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第三章

叔父は異世界の勇者で〇〇でした 1

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 もう小一時間が経過していた。
 警備兵やデジーはもとより俺も素人ながらに奮戦して、最も激戦区となった正門前の攻防も、なんとか持ち堪えている。

 しかし、それもつい今しがた、新たな敵勢が進攻してくる前までの話だ。

 たったひとりの魔族の介入により、防衛線は呆気なく崩壊した。
 擬似的に魔法を再現する魔法具ではなく、超常の純粋な力としての魔法――それを自在に操る魔族とは、単体でも圧倒的な脅威だった。

 魔法具の前に為す術がない魔物や魔獣と違い、魔族には魔法防御で対抗され、今度はお返しとばかりに魔法で反撃を喰らう。
 デジーのみが防御系の魔法具で辛うじて抵抗できていたが、それだって使用回数に制限がある以上、どうしても限界はある。
 どう考えても不利なのは目に見えていた。

 そのデジーも、すでに地に伏している。
 あれからデジーは再三に渡り、侵攻を押し返すために並列魔法を酷使していたが、ついには力尽きて倒れてしまった。
 完全に気を失っており、動く気配すらない。

 俺だって似たようなものだ。
 魔法の爆発に弾き飛ばされ、強かに地面に叩きつけられてから、まともに起き上がることもできない。

 今では残った警備兵が身体を張り、敵の猛攻に耐えている。
 折れた剣や槍を構え、壊れた盾を振り回し、ただ我武者羅に抗う。もはや無傷の者などひとりもいない。

 攻めてきた魔族はある程度戦線を引っ掻き回すと、その後は配下の魔物や魔獣に任せて戦況を静観していた。

 魔族は噂に聞いた通り、銀色の瞳と角を持つ種族だった。
 そのほかは人間と変わらない。それどころかこの魔族は細身で、背も小さく華奢に見える。
 しかし、魔法という固有能力を持つ以上、見た目通りではないことは、先ほどの戦闘からも明らかだった。種としての力の差がありすぎる。

 重苦しい空気と拭えない絶望感が場を支配していくのがわかった。

 やがて警備兵たちの健闘虚しく門が占拠され、正門内に敵軍勢が雪崩れ込んでくる。
 もはや趨勢は決した。この状況を覆すなど、できるはずがない。

 魔族は用意が整ったとばかりに嫌らしく笑み、高々と手を振り上げた。

(あれが振り下ろされたとき、終わる――?)

 あれだけ喧騒の最中にあった正門前が、しんと静まり返っている。
 不気味なほどの静けさの中で、魔族の愉悦そうな哄笑だけが響いていた。

「ずいぶん楽しそうだな?」

 すぐ真横から、底冷えのする声が降ってきた。
 視野の端に靴の爪先が映ったかと思うと、見上げる先にひとりのローブ姿の男が立っていた。

 全身をすっぽり包む外套と目深に被られたフード――そのどれもが闇色で、どこか見覚えのある出で立ちだった。
 男は静かな怒りを秘めた銀の瞳で、魔族を見据えている。

(って、銀色――?)

 視線に射抜かれた魔族の表情がにわかに凍りついた。

「ラ、ラスクラウドゥ様! 御身がどうしてこのような場所に!?」

 あの超常的な強さを誇った魔族が狼狽し、たったひとりの男に怯えている。

「魔王の命に背いておいて、ずいぶん楽しそうだなと問うているのだ? どうした、答えないのか?」

「それは――お、お許しを!」

 ラスクラウドゥと呼ばれた男が手を掲げる。

 倒れた俺の位置からだと、フードの下に隠されたその容貌がはっきりと窺えた。
 目の前の魔族よりも、より深い銀光瞬く双眸と、より大きな黒い角、そして輝く銀髪――

「すべからく滅び朽ちよ」

 男の発した言葉に対して、恐怖に彩られた魔族はなんらかの魔法を使ったようだった。おそらくは防御魔法の類だろう。
 しかし、それは視界を瞬時に埋め尽くした黒い霧の中ではまったくの無意味で、霧は魔族もろとも正門内にいた敵軍勢の悉くを呑み込み――あっさりと消失した。跡には、なにも残されていない。

 あれだけの激戦区だった正門前だけが、ぽっかりと空白地帯になってしまった。
 残された警備兵だけが理解が追いつかない様子で、唖然と周囲を見回している。

「一撃で全滅かよ。相変わらず、えげつねー魔法だな。これ、とんでもなく痛えんだよなー」

 なんだか、とても懐かしく聞こえる声がした。

「これを痛いくらいで済ますのは貴方くらいだ」

 急速な浮遊感と共に、倒れていた俺は力強い手で一気に抱え上げられた。

「よー、秋人。頑張ったみたいじゃねえか! さすがは俺の甥っ子! はっはっ!」

 叔父の征司だった。
 戦場にいるとは思えない、普段となんら変わらない笑顔の叔父に、不意に温かいものが込み上げてくる。

「勇者だ……あれは勇者じゃないか!?」
「そうだ、勇者セージだ!」
「勇者が! 勇者が助けに来てくれたぞー!!」

 叔父の登場を知った周辺の警備兵から声が上がる。
 それを皮切りに歓喜は伝達して大合唱となり、勇者を称える大声援となった。

 門の外は、いまだ敵の軍勢が多数ひしめいている。
 しかし、たったひとりの勇者が援軍に来たという事実に、周囲を包んでいたのは安堵だった。
 それは、俺も等しく感じていた。
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