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第四章

17 流星祭 二

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 ゲートを潜ると国立劇場の真前だった。
国立劇場の外観は象牙色の建物で、パレルモのマッシモ劇場に良く似ている。横幅のある大きな階段があり、それを登るとギリシャの建物で良く見る縦に筋のある円柱が六本あった。中央に入り口の扉があるが、その入り口の前に赤いボックスがあり、チケットを確認する係りの者がいた。レイジェス様とユリウス様はチケットを見せようとそこへ歩いて行った。なので私も付いて行こうと思ってたたっと走ったら人にぶつかった。
はずみで尻餅をついた。いたたた……、誰よ急に出てくるなんて……!

「姫様、大丈夫ですか?」

 アーリンが走り寄って来た。

「また、お前か……ピンクのちっこいの」
「あ!」

 ぶつかったのは虎耳のルーク様だった。私の目の前を長い虎尻尾がふよっと横切る。

「どうしたリア」

 レイジェス様が私が付いて来ていない事に気付いてこちらに寄って来た。その後をユリウス様も付いて来る。
レイジェス様が私を起こしてアバヤが汚れた事に気付いたのか、アクアウォッシュとヒールをして大丈夫か? と私を抱き上げた。

「何故だ! なぜここにワイアットのツアーリがいるのだ!? もしかして……プリストンはワイアットと組んだという事か!」

 え、なんかルーク様、変な風に勘違いしてるよ。これは問題なのでは?

「おや、顔は見た事があるような……? パタークの王子でしたっけ? 私は婚約者の御両親とこちらに催し物を見に来ただけですよ?」

 ユリウス様がまともに返すけど、たぶんルーク様は意味が全く分かってない。

「婚約者の両親? ツアーリが婚約したなど風の噂でも聞いた事が無いが……」
「まだ婚約してませんからね。アルフォード公爵とアリア様から生まれた娘が私の婚約者です。ねぇ? お義母さん?」

 凄く良い顔でにこってされた。

「8歳児をお義母さんと呼ぶなど……ワイアットのツアーリは頭がおかしくなったのか?」
「君は失礼な奴だな。パタークの何と言ったか?」
「ルーク=フォルシアン、17歳だ」

 二人は睨み合っていた。

「ユリウス様!」

 ふと見ると国立劇場の中からオリオンが出てきて、ユリウス様に走り寄った。

「なんだこの虎は?」
「私はパタークの王子のルーク=フォルシアンだ」
「ああ、お前の国はユリウス様に助けられたというのに……先程から見ていたが、なんと無礼な」
「助けた? ふざけるな! 国境に大量に軍を集めておいてよく言う」
「あれは右大臣が引き起こした事だ。ユリウス様には何の関係も無いし、軍を退かせたのもユリウス様だぞ」

 私とレイジェス様は目を合わせた。この話は私達には関係が無い。レイジェス様は面倒になったのか私を抱いたまま場内に入ろうとした。

「そこのちっこいの、待て!」

 え、? 私?

「お前は、人にぶつかっておいて謝りもしないつもりか?」
「あ……ごめんなさい。すいませんでした」
「人に抱き上げられたまま謝るとは、無礼な。……神経を疑う」

 私はレイジェス様に降ろして貰って、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」
「……そうだ、そうやってきちんと謝れば私だって許せるんだ」
「面倒臭い奴だな……」

 とレイジェス様が小声で言って私を抱き上げた。
事が済んだかと、ユリウス様も私達に付いて来るとまだ待てとユリウス様に話しかけた。ユリウス様の顔が段々悪っぽい顔になってきていた。
すると馬の足音が聞こえてきた。2頭立ての馬車の扉には王家の印象が大きく彫られていた。馬車が停まり、御者が扉を開けて跪くと中からガブリエル王が出て来た。
その後ろからは宰相のアダムも付いて来ている。
こちらを見て眉間に皺を寄せた。

「どうしたお前達? そんな所に居ては他の観客の邪魔ではないのか?」

 私が周りを見ると、国立劇場に来ていた観客は皆ガブリエル王を見て波の様に跪いて行った。立っているのは私達だけだ。

「その虎が文句を付け過ぎる、特にリアに絡む」
「絡んでなどいない!」

 ルーク様が怒ったのか頬を紅潮させて反論した。
ガブリエル王はルーク様をまじまじと見た。

「アリアには関わらぬ方が良いぞ?」

 そう言うとルーク様の手を引っ張って、劇場内に行ってしまった。
なんか見た目は虎耳が猫耳みたいで可愛いんだけど、面倒臭い人と知り合いになっちゃったな~と私は例の如く呑気に考えていた。

