上 下
134 / 184
第九章

騎士団長

しおりを挟む
 灯りの落ちた城内を、ベルデン騎士団団長、カーティス・パッツォはひとり巡回していた。

 巡回任務は下級兵士の仕事だが、任務とは別に彼は考え事があるときなど、こうして城内を巡回することが多かった。
 人気の失せた石造りの城内は冷ややかで薄ら寒いほどだが、それが身体を程よく緊張させ、思考を怜悧にしてくれる。

 主君であり領主であるアールズ伯がベルデンを離れてから、およそ1ヵ月――つまり、カルディナの街が魔族による襲撃を受けてからの同期間、彼は夜間に出歩く回数が増えている。

 思考を占めるのは、やはり魔族のことだ。
 勇者の手により、魔族の王である魔王が討たれてから6年余り。当初は、魔王が代替わりするまでの束の間の平穏と思われていたが、それ以降の魔族の侵攻はぱったりと止まってしまい、あたかも戦争が終結したとばかりの世情となっていた。人間側の勝利として。

 しかし、王室をはじめとした首脳部の統治者側としては、とても楽観視できる状況ではなかった。
 なにせ、圧倒的に不利な戦況下での単独による魔王の討伐という、降って湧いたような王取り合戦に勝利しただけで、国として人間が魔族に勝利したわけではない。
 人類を存続の危機的状況まで追い込んだ魔族側の勢力は今以て健在のはず。再度の戦争は、今度こそ国の滅亡に直結しかねない。

 そう不安視されたまま、すでに幾数年も経過したこの点について、理由こそ不明なものの魔族側でなんらかの干渉が行なわれていると結論づけられている。

 ただし、そんな人間側にとって都合のいい状況が、いつまでも続くとは限らない。
 現に魔族関連の被害は、小規模ながらも常に起こり、年を重ねるごとに増加傾向にある。

 今回のカルディナ襲撃に至っては、実に6年ぶりとなる魔族の本格的な軍事行動だった。
 新魔王即位の噂も、領民の間でまことしやかに囁かれている。

 なにかが着実に動き始めている――そう感じているのはカーティスばかりではない。

 ただでさえ、最近はこのベルデンの城内ですら、よからぬ空気や濁った思念のようなものを感じることがある。
 カルディナ襲撃から始まり、領主不在の中、ガレシア村の魔族の影――嫌な流れだ。

 今日に至っては、あの勇者の甥と思しき若者の訪問だ。
 あの若者自身には、別段、悪意らしきものは感じなかった。特別な力を有しているようにも見えない。
 勇者の血族であるかの真偽は別として、多少の知恵は回る程度の、ごく普通の若者としか印象はない。

 そもそも若のほうから情報を掴み、呼び寄せたとは聞き及んでいるが、なにぶん間が悪かった。

 時期が重なったのは単なる偶々かもしれないが、カーティスの持論として物事が重なるのは偶然ではない。
 なるべくしてなるもの。多くは何者かの意志が介在し、意図して行なわれるものだ。

 本人が一般人であろうとも、勇者の甥という肩書は、あらゆる方面で特別な意味を持つ。

 自覚はなくとも、この時期にこの場所にいること自体、すでになにかの思惑に巻き込まれている可能性は否定できない。
 そう考え、若との対談の様子を密かに窺っていたのだが――不敬でも若が例の発作を起こしたのは好都合だった。

 念のため投獄しておくことで、若者自身の安全の確保と、不可視の第三者の思惑を封じることができた。

 もちろん、すべては懸念で第三者の存在などないことが一番いい。
 そのときには、素直に若者に非礼を詫びるつもりでいた。

 だが、カーティスには疑念ではなく確信に近いものがある。
 いささか実戦とは離れてしまったが、カーティスはかつて戦場を渡り歩く際に培った経験則や勘がある。
 武力や武運も必要不可欠だが、そういったものがなければ戦場ではとても生き残れない。
 その勘が、えもいわれぬ胡散臭さのようなものをカーティスに訴えかけていた。

 かつて何度も味わった、悪意に満ちた思惑に翻弄されるかのような感覚。
 それには覚えがある。忘れたくとも決して忘れられない、とある魔族が髣髴とさせられる。
 ベルデン、いや、アールズ家にとっての宿敵、憎っくき怨敵。かの『合わせ鏡の悪魔』に対峙したときのような――

 ふと、カーティスの視界の先の通路を横切る小柄な人影が見えた。

 時刻は深夜。
 出歩くのは巡回する兵くらいのものだ。

 カーティスは思考を打ち切り、腰に下げた大剣の剣柄に手をかけた。
 いつでも抜剣できるように、やや前傾に構えたまま音もなく足を滑らせて、通路の曲がり角へと駆け込んだ。

 追跡は察知されていたようで、曲がった先ではその人影が立ち止まり、悠然と待ち構えていた。

 ここで出会うには、いささか意外な人物だった。
 カーティスが抜きかけていた剣を鞘に納め、歩み寄った瞬間――

「――――!?」

 下腹部の辺りを、熱い衝撃が貫いた。
 刺されたと気づいたのは、冷たい床に横たわってからだ。

 傷は浅く出血量は多くないはずだが、熱が傷口から急速に失われ、床の温度と同化していくように感じられた。

 悪魔の笑い声が聞こえたような気がして――カーティスの意識は闇に呑まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妖精王オベロンの異世界生活

悠十
ファンタジー
 ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。  それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。  お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。  彼女は、異世界の女神様だったのだ。  女神様は良太に提案する。 「私の管理する世界に転生しませんか?」  そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。  そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。 ※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます ※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています

処理中です...