上 下
122 / 184
第九章

ベルデン城郭都市

しおりを挟む
 ベルデン城郭都市は、上空から見ると、大きな三角形の形状をしているらしい。
 三角形の底辺にあたる部分の中央に、例の跳ね橋の入り口があり、そこから区画が4つに横割りにされている。
 ちょうどピラミッド型の身分階層が、そのまま都市の形に当て嵌まっている状態だ。

 入り口からすぐの底辺層部分が、もっとも土地面積が広く人口も多い。
 ここには主に商工業施設が立ち並び、それを営む商人たちの居住区となっている。

 次の層が一般市民の居住区。
 古くから居を構える住人や、労働者階級がここになる。

 次が貴族層。
 ぐっと土地自体は狭まり、貴族の屋敷が軒を連ねている。
 基本的に一般市民は立ち入り禁止。区画を区切る柵まで設けてあり、都市の入り口と同じく中央一箇所の門扉で出入りを厳しく管理されていて、入るには正式な許可が必要となる。

 最後のピラミッドの頂点が、領主たるアールズ伯爵の邸宅――はっきり言えばお城だ。
 伯爵さまの一族が住んでいる場所となる。すなわち、今回の目的地となるわけだ。

 エルドから図解付きで簡単に説明を受けていたので助かった。

 それにしても、なんとも露骨な区分けではある。
 もともと現代日本で暮らしていただけに、身分制度自体が馴染みが薄い。
 もちろん、ファンタジー知識としては、異世界はカースト制度が主なので心得てはいたのだが、カルディナの街がカーストよりはヒエラルキーの色が濃いため、失念しかけていた。

 もともとカルディナは冒険者のための町だったと聞く。
 人が寄り添い必要なものを補っていく過程で自然と町となった、元来の身分制度の及ばない比較的新しい場所だ。
 だからこそ外からの制限を受けにくく、規模が拡大するに任せて自由に大きくなり、様々な物や色々な人がごちゃ混ぜになった煩雑な街が完成し、それがまた活気のある街並みを生み出している。

 カルディナを動とするなら、ベルデンは静だ。
 限られた土地の限られた人口により、商売も精査され、必要なものを必要なだけ揃えているという印象がある。
 活気はないが、伝統を感じる。それが朝から都市内をほうぼう歩き回って、得た結論だった。

 どちらも一長一短で、感想も人それぞれだろうが、俺にとってはカルディナのほうが性に合う。そんなところだ。

 午後になり、手近な店で昼食を済ませたのち、いよいよ領主の城へと向かうことにした。
 迷いようがない真っ直ぐな表通りの1本道なので、30分ほども歩くと話にあった門扉が見えてくる。

 前後の土地を区切って、横一直線に高い石壁がそそり立ち、左右の視界の彼方まで続く。
 門扉のところの壁だけが幅5メートルほどのアーチ状に繰り抜かれ、そこにごつい両開きの鉄柵の扉がはめ込まれていた。

 門扉の前には全身鎧の兵士が2名、直立不動で佇んでおり、さらにその脇には詰め所らしき建物が石壁に併設されている。
 物々しいとまではいかないが、近寄りがたい雰囲気はある。

 とりあえず門に歩み寄ってみると、手にした槍を互いに交差させて道を塞がれた。

「あの……」

 恐る恐る声をかけてみたが、返事はない。
 顔まで覆うタイプのフルヘルムなので感情は読み取れなかったが、門番の片割れが正面を向いたまま、無言で詰め所を示していた。
 どうやら、受付はそちらでということらしい。

 詰め所の窓口らしき出窓から顔を覗かせると、中にも別の兵士が不動のまま待機していた。

「あの~、すみません」

「どういったご用件でしょうか?」

 こちらもフル装備で表情は知れないものの、口調は慇懃だった。

 エルドには悪いが、都市入り口の門番はどちらかというと量を捌くのに重点を置いている感じで、対応はある意味大雑把だったと思う。だからこそ、一門番の裁量で素通りもできたのだろう。
 しかし、こちらではそれも無理そうだった。

 今度こそ、正式な招待状を提示する必要がある。
 本来なら封筒に入れたまま渡し、先方で中身を確認するそうだが、捨ててしまって手元にないものは仕方ない。
 招待状自体は本物で、確認する側も伯爵家の直属だけに問題はないだろう、との叔父の弁だったが、昨日のこともあるのでやはり若干の不安は残る。

「これをお願いします」

 緊張で噛みそうになるのを堪えて、招待状のカードを窓口に提出した。
 これが第2関門とある。

 兵士は恭しい態度で受け取って確認すると、即座にカードを豪華そうな箱に入れて別の兵士に手渡した。

「ご確認させていただきます。しばらくお待ちください」

 箱を受け取った兵士は、す でに詰め所から退出していた。
 馬の嘶きが聞こえたのは、早馬を走らせたのだろう。

 ここからでは前方の植木や建造物が邪魔をして城の偉容は窺えないが、地図上での距離としては1キロもないはず。
 時間にしたら数分だろうが、送り主がすぐさま対応してくれるとも限らないので、下手をすると返事待ちでこの場で数時間も待たされることもあるかもしれない。

 領主邸を訪問するなど本来は高貴な身分、馬車で訪れるのが前提だろうから、ここには待合所のような洒落たものはない。
 近くの木陰で座って待ちたいところだが、この昼の日差しの最中を微動だにせずに職務を全うしている門番たちの前でだらけるのも気が引ける。

 どうしていいか迷った末、俺も詰め所のそばで突っ立って待つことにした。
 誰も教えてくれないので、これで正解なのかは判断つかないが、傍から怪しく見られてないことを祈るばかりだ。

「ぉぉ~ぃ」

 待つことほんの数分、どこか遠くから声が聞こえてきた。

 声のしたほう――門扉の柵のさらに先に目を向けると、領主邸へ続く道から土煙が舞っていた。
 よくよく見ると、誰かが激しく手を振りながら走ってきている。
 異様なのは、その手を振る先頭の人物の背後から、おびただしい数の人も一緒に走ってきているということだ。

 マラソン中継のスタート直後さながらの風景で、それほど広くない道を大勢が押し合いへし合いしながら窮屈そうに走っている。
 マラソンと違うのはそれらの人々の恰好がスポーツウェアではなく、タキシードにメイド服、果てには鎧姿の者までいるということだ。それも、老若男女問わず。

 先頭を走るのは見るからに小柄な人物で、飽きずにこちらに手を振り続けている。
 距離が縮まるにつれ、それが少年だとわかった。身なりの整った出で立ちだが、汗まみれで髪を振り乱し、動きに合わせて高そうな衣服もところどころはだけてしまっているため台無しだ。
 ただ、その表情を彩るのは、1点の曇りもない笑顔だった。

 少年は全力疾走の勢いそのままに、道を隔てる門扉の鉄柵に激突した。
 なんだかやばそうな音がして、鉄仮面を貫いていた門番の兵士たちも激しく動揺していた。

「あの……きみ、大丈夫……かな?」

 本気でどん引きしたので、控えめに少年に声をかけてみた。

 遅れて後続も辿り着いた。
 皆が皆、息を切らしていて、肩で息をするくらいならまだいい。へたり込むもの、地面に突っ伏して動かない者までいる。
 特にご老体や、完全装備の鎧姿で走ってきた兵士は瀕死の状態になっていた。
 門扉を境に、向こう側がなにやら壮絶な有様となってしまっている。

 少年は鉄柵を握り締め、同じく息を切らしていたが――珠の汗が浮いた顔は熱っぽく上気し、決して走り疲れたのだけが原因ではなさそうだった。
 大きな瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる眼差しが、きらきらと眩しいほどに煌めいている。

 思わず伸ばしていた手を、突然、鉄柵越しに両手でがっちりと鷲掴みにされた。

「ようこそお越しくださいました、アキトさま! ボク、フェブラント・アールズです! フェブって呼んでください!」

 変声期を迎える前の少年は、女の子のような可愛らしい声を上擦らせた。

 結果として、招待主からのすぐに返事はやって来た。
 返事どころか、すごい笑顔の本人付きで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ハルの異世界出戻り冒険譚 ~ちびっ子エルフ、獣人仲間と逃亡中~

実川えむ
ファンタジー
飯野晴真。高校三年。 微妙な関係の家族の中で過ごしていたけれど、年末に父親とともに田舎に帰った時、異世界への扉が開かれた。 気がついたら、素っ裸でちびっ子エルフになってました。 何やら、色んな連中に狙われてるみたい。 ホビットの老夫婦や狼獣人の兄貴たちに守られながら、なんとか逃げ切る方向で頑張ります。 ※どんよりシリアスモードは第一章まで。それ以降もポチポチあるかも。 ※カクヨム、なろうに先行掲載中(校正中)  文字数の関係上、話数にずれがありますが、内容は変わりません。ご了承ください。 ※タイトル変更しました。まだ、しっくりこないので、また変更するかもしれません^^;;;

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。 ※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます ※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています

処理中です...