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8月11日:ムシノシラセ
しおりを挟むなんだか、僕の胸がざわざわしている。
何か悪いことが起こりそうな予感。
こういうの、何ていうんだっけ。
──ムシノシラセ。
そうだ、『虫の知らせ』だ……。
僕は、ベッドから下りると、まっすぐ窓へ向かった。嫌な予感がする。窓に上がり、僕はクロがいつも姿を現わす茂みを見つめた。
「クロに、何かあったんじゃ……。」
クロが心配でたまらない。
何の根拠もないけれどクロは何か節目を迎えている。
僕には分かる。僕とクロは、一心同体だから。
いつもの時間になってもクロは姿を現わさなかった。
いつもの茂みは、カサリとも動かなかった。
いつもクロが座る場所で、いつものスズメたちが遊んでいる。
「クロ、どうしたんだろう……。」
僕は窓枠に座って、クロをひたすら待ち続けた。
ぼんやり薄明かりだった空は、いつの間にか、生まれたてのすがすがしい光であふれていた。
「健太、おはよう。」
お母さんだ。
僕の家族の中で、お母さんが一番の早起き。
「何を見ているの?」
お母さんは僕の隣に立ち、僕と同じ目の高さに合わせて外を見た。
「スズメ、見てたのね。」
お母さんは優しく微笑み、僕の頭をポンポンとなでて、ほっぺたにチュッとキスをした。
――くすぐったい。
家族に優しくされると、くすぐったい。
この気持ちを、クロにも知って欲しい。
クロは、知らないはずだから。
いつもなら、家族が起きる時間までに、クロは自分の場所へ帰るのだけど、お姉ちゃんが起きる時間になっても、クロは姿を現わさなかった。
ため息をつきながら、それでもクロを待ち続けた。
家族の『お出かけ』の時間になった。
一番最初に家を出るのは、お姉ちゃん。学校に行くために、自転車で駅に向かう。
次の『行ってきます』は、お父さんだ。お父さんは、車で会社に行く。そして最後は、お母さん。
お母さんがお仕事に行くと、この家にいるのは僕だけになる。
そんな時間になっても、クロは来ない。でも僕は、諦めたくなかった。クロは必ず来ると信じているから。
「健太? お仕事、行ってくるね。寂しいと思うけど、待っててね。」
クロは必ず来る。僕は、信じてる。
この日は、トイレとご飯以外は、ずっと窓にいた。
どのくらい、時間がたったのだろう。
ふと気づいたら、家の中は夕焼色に染まっていた。
「ただいま。」
お母さんが帰って来た。
「おかえり。」
僕は、窓枠に座ったままで言った。
『にゃあん』という鳴き声にしか聞こえなくてもいい。きっとお母さんには伝わる。
結局その日、クロは来なかった。
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
「どうして来なかったんだ? まさか……。」
私の話をずっと聞いていたからだろうか。鴉は、クロを自分の友と思うようになっていた。
「クロは生きてるよ。捕まってなどいない。」
私は、少しだけ笑って、真顔で続けた。
「クロは運命の階段を、少しずつ上り始めていたんだ。」
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