172 / 184
第十一章
お墓参り
しおりを挟む
残暑も薄れてきたこの季節。
リィズは少し肌寒くも感じてきた風に吹かれ、シーツを干す手を止めた。
既に干してある分のシーツが風に煽られているさまが、在りし日を思い起こさせる。
もはや、30年近くも時が過ぎてしまったが、思い出は色褪せない。良い事も悪い事も。
はためくシーツの端を、お手伝いしているリオが押さえようと奮闘している。
リィズはその微笑ましさに、思わず微笑み、その頭を撫でた。
「あい?」
突然撫でられたことにリオは不思議顔だったが、すぐにその顔はくすぐったそうな笑みに変わった。
かつて、リィズがそうであったように。
ときどきリィズは、不意に奇妙な感覚に襲われることがある。
こうして穏やかな時間を過ごしているのが、夢ではないかと。
あの日、生活は厳しくとも幸せだったあの日を失ってから、自分は戦いの果てに野垂れ死ぬとばかり思っていた。
そして、むしろそうなることを祈って戦い続けていたはずが、妻となり、1児の母となり、家族を得て、このように穏やかな生活を送っている。
「そうね、もうそんな時期なのね……」
リィズは風に流されるピンクの髪を押さえ、太陽光照りつける蒼天を眩しげに見上げた。
◇◇◇
「秋人も行くか? 墓参り」
夕食を終えた団欒の一時、本日の売り上げをスマホに入力していると、叔父が唐突に言ってきた。
「お墓参り……って誰の?」
あまりに急な申し出だったので、俺は思わず目をぱちくりしてしまい、横になっていたリクライニングチェアーから身を起こした。
正直なところ、俺にはあまり墓参りという経験はない。
両親のそれぞれの親――つまり両祖父母は健在であるし、親戚にもこれといった不幸はない。
そもそも叔父の神隠しの件があり、死を連想させるような墓には、家族ともども近づき難かったこともある。
最後に墓参りしたのがいつなのか、記憶にないほどには縁遠いものだった。
「うちの爺さんたちは当分死にそうにないほど元気だろ。だったら残るのはリィズに決まってんだろ?」
そういや、実家に戻ったときに背負い投げされたと聞かされたっけ。
祖父のことをぞんざいに扱えない孫の身としては、苦笑するしかない。
「この時期は、毎年、家族全員で行っててな。今年もそろそろなんでな。どうだ?」
リィズさんは半獣人。ということは、片方は獣人のはずである。
そういえば、そこらへんを詳しく聞いたことがないことを、あらためて気がついた。
もともと、リィズさん自身が獣人であることを引け目に感じている節があるため、踏み込むのが躊躇われていたことだ。
「でも、俺もいいのかな? その、家族の行事でしょ?」
控えめにそう言うと、間髪入れずにデコピンが飛んできた。
「ばかたれ」
「痛っ~~!」
額を押さえて悶えていると、叔父は豪快に笑っていた。
「そんな水臭いこと言ってんじゃないぞ、秋人! おめーはもう立派にうちの家族の一員だろううが。はっはっ!」
キッチンのほうでは、リィズさんが洗い物をしながら、静かに微笑んでいる。
リオちゃんは、とりあえず『痛いの痛いのとんでけー』をしてくれた。
なんでもない些細なやり取りだったが、それが存外に嬉しかった。
そこにいることが当然のように――それこそ、単なる名目上の親族というだけではなく、”家族”として迎えられていることを実感できた。
「うん、お邪魔でないのなら喜んで」
「じゃあ、決まりな! ちょいと距離があるから、出発は明日の昼過ぎにするか。行きと帰りで1泊ずつ、2泊3日ってとこだな。手荷物は必要ないが、それでもこのご時世だ、準備だけはしとけよ」
「わーい。にーたんとおでかけー」
リオちゃんは俺の膝の上に飛び乗ってご満悦だ。
めったに家から離れることのないリオちゃんにとってみれば、目的が墓参りであっても、家族旅行と変わりないのだろう。
「で、目的のお墓ってどこにあるの?」
「リィズの故郷はここからさらに南にある広大な森の一角だ。古くから獣人たちの部族が多く住んでいて、世間一般では『獣人の郷』って呼ばれてるな」
「いぬさんもいるよ。がおーって」
リオちゃんが、物真似をしながら大はしゃぎしている。
これだけ無邪気に喜ぶということは、とても楽しいところなのだろう。
(獣人の郷か……)
そういえば、異世界に来てからというもの、リィズさんやリオちゃん以外の獣人をまともに見ていないことに気づいた。
目的が墓参りなので、若干不謹慎かもしれないが、たくさんの獣人に出会えるのはファンタジー愛好家として心が踊るというものだ。
あわよくば、もふもふやもこもこを味わえるかもしれない。
(ネコ耳、イヌ耳、ウサギ耳~♪)
「…………むぅ」
「あ痛」
膝のリオちゃんから太ももを抓られた。
言うほど痛くなかったが、それでも幼いとは言え獣人の力、不意だと声が漏れるくらいにはちくっとした。
「なに、リオちゃん? どうかした?」
「……なんでもなーい」
リオちゃんはじと目でこちらを見てから、さっさと俺の膝を降りると、叔父の上体を器用に登ってその肩の上に移動した。
「え? なにか怒らせるようなことしたかな?」
「しらなーい。ふーんだ」
リオちゃんはそっぽを向いてしまう。
叔父は愛娘を肩に乗せて上機嫌で、リィズさんはキッチンのほうでくすくす笑っていた。
(……なんなの?)
