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第四章 ◆ 木道
第十一節 ◇ 階段 ②
しおりを挟む茎は、一段目のハシゴを上り終えるあたりで二本に分かれていた。一本はくにゃりと曲がりながらも、上へ上へとのびている。そして、もう片方には、両手の手のひらを空にかざしたような、みずみずしい緑色の双葉がキラキラ輝いていた。
ボクは階段に腰かけて、目の前で楽しそうにゆれる双葉を眺めた。
「可愛いでしょう。」
ヒマワリとトキワの顔もほころんでいる。ボクは、ふたりにうなずいて、葉っぱをそっとなでた。
「葉っぱ一枚の大きさは、ちょうど、君の顔と同じくらいだな。希望にあふれた輝きをしている。」
「この子は、すっごく大切なものなんだ。ヒマワリにとっても、たぶん、ボクにとっても。」
三段目まで登った。一番太い茎には、もう、手をのばしても届かない。
ここでも、茎は二本に分かれていた。一本は上へ上へと伸びているけれど、もう一本は、そのかわいらしい顔をボクたちに見せてくれていた。双葉は階段のすぐそばにあるので手が届く。
三段目の双葉は、自分に自信がないのか、ちょっとうつむいているように見える。ボクは、大丈夫、心配ないよ、と言いながら優しくなでた。
四段目でも、やっぱり双葉の茎は二本に分かれていた。今度の葉っぱは、階段から離れたところにあって、触れることはできなかった。
あの子はどんな顔をしているのだろうか……。ボクは、もどかしく思った。
「あと一段よ。がんばって。」
ヒマワリの声が聞こえて上を見ると、ヒマワリとトキワが五段目からボクを見ていた。
ボクは、四段目の双葉に後ろ髪を引かれながら、ふたりに手を振ってハシゴを上った。
「ようこそ、わたしの秘密の場所へ。」
階段のテッペンから見る世界は、ボクがこの世界で初めて気がついたときと同じ、どこまでも続く真っ白な世界だった。
「ここが、ヒマワリの秘密の場所なんだね。」
「ええ、ステキなところでしょう?」
ボクは、にっこり笑ってうなずくと、ヒマワリを抱きあげた。
トキワは、大きく翼を広げて羽ばたくと、ボクたちの周りをクルリと飛んで、ボクの肩に降りた。
「ここは、ずっと風が吹いているのだな。」
「ええ、そうなの。不思議でしょう。このあたりは、風がやんだことがないのよ。」
「だから、トロッコが風で動いたんだね。」
「そうよ。そして、この不思議な環境が、あの双葉たちを生んだの。」
ヒマワリは、ボクの肩越しに斜め上を見ている。ボクは、ヒマワリの視線を追って振り向いた。
そこには、五段目の、そして太い茎のテッペンの双葉が、ボクの目線と同じ高さにあった。
「この子たちはね、向日葵の芽なのよ。」
テッペンの双葉は、まっすぐ上を見ている。とても力強く、自信と希望にあふれている。
ちょっと遠くにあるけれど、手をのばせば届きそうだ。ボクは、双葉にふれたくて手をのばしたけれど、すぐにその手を下ろした。
あの子は、ボクなんて見ていない。まっすぐ空を見ているんだ。
「どの双葉も、とても純粋なのよ。希望にあふれていて、まっすぐ。穢れも、翳りもない。」
ヒマワリは、双葉を愛おしそうに見つめた。
「ヒマワリ、この双葉たちは『可能性そのもの』を表す存在なのではないか?」
さすがね、と、ヒマワリはトキワに微笑んだ。そして、双葉たちに視線をもどした。
「わたしたちは、さまざまな選択をして生きているわ。何をどのように選ぶかで、その結果は変わるの。」
ボクは、二段目から四段目までの双葉を思い返した。
二段目は、陽気な双葉。三段目は、自分に自信がない子だった。四段目は、ちょっと大人びていて近寄りがたい雰囲気だ。そして五段目は──、
「この双葉は、どこか遠くの空を見ているんだね。」
「ええ、そうね。きっと、これからもずっと、ありとあらゆる可能性を秘めたまま、たくさんの選択をしながら自分の道をまっすぐ進んでいくのでしょうね。……あなたのように。」
ヒマワリは、ボクを見上げてそう言った。
「さて、そろそろ時間ね。」
どこかの時計が、カチッと大きな音を響かせると、ボクたちの上から雨が降ってきた。
「ジョウロだ。」
トキワの声にハッとして見上げると、階段と同じくらいの大きさのジョウロが浮かんでいた。雨だと思った水は、ジョウロのから注がれているものだった。
テッペンの双葉は、とても嬉しそうに葉っぱを揺らしている。ほかの階の双葉たちも嬉しそうに揺れていた。
「ねぇ……、愛の『象徴』を、覚えているかしら。」
ヒマワリは、双葉たちから目を離さずに話した。
「わたしね、愛の『象徴』のハートの時計の上で気がついたの。何をしているのでもなく、ただ座っていたわ。そして、わたしの目の前には、わたしよりも、ほんのちょっとだけ背が高い、ホントに小さな向日葵が一輪だけ咲いていたの。折れてしまいそうなほど弱々しいのに、力強く輝いていた。そのまっすぐな姿は、わたしに希望をくれたの。だからね、この世界のあちこちに、その向日葵の種をばらまいて花を咲かせたわ。」
「なるほど、だからヒマワリと呼ばれるようになった、というわけか。」
ヒマワリは、クスッと笑った。
「木の線路が勝手に作り出した、どうしようもなく大きな階段に、あの向日葵の最後の種を植えたの。そして、花が咲くのを見守ろうと思った。」
あの双葉たちは、ヒマワリの希望だったんだ。
ボクは、シャワーにはしゃぐ双葉たちを見つめた。
「自分の空を目指して成長している双葉たちを見守るつもりだったけれど、わたしは、もうここには来ない。」
トキワが動揺しているのが、ボクの肩から伝わる。でもボクたちは、あえて何も言わなかった。
ヒマワリは、そっと目を閉じると胸に手を当てた。
「定期的に水が出るようにジョウロの設定もしたし、出入口にはカギをかけるわ。もう大丈夫ね。」
そして閉じた目を開き、すべての双葉たちを、我が子を見るような瞳で見つめた。
「きっと……、きっと、美しい花を咲かせるのよ。」
希望を与えた美しい花の芽を見つめる、オレンジ色のウサギの、透き通った赤い瞳が揺れた。
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