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第二章 職人修行と令嬢襲来!?

第9話 新たな挑戦

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「ニーナのばあちゃんから許可が下りたぜ。『本当は材料費のこともあるし、追加料金をいただきたいところだけど、個人的な贈り物ってことで勘弁してやるよ』だってさ。あ、でもスノダールの職人の評判が下がらないように決して手は抜かないことと、本来の仕事に支障がでないようにすることって言ってたぜ」

 一応出来栄えをチェックするから、完成したら見せに来いってさ。
 帰宅してきたザックが、そう言って笑う。
「ライサの方はどうだった? 家庭教師の人に協力はしてもらえそうか?」
「ええ。作るものを決めるために、タチアナ様が好きなものをいくつか伺ったわ。それと……上手く巻き込めたみたい」

 ザックの提案を採用し、二人はタチアナのために追加の嫁入り道具を作ることにした。彼女が寂しい時に心の支えにしてもらえるような、辛い時に守ってくれるようなお守りにもなるような何かを。
 嫁入り道具は、結婚した後にする為のものなのだから。

 そこでライサは、急遽ローズマリーの下へ行き、自分の思いを告げた。自分はタチアナに幸せになってほしいのだと言うこと、また、彼女には愛されている自覚を持って、新たな門出を迎えてほしいのだと言うこと。
 そして、ローズマリーにこんな提案をしたのである。

『よろしければ、ローズマリーさんも何か贈り物をされませんか? ローズマリーさんも私以上に、タチアナ様の幸せを願っているのでしょう? その気持ちはきっと、これからのタチアナ様を守ってくれるはずです』
 戸惑った様子で眼鏡に触れたローズマリーは、長い思案のあと深く頷いた。

 無事にローズマリーを巻き込むことに成功したが、彼女の希望するものを作るには、新たに材料を採ってくる必要があった。一気に忙しくなってしまったが、頑張るしかない。
 気合いを入れるように、ライサは一つ頷いた。

「ええっと、タチアナ様が好きなものは――色鮮やかなドレスやアクセサリー、それから紅茶としょこら? なるほど、スイーツね」
 ライサは彼女に書いてもらった紙をテーブルに置いて、タチアナが好きなものの一覧を指でなぞる。ドレスやアクセサリー、スイーツもたくさん挙がっていたが、職人見習いの自分たちが作ったものを、侯爵令嬢に気に入ってもらえるとは思えない。それに、期限まではあまり時間がないため、凝ったものだと時間が足りない。

 ライサは頭の中で、これも駄目こっちもだと、候補をどんどん絞っていく。リストの残りがかなり少なくなったきたところで、ライサはふとある言葉に目を留めた。
 物ばかりが並べられたリストの中では、毛色の違うものである。

「豊穣祭の音楽?」
「ああ、ルースダリンで毎年行われてるやつだな。色んな楽器をかき鳴らして町中で歌って踊って、結構華やかで有名みたいだぞ」
 愉快なことが大好きだと言う豊穣の女神に、採れた作物とワインと音楽を捧げ、感謝と今年の豊穣を願う祭りなのだそうだ。シャトゥカナルに嫁いでしまえば、このお祭りの音楽を聞くことができなくなってしまうかもしれない。
 ライサは頬に手を当てて、記憶を探った。

「ザック。確か、音を記録する魔法具ってなかったかしら?」
「ああ、確かにそう言う魔法具があるぞ。聞こえてきた音を集めて倍にして跳ね返す性質を持つ、『反響蜥蜴エコーリザード』の声帯を使って作るんだ。周囲の音を専用の箱の中に集めて閉じ込めて、蓋を開けたときに流すことができる、『自鳴箱ジメイバコ』って呼ばれてる。けどあの魔法具は使い捨てで、録音できる時間も短い。何度も音を記録させたり聞き直したりとかもできないぞ」

 使い捨てであれば、ライサが思い浮かぶ効果は得られない。どうにか効果を上げることはできないだろうか。
 ライサはしばらく考え込んだ後、ハッと息を呑んだ。アレを使えば、もしかしたら。
 
「ねぇ、その魔法具に魔核を使えば、どうにかならないかしら?」
 今まで力が強すぎて、小さな魔法具には使えなかったという魔核。しかし自分は、魔核を割って加工して力の加減を調整することができる。
 振り返ると、ザックがパッとランタンのように明るい表情をしていた。

「なるほど。まだ誰も試したことはないから分からないけど、上手く行けば録音できる音の長さを延ばしたり、録音した音を何度も聴いたりできるかもしれないな! ライサ、やるなぁ!」
 ザックはニコニコと笑い、大袈裟に喜んでいる。彼に太鼓判を押してもらえると、なんだか百人力だ。

「よし! じゃあライサはまず自鳴箱の基礎をいくつか作ってくれ。それほど複雑な魔法具じゃないから、ライサでもすぐに作れる。それから、付与する魔核の種類や大きさを変えて色々実験してみよう。おれはひとっ走りルースダリンまで行って、豊穣祭の音楽を演奏してくれる人がいないか聞いてみるよ!」
「ひとっ走りって……」

 軽々しく言うが、ルースダリンは山を一つ越えた先にあるのだ。一体どれだけ体力があるのだろうか。
 しかし、いくら体力があったとしても、今回の仕事はかなりの手間と時間がかかることだ。
 今さらながらライサは、ザックを付き合わせていることが申し訳なく思えてくる。

「あの、ザック。気持ちは有り難いけれど、ここからは私が一人でやるから大丈夫よ。ルースダリンだって山道は整備されているのだし、馬車を借りられれば私一人だっていけるわ」
 ところが、ザックは少し不満げに唇を引き結ぶと、首を横に振った。

「そんなこと言うなよ。ライサのがんばり屋なところは、おれ、すごく好きだなって思うけど。がんばりすぎも心配だから、手助けくらいさせてくれ。な?」
「すっ」
 全身に熱が駆け巡って、ライサの顔が真っ赤に染まる。心臓が左胸を突き破って、外に飛び出してきそうだ。
 なんでザックの言葉は、いつも唐突で真っ直ぐなのだろう。いつか心臓を止められてしまいそうだ。

 ライサは落ち着けと念じながら、左胸に強く両手を押し当てる。そこでふと『甘えている』と、タチアナに言われた言葉が頭を過ぎった。もしかしてこれも、甘えていることになるのだろうか。
 何度か深呼吸をして、照れるなと暗示をかけながら口を開く。

「あ、ありがとうザック。貴方に手伝ってもらったら心強いし、とってもうれしいわ」
 絞り出すように出した声は、本当に言いたかったことを誤魔化してしまったし、とても小さくて掠れてしまったけれど。
「えー、なんだよ急に」
 それでもザックは、嬉しそうに目を細めてくれた。
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