君はキラキラを背負ってない

寺音

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 繰り返し鳴らされるインターフォンに、僕は目覚めて早々キレそうになる。
 誰だよ、休日の朝っぱらからピンポンピンポン鳴らしてるのは。頭が酷く痛み、堪らず額を押さえた。
 昨日は失恋で傷ついた心を癒そうと夜更かししすぎた。カラオケでのやけ食いの反動で胃も苦しい。しかしこの訪問者は、誰かが出てくるまでインターフォンを押すのを止めないらしい。
 こんなことをするのは、身内アイツしかいない。あーもう、父さんも母さんも仕事でいないのかよ。

 えずきながら立ち上がり、壁に体重を預けながら階段を下りて一階の玄関へ向かう。昨日脱ぎ捨てたコートをつま先で雑に避け、サンダルを片足だけ突っ込んで鍵を開けた。
「おっそい、昴! 早く出なさいよ」
「やっぱり、ねぇちゃんか! 何しに来たんだよ」

 現れた顔に、僕は眉を思い切り顰める。
 アーモンド形の大きな瞳に小さな鼻と唇は、僕とよく似ている。二つ上の姉、空賀星奈くがほしなだ。この春大学生になって一人暮らしを始めたねぇちゃんは、覚えたメイクで顔の印象を変化させていた。キリリと凛々しく書かれた眉毛が、気の強い性格をよく表している。

「何よ、実家に帰ってきちゃ悪いの? この前冬休みに行った旅行のお土産も渡したかったから、ちょっと寄ってみたのよ」
「だったら、普通に鍵開けて入れよ」
「うっかり実家の鍵、家に置いてきちゃったのよ」
 相変わらずおっちょこちょいなねぇちゃんは不貞腐れたように呟くと、視線を僕の後ろへ移動させてぎょっと目を剥く。どうやら脱ぎ散らかしたコートや靴下、中身が出て、横倒しになったリュックなどが目に入ったらしい。

「うわっ⁉︎ 何よこれ……分かった! アンタまたフラれて荒れてたんでしょ⁉︎ 懲りないわねぇ、もう」
「ばっ……余計なこと言うなよ! 声が大きい」
 ご近所さんの目があるんだから、大声でフラれたは止めてほしい。慌てて僕はねぇちゃんを家の中へと押し込んだ。

「ほら、お饅頭とお煎餅。あと、こっちのシフォンケーキは気まぐれで作ったやつだから、今日のおやつにでも食べちゃいなさいよ」
 ねぇちゃんは持っていた紙袋を、リビングのテーブルの上に置く。
 やった、ねぇちゃんのシフォンケーキだ。僕も料理は得意な方だが、ねぇちゃんのシフォンケーキは格別だ。登場した好物にいくらか溜飲が下がる。
 ねぇちゃんは鼻で息を吐き、呆れたようなまなざしで僕を見た。

「フラれた相手は、またいつものキラキラ王子様系でしょ? 昴の好みって分かりやすいのよね」
「わ、悪い?」
「しかもいっつも一目惚れ。だから失敗するんでしょ」
 容赦のないねぇちゃんの一言が、僕の胸にナイフのように突き刺さる。そう言う人がタイプなんだから仕方ないだろ。僕は今まで恋をした、光り輝くようなイケメンたちを思い浮かべる。

 僕の恋はいつだって突然だ。その人を見た瞬間、ぶわっと視界に無数の光の粒子が舞うのだ。もちろん、実際にその人が光を発しているわけじゃないけど、そうとしか表現できないくらい、僕の世界がキラキラと光り輝くもので満たされていく。恋をしている間は、心の底から幸せで身も心も宙に浮かぶようで、その人の笑顔がもっと見たくてたまらなくなってしまう。
 だから、なのだろうか。

「尽くして尽くして、ついでにちょこっと貢いだ挙句、びっくりするくらい短期間でフラれるのよねー」
 僕は堪らず呻き声を上げる。仲が良いというか、昔から僕を知り尽くしているねぇちゃんには、恋愛事情もバレバレだ。
「み、短い時間だったかもしれないけど、ちゃんと幸せだったから良いんだよ」
 僕の強がりに、ねぇちゃんは眉毛を下げて少し寂しげな顔をする。

「なんていうかさ、アンタみたいな可愛い系の……子犬みたいな子がさ、自分のことを『好き好き大好き』って懐いて全力で尽くしてくれていると、多分、調子に乗っちゃう子も多いんだろうね。だけど最初はノリで付き合ってくれてても、だんだんアンタから与えられる愛情が怖くて逃げ出したくなっちゃうんだよ。一言で言うと、昴の愛は重い」
 え、そんなぁ。容赦ない指摘に僕はがっくりと項垂れる。

「でも僕だって、そこまで全力で相手に尽くしてるわけじゃないよ。できないこともあるし、そこまで人間出来てないし」
「アンタがどんなつもりかは知らないけど、そう見えるって言ってんの! 今はまだ良いけど、いつかボロボロにならないか心配だわ」
 ねぇちゃんは深いため息を吐いて、首を横に振る。

 なんだそりゃ。
 釣られてため息をこぼしつつ、僕は冷蔵庫を開ける。端の方に残ったペットボトルのコーラとトロトロ系のプリンは、数日前にお別れした元カレの好物だ。陰鬱な気持ちになって、更に深いため息を吐く。
 全部ねぇちゃんにあげて消費してもらおうかなぁ。プリンを手に取って賞味期限を確認していると、背中からパンと威勢のいい音がした。
 何事かと顔を上げてみれば、ねぇちゃんが両手を合わせて顔を明るく輝かせている。

「そうだ! アンタ、麦人むぎとくんと恋愛すれば良いんじゃない?」
「は?」
 意外過ぎる名前に、目を丸くした。僕と同じ高校に通っていたねぇちゃんは、当然ムギとも顔を合わせている。だけど、なんでムギと僕が。
 細目で黒髪の地味な友人の顔が頭に浮かび、僕は思わず噴き出した。

「え、ムギと恋愛? あははははっ! ないない! だってあいつ、僕の好みと真逆じゃん。ムギも普通に女の子が好きだろうし、ありえないって。友達としては好きだけどさ、全然恋愛対象じゃないよ」
 だからこそ、こうして気軽に呼び出して失恋の愚痴を聞いてもらっているのだ。失恋したところを慰めてもらうというシチュエーションに加え、同じクラスで学校でも頻繁に顔を合わせている。恋に落ちるならとっくに落ちてる。
 まだってことは、そう言うことなのだ。

「えー? 麦人くんなら、恋に暴走しがちなアンタのことを冷静に受け止めてくれそうだし、恋人になったら大事にしてくれそうじゃない? アンタ相変わらず失恋の愚痴聞いてもらってるんでしょ。真面目だし、なんていうか……旦那にしたいタイプだわ」
「え? ねぇちゃん、ムギのこと好きなの? んー、でもムギがお兄ちゃんになるのはなんか嫌だなぁ」

 どうしてそういうことになんのよ。突っ込みと共にねぇちゃんが飛ばしたクッションを、僕はまともに顔面で受け止めてしまった。
「良いからちょっと考えてみなさいよ。また厄介な相手に惚れる前にさ」
 そんなことを言われても、タイプじゃないものはタイプじゃないのだ。
 クッションを両腕で抱きかかえ、僕は思い切り眉を顰めた。
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