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第一章

22新しい執事

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 今日は寝坊してしまった。もう10の刻だ。
昨日街に行ったらはしゃいで疲れちゃったからみたい。
回復薬を飲んだ割りに体がだるい。
近くにレイジェス様はいない。布団に潜ってると外が何やら騒がしい。

 部屋のドアがバン! と開けられ、そこにはザイード様がいた。
急いで私は布団の中に隠れた。だって寝巻き姿だったから。
淑女は大事な人意外に寝巻き姿を見せてはいけない決まりになっている。
お屋敷の使用人達ならまだ身内だから見せてもいいかなって思うけど……。
ザイード様は絶対駄目でしょ!

「ザイードです! お久しぶりですアリア様!」

 と叫ばれた。私まだ寝巻きなんですけど。わかってるの?
私は布団に潜っていたけど、1人なので怖くなってきた。
守ってくれる人がいない!

「おやめください! アリア様は具合が悪いのです! まだお着替えも済んでおりません!! 失礼です!」

 とセレネが走ってきて怒って言ってくれてる。
騒ぎを聞きつけてレイジェス様が来た。

「何をやっている! ザイード!」
「私はアリア様に頼まれたものをお届けに上がっただけですが?」

 敵意むき出し……。
ザイードさんて、こんな強気な感じの方だっけ? と思い返してみる。
思い返したけど、初めて会った時はそこまでおかしい人に感じなかったのに。
なんか人格が変わったみたいになってる。

「アリアは臥せっている、空気を読め」

 いや、無理でしょ、この人空気読めないでしょ。

「本当に病気ですか? 私に会わせたくないからでは?」

 そう言って寝台に近づいて来た。
温室でラシェに噛み付かれたことを思い出して震えが止まらない。
怖くなって私は寝台からダッシュで走り降りた。そしてレイジェス様の元へ。

 はっはっはっ。

 胸が苦しくて手で押さえながらレイジェス様にもう片方の手を伸ばす。
苦しさと恐怖で涙目になる。
レイジェス様が私を見下ろして素早く抱き上げる。ぽんぽんと背中を柔らかく叩く。

「セバス、そこにある赤い薬を」

 セバスは急いで寝台脇、サイドテーブルにあった薬を持ってきた。
レイジェス様が暖炉前の長椅子に座り、私を横抱きにして薬を飲ませる。
そしてまたぽんぽんと背中を叩く。
私の体はまだ小刻みにぷるぷると震えている。

「大丈夫、私がついている……」

 レイジェス様が耳元で囁いた。
ザイード様は黙って私達を見てる。表情までは見えない。私は怖くて見られなくてレイジェス様の服をぎゅっと握っていたから。

「ザイード、取り合えずそこに座れ」

レイジェス様はテーブルの前の個人椅子を勧めた。
セバスが他の側仕え達を下がらせ、お茶の用意を始めた。

「本来なら問答無用で切り捨てるくらい私は怒っている。だが、君は私の部下だから、きちんと話をしようと思う。君はアリアをどうしたいんだ?」
「はい、婚約して、将来は結婚したいと思っております!」

 ザイード様は満面の笑みで明るく言う。

「だが、君には婚約者候補が3人もいるのだろう? それはどうするのだ?」
「そ、それは…断ります!」
「全員断るのか?」

 ザイード様の明るい笑みは、レイジェス様の追及で次第に崩れていく。

「……いえ、全員断るわけにはいかないと思います。1人だけでも娶らねば父上に勘当されてしまいます」
「アリアは私の預かり子だが、爵位はない。君は公爵の子息だ。家格が合わないと思うのだが? それはどうするつもりだ?」
「……部屋を与え、彼女をずっと愛します!」

 大人しく話を聞いていたレイジェス様がとうとう我慢出来なくなった様だ。
握られている拳が僅かに震えている。

「……第一夫人に他の女を立て、第二夫人にもなれぬ身。部屋を与え……? 君はアリアを愛人か愛妾にでもするつもりなのか? 神の愛し子であるこれをか? ……貴様、寝言は寝て言え! 愚弄するのもいい加減にしろ!」

