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第九章

悪魔、招来 3

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 ふたりの口ぶりからも、男魔族のほうは先天的な好事家だ。
 珍しい精霊使いということで、男魔族は俺個人に興味を持ったに違いない。でなければ、女魔族の次の一撃で死んでいた。

 今度は、その興味を持った相手が話す内容にも興味を抱き始めている。
 ならば、この流れで引っ張り、できる限り時間を稼ぐしかない。

「できやしない――いや、多分、する気がないはずだ。だって、叔父さんは魔王殺しの大勇者。とびっきりのジョーカー。あんたの言葉を借りるなら、遊戯盤のラスボスだ」

「ラスボス?」

「最終的な討伐目的ってことだよ」

「なるほどね、続けて」

「叔父さんの家族に手を出したら最後だ。叔父さんはなにを置いてもあんたらに喰らいつき、滅ぼすまで絶対に止まらない。常にプレイヤーとして遊戯盤を動かし、駒遊びに興じたいあんたらには、直接対決なんて、もっとも望まない展開のはずだ」

「それなら勇者を返り討ちにしてしまえば、後はのんびりと遊べるということにならないかな?」

「それはないね」

 男魔族の問いかけに、断言で返した。

「……どうしてかな?」

「面白くないから」

「…………へぇ」

 男魔族の眼が細められ、端正な顔がいびつに歪んだ。

「ゲームの楽しみなんて、ラスボスあってのことだ。あっさりラスボスが倒されたゲームのなにが楽しいのかな? ただでも魔族と人間の戦力は、叔父さんあってようやくバランスが保たれているようなものだろ? ここで人間側のラスボスである叔父さんがいなくなったら、魔族側のワンサイドゲームだ。あんたらがどんなにイベントを起こそうとも、もう大勢は決してる。平和の中でこそ、悲劇が悲劇、絶望が絶望足るんだ。悲惨な日常の中で、どんなに盛り上げようとイベントを仕組んでも、それもただの日常。面白くもなんともない。結果がわからないからこそ、過程を楽しめるんだ。結果のわかりきったゲームなんて、ただのクソゲーだ。やる価値もない」

 一息にまくしたてる。
 一気に喋りすぎたせいで、喉が痛い。

 それでもその甲斐はあったようで、俺が話し終えるまで、男魔族は黙って聞いていた。

 核心を突けたかどうかまではわからないが、それでも芯には迫れたはず。
 俺自身、話しながら悟ったのだが、この魔族は本当に単に遊んでいるだけなのかもしれない。
 現代日本で、子供が虚構のゲームの世界に没頭するかのごとく。

 そこに在るのは、楽しいか否か。
 歓喜だろうと悲哀だろうと感動であろうと絶望であろうと、その内容は千差万別あっても最後に抱く感想とは「総じてそれは面白かったのか?」ということ。そこに行き着く。
 連中の話していた内容はまさにそれだ。
 本人の言葉通りに、ただの遊戯としてのゲーム。ゲームとして考えれば、共感こそできなくても理解はできる。

 ぱちぱちぱち――

 男魔族は手を叩きながら、肩を小刻みに震わせて嗤っていた。

「ふふっ、ふふふふ……いや、失礼。馬鹿にしたわけではないんだ。実に素晴らしいと思ってね。きみは面白いよ」

「褒められても嬉しくない」

「名を聞かせてもらえないかな? 精霊使いくんでは味気ないだろ」

「……秋人」

「アキトくんね。覚えておこう」

「あ~らら。兄さまに気に入られるなんて、可哀想に」

 女魔族が口元を押さえて、聞き捨てならないことを仄めかしていた。

「わしも素晴らしいと思いますぞ、アキト殿」

 急に横から口を挟んできたのは、ダナン副団長だった。

 それまで空気と化していた騎士の突然の発言に、瞬間、この場にいる全員の注意がそちらへ向く。

「もう充分」

 ダナンが咥えていた突起物を地面に吐き捨てた。

「馬笛……ですかな?」

 マドルクさんの知識からか、サルバーニュが訝しげに呟いた。

「如何にも。ベルデン騎士は兵馬一体なればこそ、馬笛を用いて馬を操るはお手の物。誘導も自由自在よ」

 その直後――
 ダナン副団長の言葉に呼応するように、魔族たちの背後の物陰から一頭の馬が猛然と突っ込んできた。

 馬を駆るのはひとりの騎士。
 その騎士には見覚えがある。

「ベルデン騎士団が騎士団長、カーティス・パッツォ! 参る!」

 騎馬の突進力そのままに、カーティス団長が馬上から斬りかかり、咄嗟に主を庇おうとしたサルバーニュの右腕が宙を舞う。

 完全な意識外からの奇襲だった。
 それでも、さすがに最上級魔族、対処も反応も素早かった。

「この痴れ者っ!」

 駆け抜ける騎馬を軽やかに舞って躱し、女魔族がカーティスに指先を向けた。

「遅えよ」

「なっ!?」

 そのときには既に、女魔族の眼前に叔父の姿があった。

 叔父の拳が握り締められ、上腕の筋肉がはち切れんばかりに盛り上がっている。

「ふっ!」

 呼吸音と共に放たれた右拳は、唸りを上げて女魔族の脇腹に炸裂し、そのまま20メートル近くもその細い肢体を横殴りに弾き飛ばした。

 瞬間的に火花が散ったのは、防御魔法かカウンター魔法か。
 しかし、そのどちらにしても、叔父の鉄拳は意に介さずに打ち破っていた。

「くぅっ! 女性に手を上げるなんて、マナーがなっていないわね、勇者!」

 強がるが、相当のダメージであることは否めないだろう。
 口の端からは血を流し、脇腹を押さえて苦悶の表情を必死に堪えている。
 内臓をやったかアバラが折れたか――その両方か。倒れずに踏み止まったのはさすがというべきかもしれない。

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