「「面倒臭い奴だ!」」

 レイジェス様とユリウス様が同時に言って、お互いむっとしている。
面倒臭いのは貴方達もですよ? と言いたくなった。





 私達は劇場内に入った。ゆったりとした入り口すぐのロビーから、直接観覧ホールに繋がる扉があるが、私達はその中央の扉からでは無く、中央玄関からロビーを左に行った先にあるこじんまりとした扉から入る。そこには少し真っ直ぐ続く廊下と脇に階段があった。階段を登って真っ直ぐ行くと突き当たりに部屋があり、カーテンで仕切られていた。レイジェス様はその仕切りのカーテンを捲って中に入って行った。

「ここだ」
「私はこちらの部屋ですね」

 ユリウス様はそう言って、隣の部屋に入って行った。
そこは小さな部屋で、壁で区切られていた。所謂ボックス席と言われる物だ。
椅子が五つ置かれていた。
セバスは一つ分余計な椅子を壁際に寄せていた。私はギャラリーから見える舞台や反対側のボックス席を見た。ボックス席は五階もある。普通に舞台下で見る席もある。直接観覧ホールに入る大扉の上には他のボックス席よりも豪華な、ロイヤルボックス席があり、ガブリエル王とルーク様が見えた。
舞台に注目すると思った寄りも広くてびっくりした。多分ざっとみても観客席が1500席位ありそうだ。こんな所で、あんな大きな舞台で、私が歌うの!?
少し怖くなった。
人の入り具合はまだ開演まで時間があるせいか8割弱位だった。それでも人の熱気は感じる。私が椅子を前に持って行って、膝を立てたまま、ボックス席の手すりに手を掛けて周りを覗き込んでいるとレイジェス様が私のお腹を背から抱き止めた。

「見入っていると落ちるぞ?」

 その声が聞こえたのかユリウス様が手すりからこちらを覗いて目が合った。
にっこりと私に微笑む。
私は顔を引っ込めた。

「レイジェス様、わたくしには椅子が低すぎて舞台が見えません」

 レイジェス様は空間収納からクッションを出して自分の膝の上に置いてぽんぽんと叩いた。

「ここにおいで」

 私がととっとレイジェス様の所に歩み寄ると、いつもの様にひょいっと抱き上げて膝の上のクッションに乗せた。高さが丁度良くて、舞台もちゃんと見えた。

「ありがとうございます、とても良く見えます」

 振り向き様にそう言ったらレイジェス様の頬に私の唇が当たった。
クッションがある分、いつもより近かったみたいだ。

「そうか、良かった」

 レイジェス様は私の唇が当たった事を特に気にするわけでも無く頭を撫でた。
セバスはレイジェス様の左に椅子を寄せて座り、アーリンは私がさっきまで座っていた椅子に座ろうと、一つ余った椅子を壁際に寄せてから私の右隣に座った。
暫くすると時間になったのか、国立劇場の支配人が流星祭始まりの挨拶をして、それが終わると王国騎士団の剣舞が始まった。

「皆さん大きいし、筋肉隆々ですね」

 剣舞は中央に一人と後方に二人一組で10組が剣舞をしていた。中央の人は他の人達の振り付けとはちょっと違っていて動きの切れも良く目立っていた。
剣舞を舞う騎士団の衣装はピタッとした黒いロングパンツと上には前をはだけた裾が膝位まであるベストだった。色違いの白の衣装の人と黒の衣装の人が二人一組で演技している。中央の人は黒い同じデザインの衣装の縁に赤い線が施されていた。
ベストなので肩の盛り上がった筋肉や、前がはだけているので胸板のムキッとしているのが見える。
凄い筋肉……。

「あの中央の奴が新しく騎士団長になったエルネスト=ジェランだ」

 へ~。濃い緑色の髪色をした人だった。瞳の色までは遠くて見えない。
くるっと回るとベストの裾がぶわっと拡がって小麦色の筋肉質の横腹がちらりと見えた。

「ほ~筋肉質のいい体だ、あれはかなり鍛えていますね」

 アーリンが感心したように呟いた。

「珍しくアーリンが殿方に興味を持っていますね?」
「いやいや、鍛えているんだなと感心しただけで、私の好みはあんなカチカチな横っ腹じゃなくて、姫様の様なぷにぷにしたぽよぽよなお腹ですから!」

 というとレイジェス様がキッとアーリンを睨んだ。
剣舞は皆が剣を高く掲げて「おお!」と叫んだ所で終了した。
沢山の拍手が聞こえて私も目一杯拍手をした。

 舞台から騎士団が去ると支配人がまた出てきて次の演目を紹介していた。
女華団と言う、女の人達だけの劇団で演劇をするとの事だった。
演劇のタイトルは【麗しの娼婦と偏屈王】
あらすじはひょんな事から娼婦と偏屈な王様が知り合って、そこからラブロマンスに発展するというシンデレラストーリーだ。相手が娼婦という事で王様に仕える従者達は大反対をする。山有り谷ありのスペクタルラブロマンスらしい。
王様を演じてる人は女の人なのにめちゃくちゃカッコイイ。
設定では偏屈だけど、見目が良く格好の良い男らしい。設定と演技者が合ってるなぁと思った。娼婦の方の人も凄く綺麗な人で、見てるだけで溜息が出た。
人気のある高級娼婦という設定も頷ける。
段々話が進むと偏屈王が偏屈になった過去の話しに飛び、私はしんみりしてきて涙が出て来てしまった。
そんな私にレイジェス様がハンカチを渡す。貰って涙を拭いた後、鼻をチンとかんだそれをアクアウォッシュしてからぎゅっと右手に握った。
物語はクライマックスに差し掛かり、戦争で傷を受けて倒れた偏屈王に今まで素直じゃなかった娼婦が愛の言葉を囁く。

「ずっと素直になるのが怖くて言えなかったけど、貴方を愛してる」

 そして二人は抱き合い偏屈王も愛の告白をして二人は仲良く暮らした……というところで終了した。
私は終わったと同時に拍手をパチパチした。手が痛くなる位。
凄く感動したからだ。久々にエンターティメント的な物を見た気がする。
こちらにはテレビもビデオもネットも無いから。
舞台には主演だけじゃなく脇役も並び、役者全員が揃って終わりの挨拶で深々と頭を下げお辞儀をしていた。
沢山の拍手が役者達に贈られ、劇場内が割れんばかりの拍手の振動で震えていた。
支配人が舞台の中央に出てくると、役者達は舞台袖に退いた。
支配人が今から休憩タイムとなり、始まりは昼の2の刻からと、お知らせをして午前の部は終了となった。
私がさっきの演劇の余韻に浸っているとセバス現実に戻すような事を言う。

「姫様、今は昼の12の刻です、さっさと昼食を取り仕度をせねば午後のコンサートのリハーサルをする余裕が無いですよ? 分かってますよね?」
「え? ええ、急がなくちゃね?」
「昼は近くの食事処で取ろう」
「はい!」

 ボックス席を出るとユリウス様とオリオンも出てきて、皆で一緒に食事を取る事になったが、アーリンとセバスはまだユリウス様を警戒していて、私の前に立ちはだかってユリウス様との間に壁を作っていた。
昼休憩になったので人で混雑して前が見えない。私は人の流れに踏み潰されそうになっていた。

「きゃ」

 ぶつかって転びそうになった私の腕をレイジェス様が掴んでそのまま抱き上げて縦抱きにした。

「踏まれなかったか?」
「はい」

 こんなに人が一杯いるならレストランは空いてないんじゃないか? と思ったら意外と空いていた。
殆どの人が出店の屋台を回って食べるらしい、なのでレストランは空いているそうだ。上流貴族街から中流貴族街まで出店が出ているので、相当の数の屋台がある。
私達は国立劇場のすぐ前にあるレストランに入った。
なんでもこのレストランにはガブリエル王も来るとか、老舗の有名レストランらしい。

「アルフォード公爵様! お久しぶりでございます」

 支配人がレイジェス様に挨拶をしてちらっとこちらを見た。

「申し訳ないのですが、当店はお子様は……」
「アリアは子供だが私の婚約者で思慮深い、店に迷惑はかけぬ」

 支配人は私を値踏みするような目で見下ろして、渋々店内に通した。
一番奥のVIPルームらしき部屋に通された。

「この店は子供はダメなのか、そんな店があるんだな」

 ユリウス様が呟いてレイジェス様が答えた。

「プリストンはそういう店は結構ある。子供は騒ぐからな、他の客に迷惑が掛かると思っての事だろう?」

 楕円形のテーブルにレイジェス様から右に私、ユリウス様、オリオン、アーリン、セバスの順で座った。
メニューを見て適当に決める。私は白身魚のムニエルにした。あと、豆のスープ。
レイジェス様や他の人はランチセットを注文していた。セットにはパンとスープとサラダが付く。

