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第5章 旅の道連れ 愚者達の世界

第27話 スーパートランプという名の男

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「今日は叔父さん。そこで何してるの?」
 花紅の声かけに男は驚いて、自分が手にしていた双眼鏡を取り落としそうになった。
 当然だろう、男に声を掛けてきた少年は、先ほどまで双眼鏡の中にいたのだから。

「えっ!?いや、別に何も。」
 男はその場から逃げ出そうと身体を逆に向けたが、そこにも、先ほどまで双眼鏡の中にいたもう一人の青年がたっていた。

「おっさん。別にって、事はないだろ?ずっと俺達の事を、その双眼鏡で見てたんだから。」
 柳緑がニヤニヤしながら言った。
 今の柳緑は、脱いだヘルメットはもちろんプロテクの頭部インナーシェルは収納してあるし、上下ともプロテクの上に革の衣服を着ているから、それほど異様なスタイルではない。
 無害な『普通の中年』に絡むのには、ちょうどいい位だと、柳緑は場違いな事を考えていた。
 それくらい、目の前の男は「闘争」のオーラからほど遠い人物だった。

 年のころなら40代前半、あるいは意外に若くて30代なのかもしれない。
 老けて見えるのは、男が痩せてひょろ長かったからだ。
 長年の苛烈な生活が、この男からすっかり贅肉を削ぎ落としてしまったのだろう。

「俺は柳緑。そっちは花紅だ。あんた、名前はなんて言う?」
「、、、、ァ 、アレグザンダー・スーパートランプ。」
 男は一瞬何かを考えた上で、口ごもりながらそういった。

「はぁ?、、まあいいや。でスーパートランプ、もう一度聞く。あんた何で、俺達を盗み見してた?」
「きっ、君たちが、あの出入り口から、こっちにやって来たからだ。」
「って事は叔父さん、僕らがこっちに来た時から、僕らをずっと見張っての?」
 花紅が驚いたように言った。

 埠頭から、このガンショップまではかなりの距離がある。
 そこを低速とはいえ、カブで移動していた柳緑達を、この男は徒歩で追尾していたと言う事になる。
 ただ、車が通れるような道は少ないのだが瓦礫に埋まった小路は沢山あり、徒歩でなら土地勘のある者なら、それを近道として使う事は可能だと思えた。

「別に、君たちを目当てに見張ってた訳じゃない。私が見てたのは、あの出入り口そのものだ。私は毎日と言って良いほど、あの出入り口に、異変が起こらないか観察してるんだ。」
「ふーん、こいつは驚いたな。こっち側にあの出入り口の事を知ってる人間がいるなんてな。って事は、おっさん、もしかしてあんた、向こうに行った事があるのか?」

「…ああ、行った。数年前の事だ。ひょっとして、あんらたらも、あの人の事を知ってるかも知れない。長老イェーガンには向こうで随分世話になった。」
「えーっっ、吃驚ー!この叔父さん、僕らの先輩だよー!」
 花紅が素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと待て かこう。その話に入る前に、一つ確かめておきたい事がある。おっさん、この世界では、あの出入り口の事を何人知ってる?」
「あれを最初に見つけたのは私だ。…いや見つけたと言ったが、偶然発見したんだ。それから後、出入り口を他の誰かが見つけたかどうか、私には判らない。けれどアレが現れてから数年経つ。私以外の誰かが知っていてもおかしくはないかも知れないな。、、、とにかく、今の私の状況では、君の問いには答えられない。」

 柳緑は男のその答え方で、ある程度の安心を得た。
    まだまともな価値判断を持っているようだった。
    あの出入り口は厳重に取り扱われる必要がある。
 他の世界に害意を持って侵略を試みようとするのは、何も「アノ生き物たち」だけとは限らないからだ。
 特に「人間」には、そういう傾向がある。
 下手をすると、この世界への入口も封鎖する必要が出て来るかも知れない。

「、、、あんた、色々なものから逃げ回っている感じがするもんな。そういう言い方、判るよ。普段は隠れてて、あまり姿を現さないんだろ?違うか?それと、そうだとすれば、この世界には、あんた以外の人間も大勢いる。どこかにな。」
「逃げ回ってる、、、君は名探偵か?だが気分は悪いが、君の言った事は当たってるよ。」
 男は拗ねたように言った。
 とりあえず自分の相手が、脅威を及ぼす者ではないことが判ったのだろう。
 たとえば柳緑は別にして、花紅の姿形からは、悪意のアの字も感じられない筈だった。

