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第九章

貴族からの招待状 1

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「――ということで、アールズ伯爵家ってとこから招待状が届いたんだけど、どうすればいいかな?」

 帰宅した足で、いの一番に叔父のもとを訪れた。

 当の叔父は、居間で作業の真っ最中だ。
 作業といっても例のアレ、日本の名城シリーズ熊本城の模型である。
 先日完成したはずなのに、まだなにか続けていると思ったら、なんと城内の兵士まで作成しはじめてジオラマへと移行していた。

 わざわざヘッドルーペまで装着し、ピンセットで摘んだ米粒ほどの大きさのパテを待ち針の先で削って1体1体作成している。
 しかも、塗装までやっているあたり凝り性だ。
 全員が鎧や槍を装備しているのは、合戦前の戦支度か、はたまた篭城か。本陣の中では、独特な兜を被った加藤清正公を発見した。
 恐ろしいまでの熱意とクオリティの高さである。

 相変わらずの秘められし驚愕の才能だが、今はまあどうでもいい。

 ヘッドルーペを外すと、叔父は凝り固まった肩をこきこきと鳴らしていた。

「帰った早々、忙しいな。おかえり、秋人。ちょい待て」

 叔父は、模型もといジオラマを慎重な手つきで部屋隅の高い棚の上に置いていた。

「中断しなくてもよかったのに」

「ちょうど目標半分の200人目が完成したとこだったから、きりもよかったしな。それに、油断すると城が陥落するからよ」

「陥落?」

 叔父が親指で部屋の一角を指差す。

 柱の影には半身を潜めたリオちゃんがいた。
 すごい興味津々といった様子で眼を瞬かせ、棚の上に載せられたジオラマを見上げている。
 指を咥え、うずうずと今にも飛び掛らんばかりだ。

「最終的には落城する運命ではあるが……完成するまでは我慢するお約束だからな」

「あはは……なるほど」

 これまで、いくつか製作していたはずの模型が見当たらないとは思っていたが、そういうことだったらしい。
 作る先から壊されるとは、この完成度だけに勿体ない気もするが、これもまた一時で儚く散るわびさびかもしれない。

「それで、珍しい名前が出てきたが、アールズ伯爵がなんだって?」

 いつの間にか叔父はピンセットをエールの大瓶に持ち替えており、早くも晩酌に入っていた。

「これなんだけどさ」

 例の招待状のカードを手渡すと、叔父はエールを持つ手とは反対の指で摘み上げて、しげしげと眺めた。

「ふーん。カードに刻印されているのは、間違いなくあそこの紋章だな。内容は……たしかにご招待みたいだな、秋人ご指名で」

「これが、商人ギルド経由で届いたらしいんだよね」

「ふぅん?」

 叔父は唸ると、エールの大瓶を傾けた半端な姿勢のまま、何事か考え込んでいるようだった。

「その、アールズ伯爵って有名な人?」

「ん? そりゃここいら一帯を治める領主さまだしな。ちなみに、ここも書類上はアールズ家の所有地だぞ」

「ここって?」

「この家。と、見渡せる周り全部」

「ええっ? そうなの?」

 そういえば、ギルド会館での会長の話の中で、そんなことを聞いた気がする。
 あのときは動揺していて、気にする暇などなかったが。

「当主のじっさまとは昔からの馴染みでな。いけ好かないのが多い貴族にしちゃあできた人でよ。一時期は冒険者としてのパトロンも務めてもらったくらいだ」

 叔父の話によると、この家どころかカルディナの街含めた南方一帯がアールズ家の治める所領であるらしい。
 冒険者として名を馳せていた頃から、叔父はカルディナを活動拠点にしており、その縁でアールズ家の当主とも面識があったそうだ。

 魔王を討伐したのち、勇者の身柄は影響力の観点からも国の機密扱いとなった。
 そこで、その所在を隠す意図と叔父自身の希望もあり、国王からの信頼も厚かったアールズ伯の協力を得て、今のようなかたちとなったらしい。

 つまり、アールズ伯爵と叔父は旧知の間柄であり、招待を受けるのも不思議ではなかったというわけだ。
 ただそれが、叔父本人であるのなら。

 今回は、何故か俺だけが名指しされた。
 叔父の疑問もその一点という。

 叔父には近況報告が義務付けられているわけでもないので、最近世話するようになった俺のことは伯に伝えていないそうだ。
 当然、その関係性が知られているはずもない。

 知られざるところではいろいろと経験していても、表面上はただのカルディナの商人のひとり。単なる物珍しい品を取り扱っている小さな店の一店主に過ぎない。
 勇者の甥であったり、異世界人だったり、そこいらの事情も知り得るはずがない。
 仮に、周囲を内密に嗅ぎ回っていたとしても、それを察知できない叔父ではないだろう。

 偽名を使って叔父が店のオーナーとなったことは、当のアールズ伯の助力あってのことらしいので、その店で店主となった人物のことくらいは耳に入っているかもしれない。
 しかし、それならなおのこと、叔父に一言の断わりもなく、俺だけを招待する意味がわからない。

 なにか裏があるのかもと、邪推せずにはいられないというものだ。
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