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第九章

夕霧の宿屋

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「くぅぅー! ようやく入れたかー!」

 門を潜って大きく伸びをする。
 結局、入都できたのは、もうだいぶ日が陰り始めた頃だった。

 都市の大通りにも人影が少なくなっており、店じまいしているところも多い。
 カルディナに比べて、そこらへんの時間帯は早いらしい。

 その分、裏通りに面する店舗からは、すでに夜の喧騒が聞こえ始めていた。
 そこもまた、場所場所で違うようだ。

 さすがにこの時間から領主邸を訪問するのは失礼だろう。
 本当は、余った時間で都市内を散策する予定だったが、それらも明日に繰り越すしかなさそうだ。

 酒場に繰り出すほどにはいろいろ慣れていないので、今日のところは大人しく宿屋で休むことにした。
 エルドからお勧めの宿屋も教授されていたので、行ってみることにする。

 正面口からわずか徒歩5分の好立地に、その宿屋はあった。
 掲げられている看板には『夕霧の宿屋』。どこかで聞いたことのある店名のような気がしないでもない。

 思えば、異世界に来てから宿屋というものに泊まるのは初めてだった。
 どんなところなのか、興味はある。

 両開きの扉を開けて中に入ると――

「ようこそ、夕霧の宿屋へ!」
「ようこそ、双子の宿屋へ!」
「「いらっしゃいませー!」」

 なにか、すごく馴染みのあるハモり声で出迎えられた。

 つぶらなくりくりした瞳。幼さの残る丸顔。髪型をツインテールにしたケープにハーフパンツ姿の鏡写しの双子。

「って、ええっ!? ペシルとパニム――!」

「ほえ? アキトだー」
「ホントだ、アキトだ。どうしたのー?」

 何故か双子がそこにいた。

「…………」

「どうしたのー?」
「固まっちゃたよー?」

 なんと言ったらいいのやら。

「……昨日の夕方、家に帰るときにカルディナで会って挨拶したよね、たしか? なのに、どうしてふたりがベルデンに?」

「…………」
「…………」
「「…………あ」」

 双子は顔を見合わせた。

「お兄ちゃん、誰ー?」
「ボクらを誰かと勘違いしてないー?」
「「では、とゆーわけで」」

「待てい」

 そそくさと走り去ろうとする双子のケープを捕まえた。

「さっき、思いっ切り人の名前呼んだでしょーが」

 双子が舌打ちする。

「舌打ちしない」

「「てへっ☆」」

 ふたり同時に小首を傾げる。

「かわいさで誤魔化そうとしない」

「アキトが厳しいよー、ぶうぶう」
「そうだよ、子供はもっと慈しむべきだよ」
「Sだー」
「ドSだー」
「「異常○欲者だー」」

「……ごめん、俺が悪かったからやめて」

 他の泊り客の視線が痛くなった。
 視線の暴力は、今日はもうお腹いっぱいです。

「アキトこそ、どーしてこんなところにいるのー?」
「そうだよ、引っ越したのー?」
「「さては夜逃げだな!」」

 鼻先に指を突きつけられる。

「違う違う。実は……って、あんまり他の人に聞かせたい内容じゃないんだけど」

「んー。しょうがないね、じゃあこっち」
「こっちこっち、早くー」

 双子にそれぞれ両手を引かれて、休憩室らしい別室に連れて行かれた。
 いつの間にやら、こっちが説明をする側になっているのは、これ如何に。

 そうは言っても話さないことには先に進みそうにもなかったので、テーブルを挟んで双子と向かい合わせに座り、これまでの経緯を説明することにした。

「……ふーん、なるほどねー」
「でも、あんまり面白い話じゃなかったねー」
「意外性はなかったねー」
「もっとドラマが欲しいところだよねー」
「「ねー?」」

 いや、別に面白い話をしたわけじゃないんだけど。

「……ん?」

 なんとなくだが、いつも通りにわいのわいのはしゃぐ双子に違和感を覚えた。
 表情も言動も普通だったが、なんというか雰囲気が。
 じっと注視してみるが、違和感のもとは掴めない。

「どうかしたの?」
「なにかに目覚めたの?」

「いやいや、目覚めてないから!」

 慌てて反論する。
 また○リだの○ョタだのと指摘されたら堪らない。

「俺の事情は話したんだから、ふたりも教えてくれてもいいんじゃないかなーって思って」

 誤魔化しも多分に含まれていたが、こちらも気にはなるのも事実だ。

 双子は納得してくれたようで、また顔を見合わせていた。

「どうする?」
「いいんじゃない?」
「「じゃあ、特別に教えてしんぜよー」」

(別にいいけど、何故に上から目線)

「「つまりね――」」

 脱線や冗談を省いた双子の話を纏めると、この『夕霧の宿屋』はカルディナの『朝霧の宿屋』の姉妹店になるらしい。店主が親戚筋に当たるとか。
 その縁もあって、ときどき双子はこうして手伝いに訪れているらしい。
 話自体に不自然さはなく、店については事実なのだろう。

 しかし、今日がたまたま手伝いの日で、ここで出会ったのも単なる偶然――という点については、眉唾っぽい。
 疾風丸だからこそ4時間ほどの短時間で着いたのだが、こちらの住人ならば移動手段は徒歩か馬車。仮に馬車だとしても片道で2日の計算だ。
 昨日の今日でカルディナからベルデンまで移動できるはずもない。

 一応、追求してみたものの、結局のところ口では敵わず、はぐらかされてばかりだったので虚しくなって諦めた。
 なんだかんだで双子と話し込んでいる内に、時刻は21時を回っていた。
 さすがに双子もおねむの時間なのか、目をしぱしぱし始めている。

 その日は双子に案内され、宛がわれた部屋で休むことになった。
 知り合い割引で優遇してくれるそうでありがたかったが、部屋自体は小奇麗でも平凡で、異世界だからと別段代わり映えしないのが残念といえば残念だった。
 スマイルサービスとかで、別れ際に双子がにっこりと天使の笑顔で微笑みかけてくれた。
 お客としてなら、こうも扱いが違うものかと新鮮だった。ふたりの素を知らなければ、たしかに宿泊客に人気なのも頷ける。

 そして、翌朝。
 目覚めたときには、すでに宿に双子の姿はなく、店主の女性だけしかいなかった。
 確認すると、もうカルディナに帰ったとのことらしい。

 双子と別れたのはもう深夜といってもいい時刻だったので、それから帰ったとなるとまた首を捻ることになる。
 相手はファンタジー世界の妖精なのだから、気にするだけ負けのような気もするが。

 ちなみに、精算時に請求明細を見ると、たしかに宿泊料の割引はされていたが、スマイルサービスが有料オプションで、支払う総額は変わっていなかった。
 なにそれ。
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