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第九章
シラキ屋にて 2
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翌日の昼前。
シラキ屋には、久しぶりにナツメの姿があった。
いつもの席を独占し、いつものように珈琲片手にだらけている様だったが、今日に限っては珍しくいつものようなサボりではない。
今回、依頼していた分の防具作成が完了したということで、次回作の打ち合わせだ。
ナツメは目を離すとすぐサボって工房から逃げ出そうとするので、対外交渉は主に姉のチナツ姐さんの役目となっている。
しかし、その設計や作成にかけては、ナツメの独特の感性に頼るしかなく、それらに関することの相談は、自身で行なってよいとの姉公認となっている。
つまり、ナツメにしてみれば、公然とサボって羽を伸ばせる数少ない機会なのである。
俺にしてみれば、明日は叔父が戻る問題の日だ。
内容いかんによって明日以降の予定がどうなるか不明のため、こうして前倒しして打ち合わせを行なうことにした。
店内には数人の客は残っていたが、馴染みばかりだ。
街自体、特に堅苦しい気風でもないため、店番の片手間にナツメとの打ち合わせをしている。
「でねー。あんちゃん、聞いてほしいすっよ! うちの姉ちゃん、あんだけ作品を馬鹿にしてたくせに、売れるとわかったもんだから、あっさり掌返して! 寝る間も惜しんで働かせる上、今では装飾の彫りがあーだとか、肩当の反り具合がこーだとか、ダメ出しまでしてくるようになったんすよ? どう思うっすか!?」
「や~、それは大変だね……はは」
内容の大半は愚痴だったが。
気持ちは理解できるが、なにぶんその原因となった依頼主はこちらのため、苦笑しか返せない。
「こないだの夜なんか、こっそりとビキニアーマーを着けてみたりしてんすよ!? 鏡の前でポーズなんか取ってみたりして! 三十路に届きそうないい年して、もう勘弁してほしいっすよ! あんちゃんもそう思うっすよね?」
「あはは~。ノーコメントで」
勘弁してほしいのはこっちです。
気まずくなるので、家族の秘事をバラさないでいただきたい。どうしろと。
店内の客にも聞こえてしまっているので皆さん困り顔だ。
噂になって姐さんにバレないといいけどね、ナツメ。
「雑談はこれくらいにして、次に作る鎧の件を詰めとこうよ。こんな感じのやつなんだけど、出来そうかな?」
宥めてから、スマホに保存しておいた画像を見せる。
「ん~? どれっすか? ……お! なんかこれ、見たことない面白そうな形っすね」
それもそのはず。
ナツメに見せたのは、ファンタジー系の鎧というより、SF系のパワードスーツに近い。
購入者からの要望で、そっち系の品も作れないかとの声があったため、試しに用意してみようと思った物だ。
「出来なくはなさそうっすけど、もちっとサンプルとかないんすか? この裏面がどうなってるか知りたいっす!」
つい今しがたまでの不満顔はどこへやら、ナツメもかぶりつきで乗ってきた。
さすがは、鎧は男のロマンと言い切る男。
厳密には鎧じゃないけれど。
「ちょっと待って、探してみるから。……んん、こんな感じのやつでどうかな?」
スマホで画像検索して、ヒットした画像のいくつかをとりあえず見せてみる。
「あ~、いっすね! あんちゃん、そのまんまで。スケッチするっすから! よっしゃ~、むくむく創作意欲が湧いてきたっす!」
ナツメは手慣れた様子で、メモ帳に素早くラフ画を描いていく。
もう見慣れてしまったが、ナツメのこういった才能はすごいと思う。
面倒臭がりとサボり癖がなければ、もっといいのだが。
チナツ姐さんの期待と苦労もわかる気がする。
「――完成っと! いや~、これは大作の予感っすよ! 楽しみにしといてくださいね、あんちゃん!」
「期待しているよ。けど、あんまり根詰めなくていいからね。作業量も多くなりそうだし、これまでよりも時間かかりそうだから」
「……あ、うー。ううーん、それは姉ちゃん次第っすけどね……」
いろいろ思い出したのか、ナツメのMAX近かったテンションが急激に下がる。
こればかりは依頼主とはいえ、鍛冶屋には鍛冶屋の――というよりチナツ姐さんの方針があるだろうから、こちらが下手にどうこう口出しできる問題ではない。
言えるとしたら一言だけ――ご愁傷様です。
「まー、なんとかなるっしょ!」
やけくそ気味に笑い、ナツメは残っていた珈琲を一気飲みした。
せめてもの償いに、備えつけている魔法瓶から、熱々の珈琲のお代わりを注いでやった。
「どもども。ずずっ……はぁ~。熱さが心と食道に染みるっす……それにしても、あんちゃんのそれ、便利っすよねー」
「それって、スマホのこと?」
「そうそう、その“すまほ”とやらっす。前々から、なんかちょこちょこ弄ってるなーとは思ってたんすけど、ずいぶんといろんな使い方ができるんすね。どこで手に入れたんすか?」
「…………」
返答に詰まる。
ついつい調子に乗って、日本での友達とのノリで、おおっぴらにスマホを使ってしまっていた。
いつもなら「魔法具なんだよね」とでも煙に巻きたいところだが、ナツメにそれを言ってしまうと、デジーにまで伝わる恐れがある。
あの魔法具大好きっ子のデジーの耳に入ってしまえば、即行で押しかけてきて、質問攻めに合うことが目に見えている。
相手は年少でも魔法具の専門家。下手な誤魔化しが通じるはずもない。
さすがに異世界のことまで露見するのは考えにくいが、余計な面倒はできるだけ避けておきたいところだ。
「…………」
「…………」
「……き」
「き?」
「企業秘密だから……」
ナツメは、じっとこちらを見つめてから、
「……だったら、しょうがないっすね」
渋々ながらも諦めてくれた。
カルディナは商人の街だけあって、このワードの効果は絶大だった。
そう言われてなおも追及するのは、マナー違反を越えてタブーらしい。
常々、変な風習だとは思っていたが、今回はありがたかった。
ビバ、企業秘密!
それでもあまり人目に晒すのもよくないので、魔法瓶の珈琲を補充するふりをして席を離れ、さり気なくスマホをポケットにしまった。
油断は禁物。仮になにかの拍子で噂に上り、変な輩に目を付けられて盗まれでもしたら敵わない。
ロックがかかるので悪用はされないだろうが、リカバリの手間と買い替えの料金が痛すぎる。
カウンターの奥で、魔法瓶に珈琲を追加しながら店内を窺うと、ナツメはすでに興味は失せたのか、メモを見直しながら呑気に珈琲を啜っていた。
他の客も、そもそも気にしている様子がない。
一安心して、魔法瓶を手に席に戻ろうとすると――不意に軽い目眩が襲った。
ふらつくほどではないが、この感覚には覚えがある。
(これって、精霊の……?)
精霊の加護を得てから、わずかなりとも精霊の感情が伝わるようになっている。
最近は特にそれが顕著になってはいたが、肉体的に症状が出るほど、強いものは初めてだ。
喜びなどの感情ともなにか違う。
どちらかというと、これは――
(警戒?)
ぼんやりと光る球が視界を通り抜けていった気がした。
直後、ドアベルが弾けるほどのけたたましい音を立てて、店の扉が開く。
一瞬、またサボりのナツメを連行しに押しかけてきたチナツ姐さんかとも思ったが――今日は公認のはずだ。
ナツメも反射的に椅子から飛び降りて、テーブルの陰に隠れようとしていたが、予想と異なる来店者の姿を認めて、中途半端なポーズのまま固まっていた。
無遠慮にどかどかと足音を響かせて入店してきたのは、どう控えめに見ても素材を購入しにきたようには見えない、3人組の男たちだった。
中央の中年男性を先頭に、両脇を壮年男性が固めている。
3人とも恰幅がよく、眼光がとても一般人とは思えない。
直立不動で定規で測ったような立ち位置は、明らかに訓練されたものだと素人でもわかる。
三者一様に、青いラインの入った純白を基調とした制服を身に着けている。
中央の男の右胸には、白い盾のエンブレム。両脇の男たちは、赤い盾のエンブレムをそれぞれ付けている。
その格好に見覚えがあった。
つい一昨日の晩、目にしたものだ。
「ベルデン騎士……?」
「左様」
中央の髭面の男が、1歩進み出た。
「ベルデン騎士団所属、副団長のダナン・ゴーンと申す。故あって、貴殿に同行してもらうべく参上した」
物腰は丁寧だが、すでに有無を言わさぬ威圧感しかない。
いつの間にか両脇にいたふたりが散開し、ひとりはカウンター奥の裏口へと抜ける通路前を、もうひとりは俺の背後を取り、完全に包囲されていた。
