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第一章

36月と私 (エピローグ)

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 私は真夜中にふと目が覚めた。
部屋の明かりは付いていなくて、月明かりが部屋を照らすのみだ。
隣ですぅすぅと眠るレイジェス様の頭を撫でようとして手を止める。
彼を起こしてしまうかも知れないと思ったから。

 私はレイジェス様を起こさないように寝台から降り、うさぎのついたモカシンの室内履きを履いて自分の部屋に靴を取りに行った。
私は周りを見渡して確認してから自分の部屋に入り込み、ドア近くにあった外靴を持ってすたたたたと玄関に向かった。廊下に幾つもある窓達から月の光が差し込んで、廊下の赤い絨毯に影を作る。

 私は大きな中央階段で靴を履きなおして階段の端にモカシンを置く。玄関の扉を開けるのに背が足りない。近くにあった靴履き用の腰掛台を持ってきて、それに乗って玄関の扉を開けた。少ししか開かなかったが自分が通る分には丁度良かった。
外へ行くとまだ少し空気が冷たかった。
プリストン王国の春は2月から始まる。もう春なのだ。だけどまだ風は冷たい。
私は1人になりたくて外に出たかった。
今日は満月で、月がいつもより大きくて明るい。

 私は月明かりを頼りに、以前コモン様と話をした前庭のベンチに来て座った。
月が私を見ている。
なんだか悲しくなって泣きたくなった。そしてぽろりと涙がこぼれた。
何が悲しいのか良く分からない。
引っかかっているとすれば私が極みを知った事ぐらいだ。

 正直言って、気持ち良かった。凄く。
だけど、まだ知りたくなかった。
あれが大人の世界なんだと改めて認識させられたからだ。
エメラダ様は「子供のあなたに何がわかるのよ」って言っていた。
私は本当に子供だった。何も分かってなかった。

「子供子供って、馬鹿にしないで! 好きで……子供なわけじゃ、ないんだからっ……!」


そう彼女に言った。
私は蜜花を守って唯一人の人に捧げるのが普通だと思ってた。
でも、そうじゃない人がいて不思議だった。それはエメラダ様や所謂貴族の女と呼ばれる人達だけど。何故大事にしないのだろう? って思ってた。
もしかしたら彼女達は快感に抗うことが出来なかったのかも知れない。
そう思ってしまう位、私にとって極みはとても気持ちの良いものだった。

 極みを知ってしまえば、またあの快感を味わいたくなるかも知れない。
それを知らなかったら子供に何がわかる? って、そりゃ言いたくもなる。
だって子供は極みを知らない存在なんだから……。
エメラダ様からしたら私が言うことなんて本当に子供の戯言だったのかも知れない。
体じゃない。大事なのは気持ちだと思っていた。けど……。

 私は自分の両手を見つめる。小さい。どう見ても子供の手。
フッと自虐的に笑ってしまう。どう頑張っても今すぐ大人になんかなれない。
私が大人だったら、なんの疑問も抱かずに、レイジェス様の胸の中にいられた。

 私は怖い。極みを知って自分が淫らな女に変ってしまうんじゃないかとか、レイジェス様にもっと極みを求めてしまうんじゃないか? とか思ってしまう。
私がもっとレイジェス様に求めたらレイジェス様は困るだろうと思う。
それに、レイジェス様は踏みとどまれるのかな? と疑問に思う。

『未成年の蜜花を奪うのは犯罪だ』

 お屋敷の使用人達が話していた。
私にはよく分からないけど法律で決まっているらしい。
私はレイジェス様を犯罪者になんてしたくない。
快感に抗えない人達の気持ちが少しだけ分かった気がする。

 それに、何故か心も幼くなってる気がする。
心細いような、寂しいような、今までそんなことなかったけど。
あったかいものに触れたいような、甘えたいような気持ち。
レイジェス様のことは大好き、それは変らないのに。
……どうしちゃったんだろう? 私。

 ふいに遥か彼方から馬の嘶きの声がした。
そちらを見ると翼を広げた天馬が私に向かってやってきて、その天馬が降り立った。
そこには白いフード付きマントに身を包んだ若い男がいた。フードから零れる金髪がきらきらと光っている。

「父神様……」
「久しぶりだな。アリア」

 私は途端に顔がぐしゃってなった。

「父神様っ……!」

 父神様は天馬から降りて私を抱きしめた。
私は父神様の胸にしがみ付いて泣いた。
今までの辛かった事や怖かったこと、今自分が大人じゃなくて子供で、どうにもならない気持ちが爆発して言葉に出ていた。

「父神様のばかばかぁ! どうしてわたくしを助けてくれないのです? 今まで、何回も酷い目に遭ったのに……父神様はわたくしを見ているって……言ってたじゃないですかっ!! ……あれは嘘だったの!?」

 私は涙を溜めた瞳でキッと父神様を睨んだ。

「わたくしが危ない目に遭っても父神様は平気だったんですか!? ……わたくしが危なかったら大陸を滅ぼすんじゃないのですか!?」

 父神様は私を見て渋い顔をして言った。

「……許せ、そなたはちゃんと生きて今ここにいる。……それに、そなたのことには手を出すなと……ノルンに言われていた」
「……ノルン?」

 父神様は頷いて続けた。

「我が関わるとそなたの色々な事が変って行くのだそうだ。ノルンはこのままの幸せな未来を見たいと言った……。それに、そなたは気付いていないが、もう変ってしまった事も幾つもある」

 私は眉間に皺を寄せて父神様に聞いた。

「ノルンて誰なのですか? 父神様より偉いのですか?」
「ノルンは上から派遣で来ている。私よりも上位だ」
「上? 創造神であるアズライル神様が一番上ではないのですか?」

 父神様はフッと笑った。

「なら我は誰に創られた? いるのだ。もっと大いなる存在が。宇宙の全てを束ねている存在が」
「その、ノルン様も神なのですか……?」

 父神様は頷いた。

「ノルンは運命の女神だ。定期的にあちこちの惑星をまわって見ている。この名も無き惑星の良き魔心核の少なさに調査に来た。ノルンが出てきてしまっては、我が……出来る事は少ない。本当に危険な時以外は手を出すなと言われている。こうしてそなたをずっと天界から見ていても……迎えに来るくらいしか出来ぬ」

 父神様は悔しそうに私から目を逸らした。

「……迎え?」
「そなたは暫く天界に来い。心の整理の時間がそなたには必要だ」

 私は父神様を見つめた。

「でも、レイジェス様が……」
「あれは暫く頭を冷やす必要がある。大丈夫。そなたの事を本当に愛しているのならな」

 黙って行くわけにはゆかぬか……と父神様が小さな光を屋敷に飛ばすとセバスが屋敷から出てきた。セバスは父神様を見ると跪いた。

「我はこの地の創造神アズライル。我が娘であるアリアを迎えに来た。暫く天界に戻る」
「姫様、いえ、アリア様は下界に戻られるのでしょうか……?」
「うむ、戻すつもりではいる。……ずっと見ていたお前ならわかるだろう? アリアには休息が必要だ」
「……皆、アリア様を大切に思っております。どうか、どうか、必ずお戻しください」
「うむ。約束しよう」

 父神様は私を抱きかかえて天馬に乗った。セバスが私を見る。不安な顔で。

「セバス、ごめんなさい」

セバスは首を振った。そして私達が空に消えていくのをずっと見ていた。

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