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最終章 二頭の龍と春
第14話 告白
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氷霜の森で佇むザックは、目を丸くして酷く驚いていた。赤い瞳が悲しげに揺れて、恐怖すら滲ませている。自分の存在を拒絶されているようで、ライサの胸が少し痛む。
だが、手遅れになる前にザックを見つけられて良かった。
「どうして、おれの居場所が……?」
「サーシャおばあちゃんの、嫁入り道具よ。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったわ」
ライサは手に持ったランタンを、自分の顔の前まで掲げて見せる。
腕を下ろし、ライサはザックを見つめた。露出した彼の頬や鼻先は真っ白だ。
「ザック、ごめんなさい。私、真っ直ぐ気持ちを伝えてくれるあなたの優しさに甘えて、いつだって自分が傷つかない、楽な方を選んで――それで、貴方のことを傷つけてしまった」
ライサは数歩、前に出る。同じ歩数だけザックが後退りをした。ライサは胸の上で拳を握る。
「そのままで良いから、聞いて。私ね、ずっと人に好意を伝えることが、できなかったの。私を置いていった母は、いつも私のことを『大好き』だって言ってくれて……私もお母さんが大好きよっていつも言ってた。それなのに、いつの日か母は私のことが『好き』じゃなくなって、私は置いていかれてしまった。それで私は、自分の気持ちを口にすることが怖くなった。いつまでも変わらないと信じていた想いを、裏切られるのが怖いから。想いが通じあった後で、『終わり』が来てしまうのが怖いから」
ザックの気持ちを、信じきれていなかったのだという告白だ。良い気持ちはしないだろう。それでも、ちゃんと伝えるんだ。
ライサは、胸の奥から必死で声を絞り出す。
「私は――自分の心を守ろうとして、貴方の心を蔑ろにしてしまった。私の理由や気持ちを伝えることから逃げて、貴方を傷つけた。本当に、ごめんなさい。本当に、馬鹿だったわ」
「……そうか、話してくれてありがとう」
穏やかな声に、ライサはハッとする。ザックは優しく微笑んで、首を横に振った。
「でもライサは悪くないよ。子どもの頃に、お母さんに裏切られたら、そんなの、怖くなるのも当たり前だ」
違う。許して欲しい訳じゃない。
「もう! 貴方はどうして、そんなに優しいの……!」
腹立たしさすら湧いてきて、ライサは首を大きく横に振って叫ぶ。
「償いって何よ!? 国や村や私のために、自分を犠牲にしないでよ!? 貴方がこの世界からいなくなるって知って、私……本当に、本当に怖かった。『裏切られるかも』だとか、『終わりが来るかも』だとか、そんなのくらべものにならないくらい。貴方を失うこと以上に、怖いことなんてなかった……っ!」
まして、まだ自分はザックに、自分の想いすらも伝えられていなかったのだから。
「あんな風に『愛してる』なんて言わないで! この外套を自分の代わりになんてしないで! 愛しているなら、ずっとそばにいて! 貴方と離れるなんて、そんなの嫌なの……!」
「ライサ……」
眉を寄せどこか悲痛な眼差しで、ザックはこちらを見つめている。
ふっと糸が切れたように、彼は力を抜くように声を出して笑った。
「ありがとう。最期に、その言葉が聞けて良かった」
「さ、最期なんて言わないで! ねぇ、私、ここに来る前、シャトゥカナルから帰ってきたニーナ村長さんたちに会ったの」
ザックは目を見開いて絶句した。
「ごめんなさい。そこで、ザックのことを話したわ。村長さんたち、すごく怒っていた。炎龍の魔核がなくても、スノダールの職人ならなんとかできるからって。私たちの技術と経験を、見くびらないで欲しいって。だから、国王陛下に事情を話して、炎龍の魔核は何がなんでも帰してもらうって言ってくれたの」
元々、炎龍の魔核が手に入らないことを前提に試行錯誤をしていたのだ。
