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第1章 幼年期

まずは資金を得るために

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「さて、お嬢さま。手始めにはどうなさいます?」

 パティの言動からは怯えが消えたようね。
 見た目幼子との差異による畏怖からそうなっていたのだから、つまりは彼女の中で、格付けが済んだということ。

 外敵としては怖くても、その保護下にあるとなれば話は別。その怖さの分だけ頼りになることの裏返し。

 私がアルフィリエーヌ侯爵家の家名を後ろ盾に持つ限り、その私が彼女を必要と欲する限り、彼女は私に尽くしてくれる。
 かつてすべて持っていたのに、かつてすべてを失ったことのある彼女なら、家名の持つ価値と意味を、真から理解しているはず。

 きっと彼女は私の力になる。だてに数年も費やして、人選を進めていたわけではない。
 今の私に必要なのは、人、そして。

「資金を調達しましょう」

「お金、ですか?」

「そう、お金。お金は人類共通言語。他人を動かすのも、意思の疎通にも、必要な物でしょう?」

「では、お屋敷から盗むので……?」

「はい、アウト!」

 私は折り畳んだ愛用の扇子で、パティの脳天をはたいた。
 身長差があるので、飛び上がらないといけないのが面倒ね。

「痛っ~……なんです、『アウト』って?」

 あ。ついつい前世の口癖が。

 まあ、いいわ。幼女の戯言など、気にする人もいないでしょう。

「ダメダメってことよ。どうして、私が自分の家からお金を盗まないといけないの? 家名に傷をつける行為は許しません」

 今度の両親には多大な恩があり、親愛もある。
 もちろん前世での家族2人が最優先ではあるけれども。
 できるなら、私は彼らの愛するべき娘、誇れる娘でありたいと願っている。これは本心。

「でしたら、どのように?」

「パティは、私のために使用されている額を知っているかしら?」

 以前にざっと計算してみたのだけれども、当家から私のための出費は莫大。それこそ、ひと月分にかかる額で、庶民の生活なら2~3年はゆっくり生活できるほどの。

 習い事にかかる費用は、直接、家のほうから出ているとして、それを除いても多額の金額が動いている。

 衣服、毎日のお茶やお菓子、玩具、身の回りの諸々については、私が望むままに与えられ、その手配や支払いは担当の使用人に任されている。
 本来は、担当ごとに別々の使用人が行ない、その監督をする別の使用人もいるのだけれど、今の私の専属使用人はパティのみ。すべての権限は彼女にあり、監督する者も、彼女自身となる。

「さすがはお嬢さま。それらの費用を使ったことにして、貯蓄プールするというわけですね。あくどい」

「最後のは余計ね」

「あ痛っ」

 再度の脳天打に、頭を押さえるパティは、反撃とばかりに意地悪そうに言った。

「ですがそれも、家名に傷をつける行為では?」

「大違いよ。欲しい物があり、欲した。でも、すぐに興味が失せていらなくなった。良家のお嬢さまとしては、よくあることじゃないかしら? それに、無意味に物を増やして散財するより、お金の使い道としてはよほど有意義でしょう。大事なのは、私のためにお金を使ったとして、お父さまお母さまが納得し、それにより私が喜んでいるという事実、それのみです」

「……お嬢さまが、たった5歳というのが、信じられなくなりますね。前世は神か悪魔ですか?」

 パティの皮肉だったけれど、私はなんだかおかしくなった。

「前世はただの主婦よ。1児の子を持つ、ね」
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