上 下
7 / 190
第一章

6公爵邸にて

しおりを挟む

 朝目覚めると、私の目の前には絶世の美男子が眠っていた。
私の庇護者である魔術師長様だ。なぜかこの美男子様と一緒に眠っている。
何故だ? 昨日の記憶をたどってみるとスープをすくって飲んでいた後の記憶がない。もしかして私、食事中に寝ちゃった?

 目の前の美男子様を見ると乳白色の肌に長い艶のある睫。乱れた長い黒髪が頬にかかる。昨日は腰まである長い髪を白い紐で結っていた。
眠る時は結わないのかな? とにかく眼福です!
と怪しげな事を考えていると魔術師長様の目が開いた。吸い込まれそうな澄んだ紫色の瞳。でも、眉間に皺が。

「君、起きるのが早いぞ? もぞもぞと動くと冷気が入るから寒いじゃないか。こっちに来なさい」

 と言って私のことを引き寄せぎゅっと抱きしめた。

「君は暖かいし、いい匂いがするなぁ」

 と呑気なことを言っている。正直、私22年間彼氏いなかったですから! こういう状況になれてないんですが! どういうことっ? 心臓がばくばくしだした。

「ん? なんで鼓動が早いのだ? 落ち着きなさい」

 と背中をぽんぽんと軽く叩く。あ、そうか私、今子供だった。
魔術師長様は子供と一緒に眠っただけに過ぎないんだよね。背中をぽんぽんされるリズムの心地よさに私の瞼はまた重くなって閉じていった。しばらくしてカタンと音がしてまた目が覚めた。私の目の前には仕事用のローブを着た魔術師長様がいた。

「起こしてしまったようだな。私はこれから城に出仕するが5の刻には帰る。皆のいう事をよく聞き、おとなしく過ごすように。先程も鼓動が早かったようだが、大丈夫か?」
「大丈夫です。こんな格好で申し訳ありません」
「よいよい寝ていなさい。食事の支度が出来たら誰か呼びに来るであろう。それまで休んでいなさい。では行ってくる」
「いってらっしゃいませ」

 私は布団の中でふぅと息を吐いた。公爵って王様の次に偉い人じゃなかったっけ? すごい庇護者様でびっくりだよ。私みたいな庶民が公爵家でやっていけるのか不安だなぁ。

 しかし、こっちの世界って美形しかいないの? 父神様も母神様も凄く綺麗だったけど、魔術師長様も凄い美男子なんですが! 目が合うだけで緊張しますわ! 眼福ですけど。

 ってか、私寝巻き着てる。誰が着替えさせたの? 側仕えさん? 魔術師長様だったら恥ずかしくて死ねる! 泣ける!
私、上下下着履いて無かったんだよ? 上も下も丸見えじゃん!

 一人布団の中にくるまって悶えてたら、執事のゼフィエルが食事の支度が出来たと呼びにきた。ゼフィエルは30代後半くらいの年齢で髪色は茶色で青い目をしている。執事服がとてもよく似合っていて、雰囲気が優しく見える。
そのゼフィエルに恐る恐る聞いてみる。

「わたくしの着替えをしてくださった方はどなたでしょうか?」
「お館様だと思います。ご自分で姫様を抱きかかえてお部屋に向かいましたから」

 私絶望。そして意識が途絶える。
姫様!? とゼフィエルの叫び声が遠くで聞こえた。

 再び目を覚ますと側仕え仕長のセレネがベッド脇の丸椅子に腰掛け私を見つめていた。セレネは40代中盤くらいの年齢で髪は金髪で瞳は緑色、髪の後ろに大きなお団子を作り回りを編み込みで纏めている。
服装は黒のメイド服に白いひらひらのエプロンだ。

「体調はどうでございますか? 姫様?」
「まだ胸が苦しい感じがしますけど、大丈夫です。お腹がすきました」
「昨夜眠ってしまってあまり食べていなかった様ですからね。お腹がすいているなら食堂で食事にしましょう。着替えのお手伝いをさせて頂きます。セレネです」
「はい」

昨日着ていた服を着るのかな?
と思ってたら、セレネが朝一番で市販の服と下着とスリッパタイプの室内履きを買ってきてくれていた。

 人に服を着せてもらうのもなんだか恥ずかしい。ズロースやシュミーズを着るのも手伝われる。これ断れないやつだよね?
貴族の令嬢様はこういうの側仕えにやってもらうのが当たり前だったはず。ラノベの異世界転生物で読んだから私にはわかる!
恥ずかしくて、これは慣れるのに時間がかかりそう。

 買ってきて貰って申し訳ないんですけど、ズロースが重い。普通のショーツしか履いたことがないからこんな大きくてフリルが付いた物をドレスの下に着ると
もこもこして歩きずらい。

 ドレスもウエストの細いプリンセスドレスで、これを着るのにコルセットをしなくちゃいけなくて、子供用のボーンの入ってないコルセットにしてくれたけど、壁に手を付いてぎゅうぎゅうに締められてコルセットをした。
背中を足で押さえられていた様な気がするのは気のせいでしょうか?

 スリッパもちょっと大きくて転びそうだ。ドレスの裾も長いから、尚更踏んづけてしまいそう。
セレネが足元に注目してこれでは歩けなさそうですね。といって私を抱き上げた。そしてもう一人の側仕えにスリッパを持ってくるように言って食堂に向かった。
席に抱っこして乗せてもらうと平たいお皿に桃が乗っていた。

「それはトウミと申します。果物の一種ですが栄養価が非常に高いので、先に食べさせるようにとお館様に申し付けられました。」

 私はそれを一口食べた。見た目桃で味も桃だった。美味しい! ぺろっと1個食べたけれど食事はもうお腹に入らなそうである。

「美味しくて食べきってしまいましたが、お腹が一杯になってしまいました」
「結構ですよ。では広間の方に行きましょう」

 ゼフィエルが私を抱っこし広間につれていく。側仕え見習いの女の子が私のスリッパを持って連いてくる。

 広間に着くと商会の者なのだろう男女が数人いた。
ぱっと広げた一人用の絨毯の上に立たされると女性達がわらわら寄ってきて採寸を始める。商会の若い女の子が言われた数字を書き込んでいく。ドレスの布をどれにするかサンプル品を見てセレネとゼフィエルがこれ、これと決めて行った。
私のドレス作るんだよね? 私に聞かないの?
まぁ、どういうドレスだかわからないから、まかせた方がいいんだろうけど。

 ドレス関係が終わったら次は靴の採寸だった。一人が採寸をし、一人が紙に記入していく。さっきと同じだ。
だけど、私の足を採寸する人の手つきがおかしい。撫でる様にじっとりと触る。
どう考えても採寸する様な手つきじゃない気がする……。

 セレネとゼフィエルはまだ布選びをしてるのでこっちを見ていないし、足を採寸する人の様子がどんどんおかしくなっていくので、私はどうしたらいいか分からず固まっていた。
しまいには、はぁはぁ喘ぎながら私の生足を舐めだした。

 これ、なんなの? どういう状況? 私どうしたらいいの? 
私が固まっていたらその男が私の顔を押さえてキスをしてきた。
私の口はまだ子供なので大人の舌なんか全部入らない。
怖いよ! 怖くて声が出ない! 誰か助けて! 涙がこぼれた。

「……い、いやぁ……」

 恐怖で小声にしかならない。ゼフィエルが気付いてくれて叫んだ。

「無礼者!! 姫様に何をしている!!」

 走って近づいたゼフィエルがその不埒な男を殴った。
私の目の前で血が飛び散って私はまた気を失った。



 目が覚めると魔術師長様の寝台の中で、寝台の脇には丸椅子に腰掛ける魔術師長様がいた。ゼフィエルが魔術師長様に連絡をして呼んだらしい。

「君は倒れすぎだな。厳重注意と言ったはずだが……使用人は何をしてるのか。それで、君は何をされたんだ?」
「え? 言うんですか?」
「言わなければ奴を罪に問えぬだろうが。と言っても、もうスティグマが顔に表れているから、あのまま番所に連れて行けば牢屋行きだな。で、何をされた? 私が聞きたいだけだ」

 魔術師長様に両肩を掴まれて見つめられた。恥ずかしくて俯いてしまう。

「足を撫でられて舐められました」
「それだけか?」
「あと、キスされました」
「ふむ……」
「わたくし、初めてだったのに」
「いや、君はキスは初めてじゃないぞ?」
「え?」

 魔術師長様は昨日私が倒れた時に薬を飲ませるため口移ししたことを話し始めた。でも、意識が無いときにそんなことされてもカウントされないと思うんですが? 救命作業だし。

 余計なことを考えてると魔術師長様はローブの内ポケットから右手で杖をだし、左手で私の頭を抱き寄せてキスをした。魔術師長様の舌先が私の中に入ってきた。何事!? と驚いていると右手で杖を振った瞬間、口の中がしゅわしゅわと泡が弾けるような感じが広がった。
魔術師長様はなんのことはないというような表情で私を見つめて言った。

「消毒した。君は穢れてないぞ」

え? え? 今のって普通に杖振るだけじゃだめなんですか?
キスしながらやらなきゃいけないもんなんですか?
8歳の幼女に何してくれてんですかっ? あなた?
色々突っ込みたい気持ちを飲み込む。

そんなきらきらした笑顔で間違ったことなんかやってないよ? どうしたの? って感じでいられると、
え? 私がおかしいの? って思ってしまう。
これだから美男子は……文句言えないじゃないですか! 色々考えるのが馬鹿らしくなって私は布団の中に潜りこんだ。

「仕事中に抜けてきたので私は城に戻る。罪人は連れて行く、今日の君は倒れすぎだと思う。私が帰るまでゆっくり休んでなさい」
「はい、いってらっしゃいませ」

立ち上がって行こうと背を向けた魔術師長様は、私を振り向いてフッと微笑んだ。

「うむ、行ってくる」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...