大いに不可解であったが、今は置いておくことにする。
なにせ、今度は初といっていい叔父同行の旅だけに、安全面では確約されたようなもの。
前々から望んでいた異世界旅行が実現できそうで、俺は期待に胸を膨らませた。
リィズは少し肌寒くも感じてきた風に吹かれ、シーツを干す手を止めた。
既に干してある分のシーツが風に煽られているさまが、在りし日を思い起こさせる。
もはや、30年近くも時が過ぎてしまったが、思い出は色褪せない。良い事も悪い事も。
はためくシーツの端を、お手伝いしているリオが押さえようと奮闘している。
リィズはその微笑ましさに、思わず微笑み、その頭を撫でた。
「あい?」
突然撫でられたことにリオは不思議顔だったが、すぐにその顔はくすぐったそうな笑みに変わった。
かつて、リィズがそうであったように。
ときどきリィズは、不意に奇妙な感覚に襲われることがある。
こうして穏やかな時間を過ごしているのが、夢ではないかと。
あの日、生活は厳しくとも幸せだったあの日を失ってから、自分は戦いの果てに野垂れ死ぬとばかり思っていた。
そして、むしろそうなることを祈って戦い続けていたはずが、妻となり、1児の母となり、家族を得て、このように穏やかな生活を送っている。
「そうね、もうそんな時期なのね……」
リィズは風に流されるピンクの髪を押さえ、太陽光照りつける蒼天を眩しげに見上げた。
◇◇◇
「秋人も行くか? 墓参り」
夕食を終えた団欒の一時、本日の売り上げをスマホに入力していると、叔父が唐突に言ってきた。
「お墓参り……って誰の?」
あまりに急な申し出だったので、俺は思わず目をぱちくりしてしまい、横になっていたリクライニングチェアーから身を起こした。
正直なところ、俺にはあまり墓参りという経験はない。
両親のそれぞれの親――つまり両祖父母は健在であるし、親戚にもこれといった不幸はない。
そもそも叔父の神隠しの件があり、死を連想させるような墓には、家族ともども近づき難かったこともある。
最後に墓参りしたのがいつなのか、記憶にないほどには縁遠いものだった。
「うちの爺さんたちは当分死にそうにないほど元気だろ。だったら残るのはリィズに決まってんだろ?」
そういや、実家に戻ったときに背負い投げされたと聞かされたっけ。
祖父のことをぞんざいに扱えない孫の身としては、苦笑するしかない。
「この時期は、毎年、家族全員で行っててな。今年もそろそろなんでな。どうだ?」
リィズさんは半獣人。ということは、片方は獣人のはずである。
そういえば、そこらへんを詳しく聞いたことがないことを、あらためて気がついた。
もともと、リィズさん自身が獣人であることを引け目に感じている節があるため、踏み込むのが躊躇われていたことだ。
「でも、俺もいいのかな? その、家族の行事でしょ?」
控えめにそう言うと、間髪入れずにデコピンが飛んできた。
「ばかたれ」
「痛っ~~!」
額を押さえて悶えていると、叔父は豪快に笑っていた。
「そんな水臭いこと言ってんじゃないぞ、秋人! おめーはもう立派にうちの家族の一員だろううが。はっはっ!」
キッチンのほうでは、リィズさんが洗い物をしながら、静かに微笑んでいる。
リオちゃんは、とりあえず『痛いの痛いのとんでけー』をしてくれた。
なんでもない些細なやり取りだったが、それが存外に嬉しかった。
そこにいることが当然のように――それこそ、単なる名目上の親族というだけではなく、”家族”として迎えられていることを実感できた。
「うん、お邪魔でないのなら喜んで」
「じゃあ、決まりな! ちょいと距離があるから、出発は明日の昼過ぎにするか。行きと帰りで1泊ずつ、2泊3日ってとこだな。手荷物は必要ないが、それでもこのご時世だ、準備だけはしとけよ」
「わーい。にーたんとおでかけー」
リオちゃんは俺の膝の上に飛び乗ってご満悦だ。
めったに家から離れることのないリオちゃんにとってみれば、目的が墓参りであっても、家族旅行と変わりないのだろう。
「で、目的のお墓ってどこにあるの?」
「リィズの故郷はここからさらに南にある広大な森の一角だ。古くから獣人たちの部族が多く住んでいて、世間一般では『獣人の郷』って呼ばれてるな」
「いぬさんもいるよ。がおーって」
リオちゃんが、物真似をしながら大はしゃぎしている。
これだけ無邪気に喜ぶということは、とても楽しいところなのだろう。
(獣人の郷か……)
そういえば、異世界に来てからというもの、リィズさんやリオちゃん以外の獣人をまともに見ていないことに気づいた。
目的が墓参りなので、若干不謹慎かもしれないが、たくさんの獣人に出会えるのはファンタジー愛好家として心が踊るというものだ。
あわよくば、もふもふやもこもこを味わえるかもしれない。
(ネコ耳、イヌ耳、ウサギ耳~♪)
「…………むぅ」
「あ痛」
膝のリオちゃんから太ももを抓られた。
言うほど痛くなかったが、それでも幼いとは言え獣人の力、不意だと声が漏れるくらいにはちくっとした。
「なに、リオちゃん? どうかした?」
「……なんでもなーい」
リオちゃんはじと目でこちらを見てから、さっさと俺の膝を降りると、叔父の上体を器用に登ってその肩の上に移動した。
