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第二章

1プロローグ レイジェス視点

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 私はレイジェス=アルフォード公爵24歳。
独身であったが最近ずっと愛していた神の愛し子であるアリア=アズライル8歳と婚約した。毎日が幸せで昨日は彼女を極みへ導き至福の時を得た、はずだった。
なのに……朝目覚めると彼女は消えていた。
いつもなら私の傍らで頭から、きらきらした光を散らばせて寝ているはずなのにいない。花摘みか? と思ったがしばらく待っても寝台に帰ってこない。
もしかしてもう起きたのか? と思い、私も起きる事にした。屋敷内を見渡したがいない。
彼女は一体何処へ?
私は食堂で朝食を取る事にした。セレネが給仕をする。食事の皿が出される中セバスが話があるという。なんだ?

「昨日の深夜アリア様が天界に帰られました」

 ん? 聞き間違いか? アリアが天界に帰った?

「……どういうことだ?」
「昨夜アズライル神様がいらっしゃって、姫様はお心が疲れてらっしゃるということで天界で休息させるとおっしゃいました」
「……は? 私は何も聞いてないぞ!?」

 セバスは何故かじと目で私を睨んだ。

「アズライル神様は旦那様に言うと反対なされると思ったのでしょう」
「本当にいなくなったのか? どこかに隠れているとか、セバス、お前が私を騙すとかそういう事ではないのか?」
「現実でございます。旦那様」
「……」

 私は頭がくらくらした。こめかみを押さえる。

「食事はもういい。談話室にブラウンティを」
「はっ」

 給仕のセレネが殆ど手の付けられていない皿を片付けた。私は談話室のいつも座っている長椅子に座る。いつもは私の隣で彼女が本を読んでいるがその姿はない。
暫くしてセバスがブラウンティを持ってきてテーブルに置いた。
そして部屋から出ていった。ありがたい。今は一人になりたかった。
あんなに幸せな時間だったのに、彼女が急にいなくなって世界にたった一人きりになったような孤独感を感じる。

 まるっきり現実感が無くて信じられない。
目を閉じると彼女の笑顔が浮かんで涙が一筋流れた。
心が疲れている? 何があった? 私のせいか?
考えているとコンコンとノックの音がしてセバスが入ってきた。
私は急いでローブの袖で涙を拭った。

「ヒューイット様がお見えですが、いかがなさいますか?」
「ヒューイットが? ……通してくれ」

 はい。とセバスが出て行き、ヒューイットがやってきた。

「ごきげんよう、レイジェス様。以前話していた愛の教科書の事なんですけど、レンブラント様がもう必要ないとのことなのでお持ちしました。こちらに置いていいですか?」

 とテーブルを指す。

「ああ、すっかり忘れていた。本は高いだろういいのか?」
「ええ、お役に立てればとレンブラント様も言っておりましたから」

 と言って彼女はドンとテーブルに男性版全5巻の愛の教科書を置いた。

「あら? そういえば今日はアリア様を見ませんね? どういたしました?」
「……あれは……天界に帰った」
「ええ!? ……何があったのです? 良かったら相談に乗りますよ? 同じ女性ですから、女性の気持ちはわかると思います」

 と彼女は私を心配した。けれど、言ってもいいのか? 8歳の子を極みに導いたなど変態扱いされそうだ。

「もし話せば、君は私を変態と思い軽蔑するかも知れない」

 そういうとヒューイットは目をぱちぱちさせた。

「あの……レイジェス様? ご自分の事がわかってらっしゃらないようなので言いますが、話さなくても、もう変態と思われてますよ? あんな小さなアリア様と寝台を共にしたり人前でもキスしてらっしゃるじゃないですか? ましてや結婚を申し込み、婚約までされてるんです。今更ですよ? あと、その思いが遊びであるならヒューイットは軽蔑します。ですが本気なのですよね? 本気で愛してらっしゃるから羞恥も何もかも捨ててアリア様に結婚を申し込んだのですよね?」
「……ああ、そうだ。私は自分が変態だと自覚して認識した上で結婚を申し込んだ」

 彼女の体に欲情し、彼女に愛されたくてそうした。

「だったらその思いは純粋ではありませんか。軽蔑など出来ませんよ」

 私はその答えに苦笑いした。事実を言えばそんな簡単には済まないと思う。だけど聞いて欲しかった。お前が悪いと言われたかったのかも知れない。

「話が長くなる、セバスにお茶を頼もう」

 私は呼び鈴を押してセバスを呼んで彼女には普通の紅茶を。私にはブラウンティを作ってもらった。セバスはそれが終了するとまた部屋を出て行った。
ヒューイットは私が座っている長椅子の向かい側にある革張りの個人椅子に座った。

「で、どうしたんです?」
「……私は以前から彼女の体を少しずつ愛していた」

 ヒューイットが目をぱちぱちさせる。

「それは……えっと、愛撫ということでしょうか?」
「ああ、そうだ」

 ヒューイットの目が見開かれる。

「アリア様は嫌がらなかったのですか?」
「彼女は私に触れられるのは好きだと言っていた、ちょっとべたべたするけど、と」

 ヒューイットがまた目をぱちぱちさせる。

「その……べたべたというのは……」
「私の精を掛けた」

 ヒューイットがこめかみを押さえた。

「まさか、そこまでやってらっしゃるとは思いませんで、わたくし驚いております。もしかして蜜花も……?」
「蜜花は散らしておらぬ! 彼女の体を傷つけるようなことはしていない!」
「そうですか。でも、それを許していたはずなのにどうして出て行かれたのでしょう?」
「……それは」

