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プロローグ

【 宇宙回廊のヘンゼルとグレーテル 】

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「ゴヤのサトゥルヌスは神性と怪物性が入り混じった印象があるわね。」

「老いて死の恐怖に怯え狂った神が、次世代の若い肉体や精神を憎む…ゴヤも老境に入って彼自身の厭世観と相まってそんな感情が理解出来たんだろう。しかしそのサトゥルヌスを特異点のコードネームにした人間は中々感性豊かな人物だったようだね。」

「そうかしら、私は悪意や恐れを感じるわ。まあ確かにわけのわからない未知の存在が人に恐怖や不安を与えるのは確かだけど」

「悪意ね…確かに特異点に人類救済の可能性を見ているグレーテルならそう感じるかな…君は優し過ぎる。」

 かって、広大無辺の宇宙に点在する知的生命体同士を繋ぐための宇宙回廊が存在した。
 しかしこの宇宙回廊もエントロピーの法則からは逃れきれず、幾つかの回廊ジャンクションの崩壊から、その全体機能は失われ遺構化しつつあった。
 その回廊ジャンクションの一つである超時空特異点サトゥルヌスは、本来の機能を失しなったまま、無限の宇宙と時空を彷徨った末、辺境の惑星地球に、その中でも更に卑小なる没落国家ニホンに突如停留した。

 不完全であるとは言え、神とも思える万能の力を発揮する特異点に対して、世界各国は我先にその独占を望んだが、同時に特異点が内包するテクノロジーのあまりの巨大さに恐怖を覚え人間に残されたなけなしの叡智に従い、特異点が制御可能な日までそれを封印する事を誓いあった。
 つまり特異点は、人間に再び与えられた「プロメテウスの火」だと理解したのである。

 停留地点であるニホンは、この特異点の管理及び研究を有力国連合より委託された。
 幸いにもこの時、ニホンには特異点を包括的に理解しうる双子の亡命天才科学者、ヘンゼルとグレーテルがいた。
 ニホンは国家の再興と存続を掛けて、この二人の科学者を中心に、特異点の分析解明とその修復を進める為に「修復機構」を作り上げた。
 この「修復機構」の中で、特に危険な特異点内作業に当る人間たちを、人々はリペイヤーと呼んだ。

   やがてグレーテルはリペイヤー達と共に特異点制御システム再構築の起点となる超知性コンピュータ・キューブを作り上げるが、同時にそのことによって人類破滅の未来を予測してしまう。
    特異点テクノロジーを使ってさえも回避しきれない人類自己破滅の未来…。
   思い悩んだグレーテルは自らとキューブを同化し、特異点ゲートの力を使って人類のエクソダスを実行しょうとした。

・・・・

   修復機構の心臓部の部屋の壁面は、一面だけ機器装置類が全て取り除かれていた。
   ある一枚の絵画レプリカを飾る為だ。
   その絵画の題名は『我が子を食うサトゥルヌス』。
   特異点がまだ公にされていなかった頃のコードネームでもある、、。
 
   サトゥルヌスはローマ神話に登場する神で、将来、自分の子に殺されるという預言に恐れを抱き、自分の5人の子達を次々に呑み込んでいったというエピソードがある。
    画家ゴヤはこれをモチーフにして自分の子を頭からかじって食い殺すという凶行に及んだサトゥルヌスの姿を描いたのだ。
    5人のうち、1人が人類、、残りの4人はまだ人類が知らない特異点ゲートに繋がっている何処かの時空に存在する知的生命体・・・そういつた解釈である。

    今二人の男女が、この絵画を眺めている。
    一人は腰の後で手を組んで起立し、もう一人は生命維持装置が付いた車椅子に沈み込んでいた。

「私は下拵えをするだけです。そしてその惑星にはそれぞれ生存条件を変えた百八つのコロニーを設けるつもりです。」
「百八つ…仏教でいうところの煩悩の数だな。いかにもグレーテルらしいな。」
「冗談のつもりではありせんよ。百八つというのは私の力の限界数です。そして新しい惑星に移住したとしても、人間がこの星で繰り返した同じ過ちを繰り返せば、結果は同じ事なのです。ですから、コロニーにはそれぞれ違う環境を構築するつもりです。送り出す人選基準もケース別に別々になるように考えました。それぞれにおいて既存の国家や文明は全て攪拌させるつもりです。言語統一コードの問題も特異点のお陰で解決しましたし。」

「グレーテルは偉いな。まだ人に希望を抱いているんだ。人間の滅亡などキューブで演算せずとも分かりきった事なのに。…グレーテル、死ぬのは怖くないのか?」

「死ぬ?ヘンゼルらしくないことを。私は特異点を制御するものと融合するのですよ。むしろ永遠に続く命を怖れる気持ちの方が強いのです。でも心配ありません。もし人類が新天地でも同じ間違いをおこしたなら、その時私は私自身を停止します。」

「…そうか分かった。ならば私は、この与えられた五体満足のこの身体で、やれる事は全部やっておく。余り気は進まないが、可愛いお前の為だ。」

「ありがとうヘンゼル。でも今生の別れみたいな事は言わないで、どうせ私は直ぐにキューブとして再起動するんだから。それにこれからは私の身体の事でヘンゼルに苦労をかけさせずにすむ。」

「そんな風に今まで想った事はないよ。グレーテルの身体で悔しい思いはしたことはあるがね。人はお前の姿だけを見て目を背ける。…お前は素晴らしい妹であり、素晴らしい科学者だ。私の誇りだ。」

    ヘンゼルは自分達と同じ名を持つ主人公の童話のあらすじを思いだした。
    二人は魔女に囚われるがグレーテルの機知によって危機を脱出する。

『確か、森で迷った時の為に兄のヘンゼルがパン屑を落として家に帰る目印を作った筈なんだが、それは鳥に食べられるという間抜けぶり…いやそれは、この星に残って絶滅を待つ私を含む人間たちの象徴か…。しかし賢いグレーテルなら魔女からの脱出程度くらい、なんとかやってのけるだろうな』と。





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