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第12話
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「国王陛下はいかがなされたのですか?」
こんな国一大事、こんなときこそ王たる者が陣頭に立つべきだろうけど。
この謁見の間には、その肝心な王の姿がない。
最近病気がちで床に伏せっていたのは知っているけど、それほど芳しくないのだろうか……
アーデル王太子は至極真面目な顔で、眉根を寄せていた。
「父上は持病が悪化し、自室で療養なされている。体調の優れない父上に代わり、こうして気を利かせて政務を代行しているのだが……不躾なアリシオーネのせいで、ご報告に上がるたびに父の心労は増すばかり。おいたわしい」
ああ、そういうこと。
馬鹿が馬鹿なりに考えて、やってしまうのはやっぱり馬鹿なことで。
王が寝込んでいる間に余計なお世話で馬鹿な息子が国の重要案件に勝手に対応し、取り返しが付かなくなったと。そんなところだろう。
寝て起きたら、自国が破滅へ突き進んでいるなんて、国王陛下には、本当においたわしい。
私のときもそうだった。
牢の前で土下座していた国のトップ。自分の与り知らぬところで、自国が危機を迎えていようとは、その気持ちはいかばかりだったろう。
大国との板ばさみの気苦労もどこ吹く風と、馬鹿な身内が勝手気ままに地面に穴を掘りまくり、ついには埋める作業も間に合わず、足元は穴だらけで崩落寸前。
現実逃避で部屋にこもりたくなるのもよくわかる。
「やはりここは王太子たるこの私が率先して動くことで、父上をお助けせねばな!」
それ絶対、逆効果。
国王陛下の病状が悪化するからやめてあげて。
ってか、おとなしくしてろ。
「ここは一度原点に立ち戻り、国王陛下の裁可を仰いでから行動するのはいかがでしょう? 決して、国王陛下から代行を任じられてはいないのですよね?」
こんな目に遭いながらも、加害者の心配をする私も我ながらどうかとは思うけれど。
私は笑顔など浮かべて、落ち着いた口調で王太子に言い含めてみた。
私だって、このリセルドラ王国が憎いわけでも嫌いなわけでもない。
動機は不純でも、留学してきて生まれて初めて触れた、外の世界。それなりに愛着もある。
なにより、ここはシャルの生まれ故郷。
できるなら、衰退はする様は見たくない。まあ、一部の人間は大嫌いだし、衰退も大いに結構だけど。
「ふん、これだから女子供はわかっていない。言われて動くは2流の証! 己で考え! 決断し! 言われる前に行動してこその1流よ!」
それで国を傾けていては世話がない。
「なに、私に任せておけば万事上手くいく!」
王太子は誇らしげに胸を叩く。
自称1流は、根拠のない自信だけは超1流だった。
自己陶酔し、馬鹿だけに馬鹿笑いを上げている。
「連中の無礼な話を断わりはしたが、別の手も打ってある。私は器の広い男だからな。礼儀知らずなアリシオーネにも紳士として対応し、提案したものについては、すでに色よい返事も貰っている!」
この馬鹿には雨の日の日傘くらい興味の欠片もない。
でも、聖王がこの状況で色よい返事をするほどの提案ともなれば、内容に興味はある。
「人には他人と意思疎通できる口と言葉がある。もし、些細な行き違いでこうなったのであれば、まず試すは会話だろう。きちんとした場を設け、真っ直ぐに顔を突き合わせ、互いに言葉を交わしてこそ、人の意志は伝わるものよ!」
(おお~)
声にこそ出さなかったけれど、私は胸中で感嘆し、小さく拍手を送っていた。
実際には大した内容ではなかったけれど、それがこの王太子の口から出たとなると、称賛にも値する。
少しはまともに考える脳があったんだ、と感心してしまう。
私の態度に気をよくしたのか、王太子はますます増長してオペラもかくやと両手を広げて声を張り上げた。
「アリシオーネ王には、この王太子の名のもとに、リセルドラへ来るように伝えたのだ。そこで心ゆくまで会談を執り行なおうと!」
「……は?」
聞き違いかと思った。いくらなんでも……
「あの、アーデル王太子? ひとつよろしいでしょうか?」
「む、なんだ。盛り上がってきたいいところで」
「リセルドラへ来るように伝えたのですね? 出向くではなく。アーデル王太子の名で」
「なんだ、その陰気臭い話し方は? だから、そうだと言っておろうが!」
「はぁ~~~~~~~~」
自分でも驚くくらいの溜め息が出た。
相手は超大国といっても過言ではないアリシオーネ聖王国。片やそれに比べると小国、しかも属国の関係のリセルドラ王国。
王太子といえども、単に継承権を持つ家臣に過ぎない。リセルドラ王ならまだしも、王太子という1家臣の身分で、超大国の王を名指しで呼び付けたのだ。
無礼なんてものじゃない。一言でいうと喧嘩を売っている。
「それで、相手側からの返答はなんと……?」
「うむ。『よし、わかったすぐに行く。首を洗って待っていろ』と。快諾した割りには言い回しが妙だったが、そなたの国許ではそういったものなのか?」
違います。
「それを国王陛下には?」
「もちろん返事を貰った後、つぶさな詳細含めて伝えたぞ。だが、折り悪く、また病状が悪化してしまったがな」
(ああ……)
国王陛下が寝込みたくなるのも共感できる。
すでに手遅れだったとは。
「そのやり取りをしたのはいつ頃ですか?」
血相を変えて詰め寄る私に、王太子は怯んだように後ずさった。
「お、おう? 最初の書状が届いたのが一昨日だ。断わりと会談の申し込みが昨日。返事があったのが同日だな」
となると、あの聖王のこと、もう動き出している頃合いだろう。
アリシオーネ聖王国は精霊魔法を常とするため、情報の伝達速度、行軍速度は他国の群を抜いている。
ただでもリセルドラは隣国。しかも、その王都であるここリセルドラの都は、アリシオーネ聖王国との国境寄りにある。
「た、大変です!」
タイミングを見計らったように、謁見の間の扉に体当たりする勢いで、ひとりの兵が駆け込んできた。
「何事だ! 騒々しいぞ!?」
兵は息も絶え絶えで、王太子の叱咤すら聞き入れる余裕はなさそうだった。
「報告いたします! 我が国との国境付近に、武装したアリシオーネ聖王国軍が集結しております!」
「な、なんだとぉ!?」
「物見によると、その数およそ10万! なおも増大中です!」
「は――はぁぁぁぁぁぁ!!!???」
やっぱりきた。
しかも、聖王、殺る気満々だ。
こんな国一大事、こんなときこそ王たる者が陣頭に立つべきだろうけど。
この謁見の間には、その肝心な王の姿がない。
最近病気がちで床に伏せっていたのは知っているけど、それほど芳しくないのだろうか……
アーデル王太子は至極真面目な顔で、眉根を寄せていた。
「父上は持病が悪化し、自室で療養なされている。体調の優れない父上に代わり、こうして気を利かせて政務を代行しているのだが……不躾なアリシオーネのせいで、ご報告に上がるたびに父の心労は増すばかり。おいたわしい」
ああ、そういうこと。
馬鹿が馬鹿なりに考えて、やってしまうのはやっぱり馬鹿なことで。
王が寝込んでいる間に余計なお世話で馬鹿な息子が国の重要案件に勝手に対応し、取り返しが付かなくなったと。そんなところだろう。
寝て起きたら、自国が破滅へ突き進んでいるなんて、国王陛下には、本当においたわしい。
私のときもそうだった。
牢の前で土下座していた国のトップ。自分の与り知らぬところで、自国が危機を迎えていようとは、その気持ちはいかばかりだったろう。
大国との板ばさみの気苦労もどこ吹く風と、馬鹿な身内が勝手気ままに地面に穴を掘りまくり、ついには埋める作業も間に合わず、足元は穴だらけで崩落寸前。
現実逃避で部屋にこもりたくなるのもよくわかる。
「やはりここは王太子たるこの私が率先して動くことで、父上をお助けせねばな!」
それ絶対、逆効果。
国王陛下の病状が悪化するからやめてあげて。
ってか、おとなしくしてろ。
「ここは一度原点に立ち戻り、国王陛下の裁可を仰いでから行動するのはいかがでしょう? 決して、国王陛下から代行を任じられてはいないのですよね?」
こんな目に遭いながらも、加害者の心配をする私も我ながらどうかとは思うけれど。
私は笑顔など浮かべて、落ち着いた口調で王太子に言い含めてみた。
私だって、このリセルドラ王国が憎いわけでも嫌いなわけでもない。
動機は不純でも、留学してきて生まれて初めて触れた、外の世界。それなりに愛着もある。
なにより、ここはシャルの生まれ故郷。
できるなら、衰退はする様は見たくない。まあ、一部の人間は大嫌いだし、衰退も大いに結構だけど。
「ふん、これだから女子供はわかっていない。言われて動くは2流の証! 己で考え! 決断し! 言われる前に行動してこその1流よ!」
それで国を傾けていては世話がない。
「なに、私に任せておけば万事上手くいく!」
王太子は誇らしげに胸を叩く。
自称1流は、根拠のない自信だけは超1流だった。
自己陶酔し、馬鹿だけに馬鹿笑いを上げている。
「連中の無礼な話を断わりはしたが、別の手も打ってある。私は器の広い男だからな。礼儀知らずなアリシオーネにも紳士として対応し、提案したものについては、すでに色よい返事も貰っている!」
この馬鹿には雨の日の日傘くらい興味の欠片もない。
でも、聖王がこの状況で色よい返事をするほどの提案ともなれば、内容に興味はある。
「人には他人と意思疎通できる口と言葉がある。もし、些細な行き違いでこうなったのであれば、まず試すは会話だろう。きちんとした場を設け、真っ直ぐに顔を突き合わせ、互いに言葉を交わしてこそ、人の意志は伝わるものよ!」
(おお~)
声にこそ出さなかったけれど、私は胸中で感嘆し、小さく拍手を送っていた。
実際には大した内容ではなかったけれど、それがこの王太子の口から出たとなると、称賛にも値する。
少しはまともに考える脳があったんだ、と感心してしまう。
私の態度に気をよくしたのか、王太子はますます増長してオペラもかくやと両手を広げて声を張り上げた。
「アリシオーネ王には、この王太子の名のもとに、リセルドラへ来るように伝えたのだ。そこで心ゆくまで会談を執り行なおうと!」
「……は?」
聞き違いかと思った。いくらなんでも……
「あの、アーデル王太子? ひとつよろしいでしょうか?」
「む、なんだ。盛り上がってきたいいところで」
「リセルドラへ来るように伝えたのですね? 出向くではなく。アーデル王太子の名で」
「なんだ、その陰気臭い話し方は? だから、そうだと言っておろうが!」
「はぁ~~~~~~~~」
自分でも驚くくらいの溜め息が出た。
相手は超大国といっても過言ではないアリシオーネ聖王国。片やそれに比べると小国、しかも属国の関係のリセルドラ王国。
王太子といえども、単に継承権を持つ家臣に過ぎない。リセルドラ王ならまだしも、王太子という1家臣の身分で、超大国の王を名指しで呼び付けたのだ。
無礼なんてものじゃない。一言でいうと喧嘩を売っている。
「それで、相手側からの返答はなんと……?」
「うむ。『よし、わかったすぐに行く。首を洗って待っていろ』と。快諾した割りには言い回しが妙だったが、そなたの国許ではそういったものなのか?」
違います。
「それを国王陛下には?」
「もちろん返事を貰った後、つぶさな詳細含めて伝えたぞ。だが、折り悪く、また病状が悪化してしまったがな」
(ああ……)
国王陛下が寝込みたくなるのも共感できる。
すでに手遅れだったとは。
「そのやり取りをしたのはいつ頃ですか?」
血相を変えて詰め寄る私に、王太子は怯んだように後ずさった。
「お、おう? 最初の書状が届いたのが一昨日だ。断わりと会談の申し込みが昨日。返事があったのが同日だな」
となると、あの聖王のこと、もう動き出している頃合いだろう。
アリシオーネ聖王国は精霊魔法を常とするため、情報の伝達速度、行軍速度は他国の群を抜いている。
ただでもリセルドラは隣国。しかも、その王都であるここリセルドラの都は、アリシオーネ聖王国との国境寄りにある。
「た、大変です!」
タイミングを見計らったように、謁見の間の扉に体当たりする勢いで、ひとりの兵が駆け込んできた。
「何事だ! 騒々しいぞ!?」
兵は息も絶え絶えで、王太子の叱咤すら聞き入れる余裕はなさそうだった。
「報告いたします! 我が国との国境付近に、武装したアリシオーネ聖王国軍が集結しております!」
「な、なんだとぉ!?」
「物見によると、その数およそ10万! なおも増大中です!」
「は――はぁぁぁぁぁぁ!!!???」
やっぱりきた。
しかも、聖王、殺る気満々だ。
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