 レイジェス様はとうとう切れてしまった。

「ザイード、君はもう30歳近い、いい歳をした大人だ。そろそろ自分の現実を見ろ。これは君が知っている貴族の女ではないし、多少押せばどうにでもなる女ではない。私は君の3人の婚約者候補から選んだ方が良いと思うが? ご両親にもその方が喜ばれるであろう」
「両親など関係ありません! 一番大事なのは私の気持ちです!」
「そんな風に言ってる時点で君はダメだ。一番大事なのはアリアの気持ちだ。君はそれを考えた事があるか?」

 ザイード様が黙ってしまった。どうやら私の気持ちは無視されていたようである。さいてー!

「これは、米を凄く楽しみにしていたのだが、それもいらぬ! 持って帰れ! ザイード、君はこの屋敷を出入り禁止とする! 他の者が止めたにも関わらずこの部屋へ不法侵入したのだからな。罪に問われたくなければ辞任してこの国を去れ」
「私はそんなつもりでは……」
「君が浅慮過ぎたのだ、ここは公爵邸である」

 ザイード様は肩を落としてお屋敷を後にした。




 私はほっとしてレイジェス様の服を握っていた手をひらいた。

「君にはすまなかったな。米を随分楽しみにしていたのに」

 私は首を振った。

「レイジェス様が米畑を作ってくれるのでしょ? 楽しみにしてます」

 と笑ってみた。

「震えが止まったな」
「……先程は温室で噛まれたことを思い出してしまって……ザイード様が来た時、一人だったので心細くて」

 レイジェス様もあの時の事を思い出したのか顔を顰めた。
レイジェス様は私をぎゅっと抱きしめた。後ろでセバスが見てるのが恥ずかしい。

「姫様にはミルクティです。気が休まりますからどうぞ」

 レイジェス様はいつものブラウンティだった。
暖かいミルクティを飲んで心底ほっとした。私はセバスをじっと見ていた。
銀髪で肩位の長さの髪を銀の飾り止めで纏めている。瞳が赤く眼鏡をかけていて、黒い執事服が銀髪に映える。執事の中の執事って感じの方でイケメンだ。歳はレイジェス様と同じくらいか少し上かな?。

「家令の方ですよね?」
「セバス=ブラックウェル、26歳でございます。よろしくお願い致します姫様」

 と優雅にお辞儀をされた。

「ええ、よろしく」




 夕食には鳥のソテーの塩焼きとトウミがだされた。
この前美味しいって食べてたからか? 不思議と当たりはずれのある鶏肉だけど、今日のも食べると美味しかった。
おかげで全部食べれた。

「美味しゅうございました」

 セバスが私の隣に来てテーブルに薬を置いた。

「体力回復薬です。お飲みください」

 セバスの顔を見た。赤い目が優しく微笑んでいる。

「ありがとう」

 私はその場で薬を飲んだ。




 食事が終わると歩けるのに何故か抱っこされて談話室へ行った。
抱っこされたまま長椅子にすわる。セバスがそこに木箱を持ってくる。
レイジェス様がその木箱を開けると中にダイヤのペンダントとピアスと指輪が入っていた。
そして、ローブの内ポケットから杖を出してついてるダイヤをトントントントンと叩いて魔法陣を組み込んで行く。

「今から君の耳たぶに穴をあける。でないと耳飾りができないからな」
「え~」
「麻酔するので痛くはない」
「じゃ、いいですよ」

 杖で両耳をトン、トン、と叩かれて杖をひゅっと振ったらもう穴が開いていた。全然痛くなかった。

「凄い! 全然痛くなかったです!」

 レイジェス様がピアスを私に入れた。といっても曲がった針タイプなので入れるというより引っ掛ける感じか。髪の毛をあげてと言われてペンダントもしてもらった。でも、髪を伸ばしたままだと鎖の所に引っかかる。あとダイヤの指輪を右手に嵌めてくれた。この指輪は最初大きくてぶかぶかだったのにレイジェス様が杖でトントンと叩くとぴったりのサイズになった。フリーサイズの指輪だそうな。

「耳飾りは君の居場所が私にわかるようになっている」

え? GPS機能付き?