前の魔核の効力もあと少しは残っているだろうし、ザックを犠牲にしてまで生き延びたくはないと、二人ははっきり言ってくれた。
炎龍の魔核を戻せば、ザックはまだ生きていられる。ライサはもう少しだけ、ザックとの距離を詰めた。
「だから、一緒に帰りましょう? 私たちの村へ」
ライサはザックに手を差し伸べる。例え彼がこの手を取ってくれなくても、私がザックの手をつかんで絶対に連れて帰る。
ライサは心の中でそう決意していた。
長い沈黙が、二人の間に満ちる。ザックがついたため息が、白い世界に溶けて同化していった。
「無理だ。間に合わない。もうさ、足が全く動かないんだ。腕も動かしづらい。多分、全身が凍りつくのも時間の問題だよ」
ザックはどこかおどけた様に、身じろぎをする。肩と腕が僅かに動き、両足が少し痙攣しただけだった。
彼の全身から、白い煙のようなものがうっすらと流れ出ている。
酷く冷たい風が頬に当たって、ライサは一歩後ろに下がった。
「あ――」
バリッと、引っ付いた何かを引き剥がすような感覚を覚え、足下を見る。ライサの足は、びっしりと霜がこびりつき真っ白になっていた。まるで、周囲を取り囲む氷霜の木々のように。
恐怖と絶望に体を支配される前に、ライサは奥歯を噛み締め、目元に力を込めた。
「このままじゃ、ライサも凍りつく。もうスノダールに帰ってくれ。これ以上、大切な人をおれの呪いに巻き込みたくな」
彼の言葉を最後まで聞かず、ライサはランタンも鞄も雪の上に放り出し、ザックの胸へと飛び込んだ。
「ライサ、な、何やってるんだ!? 駄目だ、すぐにおれから離れて」
「嫌! 絶対に離さない……!」
ザックの胸に顔を埋めたまま、ライサは首を激しく横に振った。腕を彼の背中に回して、きつく腕に力を込める。
コート越しに伝わってくるザックの体は、氷を抱きしめているかのように冷え切っていた。冷たさが腕からライサの全身に伝わってきて、心臓がぎゅっと締めつけられる。
けれど、もう二度と離さない。
だって。
「前に、『ここがライサの居場所になったら嬉しい』って言ってくれたでしょう!? 私の居場所はシャトゥカナルでも、スノダールでもない」
ライサは顔を上げ、必死でザックを見上げた。
「私の居場所はザック、貴方なの! 私、貴方が好き……! 大好き、愛してるの!!」
ザックの瞳が大きく見開かれた。驚きと戸惑いで揺らぎつつも、隠しようのない喜びを湛えてキラキラと輝いている。
ああ、この色が私が求めていたものだ。
やっと、言えた。弱い私で、本当にごめんなさい。
「だから、凍ったって良い。ずっと、貴方と一緒が良い」
心臓が凍りついても、私を貴方と一緒にいさせてほしい。そう思えるほどに、ライサの心はザックを求めていた。
ぎこちなかったはずのザックの腕が、突如ライサの背中に回される。そのまま、顔を彼の胸に押し付けるように、強く強く抱きしめられた。
「おれ、最低だ。ライサをおれの呪いに巻き込んじゃうのに。そんなの許されることじゃないのに。おれは、ライサの言葉が、気持ちが、本当に嬉しい」
「良いの。だって、私も嬉しいから」
ザックの体も自分の体も、氷のように冷たいのに心はすごく温かい。気持ちが通じ合うって、こんなに心地よくて幸せなんだ。
ライサは微笑みながら、ザックの頬に手を伸ばした。
「出会った頃から、ザックって優しかったわよね。寒がる私に、さりげなく上着をかけてくれたり。あれ、すごく安心したわ」
「そうか? 優しかったのは、その……下心があったからだよ。初めて会ったあの時、ライサの強くて寂しそうな、綺麗な目に引き付けられて、『守ってあげたいな』って思って。背が高いところとか、銀色の髪とかも、おれの好みだったけど」
「そ、そんな前から、気にかけてくれていたの? あ、私も出会った頃から、その……貴方の髪や瞳の色がとてもあったかそうで、素敵だなって思ってた。見ていてすごく、安心したの」
なんだよそれ。そう言って、ザックが微かに声を震わせて笑う。
今までの空白を埋めるかのように、ライサたちはたくさんの話をした。
お互いに対する想いや、出会ってからの思い出、話したいことはたくさんあった。
「それから貴方の家に行って『夫婦』になって、魔法具を作る生活が始まって。そんな中で、いつも優しくて温かくて、私が困った時に欲しい言葉をくれる貴方のことがどんどん――好きになっていったの。あ、もちろん、能天気で、ちょっと雑なところも可愛らしくて大好きよ」
「雑なところは言うなよ。村のみんなから、よく注意されてたんだよな。魔法具は力加減を間違えて壊すし、魔核も殻ごと粉砕しちゃうし。だから結局、魔核を割るのはライサに任せっきりだったしな。ああ、そうだ。ライサのそういうしっかりした所とか、何にでも一生懸命なところとか。冷静そうに見えて意外と表情豊かなところとか、一緒に暮らしていく内にどんどんライサのことを知って。その度にライサのことが好きになっていったんだ」
「そ、そう? ありがとうザック。とっても、嬉しいわ」
ライサの笑みは、唇が僅かにひきつっただけで失敗してしまった。視界が妙にぼんやりしている。
彼の顔が見たい。ザックの両頬に手を寄せて、ライサは自分の顔を近づけた。
苦しそうに、彼が顔を歪めている。
「ライサ」
「なに?」
「全然、話し足りないな。ぜんぜん、足りないよ……」
ライサは頷くと、さらにザックに顔を近づけた。彼の鼻先と自分の鼻先が触れ合う。暖炉のような温かい匂いが微かに香る。ザックの香りだ。
ライサもザックと同じ気持ちだ。全然足りない。もっともっとザックと話したい、のに。自分の体は芯から冷えきっていて、もう唇すら上手く動かせなかった。
視界が白く霞んで、森の様子は分からない。ダイヤモンドダストのような光が、周囲でチカチカと舞っている。
ザックの睫毛が真っ白になっていて、ライサはぎこちなく彼の目元に指を添わせた。彼に寄せたライサの指は、白い霜がついている。
彼と最期まで一緒で嬉しい。想いを通わせることができて幸せだ。
けど、やっぱり、欲が出てしまう。
「わたしも、もっともっと、ずっと、貴方と」
この先も、ザックと一緒に生きていきたい。
ライサは瞳を閉じると、ザックの唇にそっと自分の唇を触れ合わせる。初めて触れ合った彼の唇は、冷たいけれどとても柔らかくて。
凍りついたはずの心に、ふわっと火が灯った気がした。
だが、手遅れになる前にザックを見つけられて良かった。
「どうして、おれの居場所が……?」
「サーシャおばあちゃんの、嫁入り道具よ。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったわ」
ライサは手に持ったランタンを、自分の顔の前まで掲げて見せる。
腕を下ろし、ライサはザックを見つめた。露出した彼の頬や鼻先は真っ白だ。
「ザック、ごめんなさい。私、真っ直ぐ気持ちを伝えてくれるあなたの優しさに甘えて、いつだって自分が傷つかない、楽な方を選んで――それで、貴方のことを傷つけてしまった」
ライサは数歩、前に出る。同じ歩数だけザックが後退りをした。ライサは胸の上で拳を握る。
「そのままで良いから、聞いて。私ね、ずっと人に好意を伝えることが、できなかったの。私を置いていった母は、いつも私のことを『大好き』だって言ってくれて……私もお母さんが大好きよっていつも言ってた。それなのに、いつの日か母は私のことが『好き』じゃなくなって、私は置いていかれてしまった。それで私は、自分の気持ちを口にすることが怖くなった。いつまでも変わらないと信じていた想いを、裏切られるのが怖いから。想いが通じあった後で、『終わり』が来てしまうのが怖いから」
ザックの気持ちを、信じきれていなかったのだという告白だ。良い気持ちはしないだろう。それでも、ちゃんと伝えるんだ。
ライサは、胸の奥から必死で声を絞り出す。
「私は――自分の心を守ろうとして、貴方の心を蔑ろにしてしまった。私の理由や気持ちを伝えることから逃げて、貴方を傷つけた。本当に、ごめんなさい。本当に、馬鹿だったわ」
「……そうか、話してくれてありがとう」
穏やかな声に、ライサはハッとする。ザックは優しく微笑んで、首を横に振った。
「でもライサは悪くないよ。子どもの頃に、お母さんに裏切られたら、そんなの、怖くなるのも当たり前だ」
違う。許して欲しい訳じゃない。
「もう! 貴方はどうして、そんなに優しいの……!」
腹立たしさすら湧いてきて、ライサは首を大きく横に振って叫ぶ。
「償いって何よ!? 国や村や私のために、自分を犠牲にしないでよ!? 貴方がこの世界からいなくなるって知って、私……本当に、本当に怖かった。『裏切られるかも』だとか、『終わりが来るかも』だとか、そんなのくらべものにならないくらい。貴方を失うこと以上に、怖いことなんてなかった……っ!」
まして、まだ自分はザックに、自分の想いすらも伝えられていなかったのだから。
「あんな風に『愛してる』なんて言わないで! この外套を自分の代わりになんてしないで! 愛しているなら、ずっとそばにいて! 貴方と離れるなんて、そんなの嫌なの……!」
「ライサ……」
眉を寄せどこか悲痛な眼差しで、ザックはこちらを見つめている。
ふっと糸が切れたように、彼は力を抜くように声を出して笑った。
「ありがとう。最期に、その言葉が聞けて良かった」
「さ、最期なんて言わないで! ねぇ、私、ここに来る前、シャトゥカナルから帰ってきたニーナ村長さんたちに会ったの」
ザックは目を見開いて絶句した。
「ごめんなさい。そこで、ザックのことを話したわ。村長さんたち、すごく怒っていた。炎龍の魔核がなくても、スノダールの職人ならなんとかできるからって。私たちの技術と経験を、見くびらないで欲しいって。だから、国王陛下に事情を話して、炎龍の魔核は何がなんでも帰してもらうって言ってくれたの」
元々、炎龍の魔核が手に入らないことを前提に試行錯誤をしていたのだ。
前の魔核の効力もあと少しは残っているだろうし、ザックを犠牲にしてまで生き延びたくはないと、二人ははっきり言ってくれた。
炎龍の魔核を戻せば、ザックはまだ生きていられる。ライサはもう少しだけ、ザックとの距離を詰めた。
「だから、一緒に帰りましょう? 私たちの村へ」
ライサはザックに手を差し伸べる。例え彼がこの手を取ってくれなくても、私がザックの手をつかんで絶対に連れて帰る。
ライサは心の中でそう決意していた。
長い沈黙が、二人の間に満ちる。ザックがついたため息が、白い世界に溶けて同化していった。
「無理だ。間に合わない。もうさ、足が全く動かないんだ。腕も動かしづらい。多分、全身が凍りつくのも時間の問題だよ」
ザックはどこかおどけた様に、身じろぎをする。肩と腕が僅かに動き、両足が少し痙攣しただけだった。
彼の全身から、白い煙のようなものがうっすらと流れ出ている。
酷く冷たい風が頬に当たって、ライサは一歩後ろに下がった。
「あ――」
バリッと、引っ付いた何かを引き剥がすような感覚を覚え、足下を見る。ライサの足は、びっしりと霜がこびりつき真っ白になっていた。まるで、周囲を取り囲む氷霜の木々のように。
恐怖と絶望に体を支配される前に、ライサは奥歯を噛み締め、目元に力を込めた。
「このままじゃ、ライサも凍りつく。もうスノダールに帰ってくれ。これ以上、大切な人をおれの呪いに巻き込みたくな」
彼の言葉を最後まで聞かず、ライサはランタンも鞄も雪の上に放り出し、ザックの胸へと飛び込んだ。
「ライサ、な、何やってるんだ!? 駄目だ、すぐにおれから離れて」
「嫌! 絶対に離さない……!」
ザックの胸に顔を埋めたまま、ライサは首を激しく横に振った。腕を彼の背中に回して、きつく腕に力を込める。
コート越しに伝わってくるザックの体は、氷を抱きしめているかのように冷え切っていた。冷たさが腕からライサの全身に伝わってきて、心臓がぎゅっと締めつけられる。
けれど、もう二度と離さない。
だって。
「前に、『ここがライサの居場所になったら嬉しい』って言ってくれたでしょう!? 私の居場所はシャトゥカナルでも、スノダールでもない」
ライサは顔を上げ、必死でザックを見上げた。
「私の居場所はザック、貴方なの! 私、貴方が好き……! 大好き、愛してるの!!」
ザックの瞳が大きく見開かれた。驚きと戸惑いで揺らぎつつも、隠しようのない喜びを湛えてキラキラと輝いている。
ああ、この色が私が求めていたものだ。
やっと、言えた。弱い私で、本当にごめんなさい。
「だから、凍ったって良い。ずっと、貴方と一緒が良い」
心臓が凍りついても、私を貴方と一緒にいさせてほしい。そう思えるほどに、ライサの心はザックを求めていた。
ぎこちなかったはずのザックの腕が、突如ライサの背中に回される。そのまま、顔を彼の胸に押し付けるように、強く強く抱きしめられた。
「おれ、最低だ。ライサをおれの呪いに巻き込んじゃうのに。そんなの許されることじゃないのに。おれは、ライサの言葉が、気持ちが、本当に嬉しい」
「良いの。だって、私も嬉しいから」
ザックの体も自分の体も、氷のように冷たいのに心はすごく温かい。気持ちが通じ合うって、こんなに心地よくて幸せなんだ。
ライサは微笑みながら、ザックの頬に手を伸ばした。
「出会った頃から、ザックって優しかったわよね。寒がる私に、さりげなく上着をかけてくれたり。あれ、すごく安心したわ」
「そうか? 優しかったのは、その……下心があったからだよ。初めて会ったあの時、ライサの強くて寂しそうな、綺麗な目に引き付けられて、『守ってあげたいな』って思って。背が高いところとか、銀色の髪とかも、おれの好みだったけど」
「そ、そんな前から、気にかけてくれていたの? あ、私も出会った頃から、その……貴方の髪や瞳の色がとてもあったかそうで、素敵だなって思ってた。見ていてすごく、安心したの」
なんだよそれ。そう言って、ザックが微かに声を震わせて笑う。
今までの空白を埋めるかのように、ライサたちはたくさんの話をした。
お互いに対する想いや、出会ってからの思い出、話したいことはたくさんあった。
「それから貴方の家に行って『夫婦』になって、魔法具を作る生活が始まって。そんな中で、いつも優しくて温かくて、私が困った時に欲しい言葉をくれる貴方のことがどんどん――好きになっていったの。あ、もちろん、能天気で、ちょっと雑なところも可愛らしくて大好きよ」
「雑なところは言うなよ。村のみんなから、よく注意されてたんだよな。魔法具は力加減を間違えて壊すし、魔核も殻ごと粉砕しちゃうし。だから結局、魔核を割るのはライサに任せっきりだったしな。ああ、そうだ。ライサのそういうしっかりした所とか、何にでも一生懸命なところとか。冷静そうに見えて意外と表情豊かなところとか、一緒に暮らしていく内にどんどんライサのことを知って。その度にライサのことが好きになっていったんだ」
「そ、そう? ありがとうザック。とっても、嬉しいわ」
ライサの笑みは、唇が僅かにひきつっただけで失敗してしまった。視界が妙にぼんやりしている。
彼の顔が見たい。ザックの両頬に手を寄せて、ライサは自分の顔を近づけた。
苦しそうに、彼が顔を歪めている。
「ライサ」
「なに?」
「全然、話し足りないな。ぜんぜん、足りないよ……」
ライサは頷くと、さらにザックに顔を近づけた。彼の鼻先と自分の鼻先が触れ合う。暖炉のような温かい匂いが微かに香る。ザックの香りだ。
ライサもザックと同じ気持ちだ。全然足りない。もっともっとザックと話したい、のに。自分の体は芯から冷えきっていて、もう唇すら上手く動かせなかった。
視界が白く霞んで、森の様子は分からない。ダイヤモンドダストのような光が、周囲でチカチカと舞っている。
ザックの睫毛が真っ白になっていて、ライサはぎこちなく彼の目元に指を添わせた。彼に寄せたライサの指は、白い霜がついている。
彼と最期まで一緒で嬉しい。想いを通わせることができて幸せだ。
けど、やっぱり、欲が出てしまう。
「わたしも、もっともっと、ずっと、貴方と」
この先も、ザックと一緒に生きていきたい。
ライサは瞳を閉じると、ザックの唇にそっと自分の唇を触れ合わせる。初めて触れ合った彼の唇は、冷たいけれどとても柔らかくて。
凍りついたはずの心に、ふわっと火が灯った気がした。
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