 私は覚悟を決めて言った。

「昨日、神殿長が番所に捕らえられたのは知っているだろう?」
「はい。こちらのお屋敷に無断侵入した上アリア様を襲ったと聞きました」
「あの神殿長がアリアにギレス帝国産の塗り媚薬を使った」
「……それはっ!! なんて酷い……」
「あれは薬もキュアも効かない。放置すれば2週間悶え苦しむ。……だから極みへ導いた」
「アリア様は導かれても良いとおっしゃったのですか?」
「いや、彼女は止めてくれと言っていた。まだ知りたくないと。悶え苦しんでもいいと」
「なのに導いたわけですね?」
「……ああ」

 ヒューイットは静かに目を閉じて何か考えている様だった。

「レイジェス様、本当は御自分がアリア様を極みに導きたかっただけでは?」

 私は的を射られて心臓がドクンと音を立てた。

「レイジェス様が恥ずかしいと思う事をわたくしに話してくれたので、わたくしも少しお話しますね」
「うん?」

 ヒューイットは深呼吸をした。

「わたくしレンブラント様と婚約をして1年になりますがまだ閨事をしていません」
「え?」
「したのは口付けのみです」

 何故そんなことを私に言うのだろう? と思いつつ聞く。

「ちなみにわたくし16歳です。それでもまだ極みも知りませんし、蜜花も失ってないですし、愛撫もされていません」
「うん?」
「わたくしは怖いのです。もし閨事をしても、レンブラント様とはこのまま結婚するし、愛し愛されているのは変らないです。だけどそれとは別に怖いのですよ」
「怖い?」
「ええ。わたくしと同じ年齢くらいの方はもう婚約者もいたりして、わたくしよりよっぽど色々な男女の仲にくわしいのですが、その方がそうだから私までそうかと言うと違うのです。未知の世界を知ることになるのですから、それは怖いですよ」
「……ふむ」
「ましてやアリア様は子供ですから」
「……ああ」
「こんな怖がりのわたくしですけど、レンブラント様はそれでも良いとおっしゃってくれました。レンブラント様も男ですから、そういった気分になることは当然ありますが、自分を抑えてわたくしがその気持ちになるのを待っていてくれています。」
「……そうか」
「レイジェス様はアリア様に求めるのが早かったのだと思いますよ? アリア様は性格的に8歳とは思えないくらい大人っぽい方ですから、ついこちらも大人と話している感覚に陥ったりしますけれど、子供な部分もあるのです。晩餐会に言った時だってお友達とケンカしたり仲良くなったりで一喜一憂してましたし、結婚の申し込みはロマンチックな愛の言葉と一緒にされると思ってた! っておっしゃってましたからね。まだ……夢見る子供なのですよ」

 私はそれを聞いて自分の頭に大きな隕石が落ちてきたかの様な激しいショックを感じた。
あの晩餐会の日、子供の様に泣きじゃくる私を彼女はずっと慰めていてくれた。
こんないたらない自分に、わからないみたいだから自分から言うと結婚を申し込んでくれた。私は知らないうちに彼女の優しさに包まれていた。あんな小さな子に。
なのに、自分は?
彼女の気持ちもわからず、自分の欲を優先させた。
知りたくないというのに極みに導いてしまった。
もしかして彼女は私に嫌気がさして出て行ったのかも知れない。
本当に戻ってくるのだろうか……。

「子供の部分と大人の部分の感覚が、生々しい極みという感覚についていけてないのかも知れません。心の整理は必要です……。レイジェス様? もしアリア様が帰ってきたら今度は絶対急いではいけません。アリア様のペースを守り、止めてと言ったら必ずやめてあげて下さいませ。ヒューイットの心からのお願いです」
「……わかった」

 私は少し冷めたブラウンティを飲んだ。ヒューイットも紅茶を飲んでいる。

「なんだか……君にはいつも格好悪い所を見せているような気がする」
「わたくし魔術師長様はクールなキャラだとずっと思ってました。実際は残念男子でしたね」

 そう言ってヒューイットが笑う。

「でも、丁度いいのではありません? アリア様が帰ってくるまでにこの愛の教科書を読んで勉強されると良いと思いますよ」
「そうだな……」

 と言って私は1巻を手にとってパラパラっと軽く読んでみた。そして眉間に皺が寄る。

「どうされました?」
「この本によると私は【有り得ない男】らしい」
「今更ですね」

 とヒューイットがけたけた笑う。
愛の教科書1巻には有り得ない男のダメな例が沢山乗っていた。

「どれに当てはまったのですか?」

 とヒューイットが覗き込む。

「この、彼女の前で他の女性を褒めるとか、彼女の身体的特徴を他の男に話すとか、すぐに焼餅を焼くとか、行動を制限するとか、愛の言葉を語らないとか。ちらっと読んだだけなのにこんなに当てはまってしまった」
「あ~重症ですね。有り得ない男度が。アリア様が戻ってきた時また出て行かれないようにお気をつけ遊ばせ?」

 ヒューイットは心底呆れた顔をした。

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