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第一章

27閑話 執事の独り言 セバス視点

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 あれは12月の下旬の事だった。
私、セバス=ブラックウェルは旦那様であるレイジェス=アルフォード様のタウンハウスで来年から仕事をするようにと言われた。
はて、あちらにはゼフィエルがいたはずだが……と思ったら不祥事を起こし、領地の城に左遷(本来ならタウンハウスから領地への移動は栄転)させたいと言う。ゼフィエルはレイジェス様一筋の真面目な男だ。

 一体何が有ったのかと訊ねたら、12月の初めから預かっている幼女に妬いて意地悪をすると言う。しかもその幼女と旦那様は結婚したいとおっしゃった。
今まで女は化粧臭いと言って遠ざけていた方が!
一体どんな方なのだ? と気になって年末最後の日に一日早いがタウンハウスであるお屋敷に来てしまった。

 屋敷に着くなり早々、旦那様に執務室に呼ばれた。神と結婚するにはどうしたら良いか? という相談である。なんの冗談か? と思いきや真剣に話される。どうやら旦那様が結婚したいと望まれている幼女は半神と言われる神のような存在らしい。
8歳で下界に降りられたので人の籍がないのだ。人は籍を持って書類を交わし結婚する。なのでまず、人の籍が必要だ。

 私は図書室から神との結婚について書かれてある本を何冊か持って来た。その中には相当古い、紙束を纏めてあるだけの文献もあった。そして昔、神が地上に遊びに来ていた頃の文献を調べた。それによると、神々が地上に降りていた頃に使われていた神籍なるものがあるらしい。
神籍でも人と結婚できる。
人籍を使うと人の法律に縛られなければいけない。が、神籍は神の法律に縛られる。

 こちらの方がいいだろうということで書類を整えようと思ったが、神が遊びに来ていた時代のことなど今の若いものは知らない。仕方がないので【王宮の知識の塔】と言われる長老達に教えを請い、神籍申請の手続きをすることになった。
だが、長老8人の許可が必要らしい、あの爺共は金と女に汚い。
旦那様に報告したら金はいくらかかってもかまわぬから懐柔しろと言われた。

 執務室で旦那様とアリア様の籍についての話をしていると廊下で騒ぎ声が聞こえた。側仕え仕長であるセレネの怒声だ。
旦那様が急いで執務室を出て部屋へ行くと20代後半位の男性が旦那様の部屋に勝手に入り込んでいた。

 しかも姫様は体調が悪く寝ていて、まだ寝巻き姿だとセレネが言う。
なんと非常識な男なのか。他国の次期公爵らしいが浅慮すぎる。
しかもこの年齢で8歳の幼女に入れあげるとはどういうことか?
その肝心な幼女と言えば寝台の布団に包まってぷるぷる震えていて姿が見えない。こんな大男に追い掛け回されれば怖いのは当たり前だろう。

 彼が布団を捲ろうとしたその時、彼女が布団の中から現れ旦那様に手を伸ばした。
色が白く、黒く艶のある髪はしなやかで、きらきらと光輝いていた。大きな瞳には涙が溢れていた。苦しそうに胸を押さえていたその顔を見てなぜか、私が助けなくては! と思ってしまった。

 薬を飲ませると大分落ちついたが、この男は最悪だった。姫様を愛人にする気でいたのだ。旦那様は姫様を夫人として迎えるつもりでいたので表面上は波風立たせずに話して居られたが、内心は憤懣やるかたないだろう。

 暗い雰囲気だったので私は姫様に笑って頂きたく、楽しい事を考えるように勧めた。晩餐会の話をすると楽しそうに微笑まれた。なんと可愛らしい笑顔か。それからは晩餐会のためのテーブルマナー練習も頑張っておられ、真面目で素直な方であるのもわかった。

 晩餐会当日、テーブルマナーに何の問題もなかった。料理にでた【オムライス】なるものが【米】で出来ているらしく、ずっと米を食べたがっていた姫様は大変感激して旦那様に【大好き!】と言って抱きついた。

