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第五章 回想編
辺境の勇者 2
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「称号の由来はともかく、このカルディナや周辺に住む者にとっては、おまえさんは紛れもなく勇者じゃよ。おまえさんが率先して魔物や魔獣の駆除、魔王軍の尖兵の撃退まで行なってくれとるからこそ、こうして平穏に暮らせとる者がどれほどいることか。おまえさんが身を挺してくれとるおかげじゃよ。町の連中からも、いかに感謝されとるのか知っておるじゃろう?」
「いーや。それこそ買いかぶり過ぎだ。俺だって、顔も知らない奴のために身体張るほど、お偉い聖人さまじゃないぞ?」
「ほほう。では、顔を知っている者のためにやっておると?」
「ああ。守ってやりたい奴がいてな。そいつの背負い込む危険が少しでも減って、手助けになればと思ってる。わかったろ? 理由なんてそんなもんだ、たいそうな志なんてものがあるわけじゃない。勇者なんて称号は、本気で万人を救いたいと思ってる奴にこそ相応しいだろ」
「女か?」
「女だ」
からかい口調のガトーに、征司は真顔で即答した。
「なんじゃ、つまらんのう。面白味もない。まだ若いくせに、少しは照れるとか照れ隠しとかはないのか?」
「照れる理由がないだろーに。事実は事実だし、惚れた女のために男が格好つけるなんて当たり前のことだろ? ただし問題は、その惚れた女が靡いてくれる気配がちっともないってことだな! はっはっ!」
征司は冒険者になってからも、今現在に至るまで、リィズの家でずっと生活している。
冒険者という仕事柄、数日から数週間も家を空けることはあるが、「ただいま」と言うのはあの家に帰ったときだけだ。
リィズとの関係は3年経った今でも相変わらずで、男女としての進展はないまま、家族とも友人ともつかない曖昧な共同生活が続いている。
ただ、征司にとっては、それは決して居心地の悪いものではない。
愛情には至らずとも信頼を受けているのは感じている。
こんな関係も、お互いにとっては「らしい」と思えるようになってきた。
ちなみに家のほうはというと、余暇を見つけては増改築に努めた結果、6DKにまで改良されている。
これ以上は部屋を増やしても余分になるので、今ではもっぱら室内のリフォームと畑作りに精を出しているところだ。
「笑っとる場合か。なんともまあ、望めばなんでも手に入れられる立ち位置にあって、女ひとりのためと断言できる……見た目は立派に勇者しとるのに、中身はそこらの普通の若者と変わらんのう。じゃからこそ、皆から親しまれ、好かれているのかもしれんが……」
ガトーが小声で呟く。
「それで。結局のところ、今日はなに用だったんじゃ? わざわざ世間話をしにきたわけでもあるまいに」
征司は一瞬きょとんとした後、自分の膝をぺしんと叩いた。
「ああ、そうそう! 脱線してすっかり忘れちまってたぜ! 魔法だよ、魔法! 話を戻すとな、俺が魔族の魔法相手にてこずったのは話したろ? 今日はじっさまに、魔法への対策を相談しに来たんだった。魔法に対抗できるのは、じっさまのとこの魔法具くらいだろ?」
「ほう。魔法具に苦手意識を持つおまえさんが珍しいのう」
「さすがに今日は、痛い目を見たからなあ。正直、魔族がもう1体いたら、俺のほうがやられててもおかしくなかった。最近は戦線が押されてきて、ここいらでも魔族を見かけることが増えてきたからな。苦手だからってそのまんまにしておくわけにもいかないだろ」
「2年くらい前に、渡した炎の魔法石はどうしたんじゃ?」
「これか?」
征司は、胸元から赤っぽく光るペンダント状の魔法石を取り出した。
魔法石――魔力を溜め込む性質を持った魔石と呼ばれる自然石である。