「次は私があの舞台で歌うんですよね、何だか今から緊張してきました」
「楽しみにしています」

 ユリウス様が発言するとアーリンがむっとしていた。

「そういえば、リア、美人コンテストの賞品のギレス旅行についてだが……」
「あ、忘れてました! 行きたいと思ってるんですけど、レイジェス様はお仕事ですよね?」
「7の月の初め二週間は夏季休暇だ。その時に一緒に行こう」
「え? でも、一週間旅行券ですよ?」
「足りない分は私が出すに決まっているだろう……」
「じゃ、問題無いですね」

 それを聞いていたユリウス様が興味深そうに言った。

「ギレスに行くなら私も御一緒させて頂きたい」

 レイジェス様が呆れた様にユリウス様を見た。

「何故だ? お前、リアを諦めたと言っていなかったか?」
「諦めた。見守るだけだ」

 ユリウス様は静かにそう言った。
その言葉に耐えれなくなったのかアーリンが立ち上がり剣に手を掛けた。

「ふざけるなっ! 貴様がゼフィエルと言うアルフォード公爵家に使えていた執事を殺したのはここにいる皆にばれているんだぞ! 辺境伯爵家の兄妹殺しもだ! アリア様の事を諦めたとか、庇護者候補だ等と言ってもお前は信用出来ん!」

 オリオンはその言葉を聞いてイラついたのか立ち上がって言った。

「ゼフィエルはこちらで殺さなければ……そちらで殺していたでしょう? アルフォード公爵? 辺境伯爵兄妹については、私達がやったと言う証拠は無いはずだ。罪に問いたければ証拠を持って来い!」
「やめろオリオン」

 ユリウス様はオリオンを窘めアーリンに言った。

「私が今までの人生の中で一番欲しかった物が分かりますか? アリア様です。確かに、私はアリア様を誘拐し、その身を私の物にしようとした。だが、その結果どうなったか……我が宮殿に攻め入ったお前達なら分かるだろう? 私がゼフィエルを殺した? 殺した所を見たのか? 証拠は無いだろうが。しかも、ゼフィエルはお前達も邪魔者として殺そうとしていた奴だ。何の問題も無い。……だが、アルフォード公爵はどうだ? いくらアリア様を奪還する為とは言え、もう何人も殺している。罪も無い者をな? 彼は裁かれるべきでは無いのか?」
「お前が姫様を誘拐しなければあんな事にはならなかった!」
「分かっている! だから罪には問うていないだろうがっ!」

 その場がし~んとなった。

「結局私はアリア様を得る事は出来ず、反逆を起こした軍部の者を処刑し、多くの国民を失った。私が悪いのは分かっているが……私は何も得られなかった、多くの物を失った」
「お前はアリア様のお子を得る事が出来たでは無いか」

 アーリンが吐き捨てる様に言うとユリウス様は力なく笑った。

「ははは、あれは悔し紛れのどうにもならぬ要望だ。女が生まれるとも限らない、それまで私が生きているとも限らない。私は多くの者に憎まれているからな。いつ殺されてもおかしくない。幻の花の一ひらの様な契約だ」

 そう、ここで私は改めて認識させられた。レイジェス様は私の為とはいえ、大量に人を殺した。それも何の悪気も無く……私はそれがちょっと怖かった。
すうっと、レイジェス様が私の顔を覗きこんだ。

「どうした? 顔色が少し悪い」
「いえ、大丈夫です」
「ユリウス、付いて来るのは構わないが、お前、自分の国は大丈夫なのか? 私が心配するのも変な話だが……」

 レイジェス様がユリウス様にそう言ったのでセバスもアーリンも信じられない様な目で見る。

「正気ですか?」

 とセバスがレイジェス様を見て言った。

「庇護者候補を粗末に扱うわけにもいかんだろう……庇護者と言うからには、リアを傷つける様な事はしてくれるなよ?」

 レイジェス様がユリウス様を見て言うと、ユリウス様は深く頷いた。
暫くして、料理が運ばれ私達はそれを食べた。
さっきまで刺々しかった雰囲気が少し和らいだ様に思う。

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