 これは旦那様が姫様のために領地に米畑を! と言う気持ちがなんとなくわかってしまった。姫様が下界に来てからおかわりをしたのはあれが初めてだったそうだ。しかも、いつもほぼトウミしか食べないという。
あ、そうそうトウミ園も作ろうとか旦那様は言い出している。
気持ちは分かるが困ったお人である。

 おかわりをされた姫様は大変満足そうで私も嬉しくなってしまった。
私は自分のステータスを見た。思った通り姫様に魅了されていた。旦那様にミドルキュアを掛けると良いと言われていたので自分にミドルキュアをかける。
恙無かった晩餐会だが旦那様が色々我慢できず、帰ることになった。

 旦那様はまだお互いの気持ちを確認してなかったようだ。色々空回りして結局どつぼにはまってしまっていた。けれど、姫様はそんな面倒くさい大人である旦那様を優しく慰め話を聞こうとしていた。本当に姫様は8歳なのだろうか?
いや、どう見ても8歳にしか見えないのだが。着替えを欲しいと言われ、旦那様の涙を拭くためのタオルも置いておいた。
たぶん、姫様の前でなら旦那様も素直に泣いたりするのだろうなと思ったからだ。

 そしてお二人は気持ちを通わせ男女の仲になった。
私としてはまだ小さい姫様が男の精を受けるのか……と衝撃を受けたが、姫様は楚々としていた。清楚で愛らしいままだった。
大人の情欲に全く穢されていないのだ。
それは姫様が旦那様の色々な行動を愛だと思って全て許して受け入れているからだろう。

 そんな旦那様が失敗してしまった。姫様の前で他のご令嬢を可愛らしいと褒めてしまったのだ。それも大人の女ではなく、姫様と同じ8歳の幼女のことを。
これは姫様でも拗ねるであろう。

 ぷんぷんして食堂を出て行った姫様に旦那様は慌てていたが私にはピレーネの音が聞こえていた。小広間に行きましょうと、旦那様と行くと薄暗い小広間に細長い窓のいくつかから月の光が入ってステージを照らしていた。月の光で姫様のつむじのきらめきが一層増していた。

 白い花と薄桃の花が混じり降りてくる。床一面花だらけになった。まだ花は降り注いでる。それは幻想的で美しい音の響き、鈴の鳴るような高く響く声。どこか切なく苦しくなるような、喜びとささやかな幸せの歌。歌詞もあいまって感動が波のように押し寄せる。胸が苦しい。この歌を姫様が作ったのか?

 気が着くとピレーネの上に大きな光り輝く者が。人型なのは分かるが光り輝いて顔が見えない。姫様はその光と何やら会話してピレーネの中央に出てきた。
私と旦那様は感動してつい立ってしまったが姫様が言う。

「今からもう一曲歌います。マティオン様が聞きたいとのことなので。なので、レイジェス様もセバスも座ってください」

 マティオンとは音楽の女神で姫様の姉君らしい。
あの大きな光はマティオン様だった。
そしてもう一曲姫様は歌った。
楽器がどこにもないのにフルオーケストラで音楽が聞こえる。
どこから音がなっているのか?

 そして不思議な事が起こった。
姫様が雲みたいなものに乗り空中を歩いている。私は自分の目を疑った。
右に手を振れば花が溢れ左に手を振れば光が舞い散る。正直、姫様が半神というのを聞いていても人とたいして変わらないんだろうと思っていたが、こうも違うとは。驚いてしまった。しかし姫様からしたらそんなにたいしたことではないようだ。
そうだ自分自身神であるのだから、神が起こす不思議など当たり前なのだ。

 マティオン様は最後に幸あれ! と旦那様を祝福し、旦那様は無属性空間魔法を得た。
神降臨も祝福の魔法付与も初めて見た奇跡現象なので私は珍しく興奮してしまった。
誰もこんな経験をしている人などいないだろう。

 領地で家令をやっているときは暇だったが、こちらでの生活は楽しそうだ。
それに毎日可愛らしい姫様に仕えるのも、私にとって大いに結構なのである。

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