薪割りむすめと氷霜の狩人~夫婦で最強の魔法具職人目指します~

寺音

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第1章 嫁入りは突然に。そして新生活。

第5話 夫婦で「職人」

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「はぁ、『嫁を寄越さないと魔法具を作らない』って? なんだいそりゃ?」
 ライサが話をすると、ニーナたちは怪訝そうに眉を寄せ、酷く驚いた様子を見せた。
「私も、皆さんの様子を見て、おかしいと思っていたんです」
 ライサは木の椅子に腰掛けながら、両手を膝の腕でぎゅっと握りしめる。

 案内されたザックの家は、村の他の家同様、木で造られた簡素な小屋だった。時折、ふわりと木の良い香りがする。一人暮らしだと言っていたが、ライサが住んでいた叔父の家と同じくらいの広さだ。天井が高めに造られているのは、ザックがかなりの長身だからだろう。
 斧や弓や槍、その他用途の分からない道具で小屋の中は乱雑としていた。

「ライサも災難だったね。……しかし、スノダールが嫁不足だという噂が一人歩きしたにしては、妙に悪意のある形に歪められたもんだねぇ」
 ニーナはライサの向かいに腰かけ、考え事をするように指先で机の上を叩いた。
「おれたち町の人に怖がられちゃってるし、そのせいなのかなぁ? いい奴らばっかりなのに」
 ザックがどこか残念そうに呟く。この家に椅子は二脚しかないため、彼は村長とライサに椅子を譲り、木の床に胡座をかいて座っている。

「そうだねぇ。しかし、何かきっかけでもないと、ここまで話が飛躍しないと思うんだけどねぇ」
「あ」
 突如、壁際に立っていたロジオンの口から、間の抜けた声が発せられた。彼は目泳がせ、「あ」や「う」と言った、意味のない声を小さく発している。
「なんだい、ロジオン? ……どうも様子がおかしいねぇ」
 疑いの眼差しを向け、ニーナがロジオンを睨み付ける。何度か口を開閉した後、観念したようにロジオンは口を開いた。

「いや、その、この前シャトゥカナルへ魔法具を納品しに行った時のことなんだが……。ザックは魔物を狩る腕は一流だが、職人としてはいつまで経っても半人前のままだからよ。つい、顔馴染みの門番に愚痴っちまったんだよな」
「え、おれのことで?」
 ザックは驚き、目を丸くしている。バツが悪そうな顔をして、ロジオンは頭をガリガリとかく。

「『なぁ、どっかにスノダールへ嫁いできてくれる、良い子はいないかねぇ? そうでもしねぇと、アイツ一生魔法具なんて作れねぇよ』ってな感じでな」
 あ、と思わず、ライサは声を上げていた。

 スノダールは、『年頃の娘を嫁として差し出さないと、今後一切魔法具を作らない』と言ったのだと聞いていたが、ひょっとして。
 ライサが目を向けると、ニーナはため息混じりに頷いた。

「ああ、どうやらその発言が、とんだ誤解を生んだようだねぇ」
 額を押さえて項垂れ、彼女は首を横に振っている。ロジオンが何の気なしに発した言葉が、巡りめぐって歪んでしまったのだろう。ザックも呆れたような眼差しで彼を見つめている。
 しかし、職人として自立することと、嫁をもらうことの繋がりが分からず、ライサは首を傾げる。

「あの。職人として一人前になるために、何故、お嫁さんが必要なんですか?」
「――ああ。さっき、ザックが魔核を粉々にしちまったところを見ただろう?」
 ライサは、ザックの家に着いた直後のことを思い出して頷く。
 なんでも、村では魔物を倒す者を狩人、素材を加工して魔法具を作る者を職人として区別しているそうで。ザックは職人を目指しているものの、未だ認められていないようなのだ。

「誰だって苦手なことはあるもんだ。狩りも加工も全部一人でこなせる器用な奴もいるが、ワシらみたいに夫婦で協力して『職人』と呼ばれている奴も多いんだよ。ザックにもそういう、欠点を補ってくれる存在がいてくれたらと思ってな」
「え、ワシらみたいにって」
 ライサは首を傾げ、ロジオンとニーナの顔を交互に眺めた。その様子を見て、ザックは不思議そうに目を丸くする。

「あれ? 知らなかったか? ロジオンのじいちゃんとニーナのば……ニーナ村長は、夫婦だよ」
 夫婦、そうだったのか。
 ライサは驚きつつも、納得していた。この二人の間に流れる親しげな空気は、そう言うことだったのである。

「へへ。さすがに狩りは引退しちまったが、昔はワシが強力な魔物を狩り、ニーナと一緒にその素材を加工して、数々の魔法具を作り出したもんだ。特にニーナは細かい細工や裁縫なんかが得意でよ。ライサちゃんが持ってきた『導きのランタン』や、ワシらが姿を隠すのに使っていた『幻影金鷲ゲンエイコガネワシ』のマントは、ニーナの作品だ」

「そう、だったんですか」
 得意気なロジオンの言葉に相槌を打ちつつ、ライサはニーナの表情を見つめた。満更でもない、というか、寧ろ誇らしげでもある。二人を見ていたライサの胸は、何故かじくりと膿んだように疼いた。

「悪かったね、ライサ。妙なことに巻き込んじまった結果、わざわざこんな辺鄙な村まできてもらって。ほら、お前さんも謝んな!」
「ライサちゃん。いや、本当に申し訳ねぇ」
 目を伏せていたライサが顔を上げると、ニーナとロジオンが申し訳なさそうに眉を寄せていた。

「脅しは誤解だと分かったんだ。ライサは都市に帰りな。スノダールの村長の名で手紙を書いておくから、宰相殿に渡しておくれよ」
 その発言で、サァッとライサの頭から血の気が引いていくのが分かった。焦る気持ちで、ライサは勢い良く立ち上がる。
「待ってください!」
 思ったよりも大きな声が出て、ライサは自分でも驚いてしまう。ニーナとロジオンは彼女以上に驚き、目を白黒させている。

 その奥で座り込んでいたザックと目が合う。彼は頷いて、軽く微笑んだ。まるで、彼女の言葉を待っていてくれているようである。
 ライサは長く息を吐くと、強い口調で尋ねた。
「私を正式に、この村へ嫁入りさせていただくことはできませんか?」
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