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第九章

悪魔、招来 4

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「よもや! よもや!! このような場所で、貴様らに相まみえようとはな! 合わせ鏡の悪魔ども!」

 歓喜の声が木霊する。

 声の主はカーティス団長で、サルバーニュの血で濡れた大剣を振りかざしながら、騎馬を弧を描かせて戻ってくる。
 狙いは男魔族だ。

 カーティス団長は馬上の鞍に仁王立ち、剣を上段に構えていた。

「フェレストの仇、討たせてもらう!」

 突進力も加算された上段斬りを叩き込む。

 迎える男魔族は、状況にそぐわぬ平静ぶりで、気だるそうに迫る剣先を眺めていた。

 男魔族にまさに刃が届かんとする瞬間――猛烈な衝撃音がした。

「ぬっ!?」

 烈火の気合で振り下ろされた剣が、途中で静止している。
 なおもカーティス団長が力を籠めているのは見て取れるが、不可視の壁に阻害されて男魔族までは達していない。

 カーティス団長はわずかに距離を取った後、即座に連撃に切り替えていた。
 あらゆる角度から凄まじい速度での剣筋が紡がれている。

 澱みの一切ない洗練された怒涛の連撃が、騎士団長の剣技が並みの技量ではないことを、否応なく伝えてくる。
 が、それでも男魔族には届かない。

「さすがは若かりし冒険者時代、『魔族狩り』の異名で知られた騎士団長。並みの魔族ならやられていたかもね」

 涼しい顔だ。

「でも、きみごときじゃあ、ボクに触れることもできないけどね」

「忌むべきアールズ家の怨敵め! 貴様を滅するのに、私だけで無理なら――助勢を得るまでよ」

「セージ! わしの剣を使え!」

「あいよ」

 ダナン副団長が放り投げた剣を受け取り、叔父が駆けていた。

 俺の立つ位置からは丸見えだったが、カーティス団長の連撃が弾幕となり、男魔族の位置からは叔父の存在が悟られないはず。
 叔父は一足飛びにカーティスを飛び越えて、男魔族に躍りかかった。

「そうくるか!」

 これには、さしもの男魔族の顔色も変わった。

 叔父は空中で身体を捻り、螺旋の軌道を描く。
 斬撃というより打撃のような打ち落としに、男魔族を包む不可視の魔法壁が弾け飛んだ。

 同時に叔父の剣も柄を残して粉々に砕け散り、周囲にきらきらと破片を撒き散らした。

「――好機!」

 叔父と入れ替わりに、今度はカーティス団長が前に出た。
 あらかじめ打ち合わせた殺陣のようだ。
 カーティス団長はすでに剣を振り上げる前準備を終えている。

「滅せよ! この悪魔が!」

 カーティス団長の剣が、男魔族の右肩を捉えていた。
 血飛沫が舞い、鋭い刃が肉を切り裂いて、肩甲骨付近までめり込む。

「ちっ、浅いか!」

 吐き捨てるカーティス団長の言葉を証明するように、男魔族の傷は重傷でも致命傷には至っていなかった。

 倒れる最中に反転して空中を滑って移動して、距離を取られてしまう。

「……まいったね。魔王殺しの称号は伊達じゃないか。10層の魔法壁を一撃で砕かれるとは思わなかったよ」

 女魔族も合流し、サルバーニュも千切れた腕を持って、ふたりを守護するように立ち、戦線に復帰している。

 しかし、形勢は完全に逆転していた。

「団長!」

 ダナン副団長がカーティス団長に駆け寄った。

「よくやった、ダナン副団長。私が近くにいることが、よくわかったな」

 油断なく相対しつつ、カーティス団長は正面を見据えたままにやりと笑み、言葉だけをダナン副団長に向けた。

「わしの愛馬が番を感じてそわそわしてましたからな。時期的にもそろそろ来られる頃合かと」

「カルディナへ向かう途中、馬が突然方向転換したときには何事かと思ったぞ」

「それはご無礼を」

「して、若さまは? マドルクも姿が見えぬようだが?」

「……マドルク副団長は殉職。それを受けた若は、あちらに……」

 マドルクさんの訃報を受け、カーティス団長は冥福を祈るように目を瞑る。
 ただそれもほんの一瞬だけのことで、目を開けたカーティス団長は、力の限りに声を張り上げた。

「若! なにをしておられる! 悲嘆などいつでもできること! 今は顔を上げられませい!」

「…………」

「それでも、偉大なる大フェブラント伯の孫か! 勇猛なるフェレストと、その奥方メルティさまの子か! 甘えるのも大概になさいませ!」

「……カーティス?」

「俯くのを止め、顔を上げて前を向かれませ! 今、御前にいるのは――マドルクのみならず、父上母上の仇ですぞ! 仇を前にしてその体たらく――如何なされるおつもりか!?」

「!」

 声に釣られるように、フェブが顔を上げる。

「父上母上の仇……?」

「如何にも! 彼奴らめは、卑劣にも幼き若をかどわかして盾にとり――ふたりを謀殺した張本人! 合わせ鏡の悪魔と悪名高き魔族ですぞ!」

 カーティス団長の怒声は、フェブと同じく魔族――合わせ鏡の悪魔たちにも向けられていた。

 それを充分すぎるほどにわかっていながら、魔族たちの反応は冷ややかだ。

「騎士団長殿はずいぶんとボクらが憎いようだね。ゾクゾクくるよ。騎士ってのは、そんなに主家が大切かな。見上げた忠誠心だね。犬みたいだ」

「そうかしら? 忠心というより私怨っぽい感じがするけれど。サルバーニュ?」

「はい、しばしお待ちを。……なるほど。マドルクの記憶によると、どうやら先の勇者フェレストと騎士団長のカーティスは、このマドルクとフェブラントと同じような関係にあったようですな。幼い頃からの教育係にして剣の師。義兄、義弟と慕う仲だったようです」

「へえ、そりゃあいい! それじゃあ、感情も昂ぶるわけだ。悲しく切ない話だね。それはすごく面白い!」

 悪意はない。邪気もないだろう。
 ただ、その思考回路は、見ている者の神経を逆撫でする。

 にわかに叔父とカーティス団長の闘志が増した。
 特にカーティス団長にいたっては、激高すら超過して、射殺さんばかりの殺意の視線を投げかけている。

「もはや語るまい。ここで引導を渡してくれる……!」

「同感だな」

「いやはや、熱いね」

 片や熱く、片や静かに。両者の睨み合いも頂点に達した。

 カーティスが大剣を諸手に握り、間合いを計る。
 叔父が手近に落ちていた騎士の剣を手に取り、肩に担いだ。
 サルバーニュが千切れた腕を杖のように構えている。

 合わせ鏡の悪魔は――棒立ちで構えてすらいない。

「後は任せた、サルバーニュ。適当に相手してやるといい。ボクらは戻ることにするから」

 あっけらかんとそう言った。

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