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32 気まずい

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 弟はあの後も普通に僕に接してきた。いつもと変わらない。
普通に抱きついてくるし。キスもしてくる。舌は入れないけど。
寝る時はぎゅっと抱きしめられて、足も絡み付けられて羽交い絞めになってるのもいつもと変わらない。だけど気まずい。
僕が。

『契約解除できないの?』そう聞かれたけど、契約解除出来るのは契約後一週間のみだった。中途での契約解除の申し出は契約違反だった。
それに、僕にはまだあと1年ちょっと学校があるし、セドリックだって、あと2年ほど学校に通わないと卒業にならない。学校は金が掛かる……契約解除なんてしても生活が出来なければする意味が無い。





 8月に入った。
今日は土の日で学校は休みだった。侯爵様との逢瀬の日でもない。
僕はふらりと王都の国立図書館に行った。調べたい事があったからだ。
そこで、過去の新聞を調べた。そして父上の事件の記事を見つけた。

 貴族学校の学年も4年生になり、大分痕跡調査や情報集めについて詳しくなった。
だから僕は父上の事を調べようと思った。ずっと疑問に思ってたし、調べたいと思ってたからだ。僕はあの時まだ小さかった。調べる手段も知恵も無かった。
でも僕は今、調べられる術を持ってる。当然自分の能力は使うさ。

 当時、父上が殺人をしたのを見たと言う『証人』がいた。他の証拠も出てきたけど、この証人の発言が父上を処刑に追いやることになったと思う。僕は証人の名前を知りたかった。でも、証人は目撃者Aさんとなっていて、名前なんて新聞には書いてなかった。早くも行き詰まったと思っていた所、目に入った名前があった。
記者・ウィンストン=エルズバーグと書いてあった。

 僕はこの王都新聞の記者である、ウィンストン=エルズバーグさんを訪ねる事にした。今日って土の日だけど、新聞社はやってるのか? 取り敢えず行ってみた。




 王都新聞の建物は中流貴族街のど真ん中に建っていた。
凄く立派な石造りの建物で、全体的に縦に四角く長い。建物の上の方に、白地に赤い字で『王都新聞社』とでかい看板が掛かっていた。

 取り敢えず入ってすぐの所にいる受付のお姉さんに、ウィンストン=エルズバーグさんを呼び出してくれるようにお願いした。
受付の綺麗なお姉さんは僕をじろじろ見たあと、近くにあったマイクで社内アナウンスをして呼び出してくれた。

 僕はロビーのソファーでウィンストン=エルズバーグさんを待っていた。
暫くするとエルズバーグさんは来た。金髪の頭に碧の瞳、30代前半の見るからに渋いおじさんだ。

「何だ? 美女が来たって聞いて事務所から降りてきたが、お嬢ちゃんかよ?」
「お嬢ちゃんじゃなくてすいません、僕、男です」
「男っ!? その顔でっ!?」

 僕はむっとしてエルズバーグさんを睨んだ。

「あっ、あっ、すまん! うん、失礼だったな。で? 何か俺に用か?」
「『ハノーバー伯爵殺人事件』あなたが書いた記事だ。覚えてますよね?」
「……ああ、今から2年と少し前くらいの事件だよな。犯人はもう処刑されて事件は終わったはずだ」
「僕はあの時犯人として処刑されたオレット子爵の長男です」
「……何しに来たんだ? 俺は記事を書いただけだぞ? 俺を恨むのは筋違いだぜ?」
「僕は別に誰も恨んでませんよ。ただ……真実を知りたいだけだ」
「……まさか、親父が無実だとか言い出すんじゃないだろうな?」

 エルズバーグさんは周りをきょろきょろ見渡してから、いきなり小声で話し出した。

「僕は父上が殺人などする人だと思ってないし、父上が2千万ギルも借金してたなんて初耳でした。母上もですよ。中の良い夫婦だったのに知らなかった。証拠だって、父上に不利な証拠が何故か続々と見つけ出された。父上は誰かに嵌められたと思ってます。……誰だか分からないけど」
「……実はな、俺もその証拠の出具合がおかしいなと思ってたんだ。でも、当時は証拠が連続して出て、オレット子爵が犯人だと、番所の衛兵達は判断した。証人の証言がその決め手だった。……お前、まさか……その証人の……」
「エルズバーグさん、僕は証人の名前を教えて欲しくて、あなたの所に来たんです……」
「やっぱりそうなるよなぁ……」

 エルズバーグさんは上着の胸ポケットから名刺を取り出して、近くのテーブルで名刺の裏に何かを書いた。そして僕に渡した。

「ここに証人の名前と住所を書いておいた。こいつが本当の事を話すかどうかは分からないがな」

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