「ペンダントは君に触れた男に自動攻撃するようになっている」

 はっ?

「ダイヤの指輪は私がいないときのショーツ解除用アイテムだ。紐にかざせば解ける」
「そ、それは助かりますわ?」

 セバスがクスクス笑っている。

「あ、そういえば、セバスに聞きたいことがございます」
「なんでございましょう?」
「ゼフィエルはどうですか? 元気でやってますか?」

 レイジェス様が片眉を上げた。

「彼は仕事を辞めましたよ」
「ええっ?」
「それに……アリア様を逆恨みしている様子でございました」
「え……私を?」

 レイジェス様がこめかみを押さえる。

「君が気にすることではない。むしろ、君は意地悪されていたのだぞ? 気付け馬鹿者」
「ゼフィエルは私に優しくしてくれましたよ?」
「表面上はな?」
「レイジェス様はちょっとひねくれすぎです。それで、いつ辞めたのですか?」
「あちらに来てすぐですよ」
「彼はレイジェス様一筋でしたから……。思い余って何をするか分かりません。ですから、彼が屋敷に現れたとしても相手をしてはいけませんよ姫様? まぁ、その様な事、このセバスがさせませんが」

 セバスが私に言った。
私はセバスを見つめた。
もしかして、この身を守るグッズはそういう為もあるのかな……。
ザイード様のこともあるし。
私が暗くなってたせいか、セバスが楽しいことを考えましょうと言い出した。

「晩餐会が三日後にあります。そのことを考えましょう。」
「!! 晩餐会って何をするのでしょう? 注意する事とか覚えることありますか?」
「では、明日テーブルマナーの練習をしましょう」
「はい!」
「ドレスはどれにしたら良いのでしょう? かっちりしたのじゃなきゃダメですか?」
「エンパイアドレスでいいであろう。君はあれが楽だろ? 多分具合が悪くなったのはバッスルタイプのドレスを着るのにコルセットをしてたからじゃないか?」
「そうかもしれませんね」

 とセバスも言う。

「もう他のドレスは禁止だな」
「え? でも、コルセットはボーンも入ってない綿コルセットだし、ドレスだって違う型のを昨日注文してたじゃないですか」
「ああ、エンパイアドレスに変更してもらった。君にはコルセット型のドレスなど無理だ。さっきも言ったが、そもそも体を締め付けるというのが良くなかったんじゃないか?」
「でもコルセットをしなかったら将来おでぶちゃんですよ?」
「こんなひょろひょろで何を言ってるんだ君は」

 そう言って、どさくさに紛れて私のウェストをぺたぺた触る。
まぁ、ストンとした幼児体型だから触っても楽しくないでしょうけど。

「晩餐会ってわたくし位の年齢の子も来るのですか?」
「ええ、今回はお子様もいらっしゃる会に参加させて頂くことになりました」
「では、お友達ができるかもなのですね?」
「ですね、姫様」

 セバスが微笑んだ。
むふふっと私も笑う。

「なんだかすごく楽しくなってきました! お友達!」
「セバス、君はこれの扱いがうまいな」
「とんでもございません。旦那様、姫様はとても素直な方ですね」
「素直というか抜けてるというか、人が良いというか……」
「君のお気に入りのリリーも行くぞ」
「出会いですね!」
「そうだ」

 私は楽しくなって部屋をくるくる廻った。
胸がどきどきして苦しくなって押さえていると、レイジェス様が抱き上げてぽんぽんしてくれた。

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