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第六章

消えた奉納品 1

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 よく寝た――と思ったのもそのはずで、時刻はすでにお昼を過ぎていた。

 余裕で12時間以上は眠った計算になる。
 寝すぎて、逆に気だるいくらいだ。

 ハンモックから降りて、伸びをしたところでちょうど扉が開き、こちらとは対照的なやつれ顔でデッドさんが顔を覗かせた。

「うーす。アキ、はよぅ。眠れたか?」

「寝すぎくらいにはぐっすり。そっちは……たいへんそうだったみたいですね」

「おかげさんで、今の今まで説教さね……エルフとはどーとか。女王の心構えとはどーとか。うきーってなる、うきーって!」

「なるほど。それでその格好なわけですか」

 デッドさんは普段のラフな服装ではなく、日本の十二単のような新緑色の絹の衣を幾重にも重ねた衣装を身に纏っていた。
 ぼさぼさだった髪型も、きれいに梳いて結わえてある。

 これで蟹股でのしのし歩かなければ、それなりに見れたものだったかもしれないが、着飾った慣れない衣装を引きずって歩くそのさまは、どうにも七五三を思わせた。

「……なんつーか、その微笑ましいもんでも眺める面は、あたいのことを馬鹿にしてんよな? なあ、アキ?」

 馬鹿にしているつもりはないが、微笑ましいのは確かだった。

「はぁ。ま、いーさね。あたいだってそう思うしよ。ここにいる間は我慢するしかねえし。よっと――」

 デッドさんが長い衣装を振り乱しながら、一息に俺によじ登ってきた。
 肩の上まで到達してから、服の裾を太ももまで捲くり上げて、豪快に跨ってくる。
 いわゆる、肩車というやつだ。

「……なぜにこの体勢?」

「歩きにくいんだよ、これ! かといって、勝手に脱ぐとまたディブロの奴が怒るしよー」

 こちらのほうが怒られそうな気がしないでもないが、本人がいいのならよしとしよう。

「それでどこに?」

「地下だよ、地下。案内すっから、ほれほれ、出発進行~!」

 頭をぺしぺしと叩かれながら、とりあえず客室を出る。

 すれ違うエルフたちが、ぎょっとした表情をしていたので、とりあえず視線を合わせないようにしておいた。

「あの。前が見えないんですけど」

「ん~? ま、気にすんな」

 歩くたびに、頭のデッドさんがどんどんだらけてくる。

「気にするなと言われても」

 肩に乗られているというよりは、頭に持たれかかられている感じだ。
 別に重くはないものの、垂れ下がった金髪が簀垂れのように視界を塞いでしまっている。
 普段は癖っ毛でも、梳いて伸ばすとそれなりに長さはあったらしい。

 頭上からの誘導に従って進んでいくと、緩やかな下り傾斜の通路が大きくカーブし、螺旋階段を降りるように下へ下へと向かっていた。
 距離的にもすでに地下に位置するだろうが、通路が途切れそうな様子はない。

 やがて辿り着いたのは、ホール状の地下空間だった。
 10メートルほどの高さにある天井は、一面の樹皮――おそらくは聖殿を形作る樹木の根だろう。複雑に絡み合う、大きな木の根で覆われている。
 床というか地面は土なので、あの巨大な樹木の真下に潜り込んでいる形になっているようだ。

 閉鎖空間でありながら、上と同じく明るくて圧迫感もないのは、ここにも精霊の力が及んでいるのだろう。むしろ、こちらのほうが精霊の力が強い気がする。
 これを感じ取れるのも、風の精霊の加護を得ているおかげかもしれない。

 ホールの中央には石の台座があり、直径5メートルほどの銀の杯が鎮座していた。
 盃の中を覗いてみると、異様に透明度の高い澄んだ水で満たされていた。

「これは『精霊の水鏡』さね」

 杯に近づいたところで、デッドさん肩からぴょんっと飛び降りた。

「『精霊の水鏡』……? どこかで聞いたよーな……」

「ああ、そりゃこれのことだろ?」

 デッドさんが胸元から、掌ほどの大きさの手鏡を取り出していた。

 一度見た覚えのあるそれは、昨日、家で叔父と押し問答していたときのものだろう。

「これは持ち運びできるようにした……言わば、ここにあるものの簡易版さね。簡易版のほうは、対となったふたつを繋ぎ、鏡面に相手の姿を映し出して会話できるって寸法だ」

(声や姿……つまりは音と光? ああ、それで……)

 ちらりとスマホの画面に目を落として独りごちる。

「こっちの本家本元は、それぞれのエルフの郷にある精霊の水鏡と通じてる。それに声とかだけじゃなくって、ここを通じての移動もできるんだぜ」

「えっ? ということは、ここに飛び込めば、別のエルフの郷にも行き来できるってことですか? それってテレポート的な? 瞬間移動装置みたいな?」

「テレなんとかは知らねーが、たぶんそうさね。でも、相手側の了承を得てからじゃねーと、別の次元に飛ばされかねないけどな! 言っとくけどこれ、エルフの秘匿で、下手にバラすと消されっから気をつけろよ?」

「消され、ってマジですか……?」

「マジマジ、大マジ! にひひ」

 デッドさんが言うと冗談にしか聞こえないが、おそらく本当のことだろう。
 もし、ディラブローゼスさんがこの場に同席していたら、この時点で消されていたような気がしないでもない。

「ここからが本題だけどよ。この精霊の水鏡は、精霊界にも繋がってんだよなー。んで、エルフと精霊は協力を得る契約を結ぶため、定期的に捧げものをしててよ。それが、件の『奉納の儀』ってわけ。50年に一度、契約により定められた貢物を納めることになってて……ま、エルフにとっての最重要儀式ってことさね」

 ちなみに、これもまた極秘事項らしい。

「次はこっちな!」

 手招きされた先は、ホールの片隅の不思議な壁だった。
 土壁が楕円状に穿たれて、その表面を蓋するように七色にうねる膜が覆っていた。
 大人ひとりが通れそうな大きさで、どことなく建物の出入口を思わせる。

「こっちこっち!」

 デッドさんは俺の手を掴むや否や、小走りでその壁に突っ込んでいってしまった。
 激突するかと思いきや、そのまま七色の光の中に入り込んでしまう。
 手を引かれるまま、俺も光の中に飛び込む羽目になった。

 反射的に目を瞑ってしまい、次に瞼を開いたとき――目の前に広がるのは、異質な空間だった。
 四方を同じような七色に瞬く壁に囲まれており、先ほどまでいたホールとは明らかに存在が異なっている。
 先ほどの光の膜は、どうやら本当に出入口だったらしい。

 異空間という言葉がしっくりくるような、そんな場所だ。
 視界だけでは、広いのか狭いのかすらよくわからない。
 全体を眺めようとすると一見狭く感じるのに、奥までを見通そうと集中すればするほど、どこまでも奥行きが広がっていくような――そんな奇妙な感覚がした。

「『妖精の隠れ部屋』。女王と、女王に承認された者だけが入ることを許される、これもエルフの秘宝さね。で――」

「これも秘密だってんでしょ? 部外者に知られると消されるとかいう」

 デッドさんは無言のまま、「にひ」と笑っていた。

 エルフのことを知れる喜び反面、そう気軽にほいほいと命に関わるような秘密を暴露しないでほしいとも思うんだけど。
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