「え? なにか怒らせるようなことしたかな?」
「しらなーい。ふーんだ」
リオちゃんはそっぽを向いてしまう。
叔父は愛娘を肩に乗せて上機嫌で、リィズさんはキッチンのほうでくすくす笑っていた。
(……なんなの?)
大いに不可解であったが、今は置いておくことにする。
なにせ、今度は初といっていい叔父同行の旅だけに、安全面では確約されたようなもの。
前々から望んでいた異世界旅行が実現できそうで、俺は期待に胸を膨らませた。
0
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します
古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
ファンタジー
第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。
「愛するアデラの代わりに生贄になってくれ」愛した婚約者の皇太子の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してクローディアは絶望の淵に叩き落された。
元々18年前クローディアの義母コニーが祖国ダレル王国に侵攻してきた蛮族を倒すために魔導爆弾の生贄になるのを、クローディアの実の母シャラがその対価に病気のクローディアに高価な薬を与えて命に代えても大切に育てるとの申し出を、信用して自ら生贄となって蛮族を消滅させていたのだ。しかし、その伯爵夫妻には実の娘アデラも生まれてクローディアは肩身の狭い思いで生活していた。唯一の救いは婚約者となった皇太子がクローディアに優しくしてくれたことだった。そんな時に隣国の大国マーマ王国が大軍をもって攻めてきて・・・・
しかし地獄に落とされていたシャラがそのような事を許す訳はなく、「おのれ、コニー!ヘボ国王!もう許さん!」怒り狂ったシャラは・・・
怒涛の逆襲が始まります!史上最強の「ざまー」が展開。
そして、第二章 幸せに暮らしていたシャラとクローディアを新たな敵が襲います。「娘の幸せを邪魔するやつは許さん❢」
シャラの怒りが爆発して国が次々と制圧されます。
下記の話の1000年前のシャラザール帝国建国記
皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/129494952
小説家になろう カクヨムでも記載中です
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
私が一番嫌いな言葉。それは、番です!
水無月あん
恋愛
獣人と人が住む国で、ララベルが一番嫌う言葉、それは番。というのも、大好きな親戚のミナリア姉様が結婚相手の王子に、「番が現れた」という理由で結婚をとりやめられたから。それからというのも、番という言葉が一番嫌いになったララベル。そんなララベルを大切に囲い込むのが幼馴染のルーファス。ルーファスは竜の獣人だけれど、番は現れるのか……?
色々鈍いヒロインと、溺愛する幼馴染のお話です。
猛暑でへろへろのため、とにかく、気分転換したくて書きました。とはいえ、涼しさが得られるお話ではありません💦 暑さがおさまるころに終わる予定のお話です。(すみません、予定がのびてます)
いつもながらご都合主義で、ゆるい設定です。お気軽に読んでくださったら幸いです。
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。
ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」
そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。
長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。
アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。
しかしアリーチェが18歳の時。
アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。
それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。
父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。
そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。
そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。
──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──
アリーチェは行動を起こした。
もうあなたたちに情はない。
─────
◇これは『ざまぁ』の話です。
◇テンプレ [妹贔屓母]
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる