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第一章

32戴冠式と婚約発表と舞踏会

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 今日は戴冠式だ。今日の私は自分の身なりに気合を入れた。だって、皆様の前でレイジェス様の婚約者だと発表されるのだ。「なにあいつ、ぶっさいく」とか「ないわー」とか「あんなのよく嫁にする気になったな!」とか言われてレイジェス様を侮辱されたくはないのだ。気合が入って当然だ。

 ペンダントが愚王に引きちぎられたのでレイジェス様があれじゃダメだとダイヤで幅が3センチ位のチョーカーを注文した。まだ魔方陣を組み込んでないけど、中央にどでかい楕円形のダイヤがついている。あとはちっこいダイヤが散らばってる。全部私の涙で出来ている。私こんなに泣いたっけ?
いつ私の涙をレイジェス様が回収してるのか凄く謎だ。

 ピアスはいつものGPS装置で、ショーツ解除用の指輪も付けてる。
あと、もうひとつ婚約指輪でアメシストの指輪を貰った。私がレイジェス様の瞳の色のアメシストがいいと言ったから。

 指輪の裏には【私の愛を永遠に君へ】と文字が刻んである。
こんなのいつ注文したんだろう? ちなみに私からレイジェス様への指輪はダイヤだ。私からレイジェス様の指輪には文字は何も刻まれていない。
だって、私へのアメシストの婚約指輪と一緒にいつの間にか注文されていたんだもの。

 こういう大事な事はちゃんとお話ししてからにして欲しいなって、ホント思う。
私だって何か言葉を刻みたかった。
二つの指輪の宝石は違うけど土台の指輪部分の模様は同じ。レイジェス様がいつもの宝石加工を頼む商会で作って貰ったらしい。

 そして今回腕輪を新しく作って貰った。二の腕用2個と手首用2個。これにドレスと同じ薄布を繋げてひらひらとたなびく様にしてある。
この日の為に作ってもらった社交ダンス用のドレスだ。色は腰までが白くてそれより下は水色のグラデーションになって間に白いレースのフレアも入ってる。
スカートの部分が踊るとぶわって広がるのがカッコイイ。胸元に水色の薔薇のモチーフが縫い付けられている。

 髪型は「うなじをみせてはいけない」とレイジェス様に言われてるからハーフアップのサイドアップにしている。いつもの雰囲気と違っていんじゃない? って自分でも鏡見て満足。まとめた所にはいつも通りダイヤのピンを沢山ちらしている。

「大変可愛らしいです。姫様」

 セバスが褒めてくれた。今日はリリーも舞踏会に行くので、例の晩餐会で知り合った人とらしい。だから用意はサーシャとセレネでやってくれた。
サーシャはコミュ症なので行きたくないらしい。
「私がそんな所に行ったら窒息死します!」とか言ってる。
この格好、レイジェス様が見たらなんて言うかな?
わくわくしてきた。

 私が部屋を出てととととっと歩いているともう階段下にいたので階段を降りる。腕輪に繋がってる袖のひらひらがふわりふわりと動いて綺麗だ。
レイジェス様が私に気付いてこちらを見た。

「今日は一段と綺麗だな!」

 と言って私を抱き上げて抱きしめた。
褒めてもらえて嬉しい。

「レイジェス様も素敵です!」

 レイジェス様は薄いグレーの紳士服を着ていた。中のシャツはクリーム色で襟がちょっとでている。濃いグレーのインバスコートを上から羽織ってる。
私も白いロングコートをセバスに着せてもらった。

 オースティンとサーシャ、セレネは留守番で残る。私とレイジェス様とセバスは公爵家の同じ馬車で。リリーは彼氏の馬車で別に来るらしい。
お城に着くと馬車が沢山あった。レイジェス様は馬車をすぐにお屋敷に帰らせた。

 帰りはゲートの魔法で帰るつもりの様である。
ゲートの魔法は無属性空間魔法を覚えてないと使えない。つまり、マティオン様の祝福でゲートを使える様になったのである。

 ちなみに城への出仕も行きは徒歩だけど帰りはゲートで帰って来てる。早く私の顔が見たいからだそうだ。
嬉しい事を言ってくれる。えへへ。ああ、顔がにたついてしまう。
大広間に着くと真ん中の赤絨毯を中心に両脇に人が分かれている。
中央の段の上に玉座がある。

「レイジェス=アルフォード公爵様の御成おなり!」

 と王国騎士団の騎士が叫び、入場貴族達を捌いてる。
私達は玉座の左の前の方に案内された。みんな立っている。私はまわりが大人なので埋もれて見えない。上を見上げてレイジェス様を見ると苦笑いしていた。

 私は小声で「キントーン」と唱えふわふわっと上に上昇。
レイジェス様と同じくらいの目線になった。
続々と貴族の「御成り!」という叫びが聞こえて人が増えてゆく。
皆さん集まったのか開いていた大広間の扉が閉められた。

「これより戴冠式を行う!」

と騎士が叫んだ。白い服を着た神殿長とかいう人が建国の話をして跪いているガブリエル王に王冠を乗せる。王様はまだ若い少年だった。

「王様は随分お若いのですね。おいくつなのでしょうか?」

 とレイジェス様に聞く。

「今14歳か。4歳の時に王位を奪われ苦労されたと話しに聞いている」
「ダンディス王のダンディス期は10年でしたね。ガブリエル期が長く続くことを祈ります」

 この国の年号は王様の名前になっている。

「あの愚王でも10年続いたのだ今度の王は若いし長く続くだろう」

 神殿長に、では挨拶をと言われ振り向いたガブリエル王が挨拶を言った。

「ただいま神殿長よりこの王冠を受け取った! 私はガブリエル=プリストン、この国を良き道に導き、民と共に歩める、豊かな国を目指す! これから始まるガブリエル期に期待しろ皆の者達よ! 本日この私の戴冠にあたり、神の子として地上に現れたアリア=アズライル様に神籍を献上し、この世を見守って頂く! アリア=アズライル様はレイジェス=アルフォード公爵と婚約し、この地に残られる! 私の発言を持ってこの神籍献上と婚約は何者にも覆せぬ契約となる! 我がプリストン王国にさかええあれ!!」

 と契約書を高々と掲げるガブリエル王様。

「「「栄えあれ!!」」」

 大広間にいる人たちが叫んだ。

「二人よ! 近こうよれ!」

 レイジェス様がすっと歩き、私は雲にのってそのまま歩いて前に出た。ざわざわっとざわめく声が聞こえる。
ガブリエル王様の前に行くとぎょっとしてた。ガブリエル王様からレイジェス様が書類を貰ってそれを高々と掲げてこう宣言した。

「この契約は何者にも覆せぬ! 私はアリア=アズライル様を妻とする!」

 ぎゃっ! それって大きな声で叫ばないといけないの? 決まりなの?
恥ずかしい……。
しかも、レイジェス様めっちゃ機嫌いいんだけど。ひゃ~恥ずかしい。
すっごい拍手の轟音。
レイジェス様は書類をすぐセバスに渡して、セバスは書類ケースにしまってた。

「では、皆の者、これからは舞踏会である! 踊るが良い!」

 王様が言ったけどまだみんな踊らない。
そうしたら王様が私に手を差し出した。

「行って来くるが良い、王と最初に踊るのは一番身分の高い女、つまり君になる」

レイジェス様にぽんと背中を押し出された。
雲に乗ったまま王様の所に行き、優雅にドレスの裾を掴んで挨拶をする。

「ごきげんよう、アリア=アズライル8歳でございます」
「うむ」

 王様の目線より少し下に位置設定。差し出された手に手を載せる。
音楽が始まった。それに合わせて、王様がリードするのに身をまかせる。
すたたたた、くるっと、クイック、クイック、スロー、クィック、クィック、スローそしてくるっと廻るくるくるっと。横抱っこポーズ決めて、流れるようにステップ!

「そなた意外とうまいな」
「そなたの夫には感謝している」
「え?」
「まさか私がまた王位に返り咲けると思わなかった。長老達からそなたの夫の助言があったと聞いた。散々辛酸を舐めてきたこの身だ。この恩は必ず返す」
「そうなんですか。わたくしは良く分からないですけど、王様がレイジェス様に意地悪しない人なら良かったです」
「感謝こそすれ、意地悪などするものか」

 私はこの若い王様が意地悪な人じゃない事に安心した。そしてこの王様が長く王座に着いていて欲しいなと思って質問をした。

「王様はどなたか好きな人がいらっしゃるのですか?」
「なっ、なんだいきなり?」
「…い、いるが、まだ片思いだ!」
「あ、やっぱりいらっしゃるんですね! 良かった!」
「前王がどうなったか聞きました?」
「ああ、そなたに無礼を働きスティグマ持ちになったと聞いた」
「わたくし、勝手に発動しちゃうスキルがありまして、他に愛する方がいるとかからないのですがいないと前王様みたいになってしまうこともあるのです」
「そなた恐ろしいな……」
「ふふふ、でもガブリエル王様は良い人なので掛かって欲しくないなぁと思ったのです」

