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第五章 ◆ 本道
第四節 ◇ 真珠貝
しおりを挟むカーテンを開けて隣の部屋に入ってトキワたちを探した。ふたりはベッドの下を覗き込んだり潜ったりしている。
何をしてるんだろう。
不思議に思って声をかけようとしたそのとき、誰かに見られているような視線を左肩にピリッと感じた。
──誰かいるの?
ここには、ボクたちの他に誰もいないはず。
ボクはふたりから目を離し、視線を追って、この部屋にいるらしい『誰か』を探した。
ザッと部屋を見回すと、間仕切りカーテン正面の壁に大きな洋服ダンスがあるのが見えた。タンスの扉には全身を映す大きな鏡があって、ボクが映っていた。
――なあんだ。さっき感じた視線は、ボクだったのか。
ボクは納得して軽く目を閉じると、ホッとため息をついた。
――ちょっと待って、本当に、ボクだった?
閉じた瞳に鏡の残像が見えた。その姿は間違いなく少女だけど、何かが違った。
ボクは、ハッと目を開けて鏡を正面から見た。鏡の中の少女はセーラー服を着ておさげ髪を結っている。あのブラックホールで出会ったあの子によく似ていた。
鏡の中の少女は、ちょっと前かがみになると、小さい体で丸い顔の、首にピンクのリボンを巻いた黒猫を抱きあげた。不機嫌そうな表情をした黒猫は、刺すような金色の瞳をしている。どこかで会ったことがあるような気がしたけれど、まったく思い出せない。
鏡の中の少女がボクに手を振った。その手で数字の一を作って下に向けた。つられてボクも下を見ると、少女が映っている姿見のすぐ下にある小さな引き出しから、コトンと音が聞こえた。驚いて顔を上げると、鏡の中の少女と黒猫は満足そうに微笑んで音もなくスッと消えた。
少女が消えたあとの姿見には、十七歳の少女ではなく、Tシャツを着てショートパンツをはいた髪の長い女性が映っていた。
ボクがしゃがむと、鏡の中の女性もしゃがんだ。ボクが立ち上がると、同じように立ち上がった。同じ動作をしているということは、間違いなくボクだ。
痛くもなんともなかったから、成長したことに気がつかなかった。
鏡に映るボクは、すっかり大人に成長していた。長い髪は背中までのびている。
木の階段で気がついたときは、たしか五歳くらいだったと思う。『ボク』は『ボク』だから、自分がどうなっているのかなんて気にもしていなかった。そういえば、木の道で一度も自分の姿を見てなかったな。
ふと、洋服ダンスの小さな引き出しを思い出した。あの引き出しには、少女が入れた何かがあるはずだ。
急いで駆け寄って引き出しを開けると、濃い藍色の素焼きのコースターが中に入っていた。正方形で、そら豆の時計の絵が描かれている。
――ああ、これはボクのだ。
ボクは、コースターを手に取ると、カーテンを開けて部屋に引き返して机の引き出しの中にしまった。
「ちょっと手伝ってくれないか。」
トキワの声が聞こえて、ボクは、隣の部屋に戻った。
机のある部屋よりも広い部屋だ。黒猫を抱いたセーラー服の少女が映っていた洋服ダンス、ベッド、テーブル、クッション、テレビ、そして本棚。この部屋は寝室のようだ。
「来てくれたか。」
「待っていたわ。」
ベッドの下を覗き込んでいたトキワたちが、顔を上げてボクを見た。そして、思った通り、驚いた。
「また成長したのね……。」
「そうみたい。さっき洋服ダンスの鏡を見てボクも驚いたよ。ねえ、ボク、何歳くらいなのかな。」
「二十二、三歳くらいだろうか。ところで、ちょっと力を貸してくれないか。プレゼントボックスを見つけたのだが、どうしても取れないのだ。」
トキワとヒマワリと同じように、ボクも、ほっぺたを床につけてベッドの下を覗き込んだ。たしかに、奥にプレゼントボックスが見える。
「私では体が大きすぎたのでヒマワリに潜ってもらったのだが、どうやら思ったよりも箱が重いらしく、引っぱり出すことができなかったのだ。」
トキワは、はあ、と息をもらした。
「大丈夫だよ、トキワ。ボクに任せて。」
ボクは、洋服ダンスの引き出しで見つけたゴムで髪を束ね、よいしょと立ち上がるとベッドをグッとつかんだ。そしてベッドを引きずって壁との間に隙間を作ると、ベッドの上から隙間に手を入れてリボンの結び目をつかみ、プレゼントボックスを持ちあげた。
たしかに、思ったより重い。ヒマワリが引っぱり出せなかったのも納得できる。
「なるほど。大人なら、このくらいなんでもないこと、というわけか。分かっていたつもりだけれど、私の中では十歳くらいの子どものまま、なのだろうな。」
「子どもの成長は、早いものなのよ。」
ヒマワリが笑っている。ボクもつられて笑った。
「ボクも同じだよ、トキワ。自分の成長の早さに、ついていけないんだ。」
ボクは、ベッドに腰かけてプレゼントボックスをひざの上に乗せた。赤いリボンがかけられた白い箱で、ひざの上に乗せてちょうどいい大きさだ。ボクは、リボンをほどいて蓋に手をかけた。
「開けるよ。」
トキワはボクの左側、ヒマワリはボクの右側に座って、ボクが箱を開けるのを見守っている。
蓋を外して中を見ると、青く輝く貝のような形をした、不思議なものが箱の中に入っていた。
「危ない物じゃないみたい。出してみるね。」
ボクは、左手で箱を固定すると、右手でそっとつかんで箱から取り出した。両手にすっぽり収まる大きさで、大きな襞の二枚貝だ。すべての襞の先を黄色の玉で、貝の両端がオレンジ色のタッセルで装飾されている。青く輝いていると思っていた貝の色は、青、緑、黄色の混ざったような色で、角度によってさまざまな色に見える。
「これは、あこや貝ね。」
「あこや貝?」
「美しい装飾が施されているようだが、これは間違いなくあこや貝だ。真珠貝とも呼ばれる。」
トキワは、貝殻をコンコンとつついた。
「いったい何に使うのか分からないが、ハトのプレゼントは、これで間違いないだろう。」
ボクは、青く輝く貝を持ち上げた。
「出口はすぐそこ。なんか、そんな気がする。」
ボクたちはベッドに腰かけたまま、美しく輝く真珠貝を見つめた。
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