104 / 184
第七章
帰路
しおりを挟む
5歳の誕生日が目前に迫る少年は、鬱蒼とした道をひとりとぼとぼ歩いていた。
心細さに足が竦むが、引き返すわけにもいかなかった。
妹が生まれてから1年余り。
歩きも達者になってきた妹は、しょっちゅう少年の後ろを「にーちゃ、にーちゃ」と言っては付いて回る。
妹になにかあったらボクのせい、妹が泣いてもボクのせい。
周りの大人たちは、二言目には「おにーちゃんだから我慢しなさい」との決まり文句。
妹が生まれるまでは、なにに於いても主役だった少年にとっては面白くない。
もう一緒にはいたくないが、妹はどこにでも付いてこようとする。
少年ながらに思い悩み、だったら妹が付いてこれない場所だったら、との結論に至った。
家族で遊びにきた祖父母の家。
少年は着いて早々、近所の裏山に繰り出した。
案の定、妹も付いてこようとしたが、道は山道で歩きに慣れていないと付いてこれるはずもない。
立ち止まって泣く妹に心がちょっぴり痛んだが、ボクがなにかをしたわけじゃない、これは仕方のないことだ、と自分を納得させた。
久しぶりにひとりになった解放感に心浮かれたが、裏山は大人たちから入っては駄目と禁じられている場所だったことを、後になって思い出した。
どうしよう、怒られるかもしれない――といった思いがよぎるが、引き返してまた妹の世話もしたくない。
やがて陽が陰って薄暗くなり、お腹も空いてきた。
それまでなんともなかった道の木々の枝葉が、なにか未知の恐怖の物体に見えてくる。
そういえば、ここにはどうして入ったら駄目と言われていたかを思い出す。
なにかが危険だったはず。なにかが出る、そう言っていた。
それは目の前に、実体として現われた。
藪から唸り声を発しながら姿を見せたのは、大きな大きな野犬。
目を血走らせ、牙を剥き、涎を垂らした恐ろしい獣。
少年の喉が引きつった。
足がぶるぶると震えて、その場にぺたりとしゃがみ込む。
助けを呼びたいと考えたが、言いつけを破って怒られるかも、という思いが先に立ち、ついに声にはならなかった。
泣きたいのを我慢できたのは、皮肉にも親からの「おにーちゃんなんだから」という言葉だった。
犬がゆっくりと近づいてくる。
「チェスト――!」
雄叫びと共に、誰かが隣をすごい速さで横切っていった。
その人はそのままジャンプして、あろうことか野犬にドロップキックをかましていた。
勢い余って横滑りに着地したときには、すでに野犬は這々の体で逃げ去ってしまっていた。
「いたいた! よーやく見つけたぜ、秋人! 夏美さんが無茶苦茶心配してたぜ?」
制服姿に珍しい金色の髪。少年にとっては叔父に当たる人物だ。
少年は、叔父に負ぶさって帰路に着いた。
少年にとって叔父は、ヒーローのように思えた。
テレビやアニメのヒーローよりも、もっと身近でピンチを救ってくれる本物のヒーロー。
叔父の背に揺られて、いつしか少年は安心しきって眠ってしまっていた。
俺は目を覚ました。なにかずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。
「お? 気づいたか、秋人!」
顔の間近から声がする。
やけに揺れると思っていたら、叔父の大きな背に背負われて移動中だった。
隣を見ると、リィズさんが軽快な足取りで併走していた。
「今回は、すまなかったな。すべて俺の責任だ。厄介事をおまえに押し付けたばかりに、危険に晒した……」
背中にいるため叔父の表情はうかがえないが、普段にそぐわない歯切れの悪い言葉に、その心情は察せた。
「発端はそうだったかもしれないけど……こうなったのは、俺の判断ミスだよ。大人しくデッドさんと帰っていれば、なんでもないことだったんだ。だから、おじさんは悪くない。これは俺の責任だよ」
叔父は反論しかけたが、隣のリィズさんが肩に手をそっと添えて、押し黙らせていた。そんなリィズさんに会釈しておく。
「……デッドさんは?」
「彼女は森に帰りましたよ。アキトさんによろしくだそうです。あと『森の恵み、忘れんな』とも……」
くすりとリィズさんが笑う。
さすがはデッドさん、ぶれない。
「あと、これを預かってきました」
リィズさんが肩に担いでいるのは、保温バッグだった。
大宴会場でのどさくさの最中で、すっかり忘れてしまっていた。
……すっかり忘れているといえば、なにかもうひとつあったような。はて?
「まだ帰り着くまで先は長い、秋人。今はもう少し眠っとけ」
叔父の言葉に、素直に従うことにした。
正直言うと、まだ身体が碌に動かせそうにない。それに――なぜだが叔父の背中はとても懐かしく、安心できる。
体重を預けると、すぐにまた耐え難い眠気が襲ってきて、それに身を任せることにした。
数秒も待たずして、俺は再び夢の住人となった。
心細さに足が竦むが、引き返すわけにもいかなかった。
妹が生まれてから1年余り。
歩きも達者になってきた妹は、しょっちゅう少年の後ろを「にーちゃ、にーちゃ」と言っては付いて回る。
妹になにかあったらボクのせい、妹が泣いてもボクのせい。
周りの大人たちは、二言目には「おにーちゃんだから我慢しなさい」との決まり文句。
妹が生まれるまでは、なにに於いても主役だった少年にとっては面白くない。
もう一緒にはいたくないが、妹はどこにでも付いてこようとする。
少年ながらに思い悩み、だったら妹が付いてこれない場所だったら、との結論に至った。
家族で遊びにきた祖父母の家。
少年は着いて早々、近所の裏山に繰り出した。
案の定、妹も付いてこようとしたが、道は山道で歩きに慣れていないと付いてこれるはずもない。
立ち止まって泣く妹に心がちょっぴり痛んだが、ボクがなにかをしたわけじゃない、これは仕方のないことだ、と自分を納得させた。
久しぶりにひとりになった解放感に心浮かれたが、裏山は大人たちから入っては駄目と禁じられている場所だったことを、後になって思い出した。
どうしよう、怒られるかもしれない――といった思いがよぎるが、引き返してまた妹の世話もしたくない。
やがて陽が陰って薄暗くなり、お腹も空いてきた。
それまでなんともなかった道の木々の枝葉が、なにか未知の恐怖の物体に見えてくる。
そういえば、ここにはどうして入ったら駄目と言われていたかを思い出す。
なにかが危険だったはず。なにかが出る、そう言っていた。
それは目の前に、実体として現われた。
藪から唸り声を発しながら姿を見せたのは、大きな大きな野犬。
目を血走らせ、牙を剥き、涎を垂らした恐ろしい獣。
少年の喉が引きつった。
足がぶるぶると震えて、その場にぺたりとしゃがみ込む。
助けを呼びたいと考えたが、言いつけを破って怒られるかも、という思いが先に立ち、ついに声にはならなかった。
泣きたいのを我慢できたのは、皮肉にも親からの「おにーちゃんなんだから」という言葉だった。
犬がゆっくりと近づいてくる。
「チェスト――!」
雄叫びと共に、誰かが隣をすごい速さで横切っていった。
その人はそのままジャンプして、あろうことか野犬にドロップキックをかましていた。
勢い余って横滑りに着地したときには、すでに野犬は這々の体で逃げ去ってしまっていた。
「いたいた! よーやく見つけたぜ、秋人! 夏美さんが無茶苦茶心配してたぜ?」
制服姿に珍しい金色の髪。少年にとっては叔父に当たる人物だ。
少年は、叔父に負ぶさって帰路に着いた。
少年にとって叔父は、ヒーローのように思えた。
テレビやアニメのヒーローよりも、もっと身近でピンチを救ってくれる本物のヒーロー。
叔父の背に揺られて、いつしか少年は安心しきって眠ってしまっていた。
俺は目を覚ました。なにかずいぶんと懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。
「お? 気づいたか、秋人!」
顔の間近から声がする。
やけに揺れると思っていたら、叔父の大きな背に背負われて移動中だった。
隣を見ると、リィズさんが軽快な足取りで併走していた。
「今回は、すまなかったな。すべて俺の責任だ。厄介事をおまえに押し付けたばかりに、危険に晒した……」
背中にいるため叔父の表情はうかがえないが、普段にそぐわない歯切れの悪い言葉に、その心情は察せた。
「発端はそうだったかもしれないけど……こうなったのは、俺の判断ミスだよ。大人しくデッドさんと帰っていれば、なんでもないことだったんだ。だから、おじさんは悪くない。これは俺の責任だよ」
叔父は反論しかけたが、隣のリィズさんが肩に手をそっと添えて、押し黙らせていた。そんなリィズさんに会釈しておく。
「……デッドさんは?」
「彼女は森に帰りましたよ。アキトさんによろしくだそうです。あと『森の恵み、忘れんな』とも……」
くすりとリィズさんが笑う。
さすがはデッドさん、ぶれない。
「あと、これを預かってきました」
リィズさんが肩に担いでいるのは、保温バッグだった。
大宴会場でのどさくさの最中で、すっかり忘れてしまっていた。
……すっかり忘れているといえば、なにかもうひとつあったような。はて?
「まだ帰り着くまで先は長い、秋人。今はもう少し眠っとけ」
叔父の言葉に、素直に従うことにした。
正直言うと、まだ身体が碌に動かせそうにない。それに――なぜだが叔父の背中はとても懐かしく、安心できる。
体重を預けると、すぐにまた耐え難い眠気が襲ってきて、それに身を任せることにした。
数秒も待たずして、俺は再び夢の住人となった。
0
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
妖精王オベロンの異世界生活
悠十
ファンタジー
ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。
それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。
お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。
彼女は、異世界の女神様だったのだ。
女神様は良太に提案する。
「私の管理する世界に転生しませんか?」
そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。
そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語
ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。
変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。
ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。
タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)
夜霧の騎士と聖なる銀月
羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。
※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます
※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる