2 / 6
2
しおりを挟む
繰り返し鳴らされるインターフォンに、僕は目覚めて早々キレそうになる。
誰だよ、休日の朝っぱらからピンポンピンポン鳴らしてるのは。頭が酷く痛み、堪らず額を押さえた。
昨日は失恋で傷ついた心を癒そうと夜更かししすぎた。カラオケでのやけ食いの反動で胃も苦しい。しかしこの訪問者は、誰かが出てくるまでインターフォンを押すのを止めないらしい。
こんなことをするのは、身内しかいない。あーもう、父さんも母さんも仕事でいないのかよ。
えずきながら立ち上がり、壁に体重を預けながら階段を下りて一階の玄関へ向かう。昨日脱ぎ捨てたコートをつま先で雑に避け、サンダルを片足だけ突っ込んで鍵を開けた。
「おっそい、昴! 早く出なさいよ」
「やっぱり、ねぇちゃんか! 何しに来たんだよ」
現れた顔に、僕は眉を思い切り顰める。
アーモンド形の大きな瞳に小さな鼻と唇は、僕とよく似ている。二つ上の姉、空賀星奈だ。この春大学生になって一人暮らしを始めたねぇちゃんは、覚えたメイクで顔の印象を変化させていた。キリリと凛々しく書かれた眉毛が、気の強い性格をよく表している。
「何よ、実家に帰ってきちゃ悪いの? この前冬休みに行った旅行のお土産も渡したかったから、ちょっと寄ってみたのよ」
「だったら、普通に鍵開けて入れよ」
「うっかり実家の鍵、家に置いてきちゃったのよ」
相変わらずおっちょこちょいなねぇちゃんは不貞腐れたように呟くと、視線を僕の後ろへ移動させてぎょっと目を剥く。どうやら脱ぎ散らかしたコートや靴下、中身が出て、横倒しになったリュックなどが目に入ったらしい。
「うわっ⁉︎ 何よこれ……分かった! アンタまたフラれて荒れてたんでしょ⁉︎ 懲りないわねぇ、もう」
「ばっ……余計なこと言うなよ! 声が大きい」
ご近所さんの目があるんだから、大声でフラれたは止めてほしい。慌てて僕はねぇちゃんを家の中へと押し込んだ。
「ほら、お饅頭とお煎餅。あと、こっちのシフォンケーキは気まぐれで作ったやつだから、今日のおやつにでも食べちゃいなさいよ」
ねぇちゃんは持っていた紙袋を、リビングのテーブルの上に置く。
やった、ねぇちゃんのシフォンケーキだ。僕も料理は得意な方だが、ねぇちゃんのシフォンケーキは格別だ。登場した好物にいくらか溜飲が下がる。
ねぇちゃんは鼻で息を吐き、呆れたようなまなざしで僕を見た。
「フラれた相手は、またいつものキラキラ王子様系でしょ? 昴の好みって分かりやすいのよね」
「わ、悪い?」
「しかもいっつも一目惚れ。だから失敗するんでしょ」
容赦のないねぇちゃんの一言が、僕の胸にナイフのように突き刺さる。そう言う人がタイプなんだから仕方ないだろ。僕は今まで恋をした、光り輝くようなイケメンたちを思い浮かべる。
僕の恋はいつだって突然だ。その人を見た瞬間、ぶわっと視界に無数の光の粒子が舞うのだ。もちろん、実際にその人が光を発しているわけじゃないけど、そうとしか表現できないくらい、僕の世界がキラキラと光り輝くもので満たされていく。恋をしている間は、心の底から幸せで身も心も宙に浮かぶようで、その人の笑顔がもっと見たくてたまらなくなってしまう。
だから、なのだろうか。
「尽くして尽くして、ついでにちょこっと貢いだ挙句、びっくりするくらい短期間でフラれるのよねー」
僕は堪らず呻き声を上げる。仲が良いというか、昔から僕を知り尽くしているねぇちゃんには、恋愛事情もバレバレだ。
「み、短い時間だったかもしれないけど、ちゃんと幸せだったから良いんだよ」
僕の強がりに、ねぇちゃんは眉毛を下げて少し寂しげな顔をする。
「なんていうかさ、アンタみたいな可愛い系の……子犬みたいな子がさ、自分のことを『好き好き大好き』って懐いて全力で尽くしてくれていると、多分、調子に乗っちゃう子も多いんだろうね。だけど最初はノリで付き合ってくれてても、だんだんアンタから与えられる愛情が怖くて逃げ出したくなっちゃうんだよ。一言で言うと、昴の愛は重い」
え、そんなぁ。容赦ない指摘に僕はがっくりと項垂れる。
「でも僕だって、そこまで全力で相手に尽くしてるわけじゃないよ。できないこともあるし、そこまで人間出来てないし」
「アンタがどんなつもりかは知らないけど、そう見えるって言ってんの! 今はまだ良いけど、いつかボロボロにならないか心配だわ」
ねぇちゃんは深いため息を吐いて、首を横に振る。
なんだそりゃ。
釣られてため息をこぼしつつ、僕は冷蔵庫を開ける。端の方に残ったペットボトルのコーラとトロトロ系のプリンは、数日前にお別れした元カレの好物だ。陰鬱な気持ちになって、更に深いため息を吐く。
全部ねぇちゃんにあげて消費してもらおうかなぁ。プリンを手に取って賞味期限を確認していると、背中からパンと威勢のいい音がした。
何事かと顔を上げてみれば、ねぇちゃんが両手を合わせて顔を明るく輝かせている。
「そうだ! アンタ、麦人くんと恋愛すれば良いんじゃない?」
「は?」
意外過ぎる名前に、目を丸くした。僕と同じ高校に通っていたねぇちゃんは、当然ムギとも顔を合わせている。だけど、なんでムギと僕が。
細目で黒髪の地味な友人の顔が頭に浮かび、僕は思わず噴き出した。
「え、ムギと恋愛? あははははっ! ないない! だってあいつ、僕の好みと真逆じゃん。ムギも普通に女の子が好きだろうし、ありえないって。友達としては好きだけどさ、全然恋愛対象じゃないよ」
だからこそ、こうして気軽に呼び出して失恋の愚痴を聞いてもらっているのだ。失恋したところを慰めてもらうというシチュエーションに加え、同じクラスで学校でも頻繁に顔を合わせている。恋に落ちるならとっくに落ちてる。
まだってことは、そう言うことなのだ。
「えー? 麦人くんなら、恋に暴走しがちなアンタのことを冷静に受け止めてくれそうだし、恋人になったら大事にしてくれそうじゃない? アンタ相変わらず失恋の愚痴聞いてもらってるんでしょ。真面目だし、なんていうか……旦那にしたいタイプだわ」
「え? ねぇちゃん、ムギのこと好きなの? んー、でもムギがお兄ちゃんになるのはなんか嫌だなぁ」
どうしてそういうことになんのよ。突っ込みと共にねぇちゃんが飛ばしたクッションを、僕はまともに顔面で受け止めてしまった。
「良いからちょっと考えてみなさいよ。また厄介な相手に惚れる前にさ」
そんなことを言われても、タイプじゃないものはタイプじゃないのだ。
クッションを両腕で抱きかかえ、僕は思い切り眉を顰めた。
誰だよ、休日の朝っぱらからピンポンピンポン鳴らしてるのは。頭が酷く痛み、堪らず額を押さえた。
昨日は失恋で傷ついた心を癒そうと夜更かししすぎた。カラオケでのやけ食いの反動で胃も苦しい。しかしこの訪問者は、誰かが出てくるまでインターフォンを押すのを止めないらしい。
こんなことをするのは、身内しかいない。あーもう、父さんも母さんも仕事でいないのかよ。
えずきながら立ち上がり、壁に体重を預けながら階段を下りて一階の玄関へ向かう。昨日脱ぎ捨てたコートをつま先で雑に避け、サンダルを片足だけ突っ込んで鍵を開けた。
「おっそい、昴! 早く出なさいよ」
「やっぱり、ねぇちゃんか! 何しに来たんだよ」
現れた顔に、僕は眉を思い切り顰める。
アーモンド形の大きな瞳に小さな鼻と唇は、僕とよく似ている。二つ上の姉、空賀星奈だ。この春大学生になって一人暮らしを始めたねぇちゃんは、覚えたメイクで顔の印象を変化させていた。キリリと凛々しく書かれた眉毛が、気の強い性格をよく表している。
「何よ、実家に帰ってきちゃ悪いの? この前冬休みに行った旅行のお土産も渡したかったから、ちょっと寄ってみたのよ」
「だったら、普通に鍵開けて入れよ」
「うっかり実家の鍵、家に置いてきちゃったのよ」
相変わらずおっちょこちょいなねぇちゃんは不貞腐れたように呟くと、視線を僕の後ろへ移動させてぎょっと目を剥く。どうやら脱ぎ散らかしたコートや靴下、中身が出て、横倒しになったリュックなどが目に入ったらしい。
「うわっ⁉︎ 何よこれ……分かった! アンタまたフラれて荒れてたんでしょ⁉︎ 懲りないわねぇ、もう」
「ばっ……余計なこと言うなよ! 声が大きい」
ご近所さんの目があるんだから、大声でフラれたは止めてほしい。慌てて僕はねぇちゃんを家の中へと押し込んだ。
「ほら、お饅頭とお煎餅。あと、こっちのシフォンケーキは気まぐれで作ったやつだから、今日のおやつにでも食べちゃいなさいよ」
ねぇちゃんは持っていた紙袋を、リビングのテーブルの上に置く。
やった、ねぇちゃんのシフォンケーキだ。僕も料理は得意な方だが、ねぇちゃんのシフォンケーキは格別だ。登場した好物にいくらか溜飲が下がる。
ねぇちゃんは鼻で息を吐き、呆れたようなまなざしで僕を見た。
「フラれた相手は、またいつものキラキラ王子様系でしょ? 昴の好みって分かりやすいのよね」
「わ、悪い?」
「しかもいっつも一目惚れ。だから失敗するんでしょ」
容赦のないねぇちゃんの一言が、僕の胸にナイフのように突き刺さる。そう言う人がタイプなんだから仕方ないだろ。僕は今まで恋をした、光り輝くようなイケメンたちを思い浮かべる。
僕の恋はいつだって突然だ。その人を見た瞬間、ぶわっと視界に無数の光の粒子が舞うのだ。もちろん、実際にその人が光を発しているわけじゃないけど、そうとしか表現できないくらい、僕の世界がキラキラと光り輝くもので満たされていく。恋をしている間は、心の底から幸せで身も心も宙に浮かぶようで、その人の笑顔がもっと見たくてたまらなくなってしまう。
だから、なのだろうか。
「尽くして尽くして、ついでにちょこっと貢いだ挙句、びっくりするくらい短期間でフラれるのよねー」
僕は堪らず呻き声を上げる。仲が良いというか、昔から僕を知り尽くしているねぇちゃんには、恋愛事情もバレバレだ。
「み、短い時間だったかもしれないけど、ちゃんと幸せだったから良いんだよ」
僕の強がりに、ねぇちゃんは眉毛を下げて少し寂しげな顔をする。
「なんていうかさ、アンタみたいな可愛い系の……子犬みたいな子がさ、自分のことを『好き好き大好き』って懐いて全力で尽くしてくれていると、多分、調子に乗っちゃう子も多いんだろうね。だけど最初はノリで付き合ってくれてても、だんだんアンタから与えられる愛情が怖くて逃げ出したくなっちゃうんだよ。一言で言うと、昴の愛は重い」
え、そんなぁ。容赦ない指摘に僕はがっくりと項垂れる。
「でも僕だって、そこまで全力で相手に尽くしてるわけじゃないよ。できないこともあるし、そこまで人間出来てないし」
「アンタがどんなつもりかは知らないけど、そう見えるって言ってんの! 今はまだ良いけど、いつかボロボロにならないか心配だわ」
ねぇちゃんは深いため息を吐いて、首を横に振る。
なんだそりゃ。
釣られてため息をこぼしつつ、僕は冷蔵庫を開ける。端の方に残ったペットボトルのコーラとトロトロ系のプリンは、数日前にお別れした元カレの好物だ。陰鬱な気持ちになって、更に深いため息を吐く。
全部ねぇちゃんにあげて消費してもらおうかなぁ。プリンを手に取って賞味期限を確認していると、背中からパンと威勢のいい音がした。
何事かと顔を上げてみれば、ねぇちゃんが両手を合わせて顔を明るく輝かせている。
「そうだ! アンタ、麦人くんと恋愛すれば良いんじゃない?」
「は?」
意外過ぎる名前に、目を丸くした。僕と同じ高校に通っていたねぇちゃんは、当然ムギとも顔を合わせている。だけど、なんでムギと僕が。
細目で黒髪の地味な友人の顔が頭に浮かび、僕は思わず噴き出した。
「え、ムギと恋愛? あははははっ! ないない! だってあいつ、僕の好みと真逆じゃん。ムギも普通に女の子が好きだろうし、ありえないって。友達としては好きだけどさ、全然恋愛対象じゃないよ」
だからこそ、こうして気軽に呼び出して失恋の愚痴を聞いてもらっているのだ。失恋したところを慰めてもらうというシチュエーションに加え、同じクラスで学校でも頻繁に顔を合わせている。恋に落ちるならとっくに落ちてる。
まだってことは、そう言うことなのだ。
「えー? 麦人くんなら、恋に暴走しがちなアンタのことを冷静に受け止めてくれそうだし、恋人になったら大事にしてくれそうじゃない? アンタ相変わらず失恋の愚痴聞いてもらってるんでしょ。真面目だし、なんていうか……旦那にしたいタイプだわ」
「え? ねぇちゃん、ムギのこと好きなの? んー、でもムギがお兄ちゃんになるのはなんか嫌だなぁ」
どうしてそういうことになんのよ。突っ込みと共にねぇちゃんが飛ばしたクッションを、僕はまともに顔面で受け止めてしまった。
「良いからちょっと考えてみなさいよ。また厄介な相手に惚れる前にさ」
そんなことを言われても、タイプじゃないものはタイプじゃないのだ。
クッションを両腕で抱きかかえ、僕は思い切り眉を顰めた。
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる