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第四章

35 第二夫人エラ

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 私は公爵様とチェスをした日から『アバヤ』を着る様にした。
このお屋敷では公爵様とレイジェス様、それにセバスが私の魅了に掛かってしまうから、なるべくそれを防ぐための防御策だ。

 ちなみに、オーギュストとスタンリーには『魅了』は効いてない様なので二人共誰か心に決めた人がいるのかな? っていうのが私の推測だ。
オーギュストを観察してるともしかして、その相手はフォスティーヌさんなのかな? と思う。本人には聞けないので合ってるかどうかは分からない。
スタンリーに関しては誰が好きとか分からない。そもそも私と会ったりするのは食事時位なものだから。
今日の私は白いアバヤを着ている、で、そのまま書斎で公爵様のモデルをしている。
こんな格好じゃ姿も見えないし、描いていて楽しいのか謎だ。

「今日はうちの顧問弁護士と第二夫人であるエラとその弁護士が来る」
「え?」
「エラとは別れる、フォスティーヌともな」
「はぁ?」

 そんな事になったら歴史が変わっちゃうよ!

「この前言ったじゃないか、君を愛していると。もうフォスティーヌにもカミングアウトしたしな? あとはエラだけだ」
「ちょっと待って! そんな事したら歴史が変わっちゃうわ!」
「……もしかして、君のいる時代では私は二人と別れなかったのか?」
「あっ!」

 私は慌てて口を押さえたけど、もうダメだった。公爵様は私を見てニヤリとしている。いつもなら言ってはいけない事は『言の葉制限』で喋れないのに、過去の時代まで『言の葉制限』は作用しないらしい。自分が余計な事を言いすぎてる感が満載だ。
正確に言えば別れたのは第二夫人だけで、フォスティーヌさんとは死に別れだ。
でも、それを言ってもまずいだろうし、取り合えず黙ってるしかない。

「ふむ……以前の私が二人と別れなかったのであれば、今私が二人と別れればどういう未来になるんだろうな……?」

 そう言って横目で私を見るけど、正直そんな未来は経験してないので分からない。
女神と言っても、何でも知ってるわけじゃないんだから。

書斎の扉を叩く音がした。
公爵様が鍵で扉を開けるとスタンリーだった。

「申し訳ございませんが、公爵家の顧問弁護士とエラ様がお見えになっています。お茶会室に通してますが……そこで良かったですか?」
「問題ない、これから着替えてすぐ行こう。もう少し待たせてくれ」
「承知しました」

 スタンリーは私をぎろりと睨み書斎を出て行った。

「君も一緒に行こう? エラの驚いた顔が見たい」
「それは……悪趣味ですよ、わたくし憎まれちゃいそうですわ?」
「憎まれるも何も、彼女は金と地位の為に私に近づいたんだよ? 愛情が絡まない分、フォスティーヌより別れるのは楽だと思うけどなぁ?」

 呑気な事を言ってる公爵様にめまいがした。
私はエメラダ様の事を思い出した。レイジェス様は私と仲が良い所を見せ付けて諦めさせようとしたけど、結局憎まれて、殺されそうになった。
まぁ、私もエメラダ様に説教みたいな事、言っちゃったから切れちゃったんだろうけど。

「なっ?」

 公爵様が何を話していたか全然聞いていなかった。要するに付いて来いと言う事なんだろうけど。

「……守ってね?」
「もちろん!」

 私は公爵様の後ろに付いてお茶会室へ行った。
もう既にエラとエラの弁護士、それにアルフォード公爵家の顧問弁護士も揃っている。その中に公爵様は入っていって丸テーブルの席に着いた。私は公爵様の隣の椅子に座った。

「その子は誰なの!? フェリシアン!」

 興奮した面持ちで鼻息荒く詰問するエラを、冷たく見下した様に公爵様は言った。

「エラ、君は最初に挨拶をする事も知らないのか? アリア、皆さんに御挨拶を」
「わたくしはアリア=アズライル8歳、神籍でございます。訳あって、こちらのお屋敷にお世話になっております」
「「……美しい……」」

