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第四章 ◆ 木道
第十一節 ◇ 階段 ①
しおりを挟む遠ざかっていく扉を見ながら、ヒマワリにたずねた。
「ねえ、ヒマワリ。あの扉も、木の線路が勝手に作ったのかな。小さな家を作ったみたいに。」
「あの扉は違うでしょうね。手紙に書かれていたということは、あれは『象徴』だということよ。わたしの道は今までいろんなものを勝手に作ってきたけれど、『象徴』を作ったことは一度もないのよ。」
「そうなんだ。じゃああれは、トキワのために現れた『象徴』なんだね。」
「そうかもしれないわね。」
ボクは、ずっと黙ったままのトキワの背中にそっと触れた。
「ねえ、トキワ。あの光たちはトキワの言葉に救われたと思うよ。なんだか、うれしそうだったもの。」
トキワは、そうか、と、エメラルドグリーンの瞳を閉じた。
「さあ、トロッコを止める準備に入るわ。目的の場所は、すぐそこよ。」
ヒマワリの明るい声を合図に、ボクたちは前を向いた。
「何だ、あれは。」
「でっかいまな板?」
「さすがに違うわよ。たぶん、今本当のことを言っても信じてもらえないと思うから、プラットホームと言っておくわ。」
遠くに見える舞台のような広いスペースを、ヒマワリはプラットホームと呼んだ。スペースに沿うように線路がのびていて、たしかに駅のプラットホームみたいだ。
「あのプラットホームが、ヒマワリの大切な場所なの?」
「正確じゃないけど、まあそうね。そんなに焦らないで。今に分かるわ。」
ヒマワリは、ふふふ、と笑った。
オオバコの帆を下ろすとトロッコは少しずつ速度を落としていき、プラットホームに横づけするように止まった。
「さあ、トロッコから降りて。」
ボクはトロッコから降りると、背伸びをして身体をほぐした。トキワも翼を伸ばしたり羽ばたいたりして、ストレッチをしている。
「わたしについてきて。見せたいものは、この裏側にあるの。」
ヒマワリは、そう言うと、ボクたちを置いて先へと進んでしまった。
「ヒマワリ、私たちに説明もないのか?」
ボクの肩のトキワが、少し困ったように言った。
「ごめんなさいね、時間がないのよ。あとで必ず説明するわ。それに、アレコレ説明するより見たほうが解りやすいと思うの。」
トキワは、ボクを見て肩をすくめた。
ヒマワリが、あの入道から守りたかったもの。ありとあらゆる『欲望』から守りたかったものって、いったい何だろう。
よく分からないけれど、今はヒマワリを信じてついていこう。きっと、話してくれるから。
プラットホームの端のほうに、正方形の板のようなものがあった。ヒマワリがそれに飛び乗ると、カチッと何かが外れるような音が聞こえ、取っ手のようなものが飛び出した。
「これを持ち上げてくれないかしら。いつもならツルを生やして持ち上げるんだけど、せっかくあなたがいるんだもの。やってもらったほうが早いし楽だわ。」
ボクは、うなずいて取っ手に手をかけて引っ張った。正方形の板はあっさり持ち上がり、プラットホームの中に続く、下り階段が姿を現した。
「さあ、階段を下りましょう。」
ボクは、トキワとヒマワリを抱っこして、階段を下り始めた。
プラットホームの中は、歩くのに困らない程度の明るさがあった。階段の幅は、ボクが両手を横に広げた分くらいあるから圧迫感もない。
「そろそろ、折り返し地点ね。」
ヒマワリの声の直後、一瞬、ぐらりと目眩がした。
「ヒマワリ。なんだかねじれているような気がするのだが。」
どうやら、トキワも違和感があったらしい。トキワの言う通りだった。うまく説明ができないのだけれど、階段がなんだかおかしい気がする。
そして、ボクの変な感じはハッキリと正体を現した。
「……ねえ、ボクたち、プラットホームから階段を下りたはずなのに、上ってるよね。」
ボクは足を止めた。
「まあまあ。気にしない、気にしない。もう少しで出口だから、そのまま上り続けて。」
ヒマワリは楽しそうに鼻歌を歌っている。ボクは、首をかしげ短くため息をつくと、ヒマワリを信じて、再び階段を上った。
「あれが出口か。」
トキワの声で顔を上げると、四角い穴がぽっかりと開いているのが見えた。入ったときの穴と同じくらいの大きさだ。暗さに慣れた目が、出口の穴から降り注ぐ光の刺激で痛かった。
ボクは、目をかばいながら穴から外に出た。
「ここは、トロッコから降りた場所の裏側よ。」
ヒマワリが得意そうに言った。
「じゃあ、ボクたちは今、逆さまに立ってるの?」
ヒマワリは、ええ、と笑った。
「この世界はね、けっこう簡単に裏側に立てるのよ。ヘビの舌の道のときみたいに。」
トキワの目は、まんまるだった。
「なるほど、そうだったのか。」
ボクたちが出てきた階段の穴のそばに、壁がそびえ立っている。高さは、ボクの身長の二倍くらいだ。ボクたちが立っていられるスペースはとても狭く、気をつけなければ落ちてしまいそうだ。
「ところで、ヒマワリ。ボクたちに見せたいものって、どこにあるの?」
ヒマワリは、壁の上のほうを指した。
「この階段を登り切ったところよ。」
ボクは、トキワと顔を見合わせた。
「ねえ、ヒマワリ。これ、階段なの?」
「そうよね。階段には見えないわよね。」
ヒマワリは両手を合わせて、ゴメンね、とおちゃめに言った。
「この階段は、木の道が勝手に作ったもなの。木の道ったら、わたしの身体の大きさなんて無視してこんなの作るんだもの。まいっちゃうわ。オマケに、逆さまだし。」
ヒマワリは、ちょっとだけほっぺをふくらませたけれど、すぐに笑顔になった。
「でも、その代わり、大事なものを隠すのにはちょうどよかったわ。そんなわけで、階段をのぼりやすいように、ツタでハシゴを作ったのよ。」
「ところで、ヒマワリ――、」
トキワが、ハシゴのそばにある緑色の幹から目を離さずに言った。
「これは、木、なのだろうか……。」
「いいえ、それは双葉の茎よ。そして、それが、ふたりに見せたいものなの。」
ボクとトキワは、目をまるくした。
「フタバ? それって、何かの芽だよね。こんなに太くて大きいものだっけ?」
芽だというソレを、呆然と見上げているボクたちの顔がおもしろかったのか、ヒマワリはお腹をかかえて大笑いした。
「一番上まで行けば分かるわ。」
そう言って、ヒマワリはツタのハシゴを上りはじめた。トキワは、ボクに負担がかからないようにと、二段目まで飛んでいった。
ヒマワリが上の段に着いたのを見届けて、ボクはハシゴに右足をかけた。グッグッと力をかけ、ヒマワリの作ったハシゴがボクの体重を支えられるものだと確認し、慎重に上った。
ハシゴを上るボクのそばを、例の双葉の茎がまっすぐのびている。ボクがギュッと抱きついて丁度いいくらいの太さだ。いっしょに階段を上っているようで、なんだかとても頼もしい。
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