魔法は本来魔族特有のもので、己が魔力と引き換えに超常現象を引き起こす人知を超えた奇跡。
当然、魔力そのものを持たない人間には、どう足掻いても使うことはできない道理だ。
しかし、魔石はさまざまな要因を付加して指向性を持たせることで、魔族の魔法に似た擬似的な現象を引き起こすことができる。
その技術を確立したのが魔法具技師と呼ばれる職人であり、ガトーもその一員として名を連ねていた。
「一応、毎回身には着けているけどよ。使いどころがなくってなあ……攻撃に使うには射程が短い上に威力も弱い。正直、突っ込んで斬ったほうが早いしな」
「防御には使っておらんのか? その魔法石は火属性、同じく火系統の魔法は吸収し、反属性の水系統の魔法は中和する性質があるから、なにかと勝手はいいと思うのじゃが……」
「おいおい、防御って……そりゃ無茶だ。相手の魔法を見てからアレやりだしても間に合わないだろ?」
「……アレ?」
「アレっていえば、アレだよ。こういうやつ」
征司は左手を胸の前に、右手を斜め上に掲げてポーズを取った。
「俺的には気に入ってるんだが、どんなに急いでも――って、どうした、じっさま?」
それを見たガトーは、とんがり帽子ごと頭を抱えていた。
言いにくそうにしていたガトーが吐露したことによると、このポーズも長ったらしい呪文も、実は無意味とのことだった。
いや、魔法石の発動効果に、使用者のイメージが関わってくる関係上、現象を意識する上では効果的ではあるのだが。
ただ、慣れてしまえば、まったく必要はないらしい。
これは魔法具を使う初心者の通過儀礼みたいなもので、通常は他人から指摘されたり、他人の魔法具の使用法を見て、真実を知って赤面する程度ですむ話なのだが――そもそも、征司はソロでの活動が多く、そんな機会自体が少なかった。
まして、本人がノリノリなために指摘する無粋な輩も居らず、知らずに2年間も経過してしまったわけである。
2年前のあの日、初めて魔法石を手に入れて、得意満面で征司がリィズの前で魔法を披露したとき、なぜか彼女が顔を背けて「げふんげふん」咳き込みながら肩を震わせていた理由が、2年越しで知れることになった。
「いーや。それこそ買いかぶり過ぎだ。俺だって、顔も知らない奴のために身体張るほど、お偉い聖人さまじゃないぞ?」
「ほほう。では、顔を知っている者のためにやっておると?」
「ああ。守ってやりたい奴がいてな。そいつの背負い込む危険が少しでも減って、手助けになればと思ってる。わかったろ? 理由なんてそんなもんだ、たいそうな志なんてものがあるわけじゃない。勇者なんて称号は、本気で万人を救いたいと思ってる奴にこそ相応しいだろ」
「女か?」
「女だ」
からかい口調のガトーに、征司は真顔で即答した。
「なんじゃ、つまらんのう。面白味もない。まだ若いくせに、少しは照れるとか照れ隠しとかはないのか?」
「照れる理由がないだろーに。事実は事実だし、惚れた女のために男が格好つけるなんて当たり前のことだろ? ただし問題は、その惚れた女が靡いてくれる気配がちっともないってことだな! はっはっ!」
征司は冒険者になってからも、今現在に至るまで、リィズの家でずっと生活している。
冒険者という仕事柄、数日から数週間も家を空けることはあるが、「ただいま」と言うのはあの家に帰ったときだけだ。
リィズとの関係は3年経った今でも相変わらずで、男女としての進展はないまま、家族とも友人ともつかない曖昧な共同生活が続いている。
ただ、征司にとっては、それは決して居心地の悪いものではない。
愛情には至らずとも信頼を受けているのは感じている。
こんな関係も、お互いにとっては「らしい」と思えるようになってきた。
ちなみに家のほうはというと、余暇を見つけては増改築に努めた結果、6DKにまで改良されている。
これ以上は部屋を増やしても余分になるので、今ではもっぱら室内のリフォームと畑作りに精を出しているところだ。
「笑っとる場合か。なんともまあ、望めばなんでも手に入れられる立ち位置にあって、女ひとりのためと断言できる……見た目は立派に勇者しとるのに、中身はそこらの普通の若者と変わらんのう。じゃからこそ、皆から親しまれ、好かれているのかもしれんが……」
ガトーが小声で呟く。
「それで。結局のところ、今日はなに用だったんじゃ? わざわざ世間話をしにきたわけでもあるまいに」
征司は一瞬きょとんとした後、自分の膝をぺしんと叩いた。
「ああ、そうそう! 脱線してすっかり忘れちまってたぜ! 魔法だよ、魔法! 話を戻すとな、俺が魔族の魔法相手にてこずったのは話したろ? 今日はじっさまに、魔法への対策を相談しに来たんだった。魔法に対抗できるのは、じっさまのとこの魔法具くらいだろ?」
「ほう。魔法具に苦手意識を持つおまえさんが珍しいのう」
「さすがに今日は、痛い目を見たからなあ。正直、魔族がもう1体いたら、俺のほうがやられててもおかしくなかった。最近は戦線が押されてきて、ここいらでも魔族を見かけることが増えてきたからな。苦手だからってそのまんまにしておくわけにもいかないだろ」
「2年くらい前に、渡した炎の魔法石はどうしたんじゃ?」
「これか?」
征司は、胸元から赤っぽく光るペンダント状の魔法石を取り出した。
魔法石――魔力を溜め込む性質を持った魔石と呼ばれる自然石である。
魔法は本来魔族特有のもので、己が魔力と引き換えに超常現象を引き起こす人知を超えた奇跡。
当然、魔力そのものを持たない人間には、どう足掻いても使うことはできない道理だ。
しかし、魔石はさまざまな要因を付加して指向性を持たせることで、魔族の魔法に似た擬似的な現象を引き起こすことができる。
その技術を確立したのが魔法具技師と呼ばれる職人であり、ガトーもその一員として名を連ねていた。
「一応、毎回身には着けているけどよ。使いどころがなくってなあ……攻撃に使うには射程が短い上に威力も弱い。正直、突っ込んで斬ったほうが早いしな」
「防御には使っておらんのか? その魔法石は火属性、同じく火系統の魔法は吸収し、反属性の水系統の魔法は中和する性質があるから、なにかと勝手はいいと思うのじゃが……」
「おいおい、防御って……そりゃ無茶だ。相手の魔法を見てからアレやりだしても間に合わないだろ?」
「……アレ?」
「アレっていえば、アレだよ。こういうやつ」
征司は左手を胸の前に、右手を斜め上に掲げてポーズを取った。
「俺的には気に入ってるんだが、どんなに急いでも――って、どうした、じっさま?」
それを見たガトーは、とんがり帽子ごと頭を抱えていた。
言いにくそうにしていたガトーが吐露したことによると、このポーズも長ったらしい呪文も、実は無意味とのことだった。
いや、魔法石の発動効果に、使用者のイメージが関わってくる関係上、現象を意識する上では効果的ではあるのだが。
ただ、慣れてしまえば、まったく必要はないらしい。
これは魔法具を使う初心者の通過儀礼みたいなもので、通常は他人から指摘されたり、他人の魔法具の使用法を見て、真実を知って赤面する程度ですむ話なのだが――そもそも、征司はソロでの活動が多く、そんな機会自体が少なかった。
まして、本人がノリノリなために指摘する無粋な輩も居らず、知らずに2年間も経過してしまったわけである。
2年前のあの日、初めて魔法石を手に入れて、得意満面で征司がリィズの前で魔法を披露したとき、なぜか彼女が顔を背けて「げふんげふん」咳き込みながら肩を震わせていた理由が、2年越しで知れることになった。
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