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第十二章
訪れしは地人のねぐら
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「アキト、起きて」
小刻みに身体を揺さぶられる感覚に、俺は目を覚ました。
うつ伏せになって横たわっていたようだが、地面に接している部分が妙に痛い。
それもそのはずで、地面は剥きだしの岩肌だった。
どれくらい意識を失っていたのかわからないが、思考は虚ろで頭痛もする。
両手をついてどうにか上体を起こし、頭痛を振り払うように大きく2回深呼吸をした。
次第に意識がクリアになってくると、周囲の状況も見えてくた。
同時に肌寒さも覚えて、少し身震いしてしまう。
「よかった起きた」
「あ、デジー……」
おはよ、と言いかけて、それが間の抜けた返事だと気づけるくらいには、思考が覚醒していた。
咄嗟に思い返すのは、一本杉でのあの出来事。
もしかしなくても、不用意な行動でまんまと罠に嵌ってしまったらしい。
「デジーのほうは、大丈夫?」
「うん、無事。わたしもたった今、目が覚めた。けど……どうにもまずい状況みたい」
地面にぺたりと腰を下ろしているデジーが、俺の肩越しに背後を指差した。
つられて振り向いた視界に映ったのは、くり貫かれた岩壁とそこに嵌め込まれた鉄格子、そして鉄格子の向こう側に居並ぶ酒樽のような体型をした短躯の者たちだった。
「あー……なるほど、確かに厄介そうだね」
独特の体型と、その床まで届きそうな髭面には見覚えがある。
地人――別名、ドワーフ。気を失う前にも、思い出に登場した種族だ。
彼らの住処たる洞窟は、カルディナの街より遥か遠く北東に位置すると聞いた。
そして、通常は穴倉に引き篭もっており、前回のような火急の事態でもなければ外界に出ることは滅多にないとも。
鉄格子越しに居並ぶドワーフは10名を超える。
服装も、毛皮1枚を雑に羽織っただけの軽装で、どう見ても旅姿とは思えない。
こんな状況ともなれば、あちらがやって来たのではなく、こちらがドワーフのねぐらに飛び込んだと考えるのが順当だろう。
おそらくは、カードに仕込まれていた魔族お得意の転移魔法辺りで。
短い時間だったが、そう当たりをつけた。
普通なら、驚嘆し、困惑し、取り乱して然るべき状況なのだが、慣れというのは恐ろしいものだ。
白木家特有の巻き込まれ体質が、そろそろ俺にも発現してきたのかもしれない。
とはいえ、いつまでも落ち着き払っている場合でもない。
なにをおいても、ここはまず理解を得るべき状況だろう。
「すみません、説明させてください。俺はカルディナの街で商売を営んでいる秋人といいます。魔族の魔法により、こちらに転移させられてしまったようです。害意はいっさいありません。あなた方の中に、以前に卵探しでカルディナをご訪問された方はいらっしゃいませんか? よければ、話をさせていただきたいのですが」
敵意がない証明に、立ち上がって両手を広げて見せた。
あのときのドワーフたちとは、短い出会いだったとはいえ一緒に酒盛りをした仲だ。
わずかでも知り合いとそうでないのとでは雲泥の差。緊急事態だけに、縋れるものには縋りたい。
まして今は、無関係だったデジーを巻き込んでしまっている。
原因が自分の軽率な行動だっただけに、大事な友人を無事に帰すのは当然の義務でもある。
その行動に、ドワーフたちは何事かをひそひそと囁き合い、やがてひとりのドワーフが前に歩み出てきた。
「ええ、覚えているわよ。猛火酒のお兄さんね。その節はどうも」
(ああ! あのときのお姉さん!)