これはあれだ。
もう嫌な予感どころか、嫌な確信しかない。
シラキ屋には、久しぶりにナツメの姿があった。
いつもの席を独占し、いつものように珈琲片手にだらけている様だったが、今日に限っては珍しくいつものようなサボりではない。
今回、依頼していた分の防具作成が完了したということで、次回作の打ち合わせだ。
ナツメは目を離すとすぐサボって工房から逃げ出そうとするので、対外交渉は主に姉のチナツ姐さんの役目となっている。
しかし、その設計や作成にかけては、ナツメの独特の感性に頼るしかなく、それらに関することの相談は、自身で行なってよいとの姉公認となっている。
つまり、ナツメにしてみれば、公然とサボって羽を伸ばせる数少ない機会なのである。
俺にしてみれば、明日は叔父が戻る問題の日だ。
内容いかんによって明日以降の予定がどうなるか不明のため、こうして前倒しして打ち合わせを行なうことにした。
店内には数人の客は残っていたが、馴染みばかりだ。
街自体、特に堅苦しい気風でもないため、店番の片手間にナツメとの打ち合わせをしている。
「でねー。あんちゃん、聞いてほしいすっよ! うちの姉ちゃん、あんだけ作品を馬鹿にしてたくせに、売れるとわかったもんだから、あっさり掌返して! 寝る間も惜しんで働かせる上、今では装飾の彫りがあーだとか、肩当の反り具合がこーだとか、ダメ出しまでしてくるようになったんすよ? どう思うっすか!?」
「や~、それは大変だね……はは」
内容の大半は愚痴だったが。
気持ちは理解できるが、なにぶんその原因となった依頼主はこちらのため、苦笑しか返せない。
「こないだの夜なんか、こっそりとビキニアーマーを着けてみたりしてんすよ!? 鏡の前でポーズなんか取ってみたりして! 三十路に届きそうないい年して、もう勘弁してほしいっすよ! あんちゃんもそう思うっすよね?」
「あはは~。ノーコメントで」
勘弁してほしいのはこっちです。
気まずくなるので、家族の秘事をバラさないでいただきたい。どうしろと。
店内の客にも聞こえてしまっているので皆さん困り顔だ。
噂になって姐さんにバレないといいけどね、ナツメ。
「雑談はこれくらいにして、次に作る鎧の件を詰めとこうよ。こんな感じのやつなんだけど、出来そうかな?」
宥めてから、スマホに保存しておいた画像を見せる。
「ん~? どれっすか? ……お! なんかこれ、見たことない面白そうな形っすね」
それもそのはず。
ナツメに見せたのは、ファンタジー系の鎧というより、SF系のパワードスーツに近い。
購入者からの要望で、そっち系の品も作れないかとの声があったため、試しに用意してみようと思った物だ。
「出来なくはなさそうっすけど、もちっとサンプルとかないんすか? この裏面がどうなってるか知りたいっす!」
つい今しがたまでの不満顔はどこへやら、ナツメもかぶりつきで乗ってきた。
さすがは、鎧は男のロマンと言い切る男。
厳密には鎧じゃないけれど。
「ちょっと待って、探してみるから。……んん、こんな感じのやつでどうかな?」
スマホで画像検索して、ヒットした画像のいくつかをとりあえず見せてみる。
「あ~、いっすね! あんちゃん、そのまんまで。スケッチするっすから! よっしゃ~、むくむく創作意欲が湧いてきたっす!」
ナツメは手慣れた様子で、メモ帳に素早くラフ画を描いていく。
もう見慣れてしまったが、ナツメのこういった才能はすごいと思う。
面倒臭がりとサボり癖がなければ、もっといいのだが。
チナツ姐さんの期待と苦労もわかる気がする。
「――完成っと! いや~、これは大作の予感っすよ! 楽しみにしといてくださいね、あんちゃん!」
「期待しているよ。けど、あんまり根詰めなくていいからね。作業量も多くなりそうだし、これまでよりも時間かかりそうだから」
「……あ、うー。ううーん、それは姉ちゃん次第っすけどね……」
いろいろ思い出したのか、ナツメのMAX近かったテンションが急激に下がる。
こればかりは依頼主とはいえ、鍛冶屋には鍛冶屋の――というよりチナツ姐さんの方針があるだろうから、こちらが下手にどうこう口出しできる問題ではない。
言えるとしたら一言だけ――ご愁傷様です。
「まー、なんとかなるっしょ!」
やけくそ気味に笑い、ナツメは残っていた珈琲を一気飲みした。
せめてもの償いに、備えつけている魔法瓶から、熱々の珈琲のお代わりを注いでやった。
「どもども。ずずっ……はぁ~。熱さが心と食道に染みるっす……それにしても、あんちゃんのそれ、便利っすよねー」
「それって、スマホのこと?」
「そうそう、その“すまほ”とやらっす。前々から、なんかちょこちょこ弄ってるなーとは思ってたんすけど、ずいぶんといろんな使い方ができるんすね。どこで手に入れたんすか?」
「…………」
返答に詰まる。
ついつい調子に乗って、日本での友達とのノリで、おおっぴらにスマホを使ってしまっていた。
いつもなら「魔法具なんだよね」とでも煙に巻きたいところだが、ナツメにそれを言ってしまうと、デジーにまで伝わる恐れがある。
あの魔法具大好きっ子のデジーの耳に入ってしまえば、即行で押しかけてきて、質問攻めに合うことが目に見えている。
相手は年少でも魔法具の専門家。下手な誤魔化しが通じるはずもない。
さすがに異世界のことまで露見するのは考えにくいが、余計な面倒はできるだけ避けておきたいところだ。
「…………」
「…………」
「……き」
「き?」
「企業秘密だから……」
ナツメは、じっとこちらを見つめてから、
「……だったら、しょうがないっすね」
渋々ながらも諦めてくれた。
カルディナは商人の街だけあって、このワードの効果は絶大だった。
そう言われてなおも追及するのは、マナー違反を越えてタブーらしい。
常々、変な風習だとは思っていたが、今回はありがたかった。
ビバ、企業秘密!
それでもあまり人目に晒すのもよくないので、魔法瓶の珈琲を補充するふりをして席を離れ、さり気なくスマホをポケットにしまった。
油断は禁物。仮になにかの拍子で噂に上り、変な輩に目を付けられて盗まれでもしたら敵わない。
ロックがかかるので悪用はされないだろうが、リカバリの手間と買い替えの料金が痛すぎる。
カウンターの奥で、魔法瓶に珈琲を追加しながら店内を窺うと、ナツメはすでに興味は失せたのか、メモを見直しながら呑気に珈琲を啜っていた。
他の客も、そもそも気にしている様子がない。
一安心して、魔法瓶を手に席に戻ろうとすると――不意に軽い目眩が襲った。
ふらつくほどではないが、この感覚には覚えがある。
(これって、精霊の……?)
精霊の加護を得てから、わずかなりとも精霊の感情が伝わるようになっている。
最近は特にそれが顕著になってはいたが、肉体的に症状が出るほど、強いものは初めてだ。
喜びなどの感情ともなにか違う。
どちらかというと、これは――
(警戒?)
ぼんやりと光る球が視界を通り抜けていった気がした。
直後、ドアベルが弾けるほどのけたたましい音を立てて、店の扉が開く。
一瞬、またサボりのナツメを連行しに押しかけてきたチナツ姐さんかとも思ったが――今日は公認のはずだ。
ナツメも反射的に椅子から飛び降りて、テーブルの陰に隠れようとしていたが、予想と異なる来店者の姿を認めて、中途半端なポーズのまま固まっていた。
無遠慮にどかどかと足音を響かせて入店してきたのは、どう控えめに見ても素材を購入しにきたようには見えない、3人組の男たちだった。
中央の中年男性を先頭に、両脇を壮年男性が固めている。
3人とも恰幅がよく、眼光がとても一般人とは思えない。
直立不動で定規で測ったような立ち位置は、明らかに訓練されたものだと素人でもわかる。
三者一様に、青いラインの入った純白を基調とした制服を身に着けている。
中央の男の右胸には、白い盾のエンブレム。両脇の男たちは、赤い盾のエンブレムをそれぞれ付けている。
その格好に見覚えがあった。
つい一昨日の晩、目にしたものだ。
「ベルデン騎士……?」
「左様」
中央の髭面の男が、1歩進み出た。
「ベルデン騎士団所属、副団長のダナン・ゴーンと申す。故あって、貴殿に同行してもらうべく参上した」
物腰は丁寧だが、すでに有無を言わさぬ威圧感しかない。
いつの間にか両脇にいたふたりが散開し、ひとりはカウンター奥の裏口へと抜ける通路前を、もうひとりは俺の背後を取り、完全に包囲されていた。
これはあれだ。
もう嫌な予感どころか、嫌な確信しかない。
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