「気を悪くするな。俺は別に探偵気取りで、推理して見せたわけじゃない。これは俺の今までの経験値で言ってるんだ。それにここに来るまで誰にも会わなかった。この辺りじゃもう、独立して自分の生活を営める人間が残ってないって事だよな。そんな中で、おっさん、あんたは自由に、こうやって動き回ってる。たいしたもんだよ。」
「ふん。世辞でも嬉しいよ、でもそう言ってくれるんなら、今後、私の事をおっさっんと呼ぶのは止めてくれないか?私はさっき名前を名乗っただろう?」

「つけあがるなよ、おっさん。誰がアレグザンダー・スーパートランプなんて、信用する?」
「もうコラプス後のこの世界では元からあった名前なんかに意味はないんだ。私はアレグザンダー・スーパートランプだ。スーパートランプが嫌なら、アレグザンダーと呼んでもいい。」
 男は引かなかった。
 偏屈な性格らしい。

「だったらアレグザンダーでいいじゃん、りゅうり。とにかく、お互い相手が危険な人間じゃないって事が判ったんだから、どっかに行こうよ。このままずっと、此処で立ち話してるつもり?」
 花紅がいつものように仲介に入った。

「あんた達、サイドカー付きのバイクに乗ってただろう?もしあれに私を乗せてくれるんなら、私の隠れ家に、あんたたちを招待するよ。」
 アレグザンダーが思い切ったように言った。

「どういう魂胆だ?あんた、俺達を見つけて、ずっと後を付けてきたんだ。それなりの脚力があるって事だろ。俺達を信用してくれるのは有り難いが、自分の住み家に泊めるなんてヤバイだろうが?俺なら絶対そんな事はしない。なんでそんなリスクを冒してまでして、カブに乗りたがる?」
「言っても判るまい。、、純粋に、乗り物に乗りたいんだよ。、、、人と一緒に乗り物に乗らなくなって、もう随分、経つんだよ。」
「、、、。」
 柳緑は、それを言った時の男の表情を見て、もう何も言えなくなってしまった。




 移動の途中、柳緑が警戒していたような何の罠もなく、アレグザンダーをサイドカーに乗せたカブは、彼の案内によって都市の最深部まで辿り着いていた。

 移動中のカブから、ほど遠くない位置に、巨大な台形の施設が見え始めた頃、『ここだそうだよ』と、アレグザンダーが言った。
 つまり位置的には、台形施設の麓という事になるのだろうか、半分崩れかけた巨大倉庫の中へ、柳緑は言われるままにカブを進めた。

「ここでちょっと待ってくれ。入り口を開けてくる。」
「入り口な、、ここは何もないぜ。空っぽ倉庫のど真ん中だ。下手なことはするなよ。丁度、この弓で、人の身体を的にした試し撃ちをしたかった所だ。」
 柳緑はアレグザンダーに脅しをかけるが、もちろん本気で言っているわけではない。

「いいから、任せようよ、りゅうり。アレグザンダーって、ホントにカブに乗ってる間中、楽しそうだったじゃん。ある時なんか、うっとり目を瞑ってたんだぜ。気持ち悪かったけど。」
 花紅のその言葉に顔を真っ赤にしながらアレグザンダーは、黙ってサイドカーから降り、更に倉庫の中央まで歩いて進むと懐から何かのカードを取り出し、それを空中に高く掲げた。
 その途端、彼の背後にある床が二つに別れ、左右に大きく開いた。

「さあこっちだ!カブごと来てくれていい!」
 アレグザンダーが柳緑達を手招きしながら、割れたばかりの床の中に入っていく。
 そこは、割れた床の横幅のまま、緩い坂道になっていた。
 内部を照らす照明も、左右の壁に埋め込まれているようだった。
 低速で侵入して来たカブが、自分の側に近づいてくると、まってましたとばかりにアレグザンダーがサイドカーに飛び乗る。

「この坂道をすこし下ると、やがて平坦になる。そこが地下へのエレベーターになってるんだ。いつもはもっと小さなエレベーターを使うんだが、それだと、このサイドカーはちょっと入らない。」
「一体、どこに行こうとしてるんだ?」
「行き先は、ERAシステムズ本社専用のシェルターだよ。」

 アレグザンダーが言ったとおり、しばらく進むと坂道が平坦になり、そこでカブを駐めると、床毎、降下し始めた。
 同じエレベーターでもここは輸送用のものなのかも知れない。
 床面積でいうと大型輸送トラックが10台ほど止められそうだった。

「一企業の核シェルター?従業員が働いてる最中に、核が落ちてくるとか、そういう想定か?それとか核戦争になったら従業員の家族は優先的にここに入れて貰えるとか?」
「そうじゃない。ERAシステムズは、軍事産業だ、しかもかなり特殊なね。想像も付かないような色々な脅威にいつも晒されている。その為のシェルターだよ。もちろん核シェルター用にも使える。」
「色々って、バイオハザードとか?」
 サイドカーの舳先に座り込んで、周囲の景色を好奇心たっぷりの目で見てた花紅が聞いた。

「そうだね、そういうのも色々な脅威の内の一つだ。」
「当然、ここはERAシステムズ関係者以外の、この辺りの住人にも門戸を開いていたんだろうな?」
 柳緑は自分が思っている事の逆を聞いた。

「いいや、ここの存在はERAシステムズ関係者しか知らない。そんな事を公表したら評判も落ちるし、誰もERAシステムズには寄りつかなくなるだろう?ERAは、自分を取り囲む都市と人々を必要としていたんだ。悪の巨大軍事企業なんて今日日流行らないからね。ERAが求めているのは世界平和だ。、、一応、ERAは公益事業に分類されている。」
「糞が!で、それを知ってるあんたも、ERA関係者だって事だな?」
「、、、、。」
 柳緑のその問いにアレグザンダーは応えなかった。

 エレベーターから降りたカブは、やがてシェルターの居住区らしきエリアに入り込んだ。
「ねえアレグザンダー。どうして、此処にもあちこちに銃の跡とか、壊れた所があるの?ここシェルターなんでしょ?」
 花紅はもう、アレグザンダーに対してタメ口をたたいている。

「それは俺も気になっていた?どういう事だ?」
「コラプス直後に、ERA内部で反乱が起こったんだよ。主な首謀者は、ERA社の私軍司令官だ。」

「ERAが企業軍を持っていたというのは聞いたことがあるが、本来、ERAの手足に当たるはずの企業軍が、その雇い主に弓を引いたのか?」

「ああ全ては、コラプスのせいだ。あれが普通の天災なら、こんな事は起こらなかった筈だ。あれがこの世界を根底からひっくり返してしまった。ERAが力を持っていたのは、商売が出来る相手、いやこれは生易しい言い方だな…戦争を必要とする世界があったからだ。あのコラプスは、それさえもひっくり返してしまった。残ったのは、直接的な弱肉強食の世界だ。それをいち早く見通したERA軍は、一気にERA社を制圧した。その時点で現存・稼働する全ての兵器をERAから全部かっさらったんだ。それで終わりさ。で軍は、念入りにも、このシェルターも二度と使えないように壊していった。奴らはERA社の武器以外の遺産を全て捨てて、新しく自分たちの帝国を作ろうとしたんだよ。軍事的に評価すれば、彼らが常時駐屯してた軍事ベースが、どこらかみても完璧だったが、彼らはソレさえも放棄して二度と使えないようにしていった。」

「下克上か。漫画みたいだなと言いたい所だが、嘘じゃなさそうだ。コラプスを境に、そんな馬鹿げた事や、それをやる糞野郎共は実際嫌という程見てきたからな、、、で今、この都市を支配してるのは、そいつらか?」
「そうだ。私がこの世界を捨てた時には、それでも旧私設軍と市民暴徒との激しい闘いがあったが、こっちに帰ってきたら、完全に彼らがこの世界を支配していた。生き残った都市市民は、今や旧軍の奴隷扱いで一箇所に集められている、、、さあ着いたよ。今夜は嫌な事は忘れて、ここで寛いでくれ。シェルターの監視システムや何やらは、この私が修理したし、奴らは、ここの存在なんか、もうとっくの昔に忘れてる。」

 彼らはシェルター住居区の中でも、かなり大きな居住ブロックに到着した。

「さあ、ここだ。私もよく知らないが此処は、住人達の小集会所、、いや多分、派手なホームパーティみたなのをシェアする為に作られたブロックだったんじゃないのかな。豪勢なものだろ?いかもにも隆盛を極めたERAが作ったシェルターらしいよ。別に私は、こんなのは好みじゃないが、正直言って狭いのがちょっと苦手でね。それに損傷も他と比べて少なかったから、ここを自分の塒にしたのさ。ああ、ここの扉は凄く幅が広いからね。そのままカブで室内に入ってくれ。多分、パーティ用の色々なものを電動カートで運び込むつもりで、そんな仕様にしたんだろう。、、馬鹿が極まってたんだろうな。絶滅前の恐竜と一緒だよ、図体ばかりが大きい。」
 そう言ったアレグザンダーは、ERA社を、相当憎んでいるようだった。
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