動いてる方が私の細胞?」
「いいえ、貴方の細胞は右の緩慢な動きをしている方」
「え? 私どこか体が病気なの? 隣の人に比べると細胞の動きが鈍いわ?」
「貴方の場合、魔心核に問題があるから動きが弱いのも事実なのですが、本来の神々の細胞は緩慢な方が普通なのですよ。だから、問題があるのは左の細胞です」
「ちなみに……」

 オートマタはそう言いながら、二分割になっている新しいガラス板を持ってきて、スポイトで水色の液体を二分割されたどちらにも垂らした。そのあとまたスポイトで薄いピンク色の液を両方に垂らす。薄いガラスでカバーをしたあと、また顕微鏡に乗せた。

「どうぞ、見てみて?」

 私はまた双眼レンズに目を当てた。
そこには二つの光景が見えた。左はとても小さな水色の棘々した細胞が凄い勢いで分裂していて、ピンク色の少し大きな細胞がその水色の細胞に食われていた。面白いのは、ピンク色の細胞は動きが早くて逃げやすいだろうに、自分から水色の細胞に食われに行っている所だ。右は小さな水色の棘々した細胞は動かず、ピンク色の細胞も先程の動きと大して変わらない緩慢な動きのままだった。言うなれば膠着状態と言う所だろうか?

「これも、右が私ですか?」
「そう」
「左の細胞、食べられちゃってる……。これって誰の細胞?」
「ベテルよ」
「母神様!?」
「あと、もうひとつ見て」

 オートマタは今度は二分割されてないプレパラートを持ってきた。
そこにやはり2種類の液体をスポイトで垂らして顕微鏡にセットした。

「これはたぶん、普通の神の細胞。見てみて」

 私がそれを見ると私のよりちょっとだけ活発な細胞が水色の細胞に食われていた。

「アリアの細胞はあんなに緩慢な動きなのに、食べられていなかったのに対して、この多分、普通の細胞はアリアの細胞より活発なのに食われている。この結果分かった事は……貴方の細胞にはこの水色の細胞を抑制する効果があるという事。だから、アリアが言っていた夢の話は正しい。事実だと思う」
「わたくし、ただの不思議な夢だとばかり……」
「ただ、まだ足りない。今の状態では只の『抑制』状態でしかない。あと一人いると言っていた。その者の細胞を調べたい」
「ねぇ、オートマタ?」
「何です?」
「水色の棘々した細胞が……ウィルスと呼ばれている物なの?」
「ええ」
「どうして、母神様の細胞はあんなにむしゃむしゃと食べられていたの? 水色のも凄い勢いで増えていたし?」
「多分、ベテルは細胞が変異している。そうなる原因が、何か彼女に起こったのではと、私は推測しています」

 何だか話を聞いて呆然としてしまった。
あの小さな水色の棘々した細胞の集まりが、急に巨大に感じて凄く怖くなった。

「アリア様ぁ、大丈夫?」
「大丈夫?」

 天使達が私の顔色が悪くなったのを見て心配してくれた。
今すぐ父神様に甘えて安心したくなった。私は図書館やメインコントロール室を諦めて大広間へ戻った。

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