 二人の弁護士が私を見て言った。

「その子は……貴方の隠し子なの!?」

 私の髪がレイジェス様と同じ黒髪なせいか? 変な勘違いをされた。
エラがそう言うと公爵様は大きな声で笑った。

「神籍の意味も知らないとは……無知な女だな」
「スタンリーに聞いたわ! どうして私と別れたいの? 今まで私達上手くやってたじゃない、今更どうして?」

 お客様にお茶を作っているスタンリーの体がピクリと動いた。

「スタンリー、お前、理由は言わなかったのか?」
「旦那様が説明されると思いましたので」
「お前が説明した方がいいだろうが。エルナンドの本当の父親なんだから」

 それを聞いてエラが目を見開いた。

「な、何を……わたくしを疑うの? フェリシアン!」
「疑うとか、上手くやってきたとかエラ、お前は言うが、私はお前と閨事をした事は一度もないぞ?」
「え? ……ええ?」
「いくら酒を飲まされても、君みたいな年増に私の一物は反応しない。ただ、都合が良いから第二夫人になりたいのなら、してもいいと、嫁に貰っただけに過ぎん。今はもう本当の事をフォスティーヌに言ってしまったし、エラ、お前をカモフラージュとして使う必要も無くなったんだ。それゆえの離婚だ」
「……本当の事?」

 公爵様はじっと話を聞いている弁護士達に視線を移した。それから咳払いをして一気に言った。

「私は幼女趣味だ。大人の女に勃起はしない。今はこのアリアを愛している。彼女と結婚したい。年齢的に無理だから婚約をしたい。……とにかく、二人で一緒にいていちゃいちゃしたい。だからフォスティーヌとエラには別れて欲しい。フォスティーヌとは実際男と女の関係はあった。だから私の出来る限りの金での償いはしよう。だが、エラ、お前は違う。お前とは一度も閨関係になった事はない。子供も私の子じゃない。それは私の知人の個人スキルを使えば証明される。お前は私を騙してアルフォード公爵家の第二夫人に納まったつもりでいただろうが、私はお前が私を騙そうとしていた事も皆知っていたよ。そして利用した。カモフラージュに丁度良かったからね。今まで感謝しているよ。ありがとう、そしてさようなら、エラ」

 いちゃいちゃ!? 勝手な事ばっかり言ってるんだから……。
エラは公爵様の話を聞いて呆然としていた。弁護士の二人は話を聞いてもまだ混乱している様だ。

「……わ、私は別れないわ!」

 公爵様は公爵家の顧問弁護士に聞いた。

「エラは私に自分の子が出来たから結婚しろと迫った。これは息子が私の血を引いていなかったらどうなる?」
「息子さんの血が繋がっていなければ詐欺罪になりますね。五年程牢屋に入る事になるでしょう」

 弁護士がそう答えて、公爵様はエラを見た。

「だそうだよ? エラ」
「エルナンドは本当に私と貴方の子よ!」

 スタンリーの紅茶を配る手が一瞬止まった、そして皆に紅茶を配り終えた。

「スタンリー、お前、エラにあんな風に言われて悔しくないのか?」
「スタンリーは関係ないわっ!」

 エラが興奮して怒鳴った。

「何を言ってるんだ君は? エルナンドはスタンリーの息子だろ? それ位、エルナンドの顔を見れば分かる。スタンリーにそっくりじゃないか。私の息子とする方が無理があるってものだ。ははははっ」

 エラは驚愕していた。

「知ってたの? ……知っててわたくしを第二夫人にしたの? どうして?」
「さっき言った通りさ、カモフラージュに良かった。息子がいたのもね。おかげでフォスティーヌは私が君を愛していると思って、体の関係が無い事を納得していたからね。それに、君は面白かったよ? 私は大人の女に興味なんか無いのに、私が次期公爵と分かると陥落させようと躍起になっていたからね。凄く楽しめた。でも、もういいだろう? 君に贅沢もさせてあげたし、エルナンドの養育費もきちんと払っていた。実の父親でもないのにね? もうそろそろ実の父親に父親らしい事をさせておやり、なぁ? スタンリー?」
「「……」」

 エラもスタンリーも黙ってしまった。

「取りあえず、私がエラに上げてもいいと思う物は……君が住んでるあの古い屋敷位だな。住む所が無ければ困るし、私もそこまで君が憎いわけでもない。ただ、それ以上は渡す気は無い。君の贅沢で相当な金を使ったからね、使った分を手切れ金だと思ってくれ」

 エラは隣にいた自分の弁護士の膝を掴んだ。

「どうなのっ!? 幾らぐらいまでなら取れるのっ!?」
「公爵様が屋敷しかやれぬと言うのであれば屋敷しか貰えないでしょうね」
「どうして? わたくしは第二夫人よ? 公爵様の息子もいるわ!」
「変だと思ったんですよね……長男なのに相続権が無いだなんて前代未聞ですよ、本日話を伺って分かりました。公爵様は最初から自分の種じゃないと分かっていたから相続権を与えなかったんだと。しかも結婚はエラ様が嘘を付いて騙しての結婚……これは離婚問題だけなら屋敷を貰って終了ですが、詐欺罪で公爵様に訴えられると今まで使った分の資産も請求されます。……エラ様、幾ら使ったか覚えていますか?」

 エラは目をぱちぱちしていた。どうやら幾ら使ったか計算はしてなかったらしい。

「エラが使った金は今までで20億ギルくらいだ。主に宝石が多かったか? 請求がこちらに回って来るから、私は金額を覚えている。フォスティーヌでさえそんなに使わないから、最初の頃は驚いたよ」
「でしたら、詐欺で訴えられたら、20億ギル支払わなければなりません、エラ様、すぐにその額を支払えますか?」
「……20億ギル……」

 弁護士がエラに確認するとエラは黙ってしまった。

「そういう感じでエラとは話を進めてくれ、フォスティーヌには悪い事をした、息子も奪う事になるし、フォスティーヌに関しては、最大級あちらの要望を飲む形で誠意を表したい。じゃ、よろしくな?」
「承知しました、あとで奥様とお話ししましょう」

 公爵様は顧問弁護士に頭を下げた。そしてスタンリーに小声で話しかけた。

「スタンリー、お前はあんまり喋るタイプじゃないから、お前が何を考えているか私には分からん、だが、この仕事を続けたいなら続けても構わないし、辞めたいなら辞めても構わない。好きにしろ、ただし……父親としての責務からは逃れるな。お前に言いたい事はそれだけだ」
「……」

 公爵様は私を連れてお茶会室を出た。

「はぁ~、喋りすぎて口が疲れた、喉も渇いた」
「さっきの場ではお茶なんか飲めませんでしたものね」
「書斎に行く、あちらに茶を持って来て貰おう」

 公爵様は書斎に着くなり呼び鈴でオーギュストを呼んでお茶を入れさせた。
私はふかふかのリラックスチェアに座ってのんびりしている。

「アリア様にはトウミ紅茶です」

 リラックスチェアの脇にある、ミニテーブルに紅茶を置いてオーギュストは書斎を後にした。公爵様は紅茶を飲みながら小さなノートみたいな物に何か書き込んでいる。気になって聞いてみた。

「何を書いているの?」
「君に出会った時から今までの事を日記として書いている」
「ええ?」
「ローズの時も書いていた。私は意外とロマンチシストな男なんだよ?」
「……ほんと、意外ね?」

 私はふふふっと笑った。
公爵様はノートを書き終えると窓際の壁の隅に行った。私は何をするのかな? と思って後ろからその様子を見る。公爵様は屈んで隣の部屋と続く壁の下にある腰壁を弄り始めた。そこの腰壁だけ、寄木細工のパズルの様になっていて、それを解くと壁の板が一部だけ取れるようになっていた。公爵様がその壁板を取るとそこには金属の扉があった。公爵様は持っていた小さな鍵でその扉を開けて、中から少し小さめの革で出来た旅行鞄を出した。持ち手の両脇に螺子式の三つ数字を入れる鍵が付いている、それに数字を入れて、鞄を開いた。そこには何枚かの手紙らしき紙とノート、女の子の油絵、可愛らしい薄い金色のリボンがあって、そこに私の事を書いたという日記も入れて仕舞おうとした。
私は屈んでいる公爵様の背中に乗っかって、首にぎゅっと抱きついた。

「ねぇ、わたくしの事を書いた日記を見せて? どんな事を書いたの?」
「ははは、日記は他人に見せる物じゃないよ? それに恥ずかしい」
「恥ずかしい事を書いたの?」

 私の唇が公爵様の耳にくっ付いた。
鼻から口元を隠す布越しに公爵様の耳の感触が伝わる。

「君が自分の時代に帰ったら、ここを開いて読むといい……どうせ私はもう……死んでいるんだろう?」
「……」

 私は何も言わず布越しに公爵様の耳を甘噛みした。

「鞄の数字は6月23日ローズの誕生日の623だ。両方の数字は同じだからね。寄木パズルは難しくない。君ならすぐ解けるだろう。金属の扉を開ける鍵はこの部屋のどこかにあるとだけ教えておこうか。良く考えれば分かる場所だ。謎解きがあるなんてわくわくするだろう?」

 ふいに公爵様が振り向いて驚いた顔をした。
それは多分、私が泣いていたからだろう。

「どうして君が泣くんだ……?」
「フェリシアンが変な事を言うから」
「……ああ、……誰でもいずれは死んでしまう。私は今幸せだよ? 好きな子と話しが出来て、一緒にいられる、それにこうして抱きしめて貰えてるしね」

 私は公爵様を抱きしめていた。
私の涙は鼻から口元を隠している布に染み込んだ。

「フェリシアン、貴方なんか嫌い……」
「そうかい? 私は君が大好きだよ、愛してる。アリア、君の事は絶対忘れない」

 父神様が迎えに来て、私が帰る時は、私に関わった人皆の記憶を消すと言っていた。
公爵様が忘れないと言っても、忘れてしまう。
公爵様が私を愛してると言う響きは、とても切なく……悲しく感じた。





 深夜寝ていると私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。目が覚めてドアを開けるとそこにいたのはレイジェス様だった。枕を抱えてぽつんと立っている。

「どうしたの?」
「あのね、怖い夢を見ちゃったの。だから一人で寝るのが怖くて……リアお姉ちゃん一緒に寝てくれる?」
「うん、いいよ」

 私はレイジェス様の手を引いて寝台に入った。

「ねぇ、リアお姉ちゃん」
「ん?」
「お父様とお母様は本当に離ればなれになっちゃうの? 僕は……どうすればいいの?」

 4歳でも離ればなれになるとかって分かるのか……?
レイジェス様は賢いからなぁ……小さくても分かるのかも知れない。

「きっと、お姉ちゃんがいるからだと思う、ごめんねレイ君。お姉ちゃんはもうちょっとしたらいなくなっちゃうから……、そしたらきっと皆元通りに戻ると思う」
「え? リアお姉ちゃん、いなくなっちゃうの!?」
「いなくなるって言っても、自分のお家に帰るだけだよ? お姉ちゃんは今迷子だから、お父さんやお兄さんが心配してるの」
「お父さんとお兄さんがいるんだ?」
「そうだよ、もしレイ君が急にいなくなったら、お父様もお母様も心配するでしょ?」
「うん」
「だからお姉ちゃんも早く帰って皆を安心させたいの」
「そっかぁ……寂しいけど、仕方無いんだね?」
「うん」
「リアお姉ちゃんぎゅっとして? 僕ね、リアお姉ちゃんにぎゅっとされるの大好き。すごく安心するんだ」

 私はレイジェス様の小さな体をぎゅううっと抱きしめた。

「お姉ちゃんもね、レイ君とこうやってくっついてると、凄く安心するよ。不思議だね」

 私はレイジェス様のおでこにおやすみのキスをした。
さっき書斎で公爵様の耳たぶを齧った事を思い出した。
あの人はなんだかひとりぼっちでとても寂しそうに見える。
たまに、一緒にいると胸を劈く様な痛みが走る。
あの人の悲しみがこちらにまで伝わってくる様で凄く嫌だ。
だからか慰めてあげたいとか、傍にいてあげたいとか思う……でも、この感情は恋愛感情なんかじゃない。絶対違う。……絶対。

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