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第一章

狩りと罠

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 ここは人間としての知識を生かすべきでしょう。

 古来より厳しい生存競争を勝ち抜き、生き永らえてこれたのは、数の有利と道具の使用と知恵。

 数では最大数4なので却下。
 道具はスライムボディやフクロウやリスでは、満足に使えないので、これも却下。

 なら、残るは知恵。
 獲物、狩り、ときたら、ここはもう罠しかない。

 まずは森の中でも多少開けた空き地に、罠を張る。
 用いる罠は、あまりにもオーソドックスながら対費用効果コスパ抜群の落とし穴。

 腐葉土の降り固まった森の地面はもちろん有機物。スライムの機能で分解吸収できる。
 じっとしているだけで、食事を兼ねて勝手に足元に落とし穴ができていくという優れものだ。

 颯真の行動指針がまとまった。

 ただし、この間は目立つ上に無防備になるため、周囲の警戒のほうが気を遣う。

 2m四方ほどにスライムボディを広げてから、待つこと1時間余りで、深さ3mほどの穴ができあがった。
 穴から出るときは、身体を軟体化させてロープ状に伸ばしたのち、近くの木に巻きつけて引き上げる。

 幸運にも、その間、襲撃を受けることはなかった。
 一度、狼っぽい獣に見つかって、じーっと見られたのだが、ふいっと興味なさげに顔を逸らしてどこかに行ってしまった。
 腹が減ってなかったのか、スライムを獲物としない種なのか。

 颯真的には、赤いぷるぷるしたスライムボディは、ゼリーみたいで美味しそうなのだが。
 襲ってほしくないのか、襲ってほしいのか、わからない颯真であった。

 そうやって、地道な作業を繰り返し(実際はじっとしているだけなのだが)、ようやく6つばかりの落とし穴が完成した。
 外敵に襲われることもなく、幸先いい。

 颯真はフクロウに擬態して狩ってきた小動物の死骸と、リスになって手分けして集めてきた木の実や果物の類を、餌として落とし穴の周囲に置いてみた。

 あとは、手近な木の上に登って、待つだけである。
 下にばかり気を取られて、最初のフクロウのときのようにはなりたくないので、木の洞に軟体化して身を潜める。これぞ隠密ステルス、完璧だ。

 待つこと、一昼夜。
 その結果としてわかったことだが、どうもこの場所は、獣の通り道からは外れているらしい。
 どうりで、罠作成中も、襲われなかったわけだ。通りがかったあの狼は、偶々だったのだろう。

 かといって、別の場所でまた穴掘りするのは面倒臭いし危険もある。
 颯真は諦めて、この場で我慢して待つことにした。

 たまに小腹が空いたら、木の洞の内側を溶かしてつまんだりすることを繰り返して、さらに待つこと2日――
 ようやく、第1獲物が罠にかかった。

(やったやった! 地味に待ったかいがあった!)

 造語OKの独りしりとりも2364回を迎え、そろそろ気力もボキャブラリーも尽きかけていたので、喜びもいっそうだった。

 意気揚々と颯真が穴を覗き込むと――

 かかった獣は体長1.5mばかりの猪だった。
 魔獣などではなく普通の猪のようだったが、額に物騒な角がある。
 脳内知識(命名、脳内さん)によると、名前はそのまま”角猪”というらしい。

 角猪は、穴に嵌まって悶えていた。
 どうやら、単に通りがかっただけのようで、餌がまったく意味なかったのが非常に残念だ。

 暴れられると厄介なので、颯真は事前に集めておいた腐葉土の置き場所に行き、体内に丸々収納する。
 これは颯真がスライムの本能的にわかっていたことだが、体内に物を取り込んだ際の、消化吸収するもしないも、自在にコントロールは可能なのた。

 颯真は多量の腐葉土で大きく膨れたスライムボディを転がしながら、角猪の落ちた穴付近まで移動した。

(これも自然のなんとやら。許せ)

 なおの穴で暴れている角猪の上に、腐葉土をすべて吐き出す。
 これならば、不要な反撃を受けて身を危険に晒す心配もない。

(10分くらい待てば充分かな?)

 ――10分後、落とし穴で窒息死した角猪を、落とした腐葉土もろとも、スライムボディの体内に取り込む。

(いただきまーす)

 颯真は、今度こそすべて消化した。

 しばらく待って、擬態も成功。今度も体積的にはそう変わらないため、検証としては不充分だったが。

(今度はもっと大きな獲物がいいな~)

 なにはともあれ、本格的な狩り第1回、無事終了である。
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