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第2章 少女期

王都にて

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 我がアルフィリエーヌ家の所領から、王都は馬車で半月ほどの距離にある。
 アルフィリエーヌ侯爵であるお父さまと私、パティを筆頭とした私の専属メイドの数人、他の当家使用人から雑用、護衛までを含めると、総勢50名ほどの大所帯での隊列を組んでの移動となる。

 当家の所領は国境付近の辺境のため、王都への登城だけでも、毎回一苦労。
 しかも今回は、お父さまだけではなく私の同行も許されているので、いっそうだろう。

 当家の活動――ひいては、赤白の両薔薇の会を通じての私の認知も、王都にまで届くに至ったということ。
 ついには私も王都の社交界デビュー。喜ばしいことね。

 国名を冠した王都フラリノは、フラリノ王国のほぼ中央に位置する。
 フラリノ王国は専制君主制の、建国から200年を数える新興国。
 周囲を他国に取り囲まれていることから、私が生まれる以前は戦乱も多かったとの事だけれど、現在の国王が即位してからは、その類稀なる政治的手腕により、平穏が続いている。
 現在は、国王はご高齢ながらも、2人の王子の跡継ぎにも恵まれ、王国の行く末は安泰と目されている。

 今回は、200年の建国祭に合わせて、上の王子の婚約披露も行なわれるとか。
 噂では聞いていたけれど、王家の伝統として、複数の婚約候補が擁立されてから実際の婚約まで、5年もの歳月が費やされるらしい。
 婚約後から実際の婚姻に漕ぎ着けるまでに、それからさらに2年。気長なことね。

 当家一行が王都に着いたのは、建国祭の5日前。

 既に王都は祭りの準備も追い込みのようで、城下は溢れる人の山と喧騒と活気とで大いに賑わっていた。

 私は王都は初めてだけれど。前世で体験した人混みを知っているせいか、それほど驚きはしなかった。
 でも、傍つきのパティが大口を開けていたのには笑えたわね。

 私たちは王都外れの王家所有の別荘の一画を与えられ、建国祭当日まではそこで過ごすことになった。
 もっと爵位の高い貴族なら、王宮内の部屋を宛がわれるらしいけれど、侯爵ではこんなものね。

 私に取っては行動の制限される王宮より、城下に近いこちらのほうが願ってもない。

 お父さまは顔合わせと建国祭の打ち合わせもあって、朝から登城して留守。申し訳ないけれど、好都合。
 私はさっそく変装セットを装着して、城下に繰り出すことにする。

 家族捜しはもちろんだけど、私は前世からお祭りの類が嫌いではない。むしろ、大好きなほうで。
 近場のお祭りには例外なく参加していた。なんというか血が騒ぐ。根っからの祭り好きなのだろう。
 まあ、はめを外して喧嘩祭り大盛り上がりしてしまったこともあったけれど。懐かしい。ふふ。

「お嬢さま、一応言っておきますが、祭りの前の城下は人も多く危険です。よからぬ者が紛れているとも限りません。ご自重していただけるとありがたいのですが」

 メイド長であり、私の右腕たるパティが言ってくる。

「あら。私がそこいらの者にどうこうされるほど、やわと思って?」

「欠片も思いませんよ。ただ、黙って見過ごしたとあっては、発覚したときに旦那さまの叱責を受けます。そのための布石というか保険です。私はお止めしましたからね。ミランダ、あなたが証人ですよ?」

「え、ええ? あの、その、畏まりました、メイド長!」

 パティがいきなり隣に居並ぶミランダに振ったものだから、ただでもそそっかしいミランダがわたわたしている。

 ミランダは、専属の中でも1番の年下で、私の1つ下の9歳。
 使用人の中には、7~8歳くらいから見習いとして雇う者もいるけれど、この年で令嬢である私の専属というのは異例の大抜擢。パティを専属に指名したのときの人事にも匹敵する。

 基本的に、私の専属使用人は、私の命によりパティが集めてきた裏事情にも詳しい訳有りばかり。
 そんな中で、ミランダは唯一の裏表のない普通の女の子。

 田舎の貧しい農村出身で、田舎から出てきて――正確には身売りされて、我が領地に連れられてきた。
 私が彼女を知ったのは、ただの偶然。
 奴隷商が摘発され、囚われていた行く当てのない幼子数人を、仕方なく当家で雑用として従事させていた。

 ふとした機会――はっきり言ってしまうと、恒例の変装して城下に抜け出そうとしていた際に、彼女に見つかってしまったのが、私たちの初対面だった。

 庭の隅の物陰で、彼女は声を殺して泣いていた。
 望郷の想いと、家族に売られたという事実。後から知ったことだけれど、周囲からのいじめも相当数あったみたい。

 そのとき私は男装をしてたから、同じ下働きの少年とでも思ったのだろう。彼女はいろいろと吐露してくれた。
 私は一言も発さないまま、それをじっと聞き入っていた。

 そして、出し尽くしてから、彼女は朗らかに笑った。

 芯の強い子ね――私は思った。

 現状を嘆き悲しんではいたものの、恨み言の類は一切なかった。
 多感な幼い時分にこんな経験をしてきて、まったく歪んでいないことに心惹かれた。
 前世での私には、とてもできなかったこと。
 なにより、その無邪気な笑顔が……今は懐かしい我が子あーちゃんと重なったような気がした。

 それから、なにかにつけて、ミランダを気にかけるようになり――今日に至る。

 何度か”レイア”という男の子として会っていたものだから、専属にする際、アルフィリエーヌ家のレイシア嬢として出会ったときには、たいそう驚いていたものだけれど。あれもいい思い出。

「行ってらっしゃいませ、お嬢さま。例のごとく、周囲には上手く誤魔化しておきますので」

「行ってらっしゃいませ、レイアくん……あ、いえ! お嬢さま!」

 ミランダは両手をぶんぶん振りながら慌てて言い直し、顔を真っ赤にしていた。

 そういえば、今の格好は、以前にレイアとして会っていた頃の服装だったわね。

「ふふっ。行ってくるわね」

 私は別荘の窓からこっそり抜け出し、城下へと繰り出した。

 結論から言うと、ここでも家族を見つけることは叶わなかった。
 でも、最終日の建国祭当日――私の運命は大きく動き出す。
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