見た目まったく同じ髭面の男性陣の中に、女性が交じっていたという驚愕の事実は、あまりにもインパクトだっただけによく覚えている。
失礼ながらも、こうしている今でも、他の男性ドワーフとの見分けがつかない。
「ごめんなさいねぇ。今、こっちもごたごたしているもんでね。事情がわかるまで念のために牢に入れさせてもらっただけなのよ。こっちにも害意はないから安心しなさい。あんたも災難だったねぇ」
そう言うと、そのドワーフの女性は素直に牢の鍵を開けて、俺たちを解放してくれた。
信じてくれたのはありがたいが、やけにすんなりだったので、逆に訝ってしまったほどだ。
そんな心情を見越してか、ドワーフ女性は続けて説明してくれた。
「前回は気づかなかったけど、あんたは人間の精霊持ちだったんだね。うちらドワーフも精霊の加護を離れて久しいから、こういった精霊力の強い場所じゃないと見聞きできなくなったもんさ。今でも可愛らしい精霊さまがあんたを必死に弁明しているよ。極端な話、うちらはあんたじゃなくって精霊さまを信じたのさ。得心いったかい?」
髭を揺らしながら、楽しげにあっけらかんと告げられる。
肩口にとまるシルフィも、なんだか誇らしげだ。
この小さな相棒が、頼もしすぎて泣けてくる。
それがまた友愛とかではなく、母の愛っぽくて別の意味でも泣けてきた。
あまり心配かけないようにしっかりしないと。
「うちらは慣れたもんだけど、人間にはここは寒かったろ? これ羽織んな。ほれ、そこのちっこいお嬢ちゃんも」
俺とデジーのそれぞれに、ドワーフが着ているものと同じような毛皮を渡してくれた。
見た目以上に質がよく、上質の毛皮だった。
ドワーフ用で横幅はともかく丈が短いので、首から巻いて上掛け代わりに羽織ることにした。
デジーは小柄なので丈は問題なく、ローブの上から2重3重に巻きつけて、なお余裕があるほどだった。
「ぉぉ、ぬくぬく……」
なにやら満足げだ。
「牢なんかに閉じ込めて悪かったね。なんせ、時期が悪かったからね。上へ案内するから付いてきな」
「こっちがご迷惑をお掛けしている立場ですから、謝るのはこっちのほうですよ」
先導する女性ドワーフの後を付いて歩く。
残りのドワーフたちも背後に列をなし、ちょっとした行進行列になっていた。
牢は地下でも最下層にあったようで、上り坂を上ると、さらに別の地下洞窟に出た。
壁を覆う苔のようなものが発光しているため、視界には苦労しないものの、どうしても薄暗く息の詰まる印象は受ける。
「それで、時期が悪いってのはなんなんです?」
「東の住処の長耳連中とちょっと揉めててねぇ。それで男連中が出払ってて、こうした女子供ばかりしか残ってないってわけさ」
長耳連中ってなんだろう、とは思いつつも、
「そうなんですか」
などと、とりあえず相槌を打ってから――俺は唐突にその事実に思い至った。
”女子供ばかり”――だって?
同行するドワーフたちの容姿を盗み見て――なんともいえない気分になった。
小刻みに身体を揺さぶられる感覚に、俺は目を覚ました。
うつ伏せになって横たわっていたようだが、地面に接している部分が妙に痛い。
それもそのはずで、地面は剥きだしの岩肌だった。
どれくらい意識を失っていたのかわからないが、思考は虚ろで頭痛もする。
両手をついてどうにか上体を起こし、頭痛を振り払うように大きく2回深呼吸をした。
次第に意識がクリアになってくると、周囲の状況も見えてくた。
同時に肌寒さも覚えて、少し身震いしてしまう。
「よかった起きた」
「あ、デジー……」
おはよ、と言いかけて、それが間の抜けた返事だと気づけるくらいには、思考が覚醒していた。
咄嗟に思い返すのは、一本杉でのあの出来事。
もしかしなくても、不用意な行動でまんまと罠に嵌ってしまったらしい。
「デジーのほうは、大丈夫?」
「うん、無事。わたしもたった今、目が覚めた。けど……どうにもまずい状況みたい」
地面にぺたりと腰を下ろしているデジーが、俺の肩越しに背後を指差した。
つられて振り向いた視界に映ったのは、くり貫かれた岩壁とそこに嵌め込まれた鉄格子、そして鉄格子の向こう側に居並ぶ酒樽のような体型をした短躯の者たちだった。
「あー……なるほど、確かに厄介そうだね」
独特の体型と、その床まで届きそうな髭面には見覚えがある。
地人――別名、ドワーフ。気を失う前にも、思い出に登場した種族だ。
彼らの住処たる洞窟は、カルディナの街より遥か遠く北東に位置すると聞いた。
そして、通常は穴倉に引き篭もっており、前回のような火急の事態でもなければ外界に出ることは滅多にないとも。
鉄格子越しに居並ぶドワーフは10名を超える。