 私は踊りながら楽しくなってきてしまった。自然と笑いが零れる。

「ふむ」
「だから、好きな人がいて、良かったです!」
「片思いだけどな」
「王様なのですから、自信持ってプッシュしましょうよ」
「まさか8歳児に恋愛話をするはめになるとは思わなかったぞ?」
「えへへ~」
「はっ! そなた面白いな!」

 ダンスは終了し優雅にお辞儀をして終わった。そして私はレイジェス様のもとへ、行くとちょっと機嫌が悪い。何故だ?セバスを見るとこめかみを押さえてる。すすっとセバスに寄って小声で聞く。

「レイジェス様はご機嫌ななめですが? どうしました?」
「王様と踊ってる姫様が楽しそうだったからではないでしょうか?」
「なんだ。じゃ、レイジェス様とわたくしが踊ればいいのですね?」
「まぁ、……かまってあげてください」
「レイジェス様、踊りましょう?」
「君は楽しそうだった」

 またかーまたなのかー。拗ねてんのかー。もうほんとに……。

「そりゃ楽しいですよ。レイジェス様のこと良く言ってたので」
「私のこと?」
「なんか辛酸なめた生活してたから王族に戻してもらって感謝してるって。恩は返すって言ってましたよ?」
「ガブリエル王が?」
「はい。わたくしはレイジェス様に意地悪なことしなければ満足ですって言ったらそんなことしないって、そんな感じでお話してましたよ?」
「でも、君はガブリエル王に好かれて愛されてしまうかも知れない」
「ははは! ないですよぅ、もう! ないない」
「君は可愛い! 愛らしくて素敵で……」

 レイジェス様はしょんぼりしてる。私なんで信用されてないかな?
私が好きなのはあなたなんですよ?

「そう思ってくれるのはレイジェス様だけですよ。他の人から見たらただの8歳児ですってば」
「ガブリエル王は君の魅了にかかってしまうかも知れない……」
「それもないですよ。好きな方がいるそうですよ?」
「なんでそんな事知っている?」
「魅了にかかっちゃうと皆様変わっちゃうじゃないですか?」
「そうだな」

 渋い顔だったレイジェス様の表情がどんどん柔らかくなっていった。

「レンブラント様は全然変わらないでしょ? 雰囲気が似てたので聞いてみたんです。そしたら片思いだけど、いるって教えてくれました。良い人そうだったので魅了に掛かって欲しくないと思ったのでほっとしました。それより、この契約は何者にも覆せぬ! なんでしょ?」
「うむ」
「王様でもどうとできないですよ、踊りましょ?」
「心の狭い男ですまぬ」
「いつもの事でしょ?」と言って私は笑った。

 首に抱きついてほっぺにちゅっとしたら少し機嫌が良くなった。
一応耳元で囁いておく。

「公の場なのでこれくらいにしておきますね。お屋敷に帰ったら愛して下さいませ」

 恥かしい誘いの言葉を言ったらレイジェス様の耳が少し赤くなった。
機嫌が良くなって踊ってくれるようだ。二人でお辞儀する。
お互い手を重ねあい、音楽が鳴って踊る。
クイッククイックスロースローくるっと廻ってターンターン、ピタっと止まってポーズでスイングスイングふわっと廻って持ち上げられる!そしてふわっと舞わされる。

 思わず楽しくなって雲を蹴ってジャンプ! そのままふわふわレイジェス様の元に戻る鼻歌を歌ったせいか腕から光が散らばる。くるっと廻るたびにきらきら光る。腕を伸ばして離れてまたくっつく。レイジェス様が私を見つめる。
私もレイジェス様を見つめる。音楽が鳴って曲に合わせて踊っているのにここは二人だけの静寂の世界みたいで、ただ、ただ…きらきら輝いて綺麗だった。
お辞儀をして踊り終えた。

「あと3回しか君と踊れないなど、つまらぬ」
「へ?」
「同じ相手とは4回までしか踊れぬ決まりだ」
「そんな決まりあったんですね」

 へ~って感じ。
私はそのあと3回レイジェス様と踊ってしまったので、もうレイジェス様と踊れない。
がっかりである。
レイジェス様がガブリエル王様と話をしだしたので私はセバスに話しかける。

「ちょっとお花を摘みに行ってきます」
「場所は分かりますか?」
「どちらでしょう?」
「そちらの壁沿いの階段を上ってバルコニーがあるでしょう?そこの角です」

 見ると左手前方に階段があった。バルコニーもここから見えるすぐ傍だった。

「ありがとう」

 と言ってさささっと歩いて行く。
そしてお花を摘みに来て気付く。わ~~!! やりずらい! ドレスの裾を持ち上げて自分の体に巻きつけて腕の薄布も自分の首に巻きつけてお花を摘む。
ふぅ…。こんなひらひらなドレスにするんじゃなかった!
お花が摘みにくすぎる!

 なんとか終わってドレスを整えてから手を洗う。常備置きの使い捨てのタオルがあるのでそれで手を拭いてタオル入れに使用済みを入れる。
出てすぐバルコニーで意外な人に会った。
エメラダ様だった。この人まだ逮捕されてなかったんだ? と疑問に思いながらも前を通り過ぎようとしたら話しかけられた。

「お待ちなさい」
「……何か?」
「あなたが神籍だなんて認めないわ? 嘘をついてレイジェスを騙して公爵夫人になるつもりなんでしょ? 本当は平民の子でしょ!?」
「わたくしが誰かなんてレイジェス様が一番知ってますよ。父神様に会ってるんですから」
「レイジェスは本当はわたくしを愛しているの!! あなたに、子供のくせに淫乱なあなたに騙されてるだけよ!!」

 私は思わず眉間に皺が寄った。お屋敷に来た時にあんなにきっぱりレイジェス様に断られたのに分かってないの?

「エメラダ様、この前のレイジェス様のお話聞いてました? レイジェス様はあなたに興味がないそうですよ? 言ってたでしょ?」
「あれはレイジェスが素直になってないだけよ! わたくしを愛して無いと嘘をついているだけよ!!」

 私はため息を吐く。

「どうしてそんなに、レイジェス様に拘るんですか? レイジェス様と婚約してた時だって、他の殿方と遊んでらしたんですよね? どうしてその時に気にかけてあげなかったんです?」
「そ、それは……わたくしはレイジェスとやり直したいだけよ……。本当に愛してるのはあの方だけって気付いたのよ……」
「あなたは本当にレイジェス様がお好きなのですか? では何故レイジェス様の名前を使って詐欺みたいな事をしてらっしゃるのです?」
「……」
「もしかして、お金が欲しかったり、公爵夫人という地位や名誉が欲しかったのでは?」

 私が訝しげにエメラダ様を見ると頭を横に振った。

「違うっ! 違います!!」
「では、昔の自分に戻りたいからですか?」
「……え?」
「あなただって、最初から所謂貴族の女だったわけではないでしょ?」
「その言い方、好きじゃないわ。わたくしは【所謂貴族の女】なんかではないわ」
「でも、周りはそういう認識です。レイジェス様がいるのに、お友達のコモン様までお誘いになったのでしょう?」

 私の質問にエメラダ様は動揺した。瞳の中の光がゆらゆら揺れる。

「あの頃は……それが後々に影響するなんて思ってなかったのよ! 体が満足すれば心も満足すると思っていた……でも違ったわ! 誰も私を満足なんてさせれなかった!」

 エメラダ様は自分を満たしたかったんだ。今言った言葉で分かった。
でも、他人が自分を満たしてなんて……くれないよ。
自分が満足できる自分にならなきゃ……。

「エメラダ様……どうやっても過去には戻れませんよ……だから一瞬一瞬を大切に生きなければいけないのです」
「……わかっているわそんな事!! あなたに言われたくないっ!!」
「……何故もっと御自分を大切にされなかったのですか? 女の大事なものは1つしかないのです。その1つは失われれば戻ってきません。簡単に削って皆さんに配れるものではないのですよ!?」
「あなたみたいな子供に……何が分かるのっ!?」

 エメラダ様はそう言うと私に飛び掛ってきて、首を絞めながらバルコニーに持ち上げた。
誰かが私達に気付いた様でバルコニーの下から女性の悲鳴がきこえた。きゃーって。

「子供子供って、馬鹿にしないで!! 好きで……子供なわけじゃ、ないんだからっ……!」

 ぐいぐいと首に力が入れられて苦しかった。
心臓がどきどきして目がちかちかする。
首を絞めるエメラダ様の手を振り解こうとしても自分の力じゃ敵わなかった。
どんどん意識が遠のく。かすかに振り絞った声で呟いた。

「レイ……ジェス……様……」

 そう言ったあと私はエメラダ様にバルコニーから突き落とされた。
ドンと鈍い音と共に痛みが広まって私の意識は途切れた。

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