気になる存在

抹茶。

文字の大きさ
上 下
1 / 1

気になる存在

しおりを挟む
 私、イレイナが婚約を結んだのは四十年ほど昔の話。
 今でも彼が告白してくれた日のことを鮮烈に覚えています。

 貧しい家の生まれであった私は、食事を求めて街を彷徨っていました。
 足取りはおぼつかなくて、ずっとフラフラ。

 正直、もう自分はダメだと思っていました。
 婚約者に逃げられ、借金まで背負わされたのです。

 もう、絶望のどん底。

「君、名前は?」

 優しい、包み込むような声音。

 地面ばっか見ていた視線を上に向けると、そこにはビジョン男爵が白馬に乗って私を見下ろしていました。
 とても端正な顔つきで、彼の翡翠色の瞳を見つめていると、思わずクラクラしてしまったのを覚えています。

「イレイナです……。あの、どうして男爵様がこんなところに?」

 私が住んでいた村は、男爵領の端にありました。
 屋敷からかなり離れているものだから、どうして男爵様がいるのか理解できなかったのです。

 しかし、どうやら貧困化が進んでいる村があると聞きつけたので、慌てて走ってきたと仰られました。
 ふと気になって彼の周りを見渡してみたのですが、従者が一人もいません。

 それを指摘すると、

「ははは、忘れていたよ」

 そんなのありえるわけないでしょ! と思わず言ってしまい、慌てて口をつぐみます。
 相手は男爵様。こんな無礼を働いてしまえば、処刑されてもおかしくありません。

 ですが、彼は笑って言いました。

「面白いことを言うね。ところでイレイナさん、せっかくなのでこの村の復興を共に協力して行わないかい? 長い月日がかかりそうだから、しばらくご一緒することになると思うけれど」

 どうしようもなく遠回しで、彼らしい言い回し。
 ですが、私は察しがいいのですぐに了承しました。

 いつの時代の女の子も、白馬の王子様に憧れるはずです。
 正直、本当に嬉しかった。

 まるで、昔話に出てくるお姫様のようだと思ったからです。
 それから私達は両親に挨拶をしに行き、すぐに彼の屋敷に向かいました。

 そこで村の情報を伝え、これからどうするべきか提案をしました。

「こんな見ず知らずの男に色々と教えてくれてありがとう。後は僕に任せて、君は食事でも――」
「私も手伝います!」

 叫ぶと、彼は目を丸くした。

「君は優しいんだね」

 言いながら、男爵様はそっと私の手を握ってくれました。
 温かい……。とても、落ち着く温もり。



 そして四十年が経過し、村が平和になった今でも彼は時折私の手を握ってくれます。

 屋敷の敷地内の静かな庭園にて。

 木製の丸机を間にはさみ、シワだらけの顔をお互いじっと見つめ合う。
 微かに男爵様は口を動かして、

「僕は絶対に婚約破棄なんてしない。この命尽きるまで、君を愛すると誓うよ」

 一日に何度も、この言葉を私に伝えてくれるのです。
 私に婚約指輪を手渡した際の、告白のセリフを。

「婚約破棄? 男爵様、本日五回目ですよ」

 続けて、いつもこう答えます。
 あの時と同じように。

「そんなこと言わなくても、私は信じていますから」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

王子と王女の不倫を密告してやったら、二人に処分が下った。

ほったげな
恋愛
王子と従姉の王女は凄く仲が良く、私はよく仲間外れにされていた。そんな二人が惹かれ合っていることを知ってしまい、王に密告すると……?!

不倫相手に捨てられた夫が家にやって来た。

ほったげな
恋愛
夫の不倫が原因で離婚した。その後、夫が私の家を訪ねてきた。なんと、不倫相手は新しい男を作って、夫を捨てたという……。

なんでもいいけど、実家の連中なんとかしてくれません?-虐げられたお姫様、宗主国の皇帝陛下に拾われたついでに復讐する-

下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…かなり苦労した可愛い可哀想な幼子である。ざまぁもあるよ。 エルネスティーヌはお姫様。しかし恵まれない人生を送ってきた。そんなエルネスティーヌは宗主国の皇帝陛下に拾われた。エルネスティーヌの幸せな人生がここから始まる。復讐の味は、エルネスティーヌにとっては蜜のようであった。 小説家になろう様でも投稿しています。

義姉の不倫をバラしたら

ほったげな
恋愛
兄と結婚したのにも関わらず、兄の側近と不倫している義姉。彼らの不倫は王宮でも噂になっていた。だから、私は兄に義姉の不倫を告げた……。

兄は、不倫女の義姉に黙って家を出て行った。彼女は今も兄を待ち続けているだろう。

ほったげな
恋愛
私の夫・エランは、私の兄の妻であるアンネと不倫していた。私は離婚することにしたのだが、兄はアンネとは離婚しなかった。しかし、アンネに黙って家を出てきたのだ。アンネは今も夫の帰りを待っているのだろう。

処理中です...