服装も、毛皮1枚を雑に羽織っただけの軽装で、どう見ても旅姿とは思えない。
こんな状況ともなれば、あちらがやって来たのではなく、こちらがドワーフのねぐらに飛び込んだと考えるのが順当だろう。
おそらくは、カードに仕込まれていた魔族お得意の転移魔法辺りで。
短い時間だったが、そう当たりをつけた。
普通なら、驚嘆し、困惑し、取り乱して然るべき状況なのだが、慣れというのは恐ろしいものだ。
白木家特有の巻き込まれ体質が、そろそろ俺にも発現してきたのかもしれない。
とはいえ、いつまでも落ち着き払っている場合でもない。
なにをおいても、ここはまず理解を得るべき状況だろう。
「すみません、説明させてください。俺はカルディナの街で商売を営んでいる秋人といいます。魔族の魔法により、こちらに転移させられてしまったようです。害意はいっさいありません。あなた方の中に、以前に卵探しでカルディナをご訪問された方はいらっしゃいませんか? よければ、話をさせていただきたいのですが」
敵意がない証明に、立ち上がって両手を広げて見せた。
あのときのドワーフたちとは、短い出会いだったとはいえ一緒に酒盛りをした仲だ。
わずかでも知り合いとそうでないのとでは雲泥の差。緊急事態だけに、縋れるものには縋りたい。
まして今は、無関係だったデジーを巻き込んでしまっている。
原因が自分の軽率な行動だっただけに、大事な友人を無事に帰すのは当然の義務でもある。
その行動に、ドワーフたちは何事かをひそひそと囁き合い、やがてひとりのドワーフが前に歩み出てきた。
「ええ、覚えているわよ。猛火酒のお兄さんね。その節はどうも」
(ああ! あのときのお姉さん!)
見た目まったく同じ髭面の男性陣の中に、女性が交じっていたという驚愕の事実は、あまりにもインパクトだっただけによく覚えている。
失礼ながらも、こうしている今でも、他の男性ドワーフとの見分けがつかない。
「ごめんなさいねぇ。今、こっちもごたごたしているもんでね。事情がわかるまで念のために牢に入れさせてもらっただけなのよ。こっちにも害意はないから安心しなさい。あんたも災難だったねぇ」
そう言うと、そのドワーフの女性は素直に牢の鍵を開けて、俺たちを解放してくれた。
信じてくれたのはありがたいが、やけにすんなりだったので、逆に訝ってしまったほどだ。
そんな心情を見越してか、ドワーフ女性は続けて説明してくれた。
「前回は気づかなかったけど、あんたは人間の精霊持ちだったんだね。うちらドワーフも精霊の加護を離れて久しいから、こういった精霊力の強い場所じゃないと見聞きできなくなったもんさ。今でも可愛らしい精霊さまがあんたを必死に弁明しているよ。極端な話、うちらはあんたじゃなくって精霊さまを信じたのさ。得心いったかい?」
髭を揺らしながら、楽しげにあっけらかんと告げられる。
肩口にとまるシルフィも、なんだか誇らしげだ。
この小さな相棒が、頼もしすぎて泣けてくる。
それがまた友愛とかではなく、母の愛っぽくて別の意味でも泣けてきた。
あまり心配かけないようにしっかりしないと。
「うちらは慣れたもんだけど、人間にはここは寒かったろ? これ羽織んな。ほれ、そこのちっこいお嬢ちゃんも」
俺とデジーのそれぞれに、ドワーフが着ているものと同じような毛皮を渡してくれた。
見た目以上に質がよく、上質の毛皮だった。
ドワーフ用で横幅はともかく丈が短いので、首から巻いて上掛け代わりに羽織ることにした。
デジーは小柄なので丈は問題なく、ローブの上から2重3重に巻きつけて、なお余裕があるほどだった。
「ぉぉ、ぬくぬく……」
なにやら満足げだ。
「牢なんかに閉じ込めて悪かったね。なんせ、時期が悪かったからね。上へ案内するから付いてきな」
「こっちがご迷惑をお掛けしている立場ですから、謝るのはこっちのほうですよ」
先導する女性ドワーフの後を付いて歩く。
残りのドワーフたちも背後に列をなし、ちょっとした行進行列になっていた。
牢は地下でも最下層にあったようで、上り坂を上ると、さらに別の地下洞窟に出た。
壁を覆う苔のようなものが発光しているため、視界には苦労しないものの、どうしても薄暗く息の詰まる印象は受ける。
「それで、時期が悪いってのはなんなんです?」
「東の住処の長耳連中とちょっと揉めててねぇ。それで男連中が出払ってて、こうした女子供ばかりしか残ってないってわけさ」
長耳連中ってなんだろう、とは思いつつも、
「そうなんですか」
などと、とりあえず相槌を打ってから――俺は唐突にその事実に思い至った。
”女子供ばかり”――だって?
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