146 / 184
第九章
騎士団、強襲 2
しおりを挟む
玄関から出たときには、すでにリィズさんは臨戦態勢に入っていた。
着替える時間を惜しんだのだろう。服装こそ普段のワンピースのスカート姿だったが、玄関前の地面にはありったけのナイフや短刀などの武器が、無造作に突き刺してある。
多勢相手、しかも武装した対人戦。
金属同士の衝突は、思いの他に武器を傷めるそうだから、破損を見越しての予備のための武器だろう。
「アキトさんは、リオと一緒にわたしの視界内に居てください。あまり離れると、守りきれません」
「……わかりました」
リィズさんの言葉に、素直に従うことにした。
いざ戦闘になれば、素人の俺なんてリオちゃんと同じく足手まといだ。
恥だの外聞だのと言っている場合ではない。
リィズさんがもっとも恐れているのは、人質を取られることだろう。
リィズさんのことだから、叔父が家の間近まで戻ってきていることは感じているはず。
ならば勝利条件は、叔父が戻るまでの20分を耐え抜くことにある。
カルディナの街の方角から、土煙が上がっているのが遠目に見えた。
最初は小さな豆粒ほどだった陰影も、集団が近づくにつれ、その一糸乱れぬ陣形で駆けるさまが否応なくわかるようになる。
武装した騎兵100騎が整然と並んで迫るとなると、もはや長大な壁が押し寄せてくるに等しい。
思わず息を呑んでしまう。
(そうだ、リオちゃんは……)
右腕に抱えたままだったリオちゃんを見下ろすと、小さな従姉妹殿は二度寝の真っ最中だった。
腰を抱えられるままに、だらんと四肢を垂らし、幸せそうに寝息を立てている。
口をもごもごとして、なにか食べている夢でも見ていそうな。
(……ははっ。やっぱ、リオちゃんは大物だな)
さすがはあの叔父とリィズさんの娘といったところか。
おかげで、こちらの腹も据わった。
我が家のお姫様の手前、無様は晒せない。
いざというときは、身を挺しても守らないといけない。
待つこと幾ばくもなく、次第に騎馬の蹄の音まで聞こえてくるようになった。
もはや、騎乗する騎士の鎧兜まで判別できるほどだ。
リィズさんは身構えたまま、動かない。
その背を見つめながら、俺も静かに時を待つ。
騎馬の軍勢は、家の手前50メートルほどの位置で停止した。
集団の中央に位置する鎧の騎士が手を挙げ、他の騎士たちが申し合わせたようにいっせいに下馬する。
お互いに微動だにせず、しばしの時を睨み合うことになった。
100もの騎士と相対する中――唯一、騎乗したままだった先ほどの騎士が、悠然と馬をこちらに進めてきた。
「馬上から失礼。昨日は世話になったな、小僧」
脱いだ兜の下にあったのは、ベルデン騎士団のダナン副団長だった。
昨日と違い、上から下まで金属で覆い尽くされた完全武装だ。
髭を撫でながら嫌味な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
「どうしてここが? 尾行はなかったと思うんですけど」
「なに。馬鹿正直に後ろを付いていくばかりが尾行ではない。あれだけ盛大に音と土埃を撒き散らす奇妙な乗り物だ。各所に見張りを立てておけば、見逃すこともあるまいよ。大まかな移動先くらいは推定できる」
「なるほど。で、拉致未遂の次は集団恫喝で? 騎士道って言葉を知ってますか?」
「騎士でもない者に、騎士道を説かれる謂れはないな」
必死の虚勢も、歯牙にもかけずに一蹴される。
ならばと、せめてもの抵抗で睨みつけた。
リィズさんはまだ動かないが、獣耳は忙しなくぴくぴく反応している。
相手の手が剣柄にかかるなりでもすれば、一気に動くはずだ。
その後に待っているのは乱戦だろう。
わずか一瞬後に、状況がどう変わるかわからないだけに、心構えだけは済ませておいた。
だが、意外なところからの意外な声に、俺の覚悟は霧散した。
「どうしたんです、ダナン? こんな朝早くから陣を離れて、皆をこんなところまで連れだして。いったい誰と話して……」
鎧姿に隠れて見えなかったが、ダナンの馬の背にはもうひとり別の人物がいた。
ダナンの陰にすっぽり隠れるほどの小柄なせいで、四苦八苦して鎧越しに顔を出している。
その顔からの視線と、こちらの視線が真っ向からぶつかった。
「あれ? アキトさま?」
「え? フェブ?」
お互いに呆れるほど素っ頓狂な声。
ベルデンで別れ、俺にしてみれば4日ぶりの対面となるフェブラント・アールズ、その人だった。
着替える時間を惜しんだのだろう。服装こそ普段のワンピースのスカート姿だったが、玄関前の地面にはありったけのナイフや短刀などの武器が、無造作に突き刺してある。
多勢相手、しかも武装した対人戦。
金属同士の衝突は、思いの他に武器を傷めるそうだから、破損を見越しての予備のための武器だろう。
「アキトさんは、リオと一緒にわたしの視界内に居てください。あまり離れると、守りきれません」
「……わかりました」
リィズさんの言葉に、素直に従うことにした。
いざ戦闘になれば、素人の俺なんてリオちゃんと同じく足手まといだ。
恥だの外聞だのと言っている場合ではない。
リィズさんがもっとも恐れているのは、人質を取られることだろう。
リィズさんのことだから、叔父が家の間近まで戻ってきていることは感じているはず。
ならば勝利条件は、叔父が戻るまでの20分を耐え抜くことにある。
カルディナの街の方角から、土煙が上がっているのが遠目に見えた。
最初は小さな豆粒ほどだった陰影も、集団が近づくにつれ、その一糸乱れぬ陣形で駆けるさまが否応なくわかるようになる。
武装した騎兵100騎が整然と並んで迫るとなると、もはや長大な壁が押し寄せてくるに等しい。
思わず息を呑んでしまう。
(そうだ、リオちゃんは……)
右腕に抱えたままだったリオちゃんを見下ろすと、小さな従姉妹殿は二度寝の真っ最中だった。
腰を抱えられるままに、だらんと四肢を垂らし、幸せそうに寝息を立てている。
口をもごもごとして、なにか食べている夢でも見ていそうな。
(……ははっ。やっぱ、リオちゃんは大物だな)
さすがはあの叔父とリィズさんの娘といったところか。
おかげで、こちらの腹も据わった。
我が家のお姫様の手前、無様は晒せない。
いざというときは、身を挺しても守らないといけない。
待つこと幾ばくもなく、次第に騎馬の蹄の音まで聞こえてくるようになった。
もはや、騎乗する騎士の鎧兜まで判別できるほどだ。
リィズさんは身構えたまま、動かない。
その背を見つめながら、俺も静かに時を待つ。
騎馬の軍勢は、家の手前50メートルほどの位置で停止した。
集団の中央に位置する鎧の騎士が手を挙げ、他の騎士たちが申し合わせたようにいっせいに下馬する。
お互いに微動だにせず、しばしの時を睨み合うことになった。
100もの騎士と相対する中――唯一、騎乗したままだった先ほどの騎士が、悠然と馬をこちらに進めてきた。
「馬上から失礼。昨日は世話になったな、小僧」
脱いだ兜の下にあったのは、ベルデン騎士団のダナン副団長だった。
昨日と違い、上から下まで金属で覆い尽くされた完全武装だ。
髭を撫でながら嫌味な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
「どうしてここが? 尾行はなかったと思うんですけど」
「なに。馬鹿正直に後ろを付いていくばかりが尾行ではない。あれだけ盛大に音と土埃を撒き散らす奇妙な乗り物だ。各所に見張りを立てておけば、見逃すこともあるまいよ。大まかな移動先くらいは推定できる」
「なるほど。で、拉致未遂の次は集団恫喝で? 騎士道って言葉を知ってますか?」
「騎士でもない者に、騎士道を説かれる謂れはないな」
必死の虚勢も、歯牙にもかけずに一蹴される。
ならばと、せめてもの抵抗で睨みつけた。
リィズさんはまだ動かないが、獣耳は忙しなくぴくぴく反応している。
相手の手が剣柄にかかるなりでもすれば、一気に動くはずだ。
その後に待っているのは乱戦だろう。
わずか一瞬後に、状況がどう変わるかわからないだけに、心構えだけは済ませておいた。
だが、意外なところからの意外な声に、俺の覚悟は霧散した。
「どうしたんです、ダナン? こんな朝早くから陣を離れて、皆をこんなところまで連れだして。いったい誰と話して……」
鎧姿に隠れて見えなかったが、ダナンの馬の背にはもうひとり別の人物がいた。
ダナンの陰にすっぽり隠れるほどの小柄なせいで、四苦八苦して鎧越しに顔を出している。
その顔からの視線と、こちらの視線が真っ向からぶつかった。
「あれ? アキトさま?」
「え? フェブ?」
お互いに呆れるほど素っ頓狂な声。
ベルデンで別れ、俺にしてみれば4日ぶりの対面となるフェブラント・アールズ、その人だった。
0
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
ハルの異世界出戻り冒険譚 ~ちびっ子エルフ、獣人仲間と逃亡中~
実川えむ
ファンタジー
飯野晴真。高校三年。
微妙な関係の家族の中で過ごしていたけれど、年末に父親とともに田舎に帰った時、異世界への扉が開かれた。
気がついたら、素っ裸でちびっ子エルフになってました。
何やら、色んな連中に狙われてるみたい。
ホビットの老夫婦や狼獣人の兄貴たちに守られながら、なんとか逃げ切る方向で頑張ります。
※どんよりシリアスモードは第一章まで。それ以降もポチポチあるかも。
※カクヨム、なろうに先行掲載中(校正中)
文字数の関係上、話数にずれがありますが、内容は変わりません。ご了承ください。
※タイトル変更しました。まだ、しっくりこないので、また変更するかもしれません^^;;;
【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
夜霧の騎士と聖なる銀月
羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。
※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます
※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる