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第一章

9温室での危機

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「いってらっしゃいませ」

 とレイジェス様を見送ってから私の1日は始まる。
早速自分の部屋から編み物籠を出して談話室に持って行く。今日は室内履き完成と手袋を出来る所まで! と目標を立てた。
昼の刻までは編み物をして、そのあとは温室にルードの花を見に行くつもりでいる。

 君の頭みたいってレイジェス様に言われたけど、鏡で見たことないからわかんないや。公爵家だから鏡くらいどこかにあるんだろうけど、私の部屋にもレイジェス様の部屋にも何故か無い。そういえば私、自分の姿まだ見てなかった。
まぁ、でも、レイジェス様が可愛らしいって言ってたし、ベテル様も美人にしてあげるね~って言ってたからそこまで酷くないよね……きっと。

そう考えながら編み物をしていたら、残りの片足分の室内履きが出来ていた。
でもちょっと物足りない。私は紫色の毛糸でうさぎの形を2つ作った。それを室内履きの甲に縫い付ける。うん、可愛くできた。やっと手袋に取りかかれると思ったらレイジェス様の手のサイズがわからない。ゼフィエル位かな? と監視中のゼフィエルに声をかける。

「ゼフィエル、レイジェス様の手のサイズってわかります?」
「わかりかねますが、私と同じくらいでしょうか?」

 それを聞いて5本指はやめた。ミトンだったら少しサイズが前後しても大丈夫そう。私はゼフィエルの手を紙の上に置いてもらって、す~っとペンでなぞった。
これに合わせて編んでいく。しばらく集中して編んでたら昼食の時間で呼ばれた。右手の半分位しか編めて無い。私の足と違って大きいから結構時間がかかる。

 食堂に行ったけど、今日は食欲がなくてスープだけ飲んだ。午後に私のドレスや靴が届くので運び込みの指示や専属商会の書類取引などをしなければいけないから、ゼフィエルが私を監視できないと言ってきた。
別に監視されたくないからいいんだけど。

 そして、庭師のラシェに温室を案内させるように指示してありますからと言った。
本当はいつもの商会だったらそのままいつもの場所に荷物を置いてもらって終了らしいんだけど、前回の靴採寸事件で不祥事を起こしたライト商会をレイジェス様は取引停止にしてしまった。それで新しい商会の人が来るらしい。

 先代の公爵様から取引があったらしいのに新しい商会と取引することになって良かったのかな? でも、今度の商会の人達の採寸係りは全て女性にしてもらえるらしく安心だ。玄関で待っていれば庭師が来るとゼフィエルが言っていたので玄関でうろうろしてたら庭師が迎えにきた。

「ラシェと言います。よろしくお願いします姫様」

 私は頷いてからラシェの後を付いていった。温室は前庭から屋敷を曲がって右奥にあった。円柱状の透明な建物で所どころ曇りガラスの様になっていて、天井は緩やかな円錐になっている。この透明な建材は何だろう? 触ってみると硬い。
中に入ると、思ってたより広い。15畳位かな? 

 床は薄い灰色の石畳で出来ていて天井の四つ角に緑に光る石が空に浮いている。
あれが室温管理してる魔道具なのかな?
ひな壇のように段違いになってる棚に鉢植えの草花が置かれている。天井からぶら下げられているプランターもあって、花もあるが緑の葉が多いイメージだ。

「ルードの花はどれですか?」
「こちらです」

 床より一段上の棚に置かれてる鉢だったので、私はよく見るためにしゃがんだ。私の手のひら位の白い花で大きな花びらが6つある。中心におしべとめしべがあり、そこから小さな細かい光がきらきら放出されている。
わぁ~私の頭ってこんな感じなんだぁ。綺麗……。
と思ってたらいきなり後ろから猿轡をされた。

「ん!? ……っんん!」

 すぐさま後ろ手にされ手首を縛られる。そのままドンと突き飛ばされて今度は両足首を縛られた。芋虫状態で何もできない。ラシェの顔が近づいてきて私の頬を舐め上げる。

 なんでまたこんな状況? 前回の採寸の男の人もなんか目がいっちゃってたけど、ラシェも目が赤黒くなっていっちゃってる。どう見ても正気な人の目つきではない。

「初めて見た日からずっとこの時を狙ってた……あんたいつもゼフィエルさんに見張られてたからな」
「……んん!」

 ラシェが私のドレスを持ってたナイフで切り裂く。胸元から一気にへそ辺りまで。中に着ていたシュミーズもドレスと一緒に切れてはだける。お腹も少し切れて血の筋ができる。

「俺の舌を噛むなよ?」

 そう言ってナイフで私の顔を撫でながら猿轡さるぐつわの間から口の中に舌を突っ込んできた。激しく舌を絡められて吸われる。強く吸われすぎて痛いし息が出来ない。
お願い誰か来て! 怖いよ! 殺されちゃう!!

「安心しな、俺が楽しむまで殺しゃしねぇ」

 恐怖で涙がぽとりと落ちる。石畳の上に落ちて輝くダイヤになるとラシェは驚いてそれを拾った。

「へぇ……殺さないでさらってどこかに監禁するってのも有りだな……」

 私は頭を左右に振った。ここでならまだ誰か助けてくれる希望があるけど、このまま外に連れられたらどうなるかわからない。髪の毛をぎゅっとつかまれ頭を持ち上げられた。髪を引っ張られる痛みに顔が歪む。
ラシェはそのまま私の首筋に吸い付いて噛みついた。私は痛くて呻いた。

「……ううぅ」

 はだけた胸を舐めまわす。そして乳首に噛み付いた。痛さに驚いて自分の体を見ると噛まれた跡から血が滴っている。
ドレスのスカート部分もビリビリと破かれ胸からどんどん下をラシェの舌がなぞって行く。気持ち悪さに寒気がして取り肌が立つ。

 ……痛い! 痛いよぅ……怖いよ……レイジェス様!! 助けて!!
私の祈りが届いたのかレイジェス様が現れた。
助けに来て欲しかったけど、こんな姿見られたくない。いやだ、涙が止まらない。

「うっ……んん!!」
「貴様何をしている!!」

 レイジェス様は胸ポケットから杖を出して呪文を唱えた。
すると、ラシェが雷の檻に閉じ込められた。
レイジェス様は私の体を見てはっとした。
自分のマントを脱いで私をぐるぐる巻きにして猿轡を取る。
そのまま私を抱きかかえてお屋敷の中に入った。

「ゼフィエル!!」
「はい! どうされました? お館様」
「どうしたじゃない! アリアを厳重注意して見ろと言っただろうが! 何故お前はここにいる!? あれは庭師か! これに酷い悪さをしたぞ!!」

 レイジェス様は酷く怒っていた。
私はこんなに怒っているレイジェス様を見るのは初めてだった。

「人手が足りないならお前の代わりになる者を雇い入れろ!何度も失態は許さんぞ! 努々ゆめゆめ忘れるな!!」
「お館様どこへ……?」
「風呂でこれを洗う!」
「それは側仕えがやります!」
「お前達にはまかせられぬ!!」

 レイジェス様は怒り心頭って感じだった。そりゃそうか、ゼフィエルに私のこと頼んだはずがこんなことになってるんだから。でも、ゼフィエルもやることあったし、ラシェの事を信用してたから二人にしたんだと思う。あんな人だって知らなかったんだよ、きっと。

 助かった安心感か? さっきの殺伐とした状況が嘘か幻のように現実感がない。
レイジェス様は私を抱えて脱衣所に入った。マントでぐるぐる巻きな私を床に置いてマントの端で私の顔を隠した。

 ん? どうして私の顔を隠すの?

「湯浴み着に着替えるだけだ」

 着替えるのを見られるのが恥ずかしかったっぽい。
着替え終わったのか、横たわった私からマントを剥がす。
切られてぼろぼろのドレスと傷だらけの体が露になるとレイジェス様は顔を顰めた。足の縄を解いて手首の縄を解く。足首にも手首にも縄の跡が青紫にくっきりと浮かび上がっていた。ダン! とレイジェス様の拳が床を叩く。

「立ちなさい」

 言われて私は立ったけど、恥ずかしくて胸と下の部分を隠した。

「傷がどこにあるか確認するだけだから、隠さないように」

 私はこくりと頷いてゆっくりと手を下ろした。お腹に大きくナイフで切られ血の流れた跡がある。乳首にも噛み付かれて血が滴った跡。首にも吸われたキスマークと噛み跡からまだ血がでてる。レイジェス様はその全部の傷あとを手でそっとなぞった。

「後ろを向きなさい」

 背中も石畳で転がされたので擦り傷だらけだった。レイジェス様の手がそっと撫ぜる。

「パーフェクトヒール」

 レイジェス様が呪文を唱えると私の体が薄い黄緑色に光った。しゅわしゅわと音がして私の傷は跡形も無く消えた。

「すごい! 傷跡消えました!」
「ほら。風呂に入るぞ」

 レイジェス様は洗い場の隅に重ねてあるバスチェアを2個もってきて、ひとつは自分で座り、もうひとつには私を座らせた。レイジェス様は石鹸を手にとって泡立ててその手で私の背中を洗った。手がくすぐったい。

 立って。と言われて立ったらお尻と足も手で洗われた。「次はおもて」と言われてくるっと腕を引っ張って回される。もう一度石鹸で手を泡々にしてから首から肩、両腕を洗って胸からお腹を洗った。胸やお腹を手で洗われるとくすぐったい。

「うひゃっ、くすぐったいです。レイジェス様」
「それくらい我慢しなさい」

 足首から股の方へ洗い進んでいく手が見える。こっちはこんなに恥ずかしいのに、どんな顔して人のこと洗ってんの? とレイジェス様を見たら目が合った。
ずっと洗ってる時に私のこと見てたのかな? レイジェス様は私と合った目をそらして私の大事なところを洗った。

 やさしい指先でひだを開いて蕾の周りをくるくると、優しくゆっくり洗う。
そのまま後ろの閉じた菊も優しく撫でる。私がレイジェス様の顔を見つめていると泡のついた手で、でこピンされた。そのまま頭もわしゃわしゃ洗われる。

「流すぞ」

 泡を流してお風呂に入るとレイジェス様は自分にアクアウォッシュをかけてそのまま一緒に入ってきた。

「傷が無いので沁みなくて良かったです」

 レイジェス様が私の腕を引き寄せて抱っこした。今、私達は向かい合っている。レイジェス様は少しほっとしたような顔をしている。私もきっと同じ顔をしていると思う。レイジェス様が左手で私の顔を引き寄せキスをした。舌先が口の中に入ってくる。レイジェス様が右手で空に呪文を書くと口の中がしゅわしゅわした。

「わたくし、今ほっとしてます」
「偶然だ。私もだ」

 レイジェス様は私をぎゅっと抱きしめた。さっきのは消毒なのか、ただのキスなのか分からない。
でも、なんだか聞いてはいけないような気がする。

「あのぅ……抱きしめたりする行為は心が通った方とするものだと思うのですが?」
「偶然だ、私もそう思う」

見上げるとレイジェス様は笑っていた。私もつられて笑う。

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