上 下
88 / 94

88 就職祝い

しおりを挟む
「でも、兄弟じゃないって言ってくれれば……僕、悩まなかったのに」
「俺がまだ小さい頃さ、父上に『ルイスが気が付くまで教えないでくれ』って言われたんだよ。それに、父上の事件のせいで、二人で一緒に暮らし始めた時は、本当の兄弟じゃないって兄さんに知られて、捨てられるのが怖かったから言えなかった」
「……捨てやしないよ……」
「でも、兄さんは生活するので一杯一杯だったじゃないか。俺とケンカした時、出てけって言われて悲しかった。……まぁ、俺が悪いんだけどさ。あれで一度兄さんと離れてから、捨てられるのが怖くて、それだったら兄弟って思っててくれた方が、俺の事捨てられないだろうなって思ったんだ」
「ああ、なるほど……」
「それに、俺、色んな事知らなさ過ぎた。兄さんが苦労して金策してたのも気付いてなかったし、母上の事も、……俺の母上なのにあんなに色々考えて悲しんで。だから、最近はもっと自分が大人になったら、血が繋がってないって言おうと思ってた。兄さんに恥ずかしくない男になりたくって……でもなかなかなれなくて……卒業して、就職決まったら言おうかとも考えてたんだけど、……なかなか就職も決まらないし……。正直焦ってた。ずっと言いたくて、もやもやしてたんだ。……今日、本当はこんな風に言うつもりじゃ無かったんだ。だけど、俺、面接の受け答えで失敗しちゃって……、気が付いたら全部ぶちまけてた。兄さん、ずっと黙っててごめん……」

 僕はずっとセドリックの顔を見ていた。
兄弟じゃないなら、僕がこいつを愛したって……大丈夫だよな?
何の問題も無いよな? 嘘じゃないよな……?
まだ頭の中が、なんだかぼんやりした感じだ。

「……嘘じゃないんだよな?」
「うん」
「……」
「兄さん? 大丈夫?」
「うっ? うん、大丈夫」

 僕は立ち上がって足に付いた埃を払った。

「セバスさんにお前が本当に採用されたか、確認してくる」
「うん」

 僕がセバスさんの所に行こうとすると手首を掴まれた。

「兄さん、今日就職祝いしよう? 祝ってくれるよね?」
「え? ああ、そうだな。そうしようか。帰りに何かご馳走買って帰るよ」
「そういう意味で言ってるんじゃないんだけど……」
「んん?」
「兄弟じゃないんだし、仕事決まったし、兄さんをその……えっと」

 もじもじして言ってる状態を見て理解した。
なんちゅうことをこの公共の場で言おうとしてやがるのか? この馬鹿は。

「えっと、こういう場所で言うことじゃないと思うんだ。だから帰宅したらちゃんと聞くよ。じゃあ家でね」

 僕は掴まれた手首を外してセバスさんの所に行った。
学習室に行くともう誰もいなかった。なのでセバスさんの執務室に行くことにした。
ドアの前で深呼吸する。あんな醜態を晒したんだから、もうあれ以上に恥ずかしい事なんて無い。
ノックをすると『どうぞ』と言われ、中に入った。

「先程は途中で退出してすいません、少し動揺してしまいました」
「……まぁ、あんな事を言われては動揺もしますよね?」

 と言いつつ、セバスさんがにやにやして僕を見る。

「えっと、弟の事なんですが、本当に護衛に採用されたんですか?」
「ええ、採用です」
「あんな敬語も使えてない粗忽者ですが、いいのでしょうか?」
「男色家で護衛の力がある者を探してましたから、敬語はそこまでは必要ありませんよ。最低限出来れば問題ないです。姫様もそんなに言葉遣いに煩くない方ですしね」
「ありがとうございます!」

 僕はお辞儀して執務室を後にした。





 帰りに酒場の『宵待ち草』に寄って、チキンのパリパリ焼きをテイクアウトして帰った。これは鳥一匹を丸ごと焼くんだけど、中の内臓を抜いて野菜や細長いライスを詰めてオーブンで焼いた物だ。アランと来た時に食べて美味しかったから、セドリックにも食べさせたいと思ってた。

 自宅に着いてドアを開けると、いきなりぎゅううっと抱きしめられて、キスされた。
凄い力で押さえ込まれて、後ろに倒れそうになってしゃがんだ。
子供と大人ぐらいの身長差があるんだから、押さえ込むのは辞めて欲しいまじで。
いつか後頭部を打ちそうで怖い。

「ちょっと! チキン落としちゃうよ!」

 僕が怒るとごめんごめんとチキンの袋をもってキッチンに行った。
キッチンに入ると、他にも弟の手作り料理が用意されいた。
二人で狭いキッチンのテーブル席に着いて、フルーツワインで乾杯した。

「やっと二人でお酒が飲めるね」
「子供用のお酒も売ってるよ? 高いけど」
「そんな高い酒買うかよ。僕達みたいな庶民は、お酒が飲める年齢になるまで待つのが賢明さ」
「あ、このチキン美味い」
「でしょー、お前に食べさせたくて買ってきた」
「ありがとう、兄さん」
「うん、就職おめでとう。これから頑張ってな。あ、お前さぁ、敬語が全然成ってない! これから身分の高い人と話すこともあるだろうから、ちゃんと身に着けないとだめだよ? クビになって無職にならないように気をつけて?」
「え? そんなに酷かった?」
「うん。……多分、お前が就職面接何回しても受からなかったのは、言葉遣いのせいだと思ったよ? それくらい酷かった。敬語が話せないと常識が無いって思われるからね……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者よ、わしの尻より魔王を倒せ………「魔王なんかより陛下の尻だ!」

ミクリ21
BL
変態勇者に陛下は困ります。